36:息をしているだけ
「何してるんですか?クラーク様」
ヘンリーが見つけた部屋にとりあえず足を踏み入れたシャロンは、ベッドに横たわるエミリアの容態を確認しつつ、首輪をつけられたままのエディを蔑みの目で見ていた。
「おい、ルビを変態にするのやめろ」
「どう見ても変態でしょう」
「誤解だって言ってるだろう!」
「どうだか」
ハッと鼻で笑うシャロンにエディは『やっぱり可愛くない』と喚く。
「この間、お前のことを少し可愛いと思った自分が馬鹿だった」
「この間?」
「王太子殿下の部屋の前で会った時」
「…嘘でしょ。貴方本当に魔術師?」
「は?」
あの時は魔術師なら誰でも見抜けるレベルの幻術を自分にかけただけだ。
まさかそれに騙されていたとは知らず、シャロンは絶句する。
一方、「引くわー」という目で自分を見てくるシャロンに、エディはまた喚き散らした。
2人がそんな言い合いをする中、ヘンリーは半裸の首輪男をマジマジと見る。
「意外だ」
さすが軍属と言うべきか、6つに割れた腹筋に感動したらしい。
ヘンリーは彼の腹と自分の腹を交互に触り、「少し鍛えるべきか」と悩む。
「…あの…できれば…これを外して欲しいんですけど…」
普通この状況なら真っ先に助けてくれるだろうと思っていたのに、なかなか首輪を外しもらえないエディは鎖を指差しつつ、戸惑い気味にお願いした。
「外して欲しいのか?」
「そうですね、できれば」
「それはすまない。こういうのが趣味かと思っていた」
「そんな趣味はないです…」
仕方がない、と首輪を外してやるヘンリーはようやく、『そもそも何故柱に繋がれているのか』かと尋ねた。
彼の説明を聞いたヘンリーはもうすぐここに国王が来ることを悟り、少し焦る。
「ハディス、どうする?」
「隠れて様子を窺うのはどうでしょう」
部屋を一通り調べたハディスは、人差し指を立て『名案』とでも言いたげに首を傾げる。
しかし、ヘンリーは難しい顔をした。
「どうやって隠れるんだよ」
この部屋に隠れられそうな場所は無い。あったとしても、せいぜいベッド下くらいだろうが、大の大人が3人も隠れられるほどスパースはない。
顎に手を当てて考え込むヘンリーにハディスはチッチっと舌を鳴らし、懐からハンカチを3枚取り出した。
「ジャーン!試作品の魔具です!」
「何だこれ」
「これは、諜報活動に役立てることができればと思って部下に作ってもらってたんです」
ハディスはハンカチを広げるとそこに魔力を流し込んだ。
その瞬間、青白い光を帯びてそのハンカチは人をひとり包めるくらいの大きな布へと姿を変えた。
大きくなった布をハディスは頭からかぶる。すると…。
「消えた!?」
布を被った瞬間に姿を消したハディス。
ヘンリーとエディが辺りを見渡すが姿は見えない。
「どういうことだ!?」
エディはエミリアに水を飲ませるシャロンの方を振り返る。
シャロンは少し煩わしそうにしながらもヘンリーがいたあたりに近づくと、思いっきり蹴りを入れた。すると、微かに「ぐふっ」という音が聞こえた。
シャロンは「ここかな?」と声が聞こえたあたりを手探りで探しだした。
その姿は傍目から見ると、何もない宙を蹴り上げ、ただ腕をパタパタと動かしている怪しいやつに見える。
「な、何してるんだ?シャロン」
「ありました」
シャロンは何かを掴むようにして腕を上げる。
すると先程は消えたハディスが、股間を押さえ蹲った状態で姿を現した。
「あ、すみません。見事にヒットしていたようで」
わざとではありませんよ、と兄を見下ろすシャロン。エディは彼の痛みを想像してしまったのか、反射的に自身の股間を押さえた。
表情がないから故意なのか否かの判断ができない。ヘンリーは追及すると怖いので、とりあえず判決は過失ということにしておいた。
「で?それは何なんだ?」
「簡単に説明すると、これを被ると他人から認識できないようになるのです。使用方法は先ほど兄様が行ったように、ハンカチに魔力を込めるだけ。大きな布状になったら後はそれを被るだけで身を隠せます」
シャロンは説明しながら、ハディスから取り上げた新品のハンカチをヘンリーに差し出す。
それを広げてじっくりと観察する彼は研究者の顔だった。
「ジルフォード家はこんなものを作っていたのか」
「兄様の完全なる趣味ですよ。手伝わされる部下の方が可哀想」
