第49話 試合終了、それから姉ちゃんとの会話
「どえりゃあああっ!!」
ズバンッ!!
「ストライク、バッターアウト! チェンジ!」
春のセンバツ王者、革新学院高校との準々決勝は延長12回表まで進んでいるのだが。
オレの満塁ホームランで均衡が破れ、我らが5校連合チームが8−4と4点差をつけている。
ホームランを打たれた江側はその時点で降板し、もう一人の2枚看板である金正一が急遽マウンドに登って後続を断ち切った、というのが現時点だ。
江側もすごいピッチャーだったが、金正一も勝るとも劣らないボールだった。
長身だが細身の身体をまるで弓のようにしならせ、その左腕から繰り出されるストレートは165キロ。
驚いたのは、単に速いだけでなく……左手から離れたボールが本当にそのまま真っすぐキャッチャーミットに吸い込まれたことだ。
オレみたいなホップしてノビるのとは明らかに性質が違う……マウンドからミットに直接投げつけたかのような、ボールが重力で落ちずにそのままの速度でドーン!と収まるっていうか。
オマケに多彩なカーブを投げ分けて……ぜひ対戦したかったなあ。
やっぱり春夏連覇を目指したチームなので、準決勝以降を見据えて温存したかったのかもしれない。
とその時は思ったのだが、あとで聞いた話では地方予選直前に左手首を痛め、やむなく今大会はクローザー専任の起用になったのだとか。
金正一は3年生なので、高校野球では対戦の機会はもうない。だけど、お互いに野球を続けていればいつかどこかで対戦できるさ。
さて、あとは裏の相手の攻撃を抑えるだけだ。
タイブレークなのでノーアウト一二塁からスタート。
そして最初から代打攻勢を仕掛けてきた。この回だけで4点差をひっくり返すには手段を選んでなどいられない、当然だ。
でも、オレはそんなの気にせずにしょーたのミット目掛けてひたすら投げ込む!
「うりゃあああっ!!」
ズバンッ!!
「ストライク、バッターアウト!」
ふう。これでツーアウト……あと一人だ。
ここで打席に立ったのは、なんと『勘の鋭い男』待合であった。
まさかここぞという時の秘密兵器……もしや自分で『打てそうなバット』を感じ取って打席に立っているというのか?
オレもしょーたも警戒感を高めて相対したのだが。
スカッ!!
「ストライク! カウント0−2!」
拍子抜けだった。お世辞にもバッティングが得意とは言えないスイングで、簡単に追い込むことができた。
これはひょっとして、いわゆる『思い出代打』ではないだろうか。
待合は3年生で、センバツでは投手陣のローテーションの一角を担っていたが、今大会は1年生ながら160キロを投げる昔野の台頭で控えに回っているのだ。
だが、そうだとしても手加減する余裕はない。申し訳ないけれど。
最後の1球、行くぜ!
「うりゃあああっ!!」
ズバンッ!!
「ストライク! バッターアウト……ゲームセット!」
「いやったあああーーっっ!! 連合チームがセンバツ王者に勝ったぁー!」
「オージロウは3本塁打で無失点……やっぱ真の怪物はコイツだあ!!」
「は、春夏連覇の夢が……でもいい夢見させてもらったぞー!」
スタンドの大歓声が鳴り止まぬ中、整列して挨拶を済ませて……オレとしょーたの元へ握手を求めてきたのは、江側と相手キャッチャーでしょーたの中学時代のチームメート比出木ハカセであった。
「オージロウくん、おめでとう。これでキミが今日から新……いや、シン怪物くんだ」
「えっ……そんな、オレがですか?」
「イヤでもそう呼ばれるから。そして悪いけど俺は肩の荷が下りてせいせいした。あとはよろしく〜!」
なんか爽やかというよりも、思ったより軽いノリの人だった。まあオレ的には親しみやすいけど。
「しょーたくん! 僕たちの完敗を素直に認めるよ……そしてあの頃とは一味違うしょーたくんを見させてもらったから、うん!」
「ハカセ……それじゃあ」
「あとで久々にメッセージを送るよ。あっ、番号は?」
「変わってない……変えてないから」
「わかった。それじゃ五次浦たちにも声かけとくからさ、うんっ!」
しょーたも良い結果だったらしい、顔が気持ち悪いくらいニヤけてる。
そして校歌斉唱。今回は中地さんと勝崎さんの升田高校の番だ。
昭和の時代に創立した公立校である升田高校の校歌は、いかにも昭和的な歌詞と曲調で何の変哲もないというか。まあ、ウチもそうなんだけど。
でも甲子園で流れると、とても誇らしく聞こえるというか。なんなんだろうねこの感覚は。
そしてあとは応援してくれた観客席への挨拶を済ませて……そういうやエスカンダリと話すのを忘れてた。
どうしてるのかな……なんか涙ぐんで待合に慰められてる。待合は3年生でエスカンダリは2年生だから、待合の方が泣くならわかるんだけど。
まあいいか、彼らの関係を知らない他人がどうこう言うべきじゃない。オレたちはベンチ内を片付けて引き揚げる態勢に入ったのであった。
◇
「グスッ……すんません、えーじさん。ワイが8回表を無失点で抑えてたら、あの2人を温存するために9回はえーじさんをマウンドに出すって、監督と約束取り付けたのに。ワイがオージロウに打たれたから、えーじさんの出番が……ううっ」
