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第74話 ゴミ集積が“素材置き場”になる

 ゴミ集積は、見ないふりで回る。

 見ないふりで回るから、たまに「見てほしい善意」が混ざる。

 混ざると、山が山じゃなくなる。山じゃなくなると、匂いより先に口が来る。


 今日は、口が先に来た。


「そこ、素材置き場にしといたから!」


 素材置き場。

 危ない単語。

 素材は便利で、便利は増える入口だ。入口が開くと、ゴミがゴミじゃなくなる。

 ゴミがゴミじゃなくなると、分ける手が迷う。迷うと、また口が増える。


「……素材置き場、って言うな」

 ユリネが短く言った。短いから刺さらない。刺さらないのに、周りの肩が一拍止まる。

「……胸の中で素材置き場」

 言った本人が言い直して、ちょっと照れた。照れると明るい。明るいのはいい。増やさなければ。


 山は三つ並んでいた。

 濡れ。乾き。軽。

 三つまで。

 木片の目印もまだ残っている。濡れ、乾き、軽。

 そこまでは、ちゃんと回ってる。


 ちゃんと回ってるのに、今日の山には“混ざる理由”が生えていた。


 軽い山の横に、布の切れ端が束で置かれている。

 乾きの山の横に、折れた木の棒が並んでいる。

 そして一番目立つのが、金具。

 小さい金具が、木皿の上にちょこん、と。

 ゴミのはずなのに、並べ方が「渡したい」になっている。


「……渡したい顔」

 レンカが言いかけて、口を押さえた。えらい。

「言うな」

 ユリネが刺す。

「……胸の中で顔」

「胸の中なら勝手にしろ」


 その横で、ミナギが目を輝かせた。輝くな。

「これさ! 直し屋の人、使えるやつじゃん!」

「言うな」

 ユリネが刺す。

「……胸の中で使える」

「胸の中でも太らせるな」


 使える、は危ない。

 使えると言うと、拾いたくなる。

 拾うと、誰のか分からなくなる。

 分からなくなると、返す先が無くなる。

 返す先が無いと、次は「取った/取ってない」が生まれる。

 生まれると、生活が重くなる。重くしない。


 案の定、背中が一つ寄った。

 朝市籠を抱えた若い人が、金具を覗き込んで言った。


「これ、持ってっていい?」


 言い方が確認で助かる。断定じゃない。

 でもここで「いいよ」が出ると、次の手が増える。増やすな。


 板番のおばさんが腕を組んで立っていた。

 顔が「分かってる」。

 おばさんは金具の皿を見て、布の束を見て、木棒の列を見て、ため息をひとつだけ吐いた。


「ここはゴミ」

 短い。短いから刺さらない。刺さらないのに、覗き込んでいた手が止まる。止まれるなら勝ち。


「でも、素材って言ってた」

 若い人が言う。

 素材って言うな。胸の中で素材。


「素材にするな」

 ユリネが短く言った。

「えっ」

「素材にすると、取る順が増える」

「取る順?」

「拾う手が増える」

 ユリネの言い方が珍しく丁寧で、ミナギが目を丸くした。丸い目は危ない。止まれ。


 そこへ、犯人が名乗った。名乗るな。胸の中で名乗れ。


「私。直し屋の人に、使える端材、って言われたから……ここに置けば誰か拾って持ってくかなって」

 善意だ。

 善意の形が、ちょっとだけ雑だ。

 雑な善意は増える。増えると、戻らない。


「……直し屋」

 タケルが真顔で言った。

「言うな」

 ユリネが刺す。

「……胸の中で直し屋」

「胸の中なら勝手にしろ」


 直し屋の方角から、ちょうど音がした。

 こり、こり。

 すっ。

 とん。


 音が静かに近づいてくる。

 直し屋の人が、道の端を歩いてきたのだ。

 手には、薄い木片と小さい釘。

 顔は「今日は手が足りない」になっている。

 足りないって言うな。胸の中で足りない。


「おはよう」

 直し屋の人が言った。名は言わない。名を増やさない。

