第15話 姉ちゃんが応援にやってきた
「オージロウ、それにみんな! 朝から頑張ってるじゃない!」
3回戦の試合を明日に控えて、ホテルの前の空きスペースを使わせてもらい、オレを中心に集まって身体をほぐしている我らが5校連合チーム。
女子マネたちも交えて雑談しながら和気あいあいとした雰囲気でまったりやっていたのだが。
目の前に唐突に姿を現して声をかけてきたのは、言うまでもなく姉ちゃん……いや我が姉、山田雛子であった。
「あっ! 久しぶりですね、こうやって直に会うのって!」
「わざわざ俺の応援に来てくれるなんてよぉ、今から力がみなぎってくるぜ〜!」
「雛子先輩、お疲れさまです〜!」
みんな早速姉ちゃんに挨拶を返す……のはいいのだが。
全員がオレの前からあっという間に姉ちゃんの方へと移動して囲み、笑顔であれやこれやと喋り始めたのだ。
同じ両親から生まれた姉弟だというのに、この人気と人望の差は何なのか……ちくしょう、いずれはオレのほうが圧倒的にチヤホヤされるようになってやる!
と密かに決意している間にしょーたとひょ〜ろくくんが姉ちゃんに構ってもらおうとして、また面倒な要求を始めた……もういい加減にしろっての。
「雛子さん……いえコーチ! 早速おれをビシバシしごいてください!」
「ぼくの方が先にお願いです〜!」
「後輩のくせに図々しいぞひょ〜ろくくん!」
「しょーたさんこそ先輩のくせに大人げないです〜!」
だが姉ちゃんはしょーたたちの願いをあっさりスルーして談笑し続けてる。対応も慣れたもんだ。
そして結局、埜邑工業女子マネでしょーたの幼馴染みである鯉沼さんが2人の前に立ちはだかる。
「アンタたち! また性懲りもなく雛子先輩に迷惑かけて、いい加減にしなさい! なんなら、あたしがまとめて相手してあげようか?」
「前から言ってるけど、よっちゃんのやり方は求めてないから! 助けて!」
「ひいっ! ぼくもお断りです〜!」
やれやれ、これでようやく静かになった。
それじゃオレも声をかけるとするか。
「姉ちゃん! 今日来るなんて……しかもこんな時間にホテルへ訪ねてくるなんて聞いてねえぞ!」
「それはそうよ。だってオージロウが驚く顔が見たくて黙ってたんだから」
「なっ……そんなことのために!?」
「そうだけど。で、それのどこがいけないのかしら〜?」
実の弟をからかって遊びやがって、いつまでオレを子供扱いするんだ……しかもフフンと得意気な表情が余計に腹が立つ。
いや待て、オレは連合チームでの活動を通じてオトナになっている……はず。だから姉ちゃんとガキの喧嘩みたいな言い合いなどしないのだ!
「いや、いけないことはないけどさ。先に教えてくれていた方が、もっと歓迎できたのにって残念なんだよ」
「……つまんない。もっとムキになって文句言ってくるのが楽しみだったのに」
「えっ!?」
「何でもない! つまんない返しだって呆れただけよ」
何だよ、そんな漫才師みたいなことオレにできっこないのわかってるくせに。正直いえば少々腹立たしいけど、ここは話題を変えて雰囲気を変えよう。
「ところで1人で来たのかよ」
「ううん。わたしとゆかりん、あやちゃん。あとゆかりんのお母さんの4人だけど」
『ゆかりん』とは姉ちゃんの幼馴染みで先日の女子硬式高校野球選手権のチームメイトでもあった由香里さん。
『あやちゃん』は旧連合チームで同じチームだった多岐川高校の女子マネ仲尾さんのことだ。
「お〜い、ひなちゃ〜ん!」
「オージロウくんたち久しぶり〜!」
噂をすれば……ホテルの裏側を流れる武庫川を渡る橋の方から2人が歩いてくる。
確かあっち側にもホテルが1軒あったはずだ。
「姉ちゃんたち、まさか昨日からホテルに入ってんのかよ?」
「そうだけど」
「3回戦は明日だぜ、宿泊費がもったいないだろ」
「だって、それはついで……あっ」
ついでってなんだよ。どういうことかとさすがにみんなもざわめき出した。そしてオレはそれを代表して姉ちゃんを詰問する。
「オレたち連合チームの応援が目的じゃないってさ、なんなんだよ?」
