第27話 延長タイブレーク突入、そして……。
「おいっ、アイツ……今度はプロテクター付けて出てきたぞ?」
「でも何で? 9回にキャッチャー代わったばかりだろ、確か」
「アクシデントでもあったんじゃないか?」
我らが5校連合と青懸巣学園の試合は5−5の同点で延長線に突入し、オレたちは10回表の守備についている。
古池監督から守備位置の変更を言い渡されたオレは、急いでプロテクターを身に着けてミットを右手にはめた。
ちょっと手間取ってベンチを出るのが遅れたけど、今ようやくキャッチャーボックスに入ったのだ。
そして9回はキャッチャーだった勝崎さんが入れ替わりでレフトに回っている。
理由は2つあって、まずは勝崎さんのリードが読まれている恐れがあること。
で、もうひとつは……おっと、マウンドの大岡がアンダースローのフォームから投げ始めようとしている。
右打席に立つ9番バッターへの初球は……。
「ボール!」
外角にはずしたストレート。そしてここからがオレの役割を見せつける瞬間!
「しょーた! うりゃああっ!!」
「嘘だろ!? 片膝ついて座ったままで、マウンドの高さギリギリのレーザーみてーな送球!」
「2塁ランナー飛び出してるぞ!」
スタンドの驚きの声が……やっぱ気持ちいい!
ふふふ、どうだオレの強肩は。地方予選ではバズーカと呼ばれたが、どうやらレーザーへ昇格したらしい。
それはともかくとして。
「うわっ! やべえ!」
「オージロウ、ナイス送球!」
ズバンッ!
ショートに回ったしょーたがセカンドベースをカバーして、ここでもナイスキャッチ!
果たして判定は。
「……セーフ!」
「ひえ〜、危なかったよマジで!」
「これじゃうかつに盗塁できねーな」
これこそオレがマスクをかぶった理由。青懸巣学園の盗塁、特に重盗を防ぐためといっても過言じゃない。
高校野球のタイブレークはノーアウト一二塁から始まるが、2人同時に代走を出してきたのだ。
データでは地方予選で重盗の実績があったので……三塁まで行かれると下位打線でもスクイズでも何でも得点が入るチャンスがある。
さて、盗塁は今の牽制で慎重になるだろう……あとは最低でもこのバッターでアウト一つは取ること。もちろん無失点で。
そこから、できうる限り送りバントもさせないように内角に外角、高めに低めと次々に目先を変えてボールを投げ込んでもらった。
その間オレは捕球するごとにサッと立ち上がって2塁ランナーに牽制の姿勢を見せ続けた。
そして最後は……。
バコンッ!!
シンカーを引っ掛けさせてショートゴロ。ダブルプレイ頼んだぞしょーた!
「思ったよりもボテボテ……セカンドは無理か」
うーん。しょーたはセカンドベースを一瞥はしたけど、そっちは諦めてそのままファーストに送球してアウトは一つのみ。
結果的には送りバント成功と同じくワンアウト二三塁となったのである。
まあでも仕方がない。ゴロを捕った時点で迷いが生じるような場合って、無理にやるとエラーになったりして余計にピンチが広がるのはよくある話だ。
それはもう切り替えて……次のバッターに注意を向けなければならない。
何故なら打順は1番に戻って……先頭打者ホームランを打たれた発条が右打席に立ったからだ。
「あ〜、オージロウくん。なかなかリードうまいじゃない〜!」
「それはどうも」
打席に入った時点では穏やかな顔で話しかけてくれたのだが……両手でグリップを握って構えると雰囲気は一変した。
「ピッチャーが誰だろうが、どんなリードをしようが……来たボールは必ず打ち返す!」
ひええ! またもや獲物を狙う視線と半端ない集中力で異様な雰囲気を発している。
どこへ投げさせようか。どこに投げても打たれそうだ。オレと違ってアンダースローの大岡は力でねじ伏せるようなストレートは持ち合わせちゃいない。
確実に空振りさせる場所は思い浮かばない。だけど、一つだけ頭に入れているのは、1点ならやむ無しってことだ。
一番ヤバいのがホームラン……その次は長打。
幸いにもウチが後攻だからサヨナラ負けは無い。だから短打で済めば、1点で済むなら十分だ。
この強打者を完全に抑え込もうとすると、逆にこっちが追い込まれてしまう。
そういう意味では、アウトを増やしつつランナーを減らせれば効率はいい。
というわけで初球はここに頼むぜ!
「……らぁっ!!」
「ボールが向かってきて……いやゾーンに曲がっていく!」
ズバンッ!!
「ストライク!」
まずは一発かました……かな。
内角ボール球からフロントドアでストライクゾーンをかすめる、高めに浮き上がりながら曲がっていくスライダーが!
ある程度は予測してただろうけど、初見ではやっぱりなかなか手が出ないボールだと思う。
さて、ここからが本当の勝負。さっきのは発条にはもう通用しないだろう。
次は完全にタイミングを外して体勢を崩しておかないと……恐ろしく強く速いスイングで捉えられる。
とわかっていてもなんとかしないと。
続けて2球は高めのボール……釣り球で誘いかけたが全く反応無し。
これも続けてると打たれそうだな……何か打開するボールを投げないと。
ランナーにも気を配らねばならないし、この状況はキャッチャーにとってもキツいぜ。
ではこれで行こうかな。大岡にはオレの意図をサインから読み取ってもらえれば……都合がいい話なのはわかってるが、そうしてもらうしかない。
マンガみたいな以心伝心なんて……ましてや普段からそんなに仲が良いわけでもない。
だけどここで欲しいモノは分かっているはず。さあ運命の4球目!
