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9|『魔導エクスマキナ』

 暇、暇、暇。


 ついに我慢の限界を迎えたアリィスは、キャンピングカーから街へと飛び出した。だがしかし、現在、彼女はある女に捕まって注意を受けていた。


「あの、路上駐車はダメですよ。ちゃんと駐車場に停めてください」


 全身を真っ黒な重装甲(ヘビーアーマー)で固めた完全武装した女が、ガスマスク越しに凛とした声を放つ。注意の内容は、至極まっとうだった。なにせアリィスは、道路にキャンピングカーを置きっぱなしにしたまま、その場を離れようとしていたのだから。


 アリィスは素直に頭を下げる。


「……すみません。勢いだけで飛び出しちゃって」


〈うちのアリィスが本当にご迷惑をおかけしました〉


 なぜか保護者ぶっているイフは、ひとまず置いておくとして。


「次からは気をつけてください」


 完全武装した女はそう言うと、ふらりと引き寄せられるようにキャンピングカーへ歩み寄った。窓ガラス越しに車内を覗き込み、うん、と小さく頷く。それから、ルッカが描いた落書きの上を、手袋越しの指先でそっと撫でた。


「……いいですね。キャンピングカーで旅ですか、素敵だと思います」


「あんたも旅、好きなのか?」


「大好きです! でも、いまは仕事が忙しくて……」


「仕事、ってなんの仕事だ? ゾウに踏み潰されても大丈夫そうな鎧着てるけど」


「私、テロメアって企業の警備部で働いてるんです」


 完全武装の女は、首から下げていた社員証を持ち上げた。そこには、ガスマスクを外した彼女の素顔と、「SANA」という名前が記されている。見た目の物々しさに反して、アーマーとガスマスクの内側にいたのは、かなりの美人だった。


 ショートボブの黒髪。意志の強さを感じさせる、つんとした目元。顔立ちは若く、体つきは華奢。写真の中の彼女は、きちんとしたスーツ姿だった。


「サナ、っていうのか。私はアリィス。傭兵をしている」


「へぇー、この国で傭兵ですか。珍しい!」


「あんたは必要なさそうだけど。なにか頼み事があれば、いつでも」


 そう言ってアリィスは、胸のバッジを指先で叩く。

 ルッカから教わった、この国でフレンドを作る方法だ。


「あっ、フレンド申請。あとで確認して承認しておきます!」


「じゃあ、キャンピングカーちゃんと停車してくる」


「お願いします!」


 アリィスは踵を返しかけて、

 ふと思い出したように振り向く。


「……っと。そうだ、サナ。ここは、なんていう街なんだ?」


「ここは、煙炎街(えんえんがい)=リューガローガ。名前の通り、煙と炎の街です!」


 完全武装のサナは目を細め、

 ガスマスクの奥で、猫みたいに笑った。




   ―― 9.『魔導エクスマキナ』 ――




「なんで車停めるだけなのにお金がいるんだぁー!」


〈アリィス~。郷に入っては郷に従え、だよ~〉


 近くの立体駐車場にキャンピングカーを停めたアリィスは、二十四時間で30竜理ドルという価格に心の底から嘆いていた。アスハイロストではすでに車文化が廃れているため、当然、駐車料金なんてものにも馴染みがない。

 またひとつ、アリィスはこの国の窮屈さを知ることになった。


 フェンスの向こうから、駐車場のアスファルトへオレンジ色の光が差し込んでいる。時刻は夕暮れ。太陽が、まもなく沈み始めるころだった。


 そういえば、とアリィスはふと思う。


 アスハイロストの人工月は、テレトロイカが曳いて動かしていた。では、この竜理の国の月は、いったい誰が動かしているのだろうか。それとも、この国の月は人工天体ではなく、宇宙に浮かぶ自然の衛星で、この星のまわりを回っているのだろうか。


