11:残念なデート
基本的にひきこもりのシャロンはあまり着飾る事をしないので、すでにお疲れ気味である。
しかし、アルフレッドは彼女の顔色が良くないことに気づく様子もなく、仕立て屋近くに車を停めると石畳の街道をやや早足で歩き、店へと向かう。
コンパスの長さが違うのに後ろを歩く妻への配慮も忘れたアルフレッドは、彼女が早足ではなく小走りな事にさえ気づかない。
「ドレスはマダム・キュリーのところで作ろうと思うんだけど、良いかな?」
「まあ。あの有名な王室御用達の?」
「そうだよ」
「こんな急にお伺いして対応していただけますの?」
「大丈夫。先程連絡を入れておいたし、いつもエミリアの服を仕立ててもらっていたからね」
「なるほど、公爵様はお得意様なわけですのね」
「病弱でもエミリアは年頃の女性だったからね。ドレスは着れなくてもオシャレはさせてあげたくて、良くマダムに部屋着や普段着を作ってもらっていたんだよ」
「そうでしたの。エミリア様もさぞ喜ばれた事でしょう」
「ああ、特注だからね。とても喜んで…」
「公爵様?どうかされました?」
「い、いやなんでもない」
突然足を止めて話すのをやめたアルフレッドを、シャロンは少し息を切らせながら不思議そうに見上げた。
アルフレッドはすぐに何でもないと爽やかな笑顔で返し、再び歩き始めたが心の中では早くも自分自身との約束を破ってしまった事に焦っていた。
(どうしよう。早くもエミリアの話をしてしまった。だめだ、しっかりせねば!私は今日エミリアの話はしない。エミリアに誓って!)
1人でぶんぶんと首を振ったりコクコク頷き百面相しているアルフレッドを、半歩後ろを歩くシャロンは怪訝な表情で見つめていた。
この時、シャロンが『とうとう薬に手を出したか』などと考えていた事をアルフレッドは知らない。
その後、2人はマダム・キュリーの店でドレスを注文し、近くのレストランでランチをした後、散歩がてらウインドウショッピングを楽しんだ。…否、楽しんでいるように周りには見えていただろう。
実際にはシャロンは歩きすぎて靴擦れが痛むし、アルフレッドは誓いも虚しく無意識にエミリアの話をしては自己嫌悪に陥っていて、とても楽しいデートとは言い難い状況だった。
流石に足の痛みに耐えられなくなったシャロンは、申し訳なさそうに噴水広場のベンチを指差して「少し休憩したい」と申し出る。
「飲み物買ってくるよ」
「ありがとうございます」
アルフレッドが近くの屋台に飲み物を買いに行くため側を離れた瞬間、シャロンが「はあー」と声に出して深いため息をついたことは言うまでもない。
一方で、飲み物を買いに行くと新妻の側を離れたアルフレッドは人目も憚らず屋台近くの木陰で蹲っていた。
『その色はエミリアが好きだった色だ』
『ここのケーキはエミリアが美味しいと言っていた』
『ここの店はエミリアの好きな雑貨が置いてある』
『この本はエミリアのおすすめだ』
などなど。アルフレッドがシャロンを楽しませようと話をすればするほど、何故か最終的にエミリアの話になってしまう。
(何故だ!?)
何故かと問われると彼の脳の80%をエミリアが占めているからなのだが、本人はそれに気づいていない。
「シャロンは楽しんでくれているだろうか…」
広場を行き交うカップルたちを眺めながら、アルフレッドは深くため息をついた。
シャロンはあまり表情を変えないので、何を考えているのかが分かりにくい。
しかし、決して無表情というわけではなく嬉しい時や楽しい時は微かに目を細めたり、うっすら口角を上げるし、恥ずかしい時は表情は変わらずともあの白い肌を赤く染める。
アルフレッドはその微妙な変化でシャロンの感情を推測しているのだが、今日の彼女はどこか表情が暗い気がする。
(やはり楽しくないのだろうか。そうだよな、ずっとエミリアの話をしているのだから)
実際には靴擦れが痛いだけなのだが、シャロンが自分に好意を持っていると思っているアルフレッドはそんな事思いつきもしない。
前妻を想う自分ごと受け入れようとする彼女の気持ちに応えるためにもしっかりせねばと、アルフレッドは頬をパチンと叩き気合いを入れた。
***
暫くして飲み物を手にしたアルフレッドがシャロンの元に戻ると、彼女の前には跪く1人の男がいた。
その様子を見て、アルフレッドは怪訝な顔をする。
(誰だ?人の妻にちょっかいをかけているのは!)
