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第77話 掲示板を“正式設置”しても説明しない

 角の朝は、静かだった。

 板は板。釘は少し。木札は一枚。箱は閉じてる。欠けの石は欠けたまま。

 静かだと助かる。助かるって言うな。胸の中で助かる。


 ……のはずが、今日は静かなのに“音”が増えた。


 とん。

 とん。

 とん。


 木を叩く音。釘が入る音。

 直し屋の人が角に来て、板の前で腕まくりをしていた。


「……板、替える」

 直し屋の人が一語だけ言った。

 それだけで分かる。分かるって言うな。胸の中で分かる。


 今までの板は、薄い。軽い。軽いのは助かるが、軽いと風に負ける。

 紙も木片も、軽いと飛ぶ。飛ぶと拾う。拾うと口が増える。増やすな。


 板番のおばさんが腕を組んで見ている。顔が「分かってる」。

 その横で、落とし物箱は閉じている。閉じている箱は良い。開きっぱなしは増える。


 レンカが息を吸って口を押さえた。えらい。

「……正式っぽい」

「言うな」

 ユリネが即座に刺す。

「……胸の中で、正式」

「胸の中なら勝手にしろ」


 正式っぽい、が危ない。

 正式っぽいと、人は説明を足したくなる。

 説明を足すと、板が板じゃなくなる。欄になる。欄は増える。増やすな。


 案の定、ミナギが目を輝かせた。輝くな。

「おっ! じゃあ“使い方”書こうぜ!」

「書くな」

 ユリネが短く切った。

「えっ、でも初めての人困るじゃん」

「困るって言うな」

「……胸の中で困る」

「胸の中でも言うな」


 タケルが真顔で板の前に立った。

 立ち方が“壁”じゃない。“線”だ。

「説明しない」

 一言。

 怖いのに、刺さらない。生活の怖さだ。


「えっ」

「見るだけで回る」

「言うな」

 ユリネが刺す。

「……胸の中で回る」

「胸の中なら勝手にしろ」


 直し屋の人は、板の角を合わせて、釘を打った。

 とん。

 とん。

 とん。

 板が“座る”音がする。座ると落ち着く。落ち着くと、手が増えない。


 でも増えるのは、ここからだ。

 板が新しくなると、人は“何を掛けるか”を増やしたくなる。


「ここ、朝市」

「ここ、井戸」

「ここ、湯屋」

「ここ、落とし物」

「ここ、直し屋」


 誰かが指で空中を区切って言い始めた。

 区切り。

 危ない。

 区切りは欄の入口だ。入口が開くと、欄が増える。やめろ。


「区切るな」

 ユリネが短く言った。

「えっ、でも分かりやすい」

「分かりやすいって言うな」

「……助かる?」

「助かるのは“薄い板”だ」


 板番のおばさんが、板の端を指でとん、と叩いた。小さい音。呼び笛にならない。

「掛けるのは木片一枚」

 言い切りそうになって、おばさんは言い直す。

「……今日は、それで回す」


 今日だけ。

 その言い方は増えない。助かる。助かるって言うな。


 直し屋の人が、板の上に小さな釘を一本だけ打った。

 一本だけ。

 一本だけなら増えない。

 釘が一本だと、掛けられるものも一本だ。


 そして、木札が一枚だけ掛かる。

 いつもの字。小さい。角ばってる。


 見る


「……戻った」

 ハルが小さく言いかけて、口を押さえた。えらい。

「言うな」

 ユリネが刺す。

「……胸の中で戻る」

「胸の中なら勝手にしろ」


 戻ったのは“使い方”じゃない。

 戻ったのは“口の数”だ。

 見る、があるだけで、口が増えにくい。


 ……なのに、正式っぽい板は、正式っぽい欲を呼ぶ。


「でもさ、“掲示板”って書いとけばさ」

 誰かが言った。

 名前を付ける。

 危ない。

 名前を付けると、説明が欲しくなる。説明が欲しくなると、紙が増える。紙が増えると、板が欄になる。


「書くな」

 ユリネが短く言った。

「えっ」

「見れば分かる」

 タケルが真顔で重ねた。

 見れば分かる、が言えると、板は軽いまま。


 そこへ、初めてっぽい人が来た。

 朝市籠を抱えた若い人。目が泳いでいる。泳ぐ目は口を増やす。

「これ、何……?」


 説明しろ、って顔だ。

 説明しないのが今日の回。

 でも冷たくしない。暗くしない。


 コトが笑顔のまま、指先だけで木札を示した。

 見る。

 それだけ。

 言葉を足さない。


 若い人は板を見る。

 見る、の札を見る。

 それから落とし物箱を見る。欠けの石を見る。

 角を見る。

「……見る、ってことか」

 肩が落ちた。

 肩が落ちると、口が増えない。増えないと角が軽い。