「……らぁっ!!」
「内角……肩口から入るカーブだと……!」
スパーーーンッ!!
「うわああーっ! スリーランやられたあ!!」
「さすが! 絶好のホームランボールを見逃さずに仕留めた!」
フロントドアで投げたカーブ、というかまさに引っ張るには絶好のボール。
でもオレは確信していた。これはホームランにはならない。
「ファウル!」
「お、惜しい! 引っ張りすぎたか!!」
「ヒヤヒヤさせやがって〜!!」
大岡はボールにかける回転を微妙に変えて、いつもより緩く投げてくれた。オレの意図した通りに。
見た目の軌道よりも遅く入ってくる思わぬ絶好球に、スイングのタイミングを崩してしまったのだ。
もちろんこれも2度は通じないけど……今回だけ通じればそれでいい。それじゃ最後の仕上げと行こうか。
5球目は外角低め……バックドアで入ってくるシンカー!
「ボール! カウント3−2!」
ワンバウンドするほどキレが良かったけど見切られた。でもこれも前フリでしかない。
それじゃ今度こそ最後。いつも通りに決め球で得意のコースに決めてくれ!
「……らぁっ!!」
スパーーンッ!!
「クソッ……ミスショットだ」
発条はバットを地面に叩きつけかけたけど、さすがにこらえてから一応は走り出す。
それでも外野……ライト定位置よりやや深くまでは飛んでったんだけどね。
いつも通りの決め球、外角高めから更に浮き上がりながら外に曲がっていくスライダーで仕留めることができた。
決め手はやっぱり惜しかった大ファウル。あれでタイミングを合わせることに気がいって、ストライクゾーンをかすめるボールを長く見過ぎてしまった。
っていうところだろう。細かい理屈は後付けで、感覚的に崩せそうだと思う配球をした……。
正直に言うと大岡が怒りそうだから黙っておくけど。
そしてタッチアップで1点は取られたけど、続く2番バッターの場者を三振に仕留めて追加点を防いだ。
鯨路に回さずに済んだのはデカいぜ……試合の流れはウチにきている。
あとはオレが期待に応えるだけ。
10回裏も相手はリリーフエースの射座がマウンドに立つ。
そして先頭打者はオレ。
ノーアウト一二塁からのスタート……ここで決める。できなければウチに勝機はない。
大岡はあと1回が限界だろう。控えているのは1年生の轍くんだけ……正直って青懸巣学園打線は今の彼には荷が重い。
さて、左打席で構えよう……。
「うっ!」
相変わらず鬼気迫る表情で全集中している射座を前にして、思わず声が漏れちまった。
ひょ〜ろくくんが怖かったと言ってたのがなんとなくわかったよ。でもオレは引き下がらない。
そしてオレも全集中する。初球に。
射座は158キロのストレートにカットボール並みの球速のスライダー、チェンジアップ、シンカーと一通り球種が揃って、しかも全て精度が高い。
伊佐部寺のスプリットのような『必殺技』ではないけど、どの球種でも十分に決め球にできる。
つまりはカウントが進むごとにかえってバッターが絞りにくくなって不利になるのだ。
だから初球に全力を注ぐ。どの球種で来るのか、オレならどう攻めるのかを考える……。
やっぱり最も得意そうなスライダーか、それともタイミングを崩すチェンジアップ……いや、あと残っている球種は……!
打ち取るところから逆算すれば、アレで視線とタイミングを翻弄するんじゃないかな。
「小僧……俺のボールにはなんぴとたりとも触れさせん。この回でゲームセットだ!」
口調は静かだが激しい感情を秘めたセリフに呑まれそうになるが、グッと睨み返す。
オレも迷いなく全集中できた……さあ来い!
射座はセットポジションからおもむろにモーションに移って、スリークォーターの角度で右腕を鋭く振り抜く!
「ぬおああああっ!!!」
狙い通り……外から外角低めに大きく速く曲がり落ちてくる!
「うりゃあああっ!!!」
バッシィーーーンッ!!!
ストライクゾーンの外角低めギリギリでヘッドをこれでもかと速く振り抜いた。
打ったのは、射座のもうひとつ持ち球……バッターの視線を上下に動かしてタイミングをリセットさせるパワーカーブ。
この試合で誰にも投げなかったボールをバックドアで、オレの虚をついて先手を取るために投げられたボール。
バットに乗せる感じでそのまま弾き返す感覚で放った打球は、大きな放物線を描いてバックスクリーンに向かっていく。
思わず見とれるが、高校球児の確信歩きは怒られるのでとにかく走り出す。
打球の行方はもう追わなくても分かる。
オレは淡々とベースを回って、サヨナラスリーランの3点目のホームを踏んだあと、チームメイトたちにもみくちゃにされたのであった。
<あとがき>
いつも読んでいただいてありがとうございます
次回更新は4月29日(水)の予定です




