第50話 姉ちゃんとの会話の続き
「何を言い出すかと思えば……どうしたんだよ姉ちゃん。小説とは違って、現実には異世界召喚なんてものはない。それくらいのこと、姉ちゃんならわかってると思ってたんだけど!」
つい言葉を荒げてしまった。
長年行方知れずだった兄ちゃんが姿を見せるようになって、だけどなぜかオレたちから逃げ回って。
昨日も試合中のライトスタンドに突如現れて、姉ちゃんが追い詰めたけど結局逃げられた。
とはいえ姉ちゃんを責めるつもりなどなかった。あの時何があったのか、それだけでも知りたかったのに……。
言うに事欠いて、『兄ちゃんは異世界から召喚されていたらしい』だと?
朝っぱらからそんな世迷い言を聞かされるなんて思ってなかった。しかも、いつもはオレがふざけて言ったことをたしなめる側の姉ちゃんが……!
姉ちゃんは珍しく自信なさそうに呟いたあとでややうつむいていたが、オレが強く反応したからか一瞬だけキッと強い視線を返してきたのだ。
でもすぐにそれを引っ込め、努めて落ち着いた表情と口調となるように気を使いながら話を繋げてきた。
「……あのね。わたしだって、それくらいのことはわかってる……そのはずだったのだけど。それでも、そう考えるしかないと結論づけたの」
「だから、何があったんだよ? 間の説明省きすぎだっての」
「だけどダラダラ喋るよりも、この方が話を聞く気が起きたでしょ? でないとオージロウは途中からちゃんと聞かないじゃない」
「……わかったからさっさと続きを」
「あの女が魔術……魔法かしら。追い詰めたところでこう叫んだの。『風の精霊よ! すまないが力を貸してくれ。私たちがこの場を脱出するまで時間稼ぎを頼む!』と」
「あの女……ああ、兄ちゃんと一緒にいた『エルフみたいな耳をしたお姉さん』のことか。まさかその通りに」
「そのまさかよ。わたしとあやちゃんの顔にだけ猛烈な突風が吹いて、息もまともにできなかった。だからみすみす取り逃がしてしまったの」
「……そんな馬鹿な。その場所にだけ偶然、っていうのなら分かる。甲子園は浜風があるし、球場は結構複雑な構造だから」
「本当なの! 周りの観客たちに聞いても、突風なんて吹いてなかったって全員に言われた」
「じゃあ、あのお姉さんは本当のエルフで精霊魔法を使ったと言いたいわけだな、姉ちゃんは」
「……そうよ。悪い?」
珍しく気色ばむ姉ちゃんがなんだか可愛い……ゲフン、余計なことは言わないでおこう。それこそ怒らせるだけだ。
確かにここまで聞いた限りでは本当かと思いたくなるが、ここはやはり現代人としては安易に認めるわけにはいかない。
「そ、それだけじゃなあ。マンガとかでよくあるだろ、幻術とか催眠術とか」
「このわたしがそんなチャチなものに引っかかったとでも言いたいわけ?」
「だ、だってさ、オレもベンチから少し見たけど。あのお姉さん強そうだったし、姉ちゃんが引っかかってもおかしくなさそうっていうか」
「フンッ。あんな女、わたしが油断しなければ……!」
ああなるほど。姉ちゃんの心の内がちょっと読めてきた。
要するに、あのエルフみたいなお姉さんにやり込められたのが気に食わない、そういうことなのだ。
それにショックを受けて苛立って、いつものように深く考察できないのだろう。
ならばこっちから質問を投げかけた方が良さそうだ。
「他に何か材料があったのかよ? 異世界だって言い出した根拠が」
「……あの女はこう名乗った。『我が名はクラウディア。とある王国で騎士を務めている』って。いかにも異世界っぽいじゃない?」
「へえ、クラウディアさんか。なんかイメージ通りでカッコいいな〜」
「……わたしよりもってことかしら!?」
「ち、違うし、いちいち絡むなって。で、他には?」
「あとは、あの女の『主』とやらが兄さんを『呼び出した』って言ってた。さらったのではないって」
「それが異世界召喚って話の根拠だな。主だから王様とか。だけどさ、それって『本当のこと』を言ってるのかな? エルフの耳なんて今どきコスプレ用にいくらでも売ってるし。相手が犯罪者なら尚の事」
「……こうやって改めて話してみると、確かに相手の話を鵜呑みにし過ぎたかも。わたしとしたことが」
「まあ、姉ちゃんだってそんなこともあるさ。そんな時こそオレという弟が聞き役になれるんだから、もっと頼れって」
「うーん、それはまあ置いといて。今度あの女に会ったら、借りを返さないとねえ……ふふふ」
なんだよ、そんなに頼りなく見えるのかなオレって。
でもまあ、姉ちゃんにいつものふてぶてしさ……もとい活気が戻ってきて良かった。やっぱりこうでなくちゃ姉ちゃんじゃない。
「それにしても、あのお姉さんと『主』とやらはどうして兄ちゃんをさらったんだ? しかもなんで兄ちゃんはそいつらの言うことを聞いてるのか」
「それは分からない。あの女は兄さんを『戦友』だとか言ってたけど」
「まさか紛争地帯にでも送られてるんじゃ。それじゃ兄ちゃんは兵士として洗脳されてたりして」
「……あり得る話ね。とにかく異世界っぽい話は伏せて、あとで父さんたちに報告して……外国人が絡んでる犯罪かもしれないって警察に連絡してもらうから」
「分かった。そういや仲尾さんはどこまで知ってるのさ」
「あの時は兄さんの後ろにいたから、さっきの会話はあまり聞こえてなかったって言ってた。わたしも半信半疑だったから詳しくは説明してない」
「それならいいや。じゃあオレはそろそろホテルに戻るから。そういや今日のタカラヅカのチケットは」
「もう確保済み。だからわたしもそろそろ戻る」
とりあえず状況がわかってスッキリしたぜ。
もちろん兄ちゃんのことは心配だけど、少なくとも今のところは生命がどうのと言うわけではなさそうだし。
ただ、本当に異世界ではないことを祈る。オレはそんなの信じたくなくて姉ちゃんにはああ言ったけど、話の辻褄としては合ってるからだ。
何よりも、失踪した当時、どこの監視カメラにも映っていなかったという事実に……。
そんなことを考えつつも笑顔で別れようとしたところで、不意に男がオレたちに声をかけてきた。
「あー、そこにいるのはオージロウくんやん。それと、隣にいるのはお姉ちゃん……雛子ちゃん、やんね。なんか今日は出会えそうな気がして来てみたら、ビンゴやったわ!」
コイツは確か……明日の準決勝で対戦する浪速筋高校の串島。なんでこんなところにいるんだ?
<あとがき>
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