第25話 追加点を取りにいく
「さあ! ツーアウトランナー無し、あと一つ締まってこーぜ〜!」
「オージロウ! 何寝ぼけたことを抜かしてんだお前は!」
「……まだ気を抜いてやがんのか……なんなら俺が気合い入れなおしてやるぜ?」
「オージロウさんボケボケです〜!」
えっ。お前らこそ何を……って、そうだった。
セカンドベース上には、さっき二塁打を放った青懸巣学園の本岡が立っている。
「へへっ。そのまま気づかないでノーワインドアップで投球してくれたら盗塁できたのに、残念っす」
当の本岡にまで言われる始末。ああ、何たる失態。
さっきのホームベース上のクロスプレーで同点が阻止されたことに気を良くして、オレはバッターランナーの存在をうっかり失念してしまったのだ。
これはしょーたを始めとした野手たちから非難轟々なのも致し方ない。
でも、おかげで今度こそ目が覚めた。バチィッ! と顔を両手で叩いて気合を入れ直す。
というわけでまだ同点のピンチ。そして次のバッターも油断ならない相手……!
「敵だけどさ、オージロウくんが好きだから忠告するよ。この回ずっと力を入れまくってるけど、もっと気楽に脱力した方が良いボール投げられると思うけどな〜?」
右打席に入った5番バッターでクセ者のキャッチャー賀来が打席からささやいてきた。
どういうつもりだ……でも言ってることは間違っていない気がする。まあ、とりあえずお礼を言っておけば問題はないはずだ。
「なんか、わざわざありがとう。おかげで程よくリラックスできた……かな? あははは!」
「うーん……余計なお世話だけど。もう少し相手の発言の裏を考えるクセをつけた方がいいんじゃないかな〜」
そりゃどうも、と心の中だけで返事をする。どうやら『ささやき返し』が結果的に成功したらしい。
それはともかく、右におっつけるのが得意な賀来をどうやって追い込むか。
しょーたは……まあわかったけど、要するに全力で投げ込めってことね。
初球は全力の外角高め!
ズバンッ!! と見事に166キロで空振り。
2球目も同じコースで……今度は1塁側ベンチ側へバコッ! とファウルを打たせてツーストライク。
そして最後の仕上げは……。
「うりゃあああっ!!」
「内角低め、ボールか……いや、地面からノビてくる!」
ズバンッ!!
「ストライク、バッターアウト!」
「いぃ〜! さっきの攻めはキッツいわ〜!」
低いボール球からゾーンギリギリへとノビ上がる167キロストレートで、見逃し三振に仕留めた!
ふう〜! 天を仰いで悔しがる賀来を横目にベンチへと引き上げる。
この回は本岡への初球以外は全集中で投げきったから汗びっしょり……さっきアンダーシャツを替えたばかりだというのに。
結局気持ち悪さに耐えられずにもう一度ベンチ裏で着替えた。洗濯物が溜まっていく……。
でも実は、ユニフォームやアンダーシャツ、ソックスなどは高校野球期間内だけ特別対応してくれるクリーニング業者さんに依頼しているのだ。
費用は掛かるけど、心置きなくプレーできるのはありがたい。特にユニフォームの泥汚れは落とすのが大変なので……。
それはともかく味方の攻撃中はベンチでグダりたい。これ以上気を張るのは限界だ……。
◇
「ボール! フォアボール!」
いよいよ試合も終盤の7回裏、ウチの攻撃中。
4−3でウチがリードしているのは変わらず、球場の照明はすでに点灯してナイターに突入している。
で、青懸巣学園のエース伊佐部寺は疲労のせいか、前の回から制球を乱し始めてフォアボール連発……。
そして今、しょーたが出塁してノーアウト一二塁。つまりオレにダメ押し追加点のチャンスが回ってきたというわけだ。
ここでスリーランを打てば一気に突き放せる。そうなればウチは8回から継投を考え始めてもいいかも……気合いが入るぜ!
「タイム!」
相手側から要求か。伝令が……いや違う。
ブルペンから別のピッチャーがマウンドに向かって駆けてくる。
おっしゃ、エースを引きずり下ろした! と一瞬喜びかけたが、青懸巣学園はピッチャーの分業制も確立してて、次に出てくるのは中継ぎエースなのだった。
そして特に左バッターに強いというデータが出てる左腕、古果がマウンドに登った。
あからさまにオレにぶつけてきたよな。それだけ左打者封じに自信ありってか。
ならなおさら、ここでトドメを刺してやる。
そう意気込んで左打席に入ると、古果が話しかけてきた。
「俺のような左ピッチャー、初見で打てるかな〜? まあこっちは左封じの仕事をキッチリやらせてもらうから!」
「……地方予選でも左ピッチャー打ってきたんで。相手が何だろうと追加点は必ず取るよ!」
威勢良く言い返したものの、実は甲子園ではまだ左ピッチャーに当たっていないんだよな。
とにかく身体が早く開かないように壁を作って……と基本を頭の中で唱えつつ構える。
古果はプレートを一塁側で踏んで……セットポジションから右足を更に一塁側へ踏み出した。
ここまでインステップで投げてくる相手は初めてだな。そこから更にサイドで左腕を振り抜いて……リリースの瞬間が見えない!
「せやああっ!!」
投げたのか……でもボールも見えない。背中に当たるんじゃ……!
