第26話 勝利目前
バコーーンッ!!
ライト方向、というかライトポールに向かって鋭いライナーが飛んでいく。
打球が速すぎて、あっという間にポールに届きそうだ……しかし打球音からすると芯で捉えきれなかったのか、徐々に右へと切れていく。
「ファウル!」
「ああ〜! 今の惜しい、もうちょっとだったのに〜!」
「オージロウの最速168キロが打ち返されてる……やっぱコイツもバケモンか?」
両側スタンドのどよめきが半端なく、なかなか落ち着かない雰囲気だ。
現在は8回表ツーアウト、マウンドに立っているのはもちろんオレだ。
この回先頭の発条、続く場者にはオレの最速168キロでノビるストレート連発によって三振に仕留めたのだが。
右打席には青懸巣学園の3番バッター鯨路がどっしりと大きく構えている。
そしてとにかく粘る。前の打席では空振りさせた高めの釣り球もピタッとヘッドを止めて見送られ、ストライクゾーンに投げればカットされる。
クジラのような巨体で豪快なイメージとは裏腹に、基本に忠実なインサイドアウトのスイングで猛烈なスイングスピード……ギリギリまで引きつけて対応できるのが鯨路の強みだ。
で、8球目の外角高めを捉えられかけた、というのが現時点。
さすがに球速とノビが落ちてきた。しかしどうにかアウトに仕留めねばならない。
とにかく上位3人だけでも抑えてからでないと、安心してリリーフに引き継げないからだ。
「オージロウく〜ん。お互い疲れてきたし、そろそろ決着のボール投げようよ〜?」
鯨路が人懐っこい笑顔でなんか言ってきた。思わずグラッときたが、そうは思う通りになるもんか。
オレはしょーたがあるボールのサインを出すのを待っている。使うと後が面倒になるので、甲子園に来てからは事実上封印していた変化球を。
これで仕留めれば問題ないのだ……何度も首を振ったあとに察したしょーたに頷いて、おもむろにモーションを始動する。
右足を踏み込むと、いつもよりほんの少し身体を早く開いてボールに回転をかける!
「うりゃあああっ!!」
「また真ん中……いやストレートじゃないよ!」
ズバンッ!
「……ボール! カウント2−2!」
「さっきの曲がらなかったか?」
「あれシュートじゃないの?」
「オージロウって変化球は無かったんじゃ」
またもやどよめきが。実は滅多に投げないけど一応は持ち球としてシュートがあったりする。
使うとストレートが段々と勝手にシュート回転し始めるから、その問題を解決できるまでは実戦で使うまいと思ってたんだけど、そうも言ってられなかった。
「取っておきでここまで隠してたってこと? でもこの程度じゃ、俺には通じないよ〜!」
まあそうだろうな。あっさり見切られたし。
それも見越した上での10球目!
「ボール! カウント3−2!」
内角ひざ上に投げたストレート……と見せかけたフロントドアのシュート。あまり曲がらないのは想定してたけど、振ってくれたらな、とは思ったがそうはならなかった。
これでフルカウント。ストレートが勝手にシュート回転しないようにもたせるのはせいぜい2、3球が限度……次が勝負!
グッとグリップを握って構える鯨路に向かって、今のオレが投げられる渾身のボールを投げつける!
「うりゃあああっ!!!」
「真ん中低め……シュートじゃない、ここからノビてくるストレートだ! ぶおあああっ!!!」
ズバンッ!!
「ストライク! バッターアウト!」
「うわああっ! 鯨路がド真ん中を……ボールの上を空振りだあっ!!」
「普通に低めのストレートに見えたけど、なんで!?」
スタンドも困惑の決着。そして鯨路も驚きの表情でつぶやいてる。
「そんなバカな。まさか落ちるボールでも投げたのか!?」
それは錯覚だよ。というか思い込みを利用させてもらっただけ。
オレの渾身のストレートはノビてホップする……この打席ではそれを8球連発した。
おかげでもう、ホップするようなバックスピンをかける指先の力が残ってない。
それどころか最後はちょっと垂れ気味になった情けないストレートだった。腕の振りだけは渾身のキレだったから、悪いけど騙されちゃったというわけだ。
いつも通りにノビてたら、もしかしたら打球が今頃レフトスタンドに突き刺さってたかもな。
◇
5−3と2点リードのまま、いよいよ9回表。
この回からマウンドにはウチのリリーフエース大岡がショートから回って、しょーたがショートに変更。
キャッチャーは控えの勝崎さん。
オレはDH解除でレフトの守備についている。
もうヘトヘトなので、そのままお役御免といきたかったけど……接戦なので念のためという古池監督の希望で打線に残ったのだ。
そして、その予感は悪い方向で的中してしまった。
バシィーーンッ!!