「そんなこと気にしてたのか。俺は最後に打席に立てたから、それで満足してるけどね」
「ワイは……今でもえーじさんの方が、球が速いだけの昔野よりピッチャーとして優れてるって思ってるし。せやのに監督もチームメートたちも、昔野の方がローテーション入りに相応しいとか抜かしやがって……!」
「うーん。そんなことはない、昔野の方がボールに力があって三振が取れる。俺はセンバツではここぞって場面でハードヒットされちゃって、試合を危うくしたことが度重なったから。監督の信頼度が落ちるのも当然だし、実力だと納得してる」
「せやけど……ワイが関西からここに来てなかなか馴染めんかったのを、えーじさんが兄貴みたいに面倒見てくれて、そのおかげでワイはここまで来れた。その恩返しもできんかったんが悔しくて……!」
「そう思うんなら、新チームをお前がまとめてセンバツを連覇してくれ。その方がよっぽど恩返しになるから」
「……はい!」
◇
「まだ澱んでない空気がきんもちいい〜! やっぱ、試合に勝った翌朝の散歩は格別の気分だぜ〜!」
我らが5校連合チームの面々は、恒例となった早朝の散歩でホテルの周辺をグルっと周回している。
ホテルが宝塚駅のすぐ裏なので、昼間は周辺道路の交通量がそれなりにあって空気がキレイとは言い難い。
早朝は本来の空気感を味わいつつまったりと歩くことができる貴重な時間帯なのだ。
で、普段は選手と女子マネたちで回っているのだが、今日は監督と先生たち、それに姉ちゃんと由香里さんに仲尾さんも加わって賑やかさが数段アップしている。
そんなこんなでまったりとはいかないけど、昨日の余韻もあってテンション高めで楽しく歩いているのだ。
そして今は丁度、宝塚大劇場の前を通り過ぎようとしているのだが、阿戸さんと近海に何やら不穏な動きが……。それを見張るように上中野先生が後ろからつかず離れずで歩いている。
「……なあ上中野先生よぉ〜。なんで俺と近海の後ろにピッタリ張り付いてんだよ?」
「……お前たちこそ心当たりがあるんじゃないのかい?」
「ギクッ!」
「な、なんのことだか、さ、サッパリだっぴょ」
「今日は劇場で限定グッズの販売と当日券目当てで朝からファンが行列を作る見込み……だから劇場に向かう女子たちに声をかけようって魂胆、アタシが見抜いてないとでも思っているのかい?」
「そ、そんなこと俺らがやるわけないじゃん。やだなあもう、先生よぉ〜!」
「そ、そうだっぴょ! ぼくちんたちは野球しか興味ないっちゃ!」
「ならいいんだけどねえ」
残念ながら正しいのは上中野先生だ。確かに朝から気温が高いが、それにしたって阿戸さんたちの異様に汗をかいている姿がそれを証明している……やれやれ。
そして劇場の前に差し掛かると、まずは鯉沼さんが口火を切って笹木先生、仲尾さんが話を繋いで盛り上がっていく。やっぱ女子たちはタカラヅカに多少なりとも興味あるんだな。
「笹木先生って、背が高いし剣士で凛とした雰囲気だから男役とか似合いそう〜!」
「あらまあ。これは褒め言葉と受け取ってええんやろか? 剣士や言うても剣道5段ってだけなんやけどねえ」
「確かに! でもあたし的にはひーちゃんの方が似合いそうなんだけどな〜!」
「珍しく意見が一致するね、仲尾さん。私もひなちゃんに一票! そしてその相手役はもちろん……うふふ」
「ちょっ! 相手の娘役はあたしだかんね! 由香里ちゃんはイジワルなママ母役でもやれば?」
「ひっどーい! そういう仲尾さんこそ!」
「落ち着いてください2人とも! 朝から騒がしくするとご近所迷惑ですよ!?」
やれやれ、結局今日も由香里さんと仲尾さんが姉ちゃんを巡ってモメて、泉さんが仲裁するって流れになった。毎日よく飽きないな。
で、当の姉ちゃんは……なんか浮かない顔して、2人のことは上の空って感じだ。
もちろん理由は兄ちゃんのことだろう。結局逃げられたのはオレもわかってるけど、あの時何があったのかは実はまだ聞けていない。
どうやって話を切り出そうか。迷ってるうちにホテルの玄関前まで戻ってきてしまった。
しゃあない、あとでメッセージを送って……と考えてたら、急に姉ちゃんの方から古池監督に話を振ってきた。
「古池監督……あの、ちょっとだけオージロウを貸してもらえないかしら?」
「……うん、いいよ別に。この近辺、目が届く範囲までなら」
いよいよ来たか。オレは黙って姉ちゃんの後から付いていき、ホテルの裏を流れる川にかかる橋の上でようやく相対した。
「なあ姉ちゃん。話って兄ちゃんのことだよな?いったい何があったんだよ?」
「……わたしもどう説明すべきか、ずっと悩んでいたのだけど。思い切って結論から言っていいかしら?」
「まあいいけどさ」
やっぱりいつもと雰囲気が違う。普段は自信満々な態度を崩さないのが姉ちゃんなのに、こんなに迷いが見られるなんて。
そして姉ちゃんの口から飛び出した突拍子もないセリフに、オレはまともに声が出せなかった。
「兄さんは……実は異世界から召喚されていたのかもしれない。そうとしか思えないの」
「……はぁっ!?」
<あとがき>
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