35:エミリーを笑わせろ
「…どこに行くんですか、ジルフォード侯爵」
「んー?秘密」
エディに手枷だけでなく魔力封じの首輪も装着した侯爵は、首輪の鎖を手に持ちながらひんやりとした暗い廊下を進む。
エディはおとなしく彼の後ろについて行く。
(…何故首輪を追加したのか)
聞きたいが恐ろしくて聞けないエディは小刻みに体を震わせていた。
「君は女性を笑わせるような面白い話ってできるかい?」
「…へ?」
「実は少し話し相手になってほしい人がいるんだ」
「ま、まあ人並みに女性とはお付き合いしてきましたので…」
余裕です、とエディは胸を張って答えた。
本当のところは付き合っても毎回『自慢話がうざい』と振られてきたのだが、それを言うのはプライドが許さず、つい見栄を張ってしまった。
(…嘘ついたのバレたかな)
侯爵の不敵な笑みに、見栄を張ったことを後悔したエディは、とある部屋へと案内された。
扉に複数の鍵がつけられたその部屋は窓ひとつなく薄暗く、ランプの明かりだけが寂しく光っていた。
部屋の中は絨毯も花瓶も絵画も時計も、ソファのクッションも、全て落ち着きのある色合いで統一されていた。
暗いこと以外は中々趣味の良いコーディネートだとエディは思う。
「エミリー、体調はどうだい?」
ジルフォード侯爵は部屋の奥にあるベッドに向かって声をかけた。
するとベッドから女性が1人、むくりと起き上がる。
「エミリア…カーティス…?」
エディの目に飛び込んできたのは白いワンピースと黒髪の絶世の美女。痩せ細り衰弱しているように見えるが、かつて傾国と謳われたほどの面影は確かに残っていた。
「ゆ、幽霊…?」
「失礼なことを言うんじゃない。ちゃんと生きているよ」
「え、だって…」
姿絵しか見たことがないが、彼女は5年前に死んだと聞いている。
新聞の一面に大きく載っていたので、それは間違いない。
(…どういうことだ?)
エディの頭は混乱していた。
今回の囮作戦は魔術師失踪事件を解決するためのもので、容疑者はここにいるジルフォード侯爵と国王に近い高位貴族と聞いている。
エミリアは魔術師でもなければ王に近い高位貴族でもない。
ぐるぐると、さほど皺のない脳をフル回転させてエディは考える。
ふと、今回の作戦の説明を受けた時、ヘンリーが言葉を濁した場面が多々あったことを思い出した。
「…そうか、俺は全てを聞かされたわけではないのか!」
閃いたようにポンと手を叩くと、スッキリした顔をするエディ。
大体の事情を知るジルフォード侯爵は、『こいつ、要らないから囮にされたんだな』と察した。
「エミリー。この子はエディと言ってね、それは腹が捩れるくらいに面白い話ができる男の子だよ」
「え、待って。そんなこと言ってな…」
「ん?」
「いや、そんな腹が捩れるほど面白い話は…」
「ん?」
「…できないなーって」
「ん?」
「超余裕っす!」
首を傾げながら顔を近づけてくる侯爵の笑顔に気圧され、エディは親指を立てて話し相手を引き受けてしまった。
侯爵はエディの手枷を外すと、エミリアのいるベッドの近くの柱に首輪の鎖をくくりつける。
(…まるで犬だ)
エディはシクシクと涙を流した。
「流石はクラーク家の男だ。頼んだよ」
「お、お任せくださいぃ…」
「泣いてないで、ちゃんと笑わせてね。そろそろこの国で一番尊いお方がここにくるから、それまでに彼女を笑顔にしといてね。できてなければ…ね?」
そう言い残すと、侯爵は彼を部屋に残して部屋を後にした。
外側からガチャガチャと複数の鍵を閉める音が聞こえる。
静かな室内には換気扇の音だけがうるさく鳴っていた。
「あのー、エミリーさん?」
エディは様子を窺うように彼女に声をかけるが返事はない。
(すっげー綺麗な人だなぁ。でも何だろう。そそられない…)
