第18話 1回裏の攻撃
「初回から相手の勢いが猛烈だったけど……結果的にソロホームラン1点だけでしのいだ。まだまだ十分に逆転するチャンスがある。頑張って打っていこう!」
ベンチに戻ると古池監督がオレたちの気分を持ち上げつつ笑顔で出迎えてくれた。
そして記録係としてベンチ入りしている女子マネの泉さん、鯉沼さんも、これから打席とサークルに向かう2人に声援を送る。
「中地さん、相手のトップバッターに負けずに、先頭で出塁お願いします!」
「しょーたも! チャンスを広げてオージロウさんにキッチリ繋げなさいよね!」
その際に泉さんからドリンクを手渡された中地さんは、見るからにデレデレした顔に……3年生なんだからもっとシャキッとしろよなー。
いや、今時はこういう『上級生のくせに』なんていうのも逆パワハラになるのかもしれない。ということで口には出さず心の中だけに留めておく。
「オージロウくん、はいこれ。汗を拭いてアンダーシャツ着替えたほうがいいんじゃないかな?」
「あ、どうもありがとう、泉さん」
続けてオレにもタオルとシャツをテキパキと手渡してくれて、なんか申し訳ない。
言われてみれば汗びっしょり……それだけ青懸巣学園の攻撃はプレッシャーがキツかったということだ。
「オージロウくん、なんだか顔が赤いっぴょ!」
「女子から手渡されて照れるなんて純情かよ!」
えっ。今、オレの顔ってそうなってんのか……普段の生活で姉ちゃんのウザ絡みも難なく対応できるオレに女子の免疫が無いなんてことは……ここは反論しておこう。
「そ、そんなんじゃねえよ! まだまだ暑い中投げてたから、その」
「はいはい、わかってるって! だからさっさと着替えてこいよ!」
なんだよ、お前らの方から言い出したくせに……まあとにかくベンチ裏で汗を拭き取ってサッと着替えて戻ると、既に中地さんがベンチへと引き上げてくるところであった。
もうアウトかよ! すぐに準備してサークルに行かないと。
そしてベンチを出るところで、戻ってきた中地さんにちょいと声をかける。
「どしたんすか? あっさり三球三振とかですか?」
「……ああ、その通りだけど」
「相手の先発投手はコントロールが良くないし、落ちるボールが多いから低めは捨てようってミーティングで決めましたけど……振っちゃいました?」
「振ったよ。ただし、3球目のボール球だけ」
「えっ。ということは」
「ズバズバっとストレートを低めに決められたんだよ、2球続けざまに。分かっただろ、俺はチーム方針に背いちゃいねえ。けどやられた」
「……そういうことですか。どうやら相手の調子が絶好調みたいですね」
「ああ。だから柔軟に対応したほうがいいと思うけどな、俺は」
中地さんは言い終わると憮然とした表情でベンチへと引っ込んだ。
まあ、今日の方針を決めた古池監督にではなくて、想定と違う状況に臨機応変に対応できなかった自分に対して、って感じだけど。
それはともかく、しょーたの打席を見て相手のボールを見極めてから対策を考えよう。
と、軽く考えていたのだが。
「ストライク! カウント0−2!」
初球は方針通りに内角低めを見送ったが、ストレートがそのまま決まってしまった。
そして2球目は外角低め……やや甘いところに入ってきたのを、しょーたは思い切ってスイングしたんだけど。
急にストンと落ちて、あえなく空振り。
スプリットかと思ったが、ジャイロ回転に見えたから落ちるスライダーだろうか。まあ、今のはいいところに決まったから仕方がない。
このピッチャー、なんかしらんがストレート以外の持ち球はスプリットとこのスライダー、つまり落ちるボールばっかりだ。
よくこんなので多岐川第三打線を抑えられたな……球速も速いとはいえほとんどが155キロを超えない程度なのに。
などと考えていたらテンポよく3球目を投げてくる。
そして実際に投げてきたのはボール球になる低いコース……きちっと見極めろよしょーた!
スカッ!
