第46話 新たな段階へ
「だからおれは内角のサインは出さなかったんだ。なのにオージロウがずっと首を振り続けるから」
「嘘つけ! 相手が中学時代のチームメートだったから厳しいトコ攻めるのがイヤだっただけじゃないのか?」
「おれは勝負で私情を挟んだりしない! もういっぺん言ったらお前でも許さんぞ!」
「なんだとーっ!!」
「しょーたくんもオージロウもいい加減にしろ! 中心の2人が言い争って、みんな不安がってるのがわからないのか!?」
革新学院高校との準々決勝は4−4の同点で延長11回裏に突入して相手側の攻撃中。
先頭バッターの比出木ハカセは内角を狙い打って内野安打で出塁……タイブレークなのでこの時点で無死満塁となった。
1点でも与えればサヨナラ負けという場面でウチのベンチは伝令として勝崎さんを送り込んできたんだけど、マウンドに集まるなりしょーたが文句を言い始めたのだ。
そして気がつけば責任のなすり合い……それを勝崎さんにたしなめられたというのが現時点。
暑いのに延長が続いて苛ついていた……いや少なくともオレは、表の攻撃で重盗があっさり失敗したのが、正確にはそれを仕掛けた古池監督の采配が不満だったのだ。
余計なことをせずにしょーたが出塁してたらオレに打順が回ってきたのに、と思うと監督の尻拭いをさせられてる気がして……。
「オージロウ! 話聞いてる?」
「ああ、すみません勝崎さん。で、なんでしたっけ?」
「えーと、じゃあもう一度。次は4番の金正一だから無いとは思うけど、スクイズの場合は慌てずホームへ投げること。だからオージロウが積極的に打球を捕りに行くこと」
「……はい」
「しょーたくんはホームでフォースアウトを取っても、すぐに1塁に投げずに2塁ランナーの動きを牽制してから。場合によってはそのまま投げない」
「はい!」
「あと、あえて言っておくよ。金正一がベンチを出る間際に『勘の鋭い男』待合が差し出したバットを握ったのがこっちのベンチから見えた」
「マジっすか」
「でもそんなの対策のしようが」
「でも知らずに試合が終わるよりはいいだろ? じゃあ、そろそろ戻らないと怒られるから」
おっと、球審がこっちに近づいてきてたのか。勝崎さんは球審に愛想笑いしながら駆け足で戻っていった。
それはともかく、ただでさえ打ち取るのが厄介なバッターだというのに、待合がバットを差し出してたなんて。
あくまで噂だが、待合が『このバットで打てばヒットになる』と渡したバットで打つとことごとくヒットになるという。というか、この試合中でも既にやられている。
どうしようかな……そんな心の内が顔に出てたのか、しょーたがホームへ戻りながら声をかけてきた。
「オージロウ! さっきはいろいろ言ったけど、お前の好きなようにやっていいから。こうなるとおれが下手にリードしたらかえってヤバそうだ」
「……あっそう」
「次の12回表は監督も言ってたけど勝負をかけるから。なんとかこの場を切り抜けようぜ!」
それにしてもしょーたのヤツ……不貞腐れずにオトナの対応って感じだ。なんかこっちも意地張るのがバカらしくなってきた。
それと勝負をかけるという話が本当なのか確かめるにはこの回を0点に抑えるしかない。
じゃあ頑張ってみよう。後悔しないように。
しょーたのサインは……なんか自分とオレとが妥協できるところっていうか。まあいいや、オレはそこへ全力で投げ込むのみ。
一方、左打席に入った金正一は今までと違って名古屋弁で騒がずにブツブツ呟きながら構えに入る。
「待合の言う通り……このバットのグリップの感触なら、ギリギリまで遠心力でヘッドを加速させられそうだわ〜。あとは身体の捻りをスムーズに回転させてパワーを最大限にするには……」
何言ってるか分からんが、ヤツも勝負どころで集中してるのだろう。
では行くぜ初球。セットポジションからスリークォーターの腕の角度で、外角高めに渾身のストレートを投げ込む!
「うりゃあああっ!!」
「……軸足に体重を残しながら目いっぱいテイクバックして捻りを作って……スッと右足だけ外にステップするけど腰は残して……」
うっしゃ! ノビてホップしながらゾーンいっぱいに決まる!
「腰から順番に回転して……ギリギリまで軌道を見極めてからヘッドを加速させる! どえりゃあああっ!!」
バッシィーーンッ!!
「金正一が捉えたぁー! 168キロの剛球を!」
「レフトスタンドに大飛球だぁー!」
「あーあ、とうとう打たれてしまったか〜」
もうすぐしょーたのミットに収まるって思ったのに。
そこから急加速でヘッドが出てきて、大きな放物線の打球を飛ばされちまった。更に甲子園の浜風に乗ってレフト方向へどんどん伸びて、そのままスタンドに入りそうだ。
これで連合チームのみんなと一緒に野球やるのもおしまいか。チームメートたちとまた連合チームを組めるのか、先のことはわからない。
もちろん3年生達は引退する……もっと、あと2試合みんなと続けたかったな。
そんなことを考えながらふとバックスクリーン上の旗に視線を移したら。
いきなり猛烈にはためいて……打球もはっきりわかるくらいに左へ流されていく! これはもしや!
「……ファウル! ファウル!」
「嘘だろー!? 絶対入ったと思ったのにー!」
「よっしゃカミカゼ! ギリギリ踏みとどまった!」
スタンドのどよめきが収まらない。まあ、もう勝負はついたとみんな思ってただろうし。
そして、これはオレたちにとって単に運がいいだけの話で収まらなかった。
やはり待合は神通力の持ち主ではなかった。もしあるならあのタイミングで突風が吹いたりしない。逆方向か追い風のはず。
ではあの儀式に何の意味があるのか、そこまではわからんけど。もうそんなものに戸惑う必要はなくなったのだ。
そうと決まれば……2球目も同じコースに渾身のボールを投げる!
「うりゃあああっ!!」
「今度こそ……どえりゃああっ!!」
「ファウル!」
「今度はオージロウが押し始めたぞ!」
「負けるな金正一! もう一度打ってくれ!」
ふうっ。これでツーストライクと追い込んだ。
でもヤツを三振に仕留めるにはまだ足りない。ならば……もっと早いタイミングで投げ込む!
プレートを、これまでの1塁側寄りからやや3塁側へと寄せて踏んで。
そこから、まさに最短距離の真っすぐを見据えて。
更に左腕のテイクバックをいつもよりコンパクトに心がけて。
あとは右足を力強く踏み込んで、今までを超えるストレートを投げ込むつもりで腕を振り下ろす!
「うりゃあああっ!!!」
「真ん中高めだと……ナメとるわっ! どえりゃあああっ!!!」
ズバンッ!!!
「ストライク! バッターアウト!!」
「よっしゃあ! オージロウが投げ勝ったぞー!」
「最速更新の169キロ、遂にでたー!」
「金正一があそこまで振り遅れるなんて初めて見た……」
表示からしたら1キロだけの更新なんだけど……今までとは違う感触っていうか、新たな段階へ踏み出したような気分だ。
それに何より、とうとう追いついたのだ。世界最速の左腕、MLBの◯ャップマンの公式記録に……!
そして勢いに乗ったオレは、このあとの2人にスクイズバントも許さず連続三振に仕留めて、無死満塁のピンチを乗り切った。
さあ、12回表……今度はオレたちが革新学院の2枚看板の一人、江側を打ち崩す番だぜ。
<あとがき>
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次回更新は6月12日(金)の予定です
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