第42話 対峙する姉ちゃんと兄ちゃん
「おいっ、オージロウ! あのライトスタンド中段で打球を捕った観客ってよぉ、お前の」
「わかってます阿戸さん。あれは間違いなく兄ちゃん……かなぁ!?」
準々決勝の革新学院高校との試合で今は8回表、ウチの攻撃中。
オレは4−4の同点に追いつくツーランを放ち、ベースを一周してホームへ戻ってきたところなのだが。
次打者の阿戸さんが出迎えてくれた際の声かけにうなずく……寸前に、オレは初めて『兄ちゃんらしき人物』が本当にそうなのか疑問を持たざるを得なかった。
なぜなら兄ちゃんの傍にいる女性が以前とタイプが全く違う別人だから。
3回戦の時は、『アクセサリーの角を装着した野球帽をかぶり、デニムのショートパンツ姿がムチムチな……もとい、とても魅力的なギャルっぽい女性』だったのに。
今回は、『すらっと背が高くアスリートのように引き締まった体型で、Tシャツとカーディガンにスリムなジーンズのコーデが脚線美と爽やかな気品を感じさせるお姉さん』なのである。
共通点があるとしたら、どちらも胸の膨らみが人並み以上に大きい……ゲフン、この話題はやめておこう。
また泉さんに耳を捻り上げられたらたまらない。アレは本当に涙がにじむくらい痛かった。
話を戻すが、何よりも特徴的なのが……腰まで届く長さの白っぽい金髪、そして◯ンティエゴ・◯ドレスの帽子からはみ出している大きな、というか尖っているように見える耳!
もしやエルフのお姉さんでは……いやいや、もちろんそんなわけないよね。
恐らく北欧系の外国人で耳が大きいだけなんだろう。それかコスプレイヤーさんとか。
それはともかくとして、オレが知っている兄ちゃんは女子にはさっぱり縁のなかった高校球児なのだ。
それが、彼女だけならまだしも複数の女性を取っ替え引っ替え連れ歩くだなんて。疑いを持つなという方が無理がある。
まあでも、それは姉ちゃんが確かめれば済むことだ。まずはライトスタンドにいるはずの仲尾さんはどこに。
いたいた。スマホ片手に何やら話しながら兄ちゃんたちへと近づいている。
通話の相手は姉ちゃんかな。見つけたことを報告しているのだろう。
で、その姉ちゃんは……いない。内野指定席にいるはずなのに、見渡してもさっぱり見当たらない。
「この肝心な時にどこ行ってんだよ姉ちゃんは! もしかしてトイレか? だとしたらタイミングが悪い」
ベンチまで戻ったオレは苛立ちのあまりそのまま口に出してしまった。でもみんなスルーするだろうと思ってたんだけど。
「オージロウ。この際だからハッキリ言っておきたいことがある」
「です〜!」
しょーたとひょ〜ろくくんが真剣な眼差しで詰め寄ってきた。
なんだよこの忙しい時に。いや、ひょっとしたらオレが気づかない何かを伝えてくれようとしてるのかも。
やはり持つべきものは親友と慕ってくれる後輩だなあ。などと一瞬でも思ったオレが馬鹿だった。
「雛子さんはなあ。雛子さんは……トイレになんか行ったりしない! しないんだよぉ〜っ!!」
「しょーたさんの言うとおりです〜! ぼくらの雛子様がそんなことするわけないのですっ!!」
何をバカなことを言ってんだコイツら。他の女子のことでそんなこと言わないのに、何で姉ちゃんにはこんな幻想を抱き続けられるんだ。
だいたいだなあ。
「お前らもいる場所で、これまで何度も姉ちゃん自身が『お手洗いに行ってくる』って言ってただろうがぁ!」
「そ、それは……文字通り『手を洗ってくる』だけに決まってるだろ! お前こそ弟のくせにいつまで勘違いしてるんだ!」
「まったくもってその通り! オージロウさんにはガッカリです〜っ!!」
ダメだ、コイツらとは会話にならねえ。諦めて適当に相づちを打って終わらせて、ライトスタンド側へ再度目を向ける……と!!
スタンドの出入口付近に移動していた兄ちゃんと連れの女性に、仲尾さんが背後から詰め寄っている。
そして出入口から現れて兄ちゃんの前に立ちはだかっているのは、もちろん姉ちゃんだ。
まさか一旦球場を出て外野席に入り直したのか? チケットはどうしたんだろう?
でも今はそんなのどうでもいい。遂に挟み撃ちで追い詰めたこのチャンスを逃すわけにはいかないんだ。
早速、姉ちゃんが兄ちゃんに何か問い詰めてる……が、連れの女性がその間に割って入って逆に立ちはだかった。
姉ちゃんは身長が170センチ近くあって女子としては高い方なのだが、相手の女性はそれを優に超えている。
さらにオトナの余裕を感じさせる落ち着いた雰囲気で姉ちゃんを見下ろしているのだ。
あの姉ちゃんがなんだか気圧されてるように見える……クソッ、オレも駆けつけることができればなあ。
「オージロウくん! 気持ちは分かるけど攻守交代だから。悪いけどマウンドにいってくれるかい?」
古池監督の声……ちくしょう。
オレは何もできないけど、頼んだぜ姉ちゃん……!