「……おはよう」

 コトが笑って返す。刺さらない笑顔。


 直し屋の人は、ゴミ集積の横の金具皿を見て、目を細めた。

 細めた目は、嬉しい目に見える。見えると、善意が走る。走ると増える。

 増やすな。


「置いたの、誰」

 直し屋の人の声は尖ってない。尖ってないから暗くならない。

 でも尖ってないほど、止めにくい。止めないと増える。


 善意の人が手を挙げかけて、止めた。止まれたのが偉い。

 代わりに、おばさんが一歩だけ出た。

 一歩だけ。増やさない距離。


「ここはゴミ。素材なら直し屋の前」

 短い。短いと揉めない。揉めないと山が山でいられる。


 直し屋の人が頷いた。

「そう。ここはゴミ」

 同じ言葉を二回言う。二回目は増やす二回じゃない。戻す二回だ。


 善意の人が焦って言う。

「でも、捨てるのももったいなくて」

 もったいない。

 危ない単語。

 もったいないは、拾いを呼ぶ。拾いは混線を呼ぶ。


「もったいないって言うな」

 ユリネが刺す。

「……胸の中で、もったいない」

「胸の中でも山にするな」


 直し屋の人が、金具の皿を指でとん、と叩いた。

 小さい音。呼び笛にならない。

「これ、使える。でも、ここに置くと混ざる」


 混ざる、が出た。

 今日のパニックの芯は、ここだ。

 使えると混ざるが同時にあると、人は「じゃあどこに」を言い始める。

 どこに、が増えると、場所が増える。場所が増えると、板が増える。板が増えると欄になる。やめろ。


 ミナギが口を開けかけた。

「じゃあさ、素材箱作ろ——」

「作るな」

 ユリネが即答した。

「えっ、でも」

「箱が増えると箱が詰まる」

「箱、もう詰まってた」

「言うな」

「……胸の中で詰まってた」

「胸の中なら勝手にしろ」


 コトが笑って拾う。

「今日だけ、でいい?」

「今日だけ」

 ハルが小さく復唱した。復唱は作法になる。

 作法になると、増やさずに回せる。


 直し屋の人が頷いた。

「今日だけなら、木皿ひとつ」

 木皿。

 増えない道具。

 箱みたいに固定しない。外せる。外せる仕組みは増やさない仕組みだ。


 おばさんがすぐ言う。

「直し屋の前に置く」

「置くな」

 ユリネが刺して、すぐ直す。

「……置くのは直し屋が置け」

 誰が置くかを決めると、責任が生えにくい。生えにくいって言うな。胸の中で生えにくい。


 直し屋の人が笑った。

「私が置く。私が回収する」

 回収する。回収は良い。ゴミ集積の回収は生活だ。

 ゴミ集積に置かない。直し屋に置く。

 場所が一つ増えるのは怖いが、今日は“戻すため”の一つだ。


 ところが、まだ残る。

 ゴミ集積の山に、すでに“素材”が混ざってしまっているからだ。


 木棒の列。

 布の束。

 金具皿。

 それをどうするか。

 ここで揉めると暗くなる。暗くしない。


 ユリネが短く言った。

「外す」

 外す。

 外すは強い。強いのに増えない。

「今日の分だけ外す。明日は残さない」

 言い方が生活だ。罰がない。責めがない。


 レンカが息を吸って止めて、言い直した。

「……私、集める」

「集めるな」

 ユリネが即座に刺す。

「……胸の中で集めたい」

「胸の中なら勝手にしろ」


 泣かせない係が走ると、素材も走る。走ると増える。

 だから手順で止める。


 タケルが真顔で言った。

「触るのは一人」

「一人」

 ハルが復唱する。

「持つのは二つまで」

「二つ」

 レンカが口を押さえながら復唱した。言えるなら止まれる。


 直し屋の人が、木棒を二本だけ持つ。

 布の束はコトが持つ。

 金具皿は板番のおばさんが持つ。

 三人。

 三人は多い。多いって言うな。胸の中で多い。

 でも役割が違う三人なら、混ざりにくい。混ざりにくいって言うな。胸の中で混ざりにくい。


 シノが端でぼそり。