若干苛立ちつつも、ここは冷静に大人な対応で妻に近づく男を追い払わねばと、アルフレッドはゆっくりと2人に近づいた。
しかし…。
「…え?」
アルフレッドに気づかないシャロンはその男と楽しげに談笑していた。
そう、楽しそうに笑っていたのだ。
「シャロンが笑っている…?」
それもただ笑っているだけではない。はにかんだ様に笑ったり、悪戯な笑みを見せたり、時々頬を膨らませたり…。
シャロンはその男に、アルフレッドには見せたことがない様々な表情を見せていた。
愛想笑いが苦手だと言っていたから、笑えないのだと思っていたがどうやら笑えたようだ。
自分には一度だって見せたことがないシャロンの笑顔に、アルフレッドはちくりと胸が痛んだ。
「あ、公爵様」
「え?公爵様?」
シャロンがこちらに気が付き、立ち上がる。
アルフレッドは動揺しながらも仕方なく2人に近づいた。
「シャロン、その、こちらの方は?」
「ジルフォード家の薬師です」
「初めまして、ウィンターソン公爵閣下。薬師のサイモンと申します」
「は、初めまして」
サイモンと名乗る男は、爽やかな笑顔でアルフレッドに頭を下げた。
後ろ姿ではわからなかったが、このサイモンという男、無駄に見目が良い。
金髪碧眼で高身長。目鼻立ちのはっきりした顔立ち。そして何より…
(若い…)
20代半ばだろうか。シャロンと並ぶと似合いのカップルにしか見えない。
「あの…、公爵様?どうなさいました?」
呆然と2人を見つめるアルフレッドの顔をシャロンは覗き込む。
「あ、いや。何でもない」
「そうですか?」
不思議そうに首を傾げるシャロン。ふとその足元を見ると、裸足で地面に敷いた布の上に立っていた。
「足、どうしたの?」
「あ、これは…」
「靴擦れしてたみたいなんで、消毒して保護するところなんすよ。処置の続きしてもいいですか?」
サイモンが睨みつけるようにアルフレッドを見る。その声には若干の怒気が含まれていた。
「あ、ああ。よろしく頼む…」
アルフレッドがそう言うとサイモンはシャロンを再びベンチに座らせて、その前に跪いた。
「サイモン、痛い」
「痛くて当然です。なんでこうなる前に保護しないんですか」
「何で怒ってるの」
「怒ってない。呆れてるだけ」
「むぅ」
「むぅ、じゃねーよ。ばか」
むくれるシャロンの額をサイモンは軽く小突く。
「よし、できた」
「ありがとう」
「ほんと、薬の配達中に偶然通りがかった俺に感謝してください」
「感謝してるわ。とっても」
シャロンは歯を見せる様にしてニカっと笑った。
サイモンはふう、と小さく息を吐くとアルフレッドの方に向き直る。
「ウィンターソン公爵閣下」
「は、はい」
「今日もうこれ以上歩かせないでやってください。結構悪化してるんで」
「わ、わかった。ありがとう」
アルフレッドは、サイモンから自分に向けて放たれる明らかな嫌悪の感情に気圧されてタジタジだ。
「んじゃ、俺はこれで」
「あ、サイモン。今度の夜会なんだけど、私出席するから…」
「ハディス様に早めに見つけてくれって伝えておけば良いんですか?」
「流石ね。何でもお見通しだわ」
「お嬢のお守り役としては当然の事っすよ」
「お守りって言わないで。もう子どもじゃないのよ!」
「はいはい」
「でも、ほんとありがとね。助かったわ」
「どーいたしまして」
アルフレッドにはその会話の意味が理解できなかったが、シャロンがサイモンを頼りにしていることだけは理解できた。
(信頼しているのか…。この男を)
だから笑うのか。アルフレッドの胸はまたちくりと痛む。
サイモンは薬の入った大きなカバンを片付けると頭を下げて、その場を立ち去った。
去り際、シャロンには聞こえないくらいの声で、彼はボソッと呟いた。
「あんたにとってはどうでもいい嫁かもしれないが、靴擦れくらいは気づいてやってくださいよ。公爵様」
アルフレッドがバッと振り返ると、彼は射殺す様な目つきでこちらを見ていた。