 ミナギが感動して言いかけた。

「うわ、説明無しで通った!」

「言うな」

 ユリネが刺す。

「……胸の中で通る」

「胸の中なら勝手にしろ」


 通ったなら次。

 次は、誰かが“掲示したい”を持ってくる。


 案の定、紙が来た。

 紙一枚。端がきっちり。文字が小さい。

 紙の顔が「丁寧」だ。丁寧は増える入口。


「これ、貼っていい?」

 言い方が確認で助かる。断定じゃない。

 でも貼るは危ない。貼ると残る。残ると増える。増えると欄になる。


「貼るな」

 ユリネが短く言った。

「えっ、でも」

「でもじゃない。板は掛ける」

 板番のおばさんが短く言う。

 貼らない。掛ける。

 掛けるなら外せる。外せるなら増えない。


 直し屋の人が、板の横に小さい木の輪を一つだけ付けた。

 輪。

 輪は固定じゃない。ひっかけるだけ。外せる。


「紙は輪に」

 直し屋の人が一語じゃなくて二語で言った。

 でも短い。短いなら刺さらない。


 紙は輪にひっかけられた。

 ひっかけた瞬間、通りの人が寄りかける。寄ると背中が詰まる。詰まると口が増える。


「近い」

 板番のおばさんが短く言った。

 短いから刺さらない。刺さらないのに、半歩下がる背中が増える。

 半歩下がるなら、角は回る。


 紙の内容は、読まれない。

 読まれない? いや、読ませないんじゃない。

 “読む前に増やさない”が先だ。


 コトが、紙を指で示して、笑顔で一言だけ言った。

「見る」


 それで終わる。

 読む人は読む。読まない人は行く。

 口が増えない。

 相乗は結果一行でいい。今日はこれだ。

 輪があると、紙が増えないまま“消える”。


 ……でも増えるのは人だ。

 紙があると、角を通る人が「何?」って寄る。寄ると、朝市の入口が薄く前倒しになる。前倒しになると混ざる。混ざると豆が転がる。ころん。やめろ。


「拾う!」

 ミナギが言いかけて、

「拾うな」

 ユリネが刺す。

「えっ、でも豆!」

「本人が拾え。周りは動くな」


 タケルが真顔で豆の逃げ道だけ足で止める。

 手を出さない。足だけ。足は偉い。

 落とした人が拾って終わる。終わりがあると増えない。


 板番のおばさんが、紙を輪から外した。

「今日だけ」

 短い。短いと揉めない。

 外すと、人が散る。散ると角が角に戻る。戻るって言うな。胸の中で戻る。


「えっ、もう外すの?」

 紙の人が言う。

 不満じゃない。驚きだ。驚きは増える入口になりやすい。

 ここは柔らかく返す。


「外すのも掲示」

 コトが笑って言った。

「言うな」

 ユリネが刺す。

「……胸の中で外す」

「胸の中なら勝手にしろ」


 紙は紙の人に戻された。

 戻すと、責任が板に生えない。

 板は軽いまま。軽いのは正義。正義って言うな。


 昼前、板は落ち着いた。

 釘は一本。

 木札は一枚。

 輪は一つ。

 それだけ。

 それだけで、角は回る。


 レンカが小さく言った。

「正式にしたのに、説明しなかった」

「言うな」

 ユリネが刺す。

「……胸の中で、しない」

「胸の中なら勝手にしろ」


 タケルが真顔で頷く。

「説明が無いと、噂も太らない」

「言うな」

「……胸の中で太らない」

「胸の中なら勝手にしろ」


 家に戻ると、鍋が鳴っていた。

 ごっちゃ煮スープの湯気が上がる。

 湯気は増えていい。増える湯気は生活の勝利だ。


 ミナギが椀を取ろうとして、

「順番」

 ユリネが一言。

「……はい」

 ミナギが言い直す。言い直せるなら勝ち。


 コトが笑って言った。

「板、かっこよくなったね」

「かっこよくするな」

 ユリネが刺す。

「……胸の中で、かっこいい」

「胸の中なら勝手にしろ」


 ハルが小さく頷く。

「……輪、助かる」

「助かるって言うな」

「……胸の中で助かる」

「胸の中なら勝手にしろ」


 シノがぼそり。

「……紙、増えなかった」

 レンカが小さく宣言して、すぐ口を押さえた。

「今日、“使い方”書かなかった!」

「書きかけた」

 ミナギが真顔で言いかけて、

「未遂って言うな」

 ユリネが刺す。

「……胸の中で未遂」

「胸の中でも言うな」


 刺さらない笑いが湯気に混ざって、台所が軽くなる。

 正式にした。

 でも重くしない。

 説明しないで回るのが、一番の“正式”だった。


 ユリネが短く言う。


「飯! 湯!」

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