第41話 最適解と予測
「前の打席では『最適解を見つけた』なんて言っちゃったけどさ。訂正するよ、まだ途中までしか証明できていなかったって、うん」
8回表ツーアウトでランナー一塁の場面。
打順が回ってきたオレは左打席にゆっくり入ったのだが、相手キャッチャー比出木ハカセから早速ささやきを受けた。
どうしようかな。集中したい場面で受け答えするのも面倒だが……ひと言くらいは返しておくか。
「悪いけどその証明問題は最初から破綻している。なぜならオレが必ずホームラン打つから」
「え〜。全否定されるなんて参ったな〜、ハハハッ。うんっ!」
ハカセの乾いた笑いがボックス内に響く。もちろんハカセの顔は笑っていない。
でもそんなことは気にしていられないね。どうやって覚醒したエスカンダリからホームランを打つか。それに集中しなければならないんだ。
マウンドのエスカンダリは黙ってこっちを強く見てる。
挑発じゃなくて絶対に抑えてやるみたいな。反応しても仕方がないので、バットを構えてグッとグリップを握りしめ、マウンドへ視線を固定する。
さて、狙い球は何にしよう。初球は何を投げてきて、そこからどう攻めてくるつもりなのか。
というか、最後に何で仕留めようと考えているのかだよね。そこからの逆算はいかにもハカセが得意そうだ。
だけど高速チェンジアップは前の打席で見切ったし、まさか新たな変化球じゃ?
でもほとんどの種類を投げてるからあとはナックルとか……でもあれって難しいしモーションでわかっちゃいそうだ。
さすがにもう隠していないと思うけど、なんにしても甘いコースに来たら思いっきりぶっ叩いてやるまで。
いよいよ初球。セットポジションに入ったエスカンダリは、1塁に気を配りながらも投球を開始する。
ん? なんかこれまでよりモーションが早い。
クイックモーションか。いや違う、テイクバックが小さくてトップに上げるのが早い!
「ワイにはまだ奥の手があるんや! これでもう球種はバレへん! そりゃああっ!!」
リリースの手元が見づらい。もちろんタイミングも……!
ズバンッ!!
「ストライク!」
「なんだあれ! 腕を軽く上げてピュッと投げたのに、あっという間にミットに吸い込まれた!」
「だけど甘いコースのストレートだったのに! オージロウまで何やってんだ!」
静寂だったスタンドがまた騒がしくなってきた。
何やってんだって言われても、タイミングが取れなかったんだから仕方がないだろ。
ここに来てエスカンダリは『ショートアーム』を使ってきやがった。文字通り、投球のテイクバックで腕を後ろに大きく回さずコンパクトに畳んでサッと上げて投げるモーション。
身体のブレや小さいとかもあるけど、一番の特徴は腕の振りがコンパクトな分ボールの出どころが見づらくタイミングを合わせにくい。
相手バッテリーは、前の打席でオレにチェンジアップの握りを見られたのに気づいたようだ。これならすぐには見切れない。
だけど良いことばかりじゃない。最大の欠点は……。
「続けていくでェ! そりゃああっ!!」
内角高めストレートだと!?
オレの得意なコースに威力が落ちるボールなど……んっ!!
「うりゃああっ!!」
ズバンッ!!
「ストライク! カウント0−2!」
「うっしゃ! 163キロで追い込んだァ!」
「あ゙あ゙〜! ここで同点に追いつけなかったらもうおしまいだぁ〜!」
クソッ。威力も球速も全然落ちてねえ。
ショートアームは腕の振りをコンパクトにする代償として、生半可にやると手投げのようになって球速も威力も落ちやすい。
だけどエスカンダリのそれは、アーム投げの時とほぼ変わらないものだった。相当な修練と集中力がないと難しいと思うのだが……。
このオレが内角高めを振り遅れるなど屈辱だぜ。
「うふふ。どうやら今回こそ最適解が見えてきたって感じかな〜、うん!」
「……」
ちくしょう。ハカセのささやきにうまく言い返せねェ。心にショックが残ってる。
だがエスカンダリはそんなの知ったことかと言わんばかりにセットポジションに入って、すぐにでも3球目を投げようとしている。
何で来る……このままストレートで……いやさすがにここは変化球だろ……ではどの球種で……。
ああもう、考えがまとまらない。
こうなったら最後の手段……さあ来い!
「一気にトドメや! そりゃああっ!!」
外角低め……ストレートだけどこの角度は!
ズバンッ!!