「……釘、落ちると痛い」

「言うな」

 ユリネが刺す。

「……胸の中で、痛い」

「胸の中なら勝手にしろ」


 痛い、は危ないけど、ここは「危険だから怖い」じゃなく「落とすと嫌」くらいで止める。

 直し屋の人は釘を布で包んで、ポケットへ入れた。

 包むと落ちない。落ちないと口が増えない。


 素材は直し屋の前へ運ばれた。

 直し屋の入口の横に、木皿が一枚だけ置かれる。

 字は無い。

 字が無いのに分かる。

 分かるのは、直し屋の人がそこに立っているからだ。


「ここ」

 直し屋の人が言った。

 一語。

 一語で足りる。足りるって言うな。胸の中で足りる。


 善意の人がほっと息を吐く。

「じゃあ、捨てないで済むんだね」

「済むって言うな」

 ユリネが刺す。

「……胸の中で済む」

「胸の中なら勝手にしろ」


 板番のおばさんが、ゴミ集積へ戻って山を見た。

 濡れ。乾き。軽。

 三つ。

 木片も三つ。

 元に戻ると、匂いが「ゴミの匂い」になる。

 ゴミの匂いは、混ざってない匂いだ。混ざってないと落ち着く。


 相乗は一行でいい。

 素材を外したら、山が山に戻って、口が減った。


 ミナギがうずうずして言いかける。

「でもさ、素材あると便利——」

「便利って言うな」

 ユリネが刺す。

「……助かる」

 ミナギが言い直して、口を押さえた。言い直せるなら勝ち。


 レンカが小さく言った。

「素材は直し屋。ゴミは山」

「言うな」

 ユリネが刺す。

「……胸の中で山」

「胸の中なら勝手にしろ」


 昼前、直し屋の前の木皿は、少しだけ賑やかになった。

 端材。布切れ。小さい金具。

 でも誰も勝手に取らない。

 取ると増えるからだ。

 直し屋の人が一回だけ頷いて、必要な人にだけ渡す。

 声は増えない。

 増えないから、木皿は“素材置き場”じゃなく“今日だけの皿”で済む。


 夕方、木皿は消えた。

 消えるって言うな。胸の中で外す。

 直し屋の人が皿を持って中へ入れた。

 残さないのが上手い。上手いって言うな。胸の中で上手い。


 結び家は帰り道、薪になりそうな木片を一本だけ渡された。

「これ、鍋の火に」

 直し屋の人が言った。

「もらうな」

 ユリネが反射で言いかけて、止めた。

 止めて、言い直す。

「……今日だけ」

「今日だけ」

 コトが笑って復唱した。復唱は作法になる。

 作法になると、受け取りが太らない。


 家に戻ると、鍋が鳴っていた。

 薪の木片が、火にくべられる。

 ぱち。

 音は増えていい。増える音は生活の音だ。


 ごっちゃ煮スープの湯気が上がる。

 湯気は増えていい。増える湯気は生活の勝利だ。


 ミナギが椀を取ろうとして、

「順番」

 ユリネが一言。

「……はい」

 ミナギが言い直す。言い直せるなら勝ち。


 タケルが真顔で言った。

「今日、ゴミを素材にしなかった」

「言うな」

 ユリネが刺す。

「……胸の中でしない」

「胸の中なら勝手にしろ」


 ハルが小さく頷く。

「……外せるなら、増えない」

 シノがぼそり。

「……釘、落ちなかった」

 コトが笑う。

「優しさは捨てないけど、置き場所は選ぶんだね」

「言うな」

「……胸の中で選ぶ」

「胸の中なら勝手にしろ」


 レンカが小さく宣言して、すぐ口を押さえた。

「今日、素材置き場って言わなかった!」

「言いかけた」

 ミナギが真顔で言いかけて、

「未遂って言うな」

 ユリネが刺す。

「……胸の中で未遂」

「胸の中でも言うな」


 刺さらない笑いが湯気に混ざって、台所が軽くなる。

 ゴミはゴミ。素材は素材。

 混ざらないと、生活は明るいまま回る。


 ユリネが短く言う。


「飯! 湯!」

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