「……コホン。それも目的の一つ。それとは別の目的もある、それだけよ」
「だから別のっていうのはいったい」
「ごめんねオージロウくん。実は私たち『タカラヅカ』の観劇が元々の目的なの」
「由香里さん……もっと詳しくお願いします」
「ウチの母、実は昔からタカラヅカのファンで会員にもなってるんだけど。今日の分も合わせて3回分のチケットを手に入れることができて、母が休暇を調整して私も一緒に観劇旅行する計画立ててたの」
「一緒にって?」
「会員は同行者も1人分だけ同時に購入できるの。それはともかく、ホテルの空き室が4人部屋しかなくて」
「あっ……それで姉ちゃんと仲尾さんを誘ったんだ」
「うーん、仲尾さんは……まあそうね、他に都合がつく人がいなかったし」
ここで由香里さんと仲尾さんの間に見えない火花が……。
2人は何ていうか、姉ちゃんを取り合うライバルっていうか。女子の友情関係は色々と複雑だなあ。
そんなどっちでもいいことを考えていたが、姉ちゃんは構わず話を続ける。
「まさかオージロウたちもすぐ近くのホテルが宿になるとは思わなかったけどね〜。ここから甲子園球場に行くのもそんなに手間かからないし、3回戦はもちろん……日程的に準決勝までなら応援に行けるから」
「そういうことなら安心した。で、姉ちゃんと仲尾さんはタカラヅカ観劇しないのかよ?」
「そのために当日一般券が出てないかを今から確認しに行くんだけど」
「つまりキャンセル待ちってわけだ。まあ幸運を祈ってるぜ」
祈ってるとは言ったが、姉ちゃんのことだから高確率で手に入れると思う。とにかくこういうことでは昔から無類の強運の持ち主なのだ。
「じゃあ、わたしたちはこれで行くから」
「ちょっと待った! 例の件だけど」
「ああ、ごめんなさい。兄さんの件、何か進展はあったの?」
「2回戦の試合後に父さんが地元の警察署へ相談に行ったんだけど……今のところ新たな情報は無し。あ〜、あの時オレが声をかけることができてたら」
「仕方がないでしょ、兄さん……かもしれない人はすぐに立ち去ったわけだし。まあ、明日はわたしも観客席からずっと探し続けるから」
「頼んだぜ。っていうか兄ちゃんの顔は覚えてる?」
「もちろんよ……忘れるわけ、ないじゃない」
この時の姉ちゃんは静かな口調ながら、背中がゾクッとするくらいの気迫を感じたというか。さすがに野暮なことを聞いたと反省する。
「オージロウくん、私も手伝いたいんだけど……ごめんなさい、お兄さんの顔はぼんやりとしか覚えてなくて」
「あたしはその件は全く役立たず。でもその分応援は精一杯やるから勘弁して」
「由香里さんも仲尾さんも気持ちだけで十分です。それよりタカラヅカの方も楽しんでください」
「うん、ありがとう……よーし、連番の当日券2人分を絶対に手に入れてやるぞー!」
「仲尾さん、その場合だけど。良かったら席代わってあげようか? 当日券よりもずっといい席で見れるよ?」
「いやいや、そんなの悪いから遠慮しとくよ〜」
やれやれ、既に姉ちゃんの隣の席を巡る闘いは始まっているようだ。
◇
「こ、これくらいの角度で投げればいいか?」
「うーん、まあそれでもまだ低いだろうけど……とりあえず頼むよ原塚さん!」
午後からの練習時間、オレたちは明日の対戦相手……青懸巣学園高校の先発投手について対策をやっている。
といっても連合チーム内で最も背が高い原塚さんにマウンドからできるだけ高角度で投げてもらう、というシンプルな方法だけど。
それでも実戦ではだいぶ違うと思う……なにせ相手の身長は190センチ超と津々木マイクに引けを取らない上にオーバースローなのだ。
だけど何もやらないよりはマシ、と言い聞かせてオレたちはバッティング練習に汗を流す。
<あとがき>
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次回更新は4月1日(水)の予定です
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