恐ろしいほどに左右対称の顔に、雪のように白い肌と艶やかな漆黒の長い髪。透き通るような青い瞳は海の色に近く、
-------生気を宿していない。
その目は昔、学院時代のシャロンと同じだった。
死んだ魚のような目をしたエミリアはぼーっと遠くを眺めていた。
「これ、笑わせるとか無理だろ…」
エディは絶望した。
***
ハディス達が足を踏み入れた先は、神殿の祈りの間にも似た円形状の広間だった。
高い天井には豪奢なシャンデリア。いくつかの複雑な彫刻が施された大きな柱に、大理石の床。
真正面の壁に埋め込まれたステンドグラスは、太陽の光を反射しているかのように美しい光を放っていた。
地下なのに、地下らしくない神々しさがある異様な空間。
その広間の中央の床には、特殊なチョークで描かれた複雑な魔法陣が描かれていた。
所々に赤黒く変色した血痕らしき痕が見える。
そこで何かが行われているのは明白だった。
シャロンは唇を噛み締め、広間の隅に規則正しく並べられた死体を端から調べ始める。
骨だけになったものもあるが、まだ人の形を保っているものの方が多い印象だ。
「匂いがしないのが不思議ですね」
これだけの死体があれば、今頃は腐敗臭で鼻がもげていてもおかしくはない。
原型をとどめている遺体を解剖し、調べるシャロンは広間の隅で待機するヘンリーに話しかけた。
「腐敗を遅らせる術、そして匂いを変える術がかけられている。棺桶を運び込めないから、せめて現状を維持しようとしたのだろう」
繊細な術のかけ方から見るにジルフォード侯爵の仕業だろう、とヘンリーは言う。
父らしいとも思うし、もっと他にできることがあっただろうとも思うシャロンは何とも複雑な気分である。
「どうだ?何かわかったか?」
「共通して無いのは心臓ですね」
「…やはり臓器移植の線は当たりか」
「まだ全部見られてませんが多分そうでしょうね」
頬に付着した血液を拭いながら次々と解剖していくシャロンとそれを魔術で元に戻すハディス。
暗殺部隊に所属するハディスはともかく、何故シャロンはここまで抵抗がないのか。何故そんなに手際良く解剖しているのか。
ヘンリーは無の表情で次々と死体を裂くシャロンに寒気がした。
「なあ、俺も調べたほうが早くないか?」
「いけません。遺体に触れて何か変な病が移っては困りますもの」
「大丈夫だろ。その時はお前たちが何とかしてくれるだろ?」
ジルフォード侯爵家は医者の家系だ。病に罹っても大丈夫だとヘンリーは主張する。
しかし、ハディスとシャロンは顔を見合わせて鼻で笑った。
「殿下、俺は『殺す』専門なので『治す』はできないんですよ」
「そして、私の医術は全て独学なのでアテにすると多分痛い目を見ます」
「…まじか」
胸を張ってそう言うジルフォード兄妹に、ヘンリーは心底落胆した。
「そんなに暇なら、その辺の扉を適当に調べておいてくださいよ。もしかしたら見つかるかも」
「それもそうだ」
ハディスに言われ、ヘンリーは円形状の広間の片隅にある扉前の結界だけを解き、その扉を一つずつ開けていく。
扉の向こうは倉庫だったり、ベッドが置いてあるだけの部屋だったり、簡易キッチンだったりとさまざまだ。
「普通に地下で生活できそうだな」
意外にも綺麗にされている部屋に感心しつつ、ヘンリーは最後の扉に手をかけると、中の音を確認し、ゆっくりと少しだけ扉を開けた。
そして、一瞬停止した後、そのままゆっくりと扉を閉めた。
見てはいけないものを見たような顔のヘンリーに、ハディスはどうしたのかと尋ねる。
「顔面蒼白ですけど、何かありました?」
「首輪をつけられて柱に繋がれた変態が上半身裸で踊っていた」
「「…は?」」
ジルフォード兄妹は、2人揃って怪訝な顔をした。