 そんなふうに難しいことを考えながら、いつものくせで頬を膨らませて歩いているうちに、気がつけばアリィスは立体駐車場の入り口まで来ていた。


〈アリィス~、この街には何があるんだろうね~〉


「面白いものがあるといいな」


 そのまま街へ出るアリィス。


 その先に広がっていたのは、ミトセ市ともまた違う色と光を湛えた都市の風景だった。広い車道、高層ビル、宙に浮かぶホログラムの広告と立体アート、ドローンと飛行ビークル。街を構成する要素そのものは、ミトセ市と変わらない。

 

 だが、決定的に違うものがひとつだけあった。


 色だ。


 コンクリートの壁も。窓も、自動ドアも。歩道も、バス停も、信号機も。この街では、それらすべてが黒で統一されていた。黒く磨かれた街並みは、無機質なのにどこか上品で、ひんやりとした美しさを帯びている。


 その中で、車道を走る車や、行き交う人々の服、髪の色だけが、夜空の星々みたいにきらきらと浮かび上がって見えた。


 そして、この街の特徴は色だけではない。


 ストリート全体が、薄い霧に沈んでいるみたいに、淡くぼんやりしていた。どうやら、かすかな煙が、都市全体を静かに満たしているらしい。

 

 ――けれど、焦げた匂いはしない。

 

 むしろ空気はどこか爽やかで、涼やかで、

 肺の奥まで透き通るようだった。


 アリィスは、目の前の店を指差す。


「まずは腹ごしらえしよっか」


〈いいね~、賛成~!!〉


 *


 ハンバーガーショップへ入ったアリィスは、カウンターで注文を済ませ、窓際の一人席へ腰を下ろした。店内には、眠気を誘うようなクラシックが流れている。


 少し離れたボックス席では、男たちが大声で話していた。


「なぁよお! オレさぁ、新しい魔導エクスマキナ入れたんだぜ!!」


「おぉ! どんなエクスマキナだよ、兄弟!!」


「ジャンプ力を底上げするってやつを両足に入れたのさ。これがもう最高で、三メートルの壁もひとっ飛びで越えられるのよ」


「俺はこの前、眼球のエクスマキナを新しいのにしてきたぜ。ズーム機能つきで、視界は超クリア。安いけど、機能は十分だな!」


「あー、オレ、目ん玉と脳だけは怖くてよぉ。まだ迷ってるぜ」


 アリィスは、男たちの会話にさりげなく耳を傾けながら、ミトセ市で戦ったにわとり男を思い出す。あいつも、この男たちの言う“魔導エクスマキナ”で身体改造をしていたのだろうか。そう考えれば、あの人間離れした動きにも説明がつく。

 

 アリィスは窓の外へ視線を流したまま、小声でイフに指示を出す。


「いまから一瞬だけあいつらの方見るから。イフ、解析お願い」


〈おっけ~! 了解だよ~!!〉


 アリィスは、店内の装飾を眺めるふりをしながら、右眼の視界に男たちを収める。そして、すぐに何事もなかったように視線を窓へ戻した。


 数秒後。

 イフが右眼の奥で、得意げに唇を開く。


〈解析かんりょー! にわとり男と同じように、魔法起動式の機械みたいなのが体の中にいっぱいあったよ~〉


「なるほど。魔導エクスマキナ、ね」


 自分の知識に刻むように、

 アリィスはその言葉を小さく繰り返した。

 

 そうしているうちに、注文していたチーズバーガーセットが運ばれてくる。べろんとはみ出したベーコン、レタスとトマト、たっぷりのチーズ。ドリンクはアイスコーヒー。さらに、ドレッシングのかかったサラダまでついている。


 イフが、羨ましそうによだれを垂らす。


〈うわぁ~、アリィスだけずるい~!!〉


「食べたいなら、そこから出てきなさいよ」


〈もぉ! イフが出られないの知ってて言ってるでしょ~!!〉


「美味しそー! いただきます!」


〈アリィスのいじわる~!!〉


 煙炎街=リューガローガに着いて、

 アリィスが最初に立ち寄ったのは、ハンバーガーショップだった。



 ◇



 夕暮れに染まるストリートを、虚ろな目の女が歩いていた。完全武装のその女は、サナ。だが、明らかに様子がおかしい。口元からはよだれが垂れ、両腕はだらんと下がったまま。足を引きずるようにして、車道のど真ん中をふらふらと進んでいる。


