第40話 変態打ちと非情な采配
「うりゃああっ!!」
ズバンッ!!
「ストライク! バッターアウト!」
「きたー! 167キロ高めストレート!!」
「振り遅れの空振り三振がもはや様式美!」
「速えしノビがすげえ……もし先発してたら4点も取れてないかも」
ふふふ。スタンドからの驚きと戸惑いの声が心地よく感じるくらい球の走りが良い!
革新学院高校との準々決勝は7回裏まで終了し、残すはあと2回。
オレは7回裏ワンナウトから大岡がツーベースヒットを許したところでマウンドに立った。
ブルペンでじっくり肩を作ってからの登板なので、いきなり165キロを超えるストレートを連発……我ながら気持ちよく1球もかすらせずに連続三振に仕留めたのである。
「オージロウ! 好調なのはいいけど飛ばしすぎるなよ!」
機嫌よくベンチへと歩くオレに声をかけてきたのはしょーた。ピッチャー交代時にショートからキャッチャーに回っている。
ちなみにショートにはひょ〜ろくくんが入って、大岡と勝崎さんはお役御免となった。
余談はともかく、飛ばしすぎとか終盤で気にしてもなあ。
「そうは言っても負けたら終わりなんだから、例え延長になるとしても力配分してる余裕なんてねーぞ」
「だけど革新学院はエスカンダリ以外にもあと2人ピッチャーが残ってる。それこそ何回まで試合が続くか分からないぞ」
「延長はタイブレークなんだからそんなに続かないでしょ。っていうかオレが次の攻撃で逆転スリーラン打てば済むことだ。というわけで出塁頼むぜキャプテンしょーたくん!」
「それこそオージロウの願望じゃん! おれたちがあのエスカンダリを打つのは簡単じゃねーんだよ!」
「しょーたくんと近海くん! 悪いけどこっちに来てくれる?」
ちょうどベンチに着いたところで古池監督が2人を呼びつけた。どちらも打順が回ってくるから狙い球とか打ち合わせかな?
だけど話したのは結局、二言三言だけ。近海はヘルメットとバットを持ってそそくさとサークルへと向かった。
まあそれはいいんだけどさ。中地さんがベンチでのん気に座っている。
「この回の先頭バッターでしょ! 何やってんすか!」
「俺はこれでお役御免なんだよ! バッターボックスには原塚がもう入ってる。よく見てから言えよな!」
ホントだ。しょーたと喋ってたから気づかなかった。
「す、すんません」
「いや別に謝らなくったっていいんだけどさ、あはは」
中地さんの寛大な心遣いで事なきを得た……それはともかく、古池監督はここで切り札を切ってきた。
もう8回なんだしここで切らねばいつ切るんだ、と言われそうだがリリーフでマウンドに登ったから感覚が追いついてないだけだ。
そしてここまでの試合でも代打で活躍してきた原塚さんを覚えてる応援客たちが揃って歓声を送ってくれている。
「今日もここぞってところで現れた! オージロウに繋げてくれー!」
「今日はいったいどんな打法を見せてくれるんだよ?」
「そいつは塁に出しちゃダメだぞエスカンダリー!」
で、相手バッテリーの様子は……なんかあまり気にしてないって感じで投球の準備をしている。
原塚さんは元々体操選手だったが背が高くなりすぎて野球に転向した人なのだが。
その逞しい大胸筋と上腕筋から生み出される強いスイングで強烈な打球を放つ……但しアウトコース限定で。
インコースはその筋肉が邪魔して上手くさばけず苦手、というかほぼ打てない。
それをごまかす苦肉の策で代打をやってもらってるのだが……さすがにそろそろ分析されてバレていてもおかしくはない。
古池監督はそれも承知で自信を持って送り出したのか、それとも破れかぶれなのか。
前者であることを祈りつつオレたちもベンチから声援を送って見守る。
いよいよ初球。エスカンダリは余裕の笑みを浮かべながら投球モーションに入る!
「お前には打てん! 覚醒したワイのストレートはなあ! そりゃああっ!」
ズバンッ!
「ストライク!」
「決まったあ! 内角胸元にズバッと163キロストレート!」
「いやまだまだ! 原塚なら何とかしてくれる!」
スタンドの声援は今のところ五分五分ってところか。でもグラウンドの雰囲気は圧倒的にバッテリー優位だ。
やっぱバレてる。続く2球目ものけぞらせるかのような高めストレートがコースギリギリに決まって早くも追い込まれた。
「原塚さーん! 次はもうストライク来たら振っていこー!」
なんか当たり障りのない声援しか送れない自分に腹が立つが、これといった妙案が思う浮かぶでもない。
原塚さん自身は……ボックス内で目いっぱい後ろに、そして奥に下がってしまった。確かにそれなら内角も多少は打ちやすくなるだろうけど……!