ズバンッ!!
「ストライク!」
「うおーっ! すげーキレ味のスライダー決まったぁ!」
「オージロウが思わず後ろに下がったけど、やっぱ見えにくいんだな」
「あんなので内角攻められちゃな〜」
スタンドから色々と聞こえてくるけど、その通りだから何も言い返せない。
これまでも背中側からボールが来る、『見えづらい』左腕はいたけど。
古果のそれは、視界から完全に外れてしまう『全く見えない』レベルであった。
見えてきた時には身体にぶつかりそうなコースに来ていて……そこからスライダーがググッとホームベースに向かって曲がっていく、いわゆるフロントドアを食らったのだ。
なんか腹を切り裂かれそうな気分だった。いやさすがに大袈裟か。
何にせよ、これを左バッターが打つには……やっぱりある程度オープンスタンスにするしかないのかな。
だが身体が開いて外に逃げるボールに泳がされそうだ。でも見えないことには……。
迷った末にややオープンに構え直す。
外角は……まあ読めていれば何とかなるだろう。
ちなみに古果は持ち球が大きく曲がるスライダーとカットボールしかない。というかストレートすらほぼ投げずに自信のあるこの2つだけで勝負してくると聞いている。
さて2球目はどっちだ?
古果は右足をインステップで踏み出し、左腕で空を切り裂くように振り抜く!
「せやああっ!!」
なんとか軌道が見える……また内角か!
「うりゃあ……うわっ!」
ズバンッ!!
「……ボール!」
「球審! スイングは?」
キャッチャー賀来の要求に判定した三塁塁審は……。
「ああー! 空振りストライクに変わっちまった!」
「さすが左キラー! オージロウを追い込んだぞ!」
残念ながら右腕を上げられてしまった。
またフロントドアのスライダーかと思ったら、滅多に投げないはずのストレートを……いや、もしかしたらカットボールかも。
どちらにせよあの角度からの見えづらい145キロは体感的にもっと速く見える。
それを腹をえぐるように投げ込まれて、スイングを止められないまま後ろにのけぞってしまったのだ。
「フフ、さすがのオージロウくんも手を焼いてるってとこかな〜?」
賀来が前の打席のお返しとばかりに煽ってくる。ちくしょう……いや、ここで頭に血が昇ると間違いなく外のボールを空振りするハメになる。
次はどうする……セオリーなら踏み込めないように内角を攻めて外で勝負だけれど、意表を突いて内角で3球勝負もあるかも……。
正直読めない。こっちで狙いを絞るしかなさそうだ。
そしてその3球目……!
「ボール! カウント1−2!」
外に逃げるスライダーを低めに投げてきた。これでオレの反応を見て、振ってくれれば儲けもんってところか。
4球目……勝負で内角に来るか、それとも。
「ファウル!」
外角ギリギリを突いてきたカットボールをファウルで逃げる。オープンスタンスで外角を打つのがなんとなく掴めたような……。
などと考えていたら5球目を投げようとしている。
ここまでと同じく右目の端でボールを視認しつつ、どっちに来るか……。
「せやああっ!!」
内角……このカウントならもちろん!
「うりゃあああっ!!」
バッコォーーンッ!!
内角胸元に投じられたボール気味のカットボールを、狙い通りにギリギリまで我慢してからバットのやや根元側で捉えた。
なぜなら、もし読みが外れてスライダーでも捉えられるように、ヘッドの軌道をベース寄りにしたから。
詰まりながらも身体を回転させて押し出した打球は、放物線を描いてライトポール際へ……。
「ファウル!」
打席で完全に1塁側を向いた状態でコールを確認した。惜しかったがしゃあない、もう一度オープンに構え直そう。
内外角に揺さぶってきた相手バッテリーだが、オレの予想以上の対応力に戸惑っているのが分かる。
オレはとにかく自分のスイングスピードを信じてギリギリまで引きつけてから弾き返すだけ。
あとはどちらの集中力が先に切れるかの勝負。
さてこれが最後。6球目は果たしてどっちに。
「せやあああっ!!」
「ボールを追いかけずに肩の開きを抑えておっつける……うりゃあああっ!!」
バシィーーンッ!!
真ん中高め……からゾーンギリギリに逃げていくスライダーをレフト方向へ強烈に打ち返す!
つい引っ張りたくなるんだよな、ああいうの。我慢できた自分を褒めてやりたい。
さあ、これでトドメのスリーランがスタンドへ……。
「アウト!」
ま、まさか。嘘だろ?
だが打球はフェンスにベタつきだったレフトのグラブに収まっている。
押し込みが不足して失速したか……次こそは。いや、古果は中継ぎだから恐らくもう対戦できない。
ちくしょう。やはり初見でああいうタイプは難しいなあ。
しかしランナーはタッチアップで三塁へと進み、続く阿戸さんの力で持っていった犠牲フライで貴重な追加点……!
これで8回と9回を抑えればウチの勝ちだ。
とりあえず相手の上位打線だけ片付けたら、あとは抑えの大岡に託そう。
そんなふうに余裕こいて考えていたのだが、オレは忘れていた。青懸巣学園は諦めずに粘るチームだと古池監督から事前に注意点として聞かされていたってことを。
<あとがき>
次回更新は4月24日(金)の予定です
よろしくお願いします