 次の瞬間――


「うぁぁあああああ!!!」


 サナが、獣じみた叫び声を上げた。


 全長百二十センチのマークスマンライフルを軽々と持ち上げ、そのまま一気に構える。直後、電撃を帯びた魔法光弾を連射し始めた。


 非致死性の魔力弾が人々へ次々と撃ち込まれる。弾を受けた通行人たちは、痙攣しながらその場に崩れ落ち、次々と気を失っていく。車道を走る車は窓ガラスを撃ち砕かれ、タイヤは破裂音を立てて弾けた。


 宙を行く飛行ビークルにまで弾が届き、

 機体の底から魔力血液が噴き出す。


 ついさっきまで静かだった大通りに、銃声がいっせいに轟いた。


 そして、その流れ弾は、アリィスのいるハンバーガーショップまで流れてきた。窓ガラスが一斉に吹き飛び、店内へ無数の破片が降り注ぐ。


「(銃撃……?)」


 アリィスは割れた窓から歩道へ飛び出し、すぐ近くにあったハンバーガーの立体看板の陰へ滑り込むように身を隠した。


「――あれ、サナだ!」


〈うん。間違いなくサナだね〉


 割れたガスマスクの隙間から、

 社員証で見たサナの顔がはっきりと確認できた。


 看板の陰から様子を窺っていると、

 突如として、頭上にプロペラ音が響き渡る。


 一機のエアクラフトが、通りの脇へ急降下するように着陸した。輸送目的などで用いられる、中型の軍用エアクラフトだ。貨物室のカーゴドアが跳ね上がる。

 ――中から、重装甲の兵士たちが一斉に飛び出してきた。


 そのアーマーには、

 サナの装甲と同じ企業のロゴが刻まれている。


「暴走中のターゲットを発見。鎮圧行動に移る」


 一人が短く報告すると、兵士たちは散開した。


 円を描くようにサナのまわりへ広がり、ライフルを構えながら包囲を狭めていく。サナが撃ち返した弾丸は、彼らのアーマーに当たった瞬間、火花を散らして弾かれ、消えた。このままでは、サナは兵士たちに制圧される。


 状況だけを見れば、当然の対応だった。

 だが、アリィスには違和感があった。


 サナと話した時間はほんのわずかだ。それでも、このまま真相を知らないまま見過ごすことは、彼女の根っこの性格が許さなかった。


 アリィスは、イフへ小さく命じる。


隷眼(レイガン)を使う。いけそう、イフ?」


〈問題ないよ。使うのは、あの兵士たちでいいよね?〉


「うん。じゃあ、いくよ」


 右眼の視界へ、すべての兵士を収める。

 そして、アリィスは詠唱した。


界眼告式(アイズローグ)。――祷式隷眼(トウシキレイガン)神曲(コメディア)。開演――」


 アリィスは、この場にいる兵士たちの“指揮官”である。

 そう舞台を設定する。


 その瞬間、兵士たちの姿勢が揃った。まるで与えられた役を演じる役者のように、彼らは一斉にアリィスへ意識を向ける。


「お前ら、いますぐ他の現場に向かえっ!!」


「は、はい!! 指揮官ッ!!」


 アリィスが指示を出しながら看板の陰から飛び出すと、兵士たちは迷いなく反転し、一斉にエアクラフトへ戻っていった。もちろん、彼らはただ役割を与えられて強制的に動かされているだけだ。心のどこかでは、アリィスの顔を襲撃者として刻みつけている。隷眼の効果が切れれば、いずれ自分まで追われるかもしれない。


