第38話 1点差の攻防
「ボール! フォアボール!」
6回表のウチの攻撃にて、オレのタイムリーツーベースで2−3と1点差に詰め寄った直後。
次の阿戸さんがフォアボールを選んだ……というか相手ピッチャーのエスカンダリ有人の制球が乱れて、何もしなくてもそうなったのだ。
エスカンダリは明らかに苛ついている。このまま押せ押せで一気に逆転といきたいぜ。
「タイム!」
うーん、革新学院高校がいいところで間を置いてきた。まあ、こういうのって名門強豪私学のベンチはお手のものだよね。
そして伝令役がマウンドに向かっている。心なしか、ゆっくりと甲子園のマウンドの感触を確かめながらの小走りで。
あっ! 誰かと思えば、『勘の鋭い男』待合じゃないか!
だけど塁上から近くで見ると、別に怪しげな男というわけでもなく。顔つきは素朴で、なんとなく面倒見が良さそうな雰囲気っていうか。
春のセンバツでは主力の投手陣4人の一角として活躍したそうだが、この夏の大会では強力な1年生ピッチャー昔野が加入して『160キロカルテット』を形成したので控えに甘んじているらしい。
まあ、春夏連覇を狙うチームだし、競争に敗れたら3年生というのは考慮されないのだろう。
そして待合が……いや、先にエスカンダリの声がでかい河内弁の呟きの方が聞こえてきた。
「えーじさん……ワイ、なんかもう気持ちがムシャクシャしてもうて」
『えーじさん』はどうやら待合のことみたいだ。それ以上は聞こえないし、こちらも耳をそばだてたりしないが、全体的には待合がエスカンダリのことを宥めているように見えた。
つまり続投ってことか。あと2人160キロを投げるピッチャーが控えてるんだし、次々に投入すればいいのに。
というかオレがカルテット全員と対戦して打ちたいだけなんだけど……ふふふ。
しかし続投ならウチは容赦なく攻めるだけ。次はバットコントロールとパンチ力のバランスが良い田白……オレたちをホームに返してくれ!
という願いは叶わないことを、この直後に認めるしかないとは……。
ズバンッ!!
「ストライク! カウント0−2!」
「うおおおーっ! 気合入ってんな、あのストレートの威力とキレは!!」
「一気に押しまくっちゃえー!」
「なんかバッター手が出ないっぽいけど」
あー、また革新学院側が盛り上がってウチは勢いが落ちていく。
エスカンダリは開き直ったかのごとく2球続けて渾身のストレートで圧倒しているのだ。
これまではあくまで『多彩な変化球を生かすため』のボールだったのに……様変わりとはこのこと。
そして間を置かずに最後の1球を投げようとしている。
「これで仕舞いや! そりゃあああっ!!」
「内角高め、またストレート……3球続けて同じボールが通じるか! でやあっ!!」
ズバンッ!!
「ストライク! バッターアウト!」
「最速更新の163キロ! エスカンダリが遂に覚醒したーっ!」
「あと一歩で同点だったのに! ちくしょう!」
敵ながら凄い気迫だった。田白はよく食らいついたけど、あれはちょっと打てん……オレでもどうだったか。
それにしてもキャッチャーの比出木ハカセも思い切ったリードだった。最後の配球は変化球で仕留めたくなる場面、なのにストレートで押し通すとは。
エスカンダリの意志なのかもしれないけど、迷いなくそのボールを受け切ってたのは臨機応変さも持ち合わせてるってことなんだろう。
ああ、早くまた打席が回ってこないかな。あんなの見せられたら、今度こそスタンドに叩き込んでやりたくて仕方がないよ……!
