第39話 全力で打ち取る
「おーい。どうするよ、大岡ぁ〜?」
6回裏、ノーアウトでランナー3塁というピンチを迎えて、オレは伝令としてマウンドへ送られた。
といっても古池監督からは特別な指示などない。いつものことだがオレたちに丸投げ……もとい信頼してくれているのだ。そういうことにしておこう。
そしてオレの問いかけに反応した大岡は若干の怒気を含めた声で言い返してきた。
「……まだ投げるに決まってるだろ。俺自身は無失点なんだぜ?」
「そ、それはわかってるけどさ。次のバッターは前の打席でツーラン打った金正一だ。しかも左打ちだし」
「しつこいぞお前! もちろん抑える自信がある。俺のボールと勝崎さんのリードなら……ねえ!?」
「へっ? あ、ああ。もちろん全力を尽くして抑えるさ。2度もツーラン許してたまるかってんだ」
大岡から突然話を振られた勝崎さんは、ややしどろもどろながらも決して弱気ではない。
それならオレがこれ以上どうこう言う必要はないな。
「わかったよ。とりあえず間を取るのが目的のタイムなんだし、あとは頼んだ。しょーたもな!」
「もちろん。どういう状況になっても不必要な失点はしないように努めるさ」
今日はショートに入っているしょーたは、いきなり話を振られても取り乱しはしなかった。『絶対に無失点で』とか変に気張らず、でも大岡を刺激しないように言葉を選んで。
キャプテンがこれなら野手が浮足立ってエラーとかは心配無用だろう。安心してベンチへ身体の向きを変えられる。
そして駆け足で戻ったオレに古池監督が様子をうかがうようにボソッと話しかけてきた。
「どうだった? いけそう?」
「はい。何とかしてくれると思います」
「それなら結構」
「そういえば、待合は何か動きは無かったですか?」
「こちらから見てた限りではバットを手渡したりとか、目立った行為は無し。今回は勘が働かないのかもね」
革新学院高校の『勘の鋭い男』待合は、『このバットなら打てる』とばかりに打席に向かう選手に手渡したりとかいった不可思議なことを、この試合でも行って結果に結びつけている。
それは果たして神通力なのか偶然なのかわからんが、ウチにはどうにもできない話なので気にしないようにするしかない。
だけど何もないなら勝負の行方は五分五分ってことだ。こっちは都合の良い時だけ利用させてもらうさ。
ホッとしたところに監督は冷静な声で指示を追加してきた。
「でもまあ、オージロウくんは心の準備はしといてね」
監督としては、選手たちを信頼しつつも備えもしておかないといけない。というわけで、オレはベンチに座りながら気持ちを高めるために声出しはひょ〜ろくくんたちに任せて見守ることにした。
だけどプレー再開直後に早くも集中力を邪魔されそうな出来事が。
「おみゃーもよぉ、男やったらド真ん中で勝負しいやあ! のう!」
大声で名古屋弁をまくし立てているのは、左打席に入った金正一だった。っていうかどえらい事を言ってんじゃねえよ!
だけど大岡は冷静に受け流してセットポジションから初球を投じる、と思ってたんだけど。
「うっせー! 誰がんなとこ投げっかよ! っらあっ!!」
あちゃー。感情的に言い返しちゃ相手の思うつぼだよ!
「狙い通りのスライダー……やが遠いわっ!」
ガコッ! と鋭くスイングしたバットから鈍い音がして、打球は後方へのファウルとなった。
ふうっ。驚かせやがって……大岡は言い返しつつもコントロールは乱さず、外角高めギリギリにバックドアでスライダーを投げきった。
しかもいつもよりキレがあった。なので金正一のスイングはボールの下に入ってしまったのだ。
一瞬ヒヤリとしたがこれなら十分に勝負できそうだ。そして実際に良いボールが続けて決まっていった。
2球目は内角低めボールになるカーブを引っ張らせてファウルで追い込んで。
そこからは続けて外角低めシンカーで空振りを誘う。
「……ボール! カウント2−2!」
「ふんっ! こげなボール球に引っかかると思うとるんか!? ナメられたもんだがや!」
へへっ。金正一のヤツ、強がってるがハーフスイング寸前だったくせに。
だけど仕留めるのがやっぱ難しいな。大岡と勝崎さんはどうするのかな。
三振がベストだし、それにこだわるのか。1点覚悟で内野ゴロか外野フライに打たせて取るのか。
まさかスクイズ仕掛けて……は無いと思う。見てる限り打たせたほうが得点の可能性が高い。
それでも一応は3塁ランナーに気配りしつつ、大岡はセットポジションから素早く身体を沈めると。
いつもより気持ち深いリリースポイントから、右腕を力強く振り上げる!