 だが、その程度の理由で自分の選択を曲げないのが、

 アリィス・テレジアの生き方だ。


 サナが、こちらへ気づく。


 虚ろな目のまま、銃口がアリィスへ向いた。

 ――魔法光弾が放たれる。


「イフ、サポートしてっ!!」


〈りょ!!〉


 ナスタルギア・イフから電気信号が走る。アリィスの体が、糸で操られる人形みたいに鋭く動いた。迫る弾丸を、紙一重でかわす。


 そのままアリィスは地面へ身を沈め、

 勢いのままスライディングし、


「っ……!!」


 ピストルを引き抜き、引き金を引いた。


 麻酔弾が、サナの重装甲の継ぎ目を正確に縫う。脇腹の隙間から皮膚を貫いた瞬間、薬効が一気に回った。サナの全身から力が抜ける。

 

 指先がゆるみ、ライフルが落ち、膝が折れた。

 そのまま、ぐったりと前のめりに倒れる。


 ――そのときだった。


「君、この担架にその子を乗せな」


 白衣の女が、

 ストレッチャーを押しながら駆け寄ってきた。


 アリィスは即座に左腕から触手を伸ばし、倒れたサナの体を持ち上げる。そして、その担架の上へそっと寝かせた。



 ◇

   ◇



 ネズミとゴミと、支離滅裂な独り言をつぶやく歯の抜けた男が転がる、細い裏路地を抜けた先。天を衝く摩天楼の陰に隠れるように、ひっそりとそのクリニックは存在していた。入り口のドアには、雑に貼られた紙が一枚……“テロメアお断り”。


 しかし、ひとたび中へ足を踏み入れれば。そこに広がっていたのは、薄汚れた外観からは想像もつかない、清潔で無機質な手術室だった。


 銀色の医療器具。

 規則正しく並ぶモニター。

 青白い光を落とす照明。

 最新の医療機器が、音もなく整然と配置されている。


 部屋の中央の手術台では、

 アーマーを外されたサナが静かに眠っていた。


 その傍には、白衣の女が立っている。――ウェーブがかったセミロングの白髪、青い瞳。鼻からあごにかけて深い傷跡が刻まれた、どこか胡散臭い若い女だ。


 アリィスはオフィスチェアに腰かけ、

 キャスターを滑らせながら、

 くるり、くるりと気まぐれに身体を回す。


 そのまま、白衣の女へ声を投げた。


「……で。お前は何者だ?」


「ウィンター。この街じゃあ、ドクターとも呼ばれているね」


 サナの様子を横目で確認しながら、ウィンターは棚から瓶ビールを一本取り出す。栓を抜き、そのまま喉の奥へ流し込むみたいに豪快に煽った。


 その様子を見たアリィスが、わざとらしく舌を出す。


「うぇー。マズそぉー」


「見た目通りのガキなんだね、アンタ」


「おぅい! 誰がガキだ、コノヤロー!」


 小さく吠えるアリィスを見て、ウィンターは喉の奥で笑った。


「ひっひ! やっぱガキじゃんね。んで、アンタこそナニモンよ」


「アリィス・テレジア。傭兵だ。あと、副業で教師もやってる」


「そのナリで教師ぃ? へへっ、おもろー」


「おおい!! さっきからケンカ売ってんのか!!」


〈まぁまぁ、アリィス。落ち着きな~。助けてくれたんだらさ~〉


 イフになだめられ、

 アリィスはふんっと鼻息を鳴らした。


「サナは大丈夫なのか?」


 アリィスは、手術台の上で眠るサナの横顔を見つめる。


 ウィンターはビール瓶を机へ置くと、

 サナの胸元を指先でとん、と示した。


「ここ、人工心臓。軍用に開発されたエクスマキナの心臓だね。痛覚が鈍ったゾンビ兵士を生み出すためのクソみたいなシロモンさ」


「はぁ? んだよそれ?」


「仕事のためとか言われて、無理やり改造されて、拒否反応を起こした。……まぁ、そんなところだろーね」


 ウィンターは肩をすくめ、

 それから少しだけ真面目な声になる。


「命に別状はないよ。そこは安心しなさいな」


 アリィスはその言葉を聞き、静かに唇を噛みしめた。


 この竜理の国には、まだまだ深いところまで、

 未知と深淵が続いているらしい。

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