「しかし、なかなか有用な道具じゃないか」
「一応欠点として、誰でも被れば姿を消せるというものではなく、ハンカチに込められた魔力の持ち主でないと効果が出ないという点があります。ですから、基本的には魔力持ちにしか使えない上に、誰かと共用することもできません」
単独任務向きですね、とシャロンは言う。
「量産できるなら予算を割こうかな」
「その辺はまた後日改めて話し合ってください」
「それもそうだな」
本日の目的は、新しい魔具のお披露目ではない。
ヘンリーはハディスを起こすと、この後の作戦を練った。
「シャロン。エミリア・カーティスの具合はどうだ?」
「衰弱が酷いです。それに生気がない。まるで廃人です」
ヘンリーからの問いにそう答えたシャロンは、奥歯をぎりっと噛み締めた。
ぱっと見は以前の美貌を保っているように見えるが、布団を捲るとほとんど骨と皮の体が露わになる。筋力の衰えた手足ではおそらく歩くこともままならないだろう。
痩せた体を隠すために着せられたふわっとした形の白いワンピースに、痩せこけた頬と血色の悪い肌を誤魔化すために厚く塗られた化粧は、彼女の姿をより痛々しく見せる。
そして何より、先ほどから体を隈なく調べられているのにも関わらず一切の反応を示さない虚な瞳。その目には何も映っていない。
エミリアはかろうじて息をしているだけという状態だった。
シャロンはふと、ベッドサイドに置かれた小さな丸いテーブルに視線を落とす。
そこには食べやすいよう一口サイズにカットされたフルーツが置いてあった。
明らかにエミリアのために用意されたそれに、彼女が手をつけた様子はない。
ここの地下で何が起こっているのかはわからないが、少なくとも彼女はそのフルーツが食べられないくらいに弱っているということ。
(ただ息をしているだけ、という感じね…)
カットされたイチゴを手にしたシャロンは、それをエミリアの口元に運んだ。
無理矢理に口に突っ込むと彼女はそれをゆっくり咀嚼し始める。その様子に、シャロンは少しホッとした。
「手ずから食べさせると食べるのか」
「そうみたいですね」
与えられたものは一応食べるが、自ら進んで食べようとはしない。
次はバナナを与えてみたが、エミリアは同じように口に突っ込まれると一応咀嚼するだけだった。
「これは魔術による臓器移植を受けた弊害か?」
「なんとも言えませんね…」
体に切開の跡はない。彼らの推論が正しければ彼女は魔術による臓器移植を受けている。
だが、シャロンが断言できることはひどく衰弱していることと、心が死んでいることくらいだ。
何が原因で彼女がここまで衰弱しているのか、廃人のようになっているのかまでは特定できない。
「殿下、ひとまず隠れましょう」
「そうだな」
ハディスからの進言で、ヘンリーとシャロンは受け取ったハンカチに魔力を込める。
「え、待って。俺の分は?」
魔具をもらっていないエディはキョトンと首を傾げた。
ハディスは「忘れていた」と、エディを柱の方へと来るように手招きする。
そして、首輪についた鎖を手に取ると、その鎖を柱に巻きつけた。
「え?何して…」
「陛下が来て、お前の姿がなければおかしいだろ?」
「え、うそ…助けてくれないんですか?」
「最終的には助ける…つもりだ。多分、きっと」
「何その曖昧な返事!やっぱり関わるんじゃなかった!!」
「はっはっは。もう遅い」
「ちくしょう!ふざけんなよ!」
そもそも魔力封じの首輪をしている彼に魔具は使えない。
喚くエディを無視し、3人は部屋の隅で布を被り、姿を消した。
数分後、部屋にジルフォード侯爵と一人の男がやってきた。
「何か変わったことはなかったかい?エディ・クラーク」
「い、いえ。何も…」
エディは侯爵が連れてきた男の顔を見て、動揺が隠せない。
侯爵はそんな彼の様子にフッと笑みをこぼしつつ、エミリアに近づいた。
「エミリー、君の最愛の人が来たよ」
侯爵は優しくエミリアに声をかける。
すると、エミリアは体を起こし、か細い声でその最愛の人の名を呼んだ。
「アル…。アルフレッド…。会いたかった」
細い両手を広げて、涙を流して抱擁を求めるエミリア。
彼女のそれに応えたのは、アルフレッド・カーティスによく似た男だった。
※『24;死んだ女』の次に一つ話を追加しました(01/17)




