第35話 中断と試合の流れ
「ストライク! カウント1−2!」
革新学院高校との準々決勝は4回裏、1−1の同点のまま相手側の攻撃まで進んでいる。
表のウチの攻撃は、オレが三振を喫すると後続もあえなく三振に仕留められてしまった。
これで相手ピッチャーのエスカンダリ有人には6者連続三振を許した……流れが嫌でも向こうに傾いてしまう。
しかしウチの先発ピッチャー轍くんは崩れることなく、この回の先頭バッター比出木ハカセを追い込んだ。
この調子で相手の中軸を打ち取れば流れを引き戻せるに違いない。ここは声を張り上げて轍くんをもり立てるぞ!
ちなみにオレはDHなのでベンチから声援を送る。
「イケるぞ轍くん! 自信持って先頭バッターを打ち取って勢いに乗ろうぜ!」
声が聞こえたのか軽く頷いてくれた。というか聞こえる余裕があるなら大丈夫だ。
そしてプレートを踏んでそろそろ4球目を投げる……というタイミングでの出来事だった。
「……うーん、曇ってきちゃったね。予報通り」
古池監督からそう言われる前には気づいていたけど、昼前だというのに突如としてどんよりどよどよと黒い雲が立ち込めて暗くなったのだ。
スタンドの観客たちも徐々に騒ぎ出して……次の瞬間には!
ズザァーッ!!
「ギャァァァーッ!! バケツひっくり返したみてーな雨が!」
「とんでもねーゲリラ豪雨だよこれ!」
「このままじゃ全身びしょびしょになっちゃう!」
屋根のある内野指定席以外の観客たちは一斉に通路へと避難しているが、まさに阿鼻叫喚の地獄絵図……はさすがに言い過ぎか。
それでもかなり混乱しているのがこっちからでもわかる。
姉ちゃんは内野指定席だけど、レフトとライトそれぞれの外野席にいる由香里さんと仲尾さんは無事に避難できてるかなあ。
アルプス席の応援団は一応雨ガッパとかを用意していたみたいだが、雨の勢いがスゴいのでやっぱり避難中。笹木先生と松笠先生も席を離れたようだ。
球審から試合の中断が宣言され、グラウンドに出ていたメンバーたちも急いでベンチに引き上げてくる。
オレたちベンチメンバーと女子マネ、監督たちは総出でタオルやら着替えのシャツやらを用意して迎え入れて、めちゃくちゃ慌ただしいひと時を過ごしたのであった。
◇
「スゲー! みるみるうちに水溜りが消えていく!」
「これが阪◯園芸さんの神整備ってやつか!」
ゲリラ豪雨は10分から15分程度で止んだのだが雨量が凄くて、グラウンドのあちこちに水溜りができていた。
このまま明日に順延で継続試合かと思ってたのに、整備を始めてから短時間で試合再開できそうな状態に戻ってきたのだ。
というわけでウチも準備をしておかないと。
特に轍くんは心身のケアが必要だ。中断して再開後にリズムや身体の状態が変わって打ち込まれる、というのは良くあるパターンだ。
肩を冷やさないようにジャージを羽織らせて一緒にストレッチして、不安にならないようにいろいろと話しかける。
「さっきの調子なら相手が誰でも打ち取れるよ! 思い切って攻めていこう」
「だけど気負いすぎないようにだけ気をつけて」
「必ず点とって援護するから、それまで踏ん張ってくれたらいいんだ」
轍くんは特に反論などせずに、はい、はいと返事をしてくれるもんだから、彼の気持ちが切れないようにみんな沢山のアドバイスを送っている。
そうして試合再開を迎え、轍くんは不安なく引き締まった表情のままマウンドへ向かった。
と、オレたちはそう思っていた。でも実際は緊張でこわばった顔だったのだと思う。
あとから振り返れば、みんなが良かれと思ってあれこれアドバイスしたその内容を吸収しきれず、消化不良を起こしていたのだろう。
更に革新学院のベンチ前では『勘の鋭い男』待合が打席に向かう比出木ハカセになにやら話しかけていた。
まさかまた……。
◇
「ボール! フォアボール!」
せっかく追い込んでいたのに、再開後は結局1球もストライクが入らずにランナーとして出してしまったのだ。
そしてハカセは1球もバットを振らず、ほくそ笑みながら1塁ベースへと向かう。
対照的に何度も首を傾げる轍くん。投球に納得がいかなかったのだろう。
まさか待合の神通力で……いやいや、そんなのある訳がない! やっぱり再開直後で轍くんが調子を落としただけさ。
「轍くん! 次のバッターでゲッツー取ればいいんだから気にするな!」
大声で呼びかけるがイマイチパッとしない。ダメだ気を取り直さないと!
なかなかこちらの考えが届かずにイライラするなあ。
そして相手側ベンチでは不思議な光景を目にし
た。
4番バッターの金正一がバットを取り出そうとしたところで、待合がうまいこと気をそらしつつバットをすり替えたのだ!
まあ、金正一はそういうのは信じず自力しかあてにしなさそうな奴だから、正面切ってバットを渡そうとしても受け付けられないのだろう。
それで何かを感じ取ったのかは定かではないが……ウチの古池監督もここで動いた。
「大岡くん、ブルペン行って準備しといて。オージロウくん、相手をしてあげて」
「……えーと、マウンドで投げるのは」
「大岡くんだからね! 勝手に投げる準備しちゃダメだよオージロウくん!」
「はーい」
クソッ、トボケてオレを投げさせる流れにする作戦はあっさり失敗した。
「行こーぜ大岡」
「……お前、勝手に仕切るんじゃねえよ!」
なんかいきなり機嫌を損ねてしまった。まあ、実際にボールを受けるのは勝崎さんなんで別にいいか。
そうしてファウルグラウンドに設けられたブルペンに2人で向かっていた最中のことであった。
「どえりゃあ甘えボールだわなあっ! どえりゃあああっ!!」
バッシィーーン!!
金正一の球場内に轟きそうな大声での名古屋弁と、会心の当たりとも言うべき打球音がオレたちの耳に届いた。
またもや起きてしまったのか……投げたボールが何故か真ん中付近の甘いコースに行ってしまうという、あってはならない話だ……!
オレたちはその左バッターが放った打球の行方を呆然と見送ることしかできなかった。浜風の逆風をものともせずにライトポール際へ……!
「ホームラン!」
塁審の腕がぐるぐると回っている。
「きたあーっ! 金正一の豪快な一発!」
「流れが来はじめてたのに……雨でピッチャーのリズムが崩れた!」
スタンドの歓声がたまらないほどの大きさで盛り上がってる。
その喧騒の中、相変わらず気難しい顔をしている大岡に強い声でオレは呼びかける。
「ちょっと早めに肩を仕上げられるか?」
「俺はいつも仕上がりが早い……いつもはショートからリリーフに回ってすぐ投げてるだろーが!」
そうだった。というわけで3球投げたあとは座って大岡のボールを受ける。
十分に威力のあるボールが来てる……これなら今日はこれ以上打たれまい。
そして次のバッターがストレートでフォアボールを選んだ場面で、大岡はベンチへと向かい始めた。
それから間もなく、予定より早いピッチャー交代がウチから球審へと告げられたのであった。
<あとがき>
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