「出たあーっ! 本岡の起死回生のホームラン! 1点差に詰め寄ったぁー!」
「いきなり初球、それも決め球のスライダーが打たれるなんて!」
なんと、いきなりの一発……外角高めから浮き上がりつつ逃げていくスライダーを、本岡は狙いすましたかのようにおっつけてライトスタンドに力で放り込んだのだ。
4番とは言え、大岡なら十分に打ち取れる相手のはずだけど、出合い頭ってやつか。
それにしてもヤバい。スタンドの雰囲気が一気に青懸巣学園へと傾いてきてる。
バシィーーッ!!
「今度は賀来がツーベース! いけるぞ同点、いや一気に逆転しちまえー!!」
「おいおい、マジでヤバくなってきたぞ」
続く賀来にも初球、ストライクを取りにいった内角低めシンカーを拾われて……左中間、つまりオレと阿戸さんの間を抜かれてしまった!
「チクショーが! 三塁は踏ませねーぜェ!!」
守備範囲が広い阿戸さんが先に追いついて、強肩でしょーたへとダイレクトに返球!
「おっと! 思ったよりも速い返球されちゃったよ」
三塁をうかがおうとした賀来だったが、さすがに諦めてツーベースにとどめることができた。
ふう〜、とりあえずホッとひと息……だが、まるで投球が読まれてるみたいに思える。いったいどうなってんだ?
と、ここでベンチはタイムを取って伝令の近海を送り出してきた。
オレが思った疑問について伝えに来たのだろう……そのあとは勝崎さんのリードが変わった。
良くも悪くもオーソドックスで無難なリードをしたがるしょーたとは対照的に、勝崎さんは相手の心理を読みつつ大胆に初球から決め球を使ってきたりする。
でも相手がそれを研究してたら……逆に狙いが絞りやすい。監督はそこを指摘したのだろう、特に初球は慎重な配球となった。
しかし結果的には……。
「おっしゃあああ! スクイズで同点!!」
「せっかくリードしてたのに〜!!」
送りバントとスクイズ、ここまで仕掛けなかった小技を連発して青懸巣学園は執念の粘りを見せたのだ。
だけど逆転は許さずに青懸巣学園の攻撃は断ち切った。あぁ〜、外野から見てる状況はハラハラして落ち着かなかったよ。
だが、9回裏はランナーが1人でも出ればオレに回ってくる。サヨナラで決着をつけてやるぜ……!
などと考えながら外野から引き上げて、ベンチへと入る直前の出来事だった。
「今はなんぴとたりとも、俺の身体に触るんじゃあねえ……!!」
怒気を含んだ激しい声が、青懸巣学園のベンチから聞こえてきた。
驚いて見ると、いかにも気が強い顔つきの選手がベンチを出るところで、それを怖い……もとい迫力ある顔と体格の砂井田監督が苦笑いで見送っていた。
どうやら怒鳴ったのはアイツのようだ。
「相手もリリーフエースの射座を出してきたよ! ウチも気を引き締めて打席に立とう!」
やっぱそうなんだ。それにしてもみんなが見てる前で監督にまで怒鳴るなんて、とんでもなく気難しいヤツがいるもんだ。
射座は開校3年目の青懸巣学園で3人しかいない3年生部員の1人。ボール自体も凄いけど、マウンドで放つ圧倒的な気迫と集中力で相手打線を抑えるタイプらしい。
そしてオレたちはその評判をまざまざと見せつけられた。
「ひい〜! 怖くてまともにスイングできなかったです〜!」
9番のひょ〜ろくくんが三振して、半泣きでベンチへと戻ってきた。
「何がそんなに怖かったのさ」
「あの、有無を言わせない迫力でどんどんストライク投げ込まれて……とにかく怖かったです!」
何だよそりゃ。とちょっと呆れていたのだが、次に起きたことはオレたちを震撼させた。
「ストライク! バッターアウト!」
途中から1番に入った原塚さんが得意の外角であっさり空振り三振。
少しくらいボール球でも、外側へのヘッドの走りが速く筋肉パワーで強く弾き返せる人なのに……ほぼカットボール並みの球速で大きく曲がるスライダーにキリキリ舞いだった。
そして続くしょーたも。
「ストライク、バッターアウト! スリーアウト、チェンジ!」
チェンジアップで翻弄されたあとに、158キロでノビてくるストレートで緩急をつけられて三球三振。
「いよっしゃああ!! 射座が三者三振に仕留めて、完全にウチに流れがキター!」
「オージロウは降板しちゃったし、これ完全にヤバい状況でしょ……」
勝利ムードから一転して、相手の押せ押せムードとなって延長タイブレークに突入となった。
いずれにしても、オレに打席が回る次の回で決着がつくことになるだろう。それ以上長引くようならウチの敗北は決定的だ……!
<あとがき>
いつも読んでいただいてありがとうございます
次回更新は4月27日(月)の予定です




