第37話 狙い球と駆け引き
「さっきはさぁ〜、しょーたくんに狙い球を見事にダマされちゃったよ〜、うん!」
左打席に入ろうとするオレに話しかけてきたのは比出木ハカセ。
準々決勝の対戦相手、革新学院高校のキャッチャーでしょーたとは中学時代のチームメイトだった男だ。
小柄でオデコが広めで一見大人しそうな雰囲気だが、しょーた自身が『自分よりずっと頭が良い』と言っていた相手をダマシたとは。
いや……狡猾な面も垣間見えるヤツなので言葉通りに受け取るのは危険だ。油断させてなんか情報を喋らそうとしてるのかもしれん、その手には乗らんぞ。
「そりゃあ、ピッチャーの持ち球が多すぎるからだろ。こっちは当てずっぽうでもいいんだし、キミも管理が大変だなあ」
「そうでもないよ、むしろ組み合わせが無限に作れて楽しいし、うん。でもさっきは『ストレートを狙う』ってハッキリ言われて、昔のよしみで信じたのにさ」
んなわけねーだろ……しょーたは隙の多い男ではあるがそんなこと喋るか? それにコイツはそれを素直に信じるタチには見えねーんだけど。
もうこれ以上は喋る必要もない……トボケて終わりにしよう。
「そうなんだー、へえー!」
「そんな強引に終わらせなくても。もうひとつだけ話に乗ってよ〜、うん?」
「……なんだよ?」
「オージロウくんの狙い球はズバリ、『前の打席で仕留められたボール』でいいかな〜、うん!?」
コイツ……確かにそうだけど、絶対に悟らせるもんか。
「そんなことより、そろそろエスカンダリくんが投げてくるんじゃないの? 準備しなくていいのかな?」
「うふふ。そうだね、もう十分だ。うん」
なんか不気味な言い方だな……。
でも気にせず構えよう。グズグズしてると球審から遅延行為だと注意されかねない。
エスカンダリはさすがに何も言ってこない……いやなんか口を開きかけてる。
「おい。ワイはさっきのホームラン予告、忘れてへんからな」
意外と根に持つタイプなんだな。しかし変に応じると退場になりかねないのでサラッと流す。
「もうどうでもいいだろそんなの。この打席で決着つけりゃいいだけだ」
エスカンダリはグッと睨み返すが口は閉じて、そのままセットポジションに入る。
オレは……とにかくボールに集中する。結果的には睨み合うみたいになったけど。
さて初球は何でくるのか。ハカセの言う『オレの狙い球』を生かす配球をしてくるはず。
それにしても、アレはスプリットとチェンジアップの中間みたいな初めて見る軌道だった。
途中まではストレートみたいな球速だが手前でブレーキがかかって、最後はややシンカー方向へキレのいい落ち方をして。
低めに決められると振らずにはいられなくなるんだよな。
外角に落とすとしたら、やはり前と同じく先に内角を攻めてから、だろうか。それとも裏をかいて外角一辺倒か。
始動したエスカンダリが、スリークォーターの角度で右腕を振り切る!
「厳しくいくでェ! そりゃああっ!!」
ん? 嘘つきめ、真ん中高めストレートだと?
いやまさか。手前で減速して、鋭くややシンカー方向に落ちて……!
ズバンッ!
「ストライク!」
「ド真ん中見逃し! 何やってんだよー!」
「いいぞエスカンダリ! 怪物キラーだぁ!」
早くもスタンドが騒がしいが、まだ初球だっての。だがいきなりあのボールを堂々と……!
「うふふ。これがキミへの最適解な攻略法かな、うん。決め球を打つことに気持ちが集中して、それがいきなり甘いコースに来るなんて考えもしない」
クソッ。自分でも気づかない心理を見透かされた気分だ。
確かに低めいっぱいとかに来てくれたほうがボールを冷静に見極められた。それか本当にストレートなら反射的に広角へ打ち返せたかもしれない。
だけど途中で変化に気づいて、かえって手が出なくなった。
どうしよう……ダメだ引きずっては。忘れて次のボールを見極めることに専念する。
2球目こそどんなボールが来たって反応してやるぜ。さあ来い。
「次で足元ガタガタや! そりゃああっ!!」
どこが! 外角高めストレート!
「うりゃあああっ!!」
スカッ!!
「ストライク! カウント0−2!」
「うわああっ! オージロウ全然ダメじゃん!」
「やっぱセンバツ王者はぽっと出と格が違う!」
ちくしょう。今度は外へ沈んでいくワンシームか。縫い目をよく見ていれば判別できたはずなのに。
たぶん、初球を心の何処かで引きずってた。このままじゃ、みんなのお膳立てが無駄に……!