「ストライク、バッターアウト!」
「よっしゃーっ! 今日も奪三振ショー頼んだぞー!」
「オージロウの前にランナー出せないなんて。せめてソロホームランで同点に追いついてくれ〜!」
うわあ……相手側の応援席を完全にノセちゃったよ。反対にこっちは沈んだ雰囲気に。
連続三球三振を食らったらそうなるよねえ。
というわけでしょーたを問い詰める。
「2球目はともかく、何で3球目振っちまったんだよ!? ボール球だろーが!」
「……見分けがつかなかった」
「意味分かんねえんだか」
「真ん中低めに決まるストレートに見えたから。それで振るしかなかったが、結果的には恐らくスプリットを振らされた」
「ますます分からん」
「実際に打席に入れば分かるさ。おれも中地さんの打席を見て思ったのとでは随分と違ったから」
そしてしょーたもやはり厳しい表情を残してベンチへと引き上げていった。
さて、オレもそろそろ打席に入らないと遅延だって球審に怒られかねない。でも慌てることなく左打席に入ると、足で足場を固めつつ構える準備をする。
「どう? ウチのエース……伊佐部寺は。打てそう?」
相手キャッチャーの賀来がささやいてきた。素直に答えるべきか、それとも。
「どうなんでしょうね? オレを抑えられそうですか?」
「ええ〜。質問に質問で返すなんて失礼だなあ」
ふふふ。何と言われようがまともに答えねーよ。何か探ろうとしてるか揺さぶるつもりなのが見え見えなのにさ。
で、その相手エース伊佐部寺についてだが。
身長は193センチ、体重も100キロ近くていかにも筋肉質な大男。上腕筋と胸板の厚さが半端ない。ついでに顔もイカつい。
で、オレと同じ2年生。
寡黙なのか、マウンドからは特に何もつぶやいてこない。
持ち球は先述の通り2種類の落ちるボール……おっと、ランナー無しだがセットポジションから投球モーションに入った。
初球は何が来る……。
ズバンッ!
「……ボール!」
初めてボール球から、しかも変化球……スライダーを内角低めに投げてきた。
確かに凄いキレがあるボールだけど、打てないことはない。
それよりも問題なのはボールの角度だ……!
あまり膝を曲げず沈み込まないフォームなのもあるんだけど。
右腕の角度が本当に『真上』に近い。オーバースローといってもあそこまで高い角度は見たことがない。
想定以上に上から落ちてくる感じ。なんだろう、バレーボールでスパイクを打ち込まれたみたいな。
どうしよう。アッパースイングにすべきか……悩んでいるうちに2球目が来る!
「むんっ!」
雄叫びと共に投げてきたのは、真ん中高めだと?
チャンスボール、もらったあ!
「うりゃああっ!!」
ズバンッ!!
「ストライク! カウント1−1!」
……なんだこりゃ。ストライクどころかクソボール振らされた!
高めの釣り球っていうよりは……高いリリースポイントから落ちて来ずに、そのままの高さでストレートがノビてきたって感じ。
バッターは自然と落ちてくる軌道を想定するから……だけど次は見極める。
だが3球目は、一転して外角低め!
ズバンッ!!
「ストライク!」
155キロのストレートに手が出なかった。2球目とのあまりの角度の差に、オレはどうスイングすべきか分からなくなってしまったのだ。
そしてオレが混乱してるのを見透かしてか、相手バッテリーはサッとサイン交換を済ませると素早く4球目を投げ始める。
「むんっ!!」
これでもかと上から投げ下ろしたのは、またもや外角低め。しかも同じコース。
くそっ……いや落ち着け。ボールを見極めて引きつけて打てばいいんだ。
ジャイロ回転では無さそう……スライダーじゃない。
そして鋭く落ちる気配もない……つまりストレートだ!
「うりゃあああっ!!」
スカッ!!
「ストライク! バッターアウト!」
「オージロウまで仕留めて三者三振! サイコーの出だしだあっ!」
「見たか! 伊佐部寺こそが最強ピッチャー!」
「オージロウまで手も足も出ない……ヤバいぞ」
そんなバカな。あれはスプリットだったのか?
ストレートにしか見えなかった……!
だがボールは、ストライクゾーンからやや外へ逃げた位置で地面ギリギリでキャッチャーミットに収まってる。
現実はスプリットであったことを残酷に示しているのだ。
「悪いなオージロウくん。答えは『もちろん抑えられる』、ちょっと遅くなったけど」
賀来からの返答が聞こえて、オレはやっと我に返ってベンチへと戻ったのであった。
<あとがき>
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次回更新は4月8日(水)の予定です
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