◇
雛子は仲尾からの連絡を受けると同時に内野指定席から退出して駆けつけ、兄の前に立ちはだかることに成功した。
あらかじめ父親の名前で購入したライトの外野席が役に立った。レフト側は母親名義で……費用が無駄になるのを承知で家族として勝負に出たのが報われたのだ。
「兄さん。もう観念してわたしの……わたしたち家族の元に戻ってきたらどうかしら? 何があって避けるのか知らないけど、もう逃げられないわよ?」
「……」
「黙ってないで、返事くらいしたらどうなの?」
「すまないな妹君。今はこの男ではなく、私が相手をさせてもらおう」
「……わたしを妹と呼ぶってことは、貴女の背後にいる男がわたしの兄さんだと認める、ということかしら」
「これは、私としたことが失言だった。まあいずれわかることだ、それはもういい」
「もういい、というのであればついでにそこをどいてもらえるかしら? わたしは兄さんと直接話がしたいの」
「それはできない相談だ。今のところは、な」
「さっきから何を勝手なことを。そもそも貴女は何者なの? 兄さんとはどういう関係……ひょっとして兄さんをさらったのは」
「そういえばまだ名乗っていなかったな、これは失礼。我が名はクラウディア。とある王国で騎士を務めている」
「王国? まあ、世界にはまだ王制が残っている国はそれなりにあるけれど。『騎士』というのはイギリスみたいに古くから残ってる名誉的な称号かしら。それとも王のSPとかボディガードってことなの?」
「うーん。まあ、ボディガードといえばそうかもしれないね。主に仕えている身としては」
「その主さんが主犯なのかしら。それとも貴女が兄さんと恋人関係とか……そうなったのは兄さんをさらった前か後かは分からないけど」
「先に一つだけ言わせてもらおう。この男を『呼び出した』のは確かに我が主だが、さらったというのは違う。ましてや犯罪者などでは……その言葉は妹君といえど看過できん、訂正しろ」
「……嫌だと言ったら?」
クラウディアと名乗る女性と雛子の間に見えない火花が飛び散り、緊張感が強まる。
予想外の展開に、男は慌てた顔でクラウディアの肩を叩いて諌める。
「おい、クラウディア。これ以上は」
「すまない、主のことであったのでつい。妹君には手を出したりしないから安心しろ」
「ではクラウディアさん、貴女はどこまで兄さんのことに関与しているのかしら?」
「まず、主がこの男を呼び出した当時、私は主に仕えていなかった。そしてこの男とは、そうだな……まだ恋人ではない。戦友とでも言っておこうか」
「まだ、とは引っかかる言い方だけれど。兄さんを危険なことに巻き込んでいるのなら、やっぱり逃すわけにはいかない。それか、兄さんを置いていくのなら見逃してあげてもいいけど?」
「ふっ。見逃してあげる、か」
「……何が可笑しいのかしら!?」
「いやすまない、笑ったのではなく驚いただけだ。私を相手にしてなんという度胸だ、と」
「そんなことはいいから、いい加減にして」
「何度も言うが、妹君の希望には添いかねる。今はまだその時ではない」
「こういうやり方はしたくなかったのだけど。あやちゃん、一斉に前後から抑え込むわよ?」
「それは困るな。2人に怪我をさせるわけにはいかない……ふっ、この世界でも精霊たちはまだ存在しているようだ」
「精霊? この期に及んで何を言って」
「風の精霊よ! すまないが力を貸してくれ。私たちがこの場を脱出するまで時間稼ぎを頼む!」
クラウディアが叫ぶと、一瞬の間を置いて激しい突風が雛子と仲尾を襲った。
目を開けるのも辛く息が詰まりそうな状況で、2人はどうすることもできない。
そして雛子の横をクラウディアと男が通り抜けていく。男は雛子の耳元でそっと呟くと駆け足で去っていった。
「悪いな雛子。お前にばかりオージロウの面倒を押し付けてしまって」
「……っ!」
「ひーちゃん、大丈夫? ゲホゲホッ!」
「あやちゃんこそ。それにしても今の突風はいったい何だったの?」
雛子は仲尾を気遣いつつ周りを見たが、かなりの突風が吹いたというのに異変が見られない。
彼女の戸惑いに気づいたのか、近くにいた観客が声をかけた。
「君たち何言ってんだ? 突風なんて吹いてないぞ」
「嘘でしょ。まさかわたしとあやちゃんにだけ突風が……。あの女、確かにエルフみたいな風貌はしていたけど、本当に精霊の仕業だとでもいうのかしら……!?」
「ひーちゃんゴメン。あたしがもっとお兄さんに詰め寄っていたら」
「あやちゃんはできることをやってくれた。あれで十分だから。それにしても兄さん。わたしは面倒だなんて思ってないけど……そう思うなら、なぜわたしたちを放ったらかしにするの?」
<あとがき>
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