「そんなことしたらワイらの思うツボやで! トドメや、そりゃああっ!」
今度は外角にまともに届かなくなる。外角低めにストレート……いやカットボールか!
ズバンッ!!
「……ボール! カウント1−2!」
「ボールやとぉ〜! 変化球がキレすぎたか!」
ひええ〜、ハラハラさせやがる。
覚醒したのはいいけど、これまでと同じ感覚で投げると変化し過ぎたってことだな。
そういや原塚さんは……今度はベース側にギリギリまで身体を寄せている。
それだけじゃない。踏み出す左足をあらかじめ前に伸ばして……まさかノーステップ打法かよ?
あんなの原塚さんに教えた覚えないんだけどな。独自に身につけたのだろうか……だけど付け焼き刃でぶっつけ本番なんてなあ。
そんなわけわからん状況で4球目が投じられようとしている。
「なんやねん、イチビッとんのかワレェ! これでも喰らえや! そりゃああっ!!」
「ボール!」
今度は内角ストレートだが明らかに苛立ってボール球。それにしても剛球を避けずに平然としてるなんて、原塚さんは肝が据わってるのか。
というか左足の踏み出しを再確認しながら構えに入った。
一方、相手キャッチャーの比出木ハカセは両腕のボディランゲージでエスカンダリに落ち着くように訴えている。
それで落ち着きを取り戻したのか、エスカンダリは冷静な表情で5球目を投げる動作に入った。
「これで空振って無様に踊れや! そりゃああっ!!」
内角ベルトの高さのストレート……いやワンシームっぽい縫い目!
途中までストレートに見える軌道からシンカー方向に大きく沈んでいく……もうダメだ、原塚さんには打てっこない!
「フンッ! これなら打ちやすそうだ!」
「な、なんだありゃあ!?」
「バッターが180度開脚しやがった!」
意表を突かれた観客のどよめき、それと共に。
左右にペタンと足を開いた原塚さんのバットが沈んでくるボールに向かって振り抜かれるッ!!
「フンッ!!」
バシィーーッ!!
強烈な打球音を残してライナーがセカンドの頭上を越えていく!
「おっと、すぐ走らねば!」
原塚さんは広げたコンパスを畳むかのように立ち上がり、1塁ベースヘと疾走する。
打球はライトの前に落ちて……グズグズしてるとライトゴロになりかねない。
跳馬が得意だった原塚さんは足も速いが……スタートダッシュが遅れたぶんギリギリ。
果たして結果は……。
「セーフ!」
「いよっしゃあ! 原塚の変態打ちで出塁だあーっ!」
「あ、あんなの滅茶苦茶だ! ルール違反じゃねえのかよ?」
いや、バッターボックスに軸足の右足を残したまま、ボックスの対角線上に両足を広げた原塚さんに違反はない。
というかあんな体勢でよく打てたよな。まあ体操選手はあの姿勢が基本だから、かえって安定するのかもしれん。
さあ押せ押せムード……次のバッターにも声援を送らねば!
「近海くん! せっかくのノーアウトの出塁、チャンスを広げようぜ!」
「……だっぴょ」
なんだ元気ないなあ。緊張してるのだろうか?
そしてその後の展開はオレの予想とは全然違っていた。
「ストライク! バッターアウト!」
「あー、全球慎重に選んでたのに結局見逃し三振かー」
「確かにすごいボールだけど振らなきゃ当たんねーぞ!」
どうしたんだろう。積極的なバッティングが持ち味なのに。
「ドンマイ! あとはしょーたオレで何とかするさ」
「うん。頼んだっぴょ!」
サークルへと向かうオレはすれ違いざまに声をかけたが、三振したというのになんだか晴れやかな顔と声だった。
そしてしょーたまで……!
「ストライク! バッターアウト!」
「またバット振らずに見逃し三振かよ!」
「やる気あんのか連合チームはぁ!」
観客のヤジは気にしなくていいけど、何でこんな消極的なんだよ?
「しょーた! ちょっと慎重すぎたんじゃないのか? チャンス広げるどころか」
「だけどランナーは残してお前に繋いだだろ?」
「……まさかお前ら」
「古池監督と話し合ってお互い合意済みなのさ。おれも近海くんも、せっかくセンバツ王者を倒す機会を逃したくないんで。それじゃあ、あと頼んだぜ主砲!」
近海としょーたは、ゲッツーでチャンスが潰えないようにバットを振らなかったのだ。
もちろんフォアボールでエスカンダリが自滅してくれれば尚良しということで。
そして指示を出したのは古池監督。これまでにない非情な采配だ。
だってみんな甲子園で活躍したいから頑張ってきたのに……勝利を優先してこんなことを。
だけど2人とも納得済みというならば。
オレはそれに応えてやらねばなるまい……!
<あとがき>
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