◇
ベンチに戻る前に内野指定席、アルプス席、ライトとレフトの外野席を見渡したが、姉ちゃんたちに動きは見られなかった。
もちろん兄ちゃんの姿を探して見渡してみたけど……いなかった。
あのゲリラ豪雨の騒ぎに紛れて入ってきているのでは、と期待したんだがなあ。
それとも以前とは格好を変えてどこかに潜んでいるのか……いやそれでもあの体格と雰囲気はなかなか隠し通せない。
「どう? 見つかった?」
落ち込みつつベンチへ入ろうとしたところで不意に古池監督から話しかけられて、ちょっとビクってなった。
監督は兄ちゃんとは高校球児としてチームメイトだったから、普段は表立って言わないが心配なのはオレや姉ちゃんと同じだと思う。
「あー、今のところは全然です」
「そうか。昔はこんなまどろっこしい真似をするヤツじゃなかったのにな。年月は人を変えてしまうのかねえ」
「それはオレもよく分かってます。あの一緒にいた連れの女性の影響ですかね?」
「どうだろうね。そもそも高校時代は野球しか頭になくて、彼女どころかモテる要素も無かったから実は今でも信じられない。しかもギャルっぽい女性だったし」
「それもよく分かってます……それともやっぱよく似てる別人なんですかね?」
「だけど見た限りでは限りなく本人っぽいんだけどなあ。何で逃げたんだろうね、本当に」
そこだ、一番の疑問は。何か事情があって今まで姿を隠してたとしても、実の妹である姉ちゃんが接近したら逃げ出すなんておかしいだろ。
連れの女性に脅かされてたとか、そんな様子でもなかった。とにかく気まずいので逃げる、そんな感じだったのだ。
いろいろと気にはなるが……ここからはチームの応援に気持ちを戻す。ひとまず兄ちゃんのことは姉ちゃんたちにお願いしよう。
というのも、この6回裏は試合のポイントになりそうな予感がする。
マウンドにはアンダースローの大岡。
中軸でどちらも左バッターの3番ハカセ、4番の金正一を続けて相手しなければならない。
1点差に詰め寄った直後にまた引き離されると流れが相手側に傾いてしまうので、是非とも無失点でしのいでほしいのだ。
まずは小柄だがシュアなバッティングで長打も打てるハカセを左打席に迎えて、大岡の初球は……。
ズバンッ!
「ストライク!」
まずはアンダースロー独特の浮き上がるストレートでストライク先行。いい感じだ。
表とは打って変わってスタンドの観客たちも息を呑んで見守ってる。動きがあるまではこのままだろう……ここがポイントだってみんなわかってる。
続けて高めにストレートで早くも追い込む。
そして相手の狙いがハッキリした瞬間でもあった。
大岡の決め球である、浮き上がりながら変化していくスライダー。これに絞っているのは明白だ。
途中までは似た軌道のストレートには全く手出しせず、でも集中力は切らさずに最後まで視線を向けて見送ったから。
スライダーを打てる自信があるというのか。このまま決めにいったら……!
大岡と勝崎さんはどうするつもりなのか。せめて1球はカーブかシンカーでタイミングを外しておかないと。
しかし自らの決め球への信頼と、恐らくは少しでも長いイニングを投げるために効率的に打ち取るのが目的で、大岡は3球勝負に出た。
セットポジションからスッと上半身を沈めて、ややインステップで踏み出しながら右腕をしならせて振り上げる!
「……らぁっ!!」
「内角高め、顔に向かってくるような軌道……ここだ、うんっ!!」
バシーィッ!!
ハカセは身体を軸にして巻き込むようなスイングで、決めにきたスライダーを1塁ベースに向けて打ち返した!
「クソッ! 届かねえ!」
鋭い当たりで頭上を越えようとする打球を、ファーストの中地さんはジャンプしたが及ばずに抜かれてしまった。
あとは線を越えるか否か……。
「フェア!」
ほとんどライト線上に落ちた打球はそのままファウルゾーンへと転がっていき、ライトがなかなか追いつかない。
ハカセは足もそこそこ速く、あっという間に2塁ベースを蹴って……。
「3塁打! しかもノーアウトで何でも点が取れるぞ!」
「また2点差にされそうだ! もうオージロウを出せよー!」
クソッ。でも大岡はウチのリリーフエース……こんなピンチこそ切り抜ける男なのさ。
それに革新学院側はあと2人、こちらはオレ1人という投手陣の厚さの違いを考えれば、延長も考慮してそう簡単にピッチャーを変えられない状況だ。
というわけで頼んだぜ、大岡……!
<あとがき>
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