「……らあっ!!」
「外角高め……またバックドアか? どえりゃああっ!!」
バコォーッ!!
読まれてたか……と思わず目を背けそうになったけど。
打球は芯を外した打球音を残してレフト方向へ高く、高く上がっていった。
「クソたわけがぁッ! 打ち上げてもうたわ!」
バットを叩きつけながら駆け出す金正一。
大岡の5球目はスライダーではなく、外角高めからやや外にはずした渾身の浮き上がるストレートだった。
曲がらずにそのまま伸び上がるボールは、恐らくどちらでも捉えられる軌道でスイングした金正一のバットを下に潜らせるのに成功したのだ。
あとはショートのしょーたが捕球するだけ。のはずだったのだが。
「……レフトが捕って!」
しょーたが指示を出してレフトが構えに入る……いやなんか動きがおかしい。
まさか早々に目線を切っちゃったか……結局しょーたが慌てて一瞬目を切ってから背走し始めた。
「こっちが捕るからレフト止まって!」
浅いレフトフライで終わるはずがヤバいことになってる。大岡と勝崎さんの頑張りを無駄にしないように頼むぞ、しょーた!
「落とさん! うおおーっ!」
パシィッ! としょーたのグラブに収まるのが見えた。これでひと安心……ではない。
「しょーた! すぐにバックホームだー!」
背面キャッチですぐに送球できないのを見越して、3塁ランナーの比出木ハカセがタッチアップでスタートを切った。
しょーたはなんとか身体を反転して素早く送球した……でも。
「ホームイン!」
「これでまた2点差! もう終盤に入るからウチが勝ったも同然だ!」
「追いつきかけたのにもったいない〜!」
タイミングばっちりで走り出したハカセを刺すことはできなかった。
それにしても金正一のパワーに結局やられてしまった。高く上がりすぎて捕球が難しい打球だった時点でこちらの負け。
「でもさ、犠牲フライだけで済んだと思えば何とかなると思うよ。ホームランだとダメージ大きいけど」
「確かにその通りです〜!」
「このあと失点しなければまだいけるぜ」
古池監督のひと言でオレたちベンチメンバーは落ち込まずに声援を送り続けることができた。まだまだ諦めるには早すぎるのだ。
そして大岡はそれに応えてくれた。
「……らあっ!!」
ズバンッ!!
「ストライク! バッターアウト!」
後続を見事に断って最少失点に抑えてくれたのだ。そして意気揚々と引き揚げてきたのをオレたちは気持ちよく迎え入れる。
「大岡ぁ! よくホームラン打たれなかった!」
「……まあ、最低限の仕事だがな」
「大岡くん、これで汗を拭いて。びっしりだよ」
「ど、どうも。泉さん」
「相変わらず女子には素直だなあ」
「う、うっせー! オージロウだって雛子さんの前じゃ」
「うわっ! どさくさにまぎれて変なこと言うんじゃねえ!」
結局オレがオチに使われてベンチ内は笑いに包まれた。っていうかオレは姉ちゃんと普通に姉弟として接してるだけだ、決してなんとかコンプレックスとかじゃねーから。
そして恐らくは大岡はこれで降板……7回表の攻撃中に準備を済ませるべく、ひょ〜ろくくんに相手をお願いしてブルペンへと向かっていく。
<あとがき>
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次回更新は5月27日(水)の予定です
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