エスカンダリは何を投げるも自由に選べる立場だ。こちらは追い込まれた以上、もっとギリギリまで引きつけて見極めるしかない。
161キロストレートはレフト線へ、ほかのボールもセンターから左方向へと打ち返すイメージで。問題は内角への速いボールだ。
となれば次は……。
「今度は腹を抉るでェ! そりゃああっ!!」
その通りの内角、ベルト付近にストレート……じゃあないよね!
「うりゃあっ!!」
バコンッ!!
「ファウル!」
「ふうう〜っ!」
「ああ、三球三振とはいかなかったなあ」
スタンドはホッとしたような、残念なようなため息に包まれた。
まさに抉るように浮き上がりながら曲がってきた150キロのカットボール。
身体ごと鋭く回転して当てるイメージで1塁線の右へと鋭い打球を飛ばした。
というかファウルに逃れるのが精一杯。狙い球を絞るどころか来たボールに反応して当てるだけ。
そして考えさせないためか、エスカンダリは4球目もテンポよく投げてくる。膝の先へと落ちてくるスローカーブ……!
「ボール! カウント1−2!」
手を出したくなるのを我慢できた。完全にタイミング外されてるから、空振りかポップフライ、はたまたピッチャーゴロが関の山だった。
このまま、あの決め球は投げずに終わらせるつもりか。見せ球としては効果抜群だったしな。
まあどちらにしてもオレは次に勝負をかける。
配球としてはここで1つ安全に振らせたい。もしくはボールになってもいいレベルでギリギリを狙う。
オレにはここしかある程度の予測が立たない。それ以降はハカセの無限の組み合わせに翻弄されるだけだ。
それには投げる瞬間に全集中だ。オレの予想が正しければアレを見極められるかも。
ここで1塁ランナーのしょーたに目線を投げかける。言葉にはできないが察してもらえれば幸いだ。
エスカンダリはセットポジションに入って……いきなりプレートを外す!
「おっと!」
「ふん、いまさら」
さっきのオレの目線でしょーたの動きが気になったか。でも恐らく配球は変わるまい。
ハッキリいって刺そうと思えば刺せたのに1塁に投げなかった。つまり、それでスリーアウトになれば次の回でまたオレと勝負しないといけなくなる。
それは当然避けたいよね。ここまで追い込んでんだからさ。
というわけで改めてセットポジションに入ったエスカンダリは……今度こそこちらに集中して投球モーションを始める。
「ほな決着といこか! そりゃああっ!!」
そうだな……見えたぜ薬指がっ!!
「うりゃあああっ!!」
バシィーーンッ!!
外角低め、ストレート並みの球速から手前でブレーキが効いて。
ボールゾーンへ鋭く落ちながら逃げていく『高速チェンジアップ』を、踏み込んでほぼ右腕だけで左中間めがけて弾き返す!!
チェンジアップは様々な握り方があるが、中指と薬指を縫い目にかけるパターンが多い。
あの決め球はもしかしたら、と思ってリリースの瞬間に全集中したらドンピシャだった!
軌道自体は既に見切っていた。あとはイメージ通りに振り抜くだけだった。
オレがバットを振り始めた瞬間からスタートを切ったしょーたは、既に2塁ベースを走り抜けている。
そして打球が左中間を転々と弾んでいく間に一気に3塁を回って……。
「セーフ! ホームイン!」
「おっしゃああっ!! オージロウの弾丸ライナーで1点差だあ!!」
「ああー、せっかく追い込んだのに〜!」
スタンドの大歓声の中、オレは2塁から3塁へ……はやめておいた。ライト方向の打球なら狙ったんだけど、さすがに左中間で狙えるほど俊足じゃない。
それにしても、外角低めに161キロストレートとスプリット、ツーシーム、そして高速チェンジアップと4択を仕掛けられる相手バッテリーの方が有利だったのは間違いなかった。
でも、初球で見せた高速チェンジアップはオレが狙う対象から外すと読んで裏をかいてきたのだろう。
というか球種がわかっていないと思ってたはず。悪いが見抜かせてもらったけど。
「クソがッ!! 1点もやらへんって約束やったのに。これじゃえーじさんが……」
なんかエスカンダリがブツブツ言ってるがなんの話がよくわからんな。えーじさんって誰だよ?
まあオレへの罵倒じゃなければ何でもいいよ。
ハカセもさすがに呆然としていたが、さすがにキャッチャーとしてすぐにマスクをかぶり直した。
さて、ウチの次打者は阿戸さん。オレをホームに返してください、頼んます。
<あとがき>
いつも読んでいただいてありがとうございます
次回更新は5月22日(金)の予定です
よろしくお願いします