「ボール!」
ふうっ。判断する時間が短いからキツいけど、見送ることができた。
スリークォーターとはいえ196センチの長身から低めに投げ下ろすと、一瞬はストライクゾーンに入りそうな角度に見える。
それだけでも惑わされるのに、そこからスプリットやシンカーで落として空振りも狙えるのだから厄介極まりない。
配球の予想が追いつかず来たボールを見極めて反射的にバットに当てて……できれば広角にレフトスタンドへ打ち返すしかオレには手段がないのだ。
「ファースト! うんっ!」
突然背後からハカセの叫び声!
そして素早く一塁へ矢のような送球が……原塚さんの帰塁が遅れてる!
「フンッ! これならどうだ!」
「セーフ!」
「なんだアイツ! 今度は前後に180度開脚でベースに届いた!」
「スゲーッ! まるで体操選手みたいだ!」
まあ、原塚さんは元体操選手なんだけどね。
意表を突いたスライディングでタッチをかいくぐったけど、正直ヒヤリとしたよ。
とにかくこれで安心……なんだこの違和感は。
ついでに内野を見回すとかなり変な感覚を覚えるんだが。いや待てよ、ここまでやるってことは。
なんとなくだが見えてきたぜ。ハカセの言う『最適解』とやらが……!
「さあ来い4球目!」
「……なんやねんお前。ワイを急かすとはチョーシこきやがって!」
「オージロウが挑発だぁ! おもろいやんけ!」
「いいぞもっとやれー! 楽しませろや!」
しまった、つい口に出しちゃった。おかげでスタンドがまた騒がしくなって……球審には睨まれてる気配を感じる。
まあやっちまったものは仕方がない。こうなりゃ期待に応えて打つまでさ!
そしてオレの予測が正しければ次は……。
「このイチビリがっ! そりゃああっ!!」
「うりゃああっ!!」
ガコッ!!
「ファウル!」
よし。低めギリギリに落とすスプリットをカットできた。
できれば捉えたかったが思ったよりもキレと落ち幅が良くてこれが精一杯。だけど次も同じなら。
やや厳しい顔になったエスカンダリは慎重に5球目を投げて、外からナックルを中に入れてくる。
「ボール! カウント2−2!」
だけどワンバウンドするほどの低さで手を出すまでもない。もちろん相手バッテリーは振ってくれれば儲けものってとこだろうけど。
6球目は内角膝上からフロントドアでゾーンをかすめて落ちる高速チェンジアップ!
「ファウル!」
これもギリギリまで引きつけて広角に打ち返し、三塁側スタンドの防球ネットに突き刺さった。
見逃せばボール球だったかもしれんが、ゾーンギリギリを狙ってくるエスカンダリのコントロールはそれを許してくれない。
それはともかくスタンドのどよめきが半端ないのは快感……は言い過ぎだが、相手バッテリーに傾いてた雰囲気が明らかに変わってきたのを感じる。
さあて、次は勝負をかけよう。
あと1つボール球が使える場面。そして今の守備位置を見るに、やっぱり最後はアレで仕留めたいのだと思う。
つまりここは……狙っていく価値がある。打ってみたいと思ってたしね。
「なんか企んでそうな感じやけど。お前には打たせんよ、絶対になあ」
エスカンダリに狙いが気付かれたか?
どっちともわからないまま、ヤツはセットポジションで静かに静止して。
ショートアームから渾身の7球目を投げてくる!
「黙って見とけや! そりゃあああっ!!!」
内角……というか腹をえぐってくるクソボールのストレート! 来たぁ!!
「うりゃあああっ!!!」
バッシィーーーンッ!!!
163キロのクソストレート。恐らくはフルカウントにしてからの勝負球……カットボールでオレをセカンドゴロに仕留めるための前フリ。
内角をあえてストレートで意識づけて、最後はストライクを取りにきたと見せかけて引っかけさせて。
いつもより相当深く守らせ、かなり右寄りにシフトしたセカンドの正面に打球を誘導する。
オレから三振を狙うよりもMLBみたいな深さとシフトで打ち取ることがハカセの求めていた最適解だった。
腰を先に鋭く回し、バットのヘッドを遅らせて走らせることでクソストレートを捉えた打球は放物線を描いてライトスタンドの最も深い場所へ突き刺さる。
確信してベースを淡々と回っていく……そんなオレにスタンドからどよめきが聞こえてきた。
「おいっ! あの強烈な打球を素手でワンハンドキャッチしたぞ! あの観客!」
「すげーな。あんなのグラブで捕っても痛そうなのに」
誰だいったい。オレの打球は大したことないとでも言いたいのか。
ちょっとイラッとしながらライトスタンドへ目を向けたオレだったが、その瞳に映ったのは。
確かに素手の左手でボールを手にしている兄ちゃんの姿であった……!
<あとがき>
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次回更新は6月1日(月)の予定です
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