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【完結】烏公爵の後妻〜夫は亡き前妻を想い、一生喪に服すらしい〜  作者: 七瀬菜々


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12:サイモンとお嬢様

 賑やかな休日の午後。

 幸いにも天候に恵まれ、空は雲ひとつなく気温も暑すぎず寒すぎない最高のデート日和である。

 しかし、ウィンターソン公爵の後妻シャロンは、噴水広場のベンチで鬱々としていた。


(足が痛い…。引きこもりなめんなよ、烏公爵め)


 昼前から街に連れ出され、ほぼ小走りで歩き回るなど引きこもり令嬢の体力には無謀なことだった。


(しかし、まさか公爵様があの顔でデートの一つもしたことがないとはね)


 シャロンは呆れたようにため息をつく。

 コンパスの長さが違うのに、女性を気遣うことも出来ない男がデート慣れしているようには思えない。

 普段の振る舞いから考えても、アルフレッドは女慣れしていない初心なおじさんなのだろう。シャロンは1人うんうんと納得した。





「あれ?お嬢?」


 後ろから聞き覚えのある声で声をかけられたので振り返ると、そこには金髪碧眼の無駄に見目の良い薬師が立っていた。


「あら、サイモン」

「何してんですか?」

「休憩よ。公爵様とデート中なの」

「その公爵様は姿が見えませんが」

「今飲み物を買いに行ってくださっているわ。それにしても奇遇ね。こんなところで会うなんて」

「これは運命っすね」

「安っぽい運命ね」

「いやぁ、薄情者のお嬢にこんな街中で遭遇するなんて運命でしかないっしょ?」

「それは…」


 サイモンはジトッとした目でシャロンを見下ろす。口元だけ笑っているのが逆に怖い。


 実のところ、シャロンはウィンターソン公爵に嫁ぐ事をサイモンに伝えていなかった。

 嫁ぎ先が烏公爵だなんて言ったら、優しい彼はきっと猛反対する。けれど王命である以上どうにもできない。

 無駄に彼を悩ませなくないシャロンは何となく言い出しにくて、結局そのまま彼が出張中に嫁いでしまったというわけだ。

 


「言うタイミングいくらでもあったのに、何で何も言ってくれなかったんですか」

「それは…その…言いづらくて」

「出張から帰ってきて、旦那様から『え?嫁いだよ?知らないの?』って言われた時の俺の気持ち考えたことあります?」

「うう…」

「みんな俺がそのことについて何も言わないから『ショックで話題にもしたくないのだろう』って思ってたらしいですよ。どうりで飲みに誘われる回数が増えたはずだ」

「ご、ごめんなさい…」

「しかもよりによって、相手があの烏公爵なんて…」


 サイモンは顔を歪めた。

 夫が未だ亡き前妻を想っているのはよく知られた話だと。シャロンは今後、一生愛されることがない哀れな後妻として生きていかねばならない。

 何度連れ戻しに行こうかと考えたことか。


「どうなんすか?烏公爵」


 サイモンはシャロンの隣に座ると、ジッと彼女の目を見る。

 その真剣な青い瞳がなんだか怖くて、シャロンは思わず目を逸らせた。


「どう、とは?」

「大事にしてもらってるかってこと」

「…丁重には扱っていただいてるわ。今日もこうしてドレスを新調するためにデートに誘ってくださったし」

「じゃあ幸せ?」

「不幸せではないわ」

「微妙な言い方っすね」


 サイモンはその曖昧な返答に深くため息をついた。


 シャロンは不幸せではない。

 冷遇されてるわけではないし、公爵邸のみんなはシャロンを快く受け入れてくれた。シノアは食べてしまいたいくらい可愛いし、シャロンを着飾ることに命をかけているリサのことも嫌いじゃない。デニスと過ごす温室での時間はとても穏やかで心が安らぐし、料理長の作るご飯は美味しい。


 アルフレッドもシャロンを大切にしようと努力してくれている。愛せない代わりに積極的にシャロンとの時間を作ってくれているし、何か困ったことはないかといつも聞いてくれる。未だエミリアに恋をしているかのように彼女の話をするアルフレッドの姿を見るのは嫌いではないし、彼の話を聞くのも苦ではない。


 不幸せではない。多分、世間の人が思うよりも恵まれている。ただ…。


「ただ、少し虚しいだけよ…」


 シャロンは伏し目がちにボソッと呟いた。

 別にアルフレッドを好きなわけじゃない。

 ただ何となく、自分は一生愛されないんだなと実感してしまうことが虚しいだけ。ただそれだけ。


「まあ、最初からわかってたことだし割り切らなきゃね。落ちこぼれの私をもらってくれた事に感謝しなくちゃ」


 シャロンは誤魔化すように、ぎこちない笑みを貼り付けた。

 落ち着いていて大人びて見えてもシャロンはまだ18だ。幸せな結婚がしたいという願望が深層心理の部分では残っているのだろう。


 サイモンはシャロンの頬に触れると、突然頬を掴み左右に引っ張った。


「にゃにするのよ!」

「俺の前で下手くそな愛想笑いすんな。不愉快です」

「…ごめんなひゃい」

「分かればよろしい」


 頬から手を離したサイモンは複雑そうな顔をして俯いてしまった。

 シャロンは自分の頬をさすりながら、彼の顔を覗き込む。


「サイモン?どうしたの?お腹痛い?」

「…辛いなら、俺が連れ去ってあげましょうか?」

「え?」

「俺ならお嬢の全部を愛してあげますよ。表情筋が死んでるところも、実は寂しがりなところも、実は負けず嫌いなところも、好奇心旺盛なところも全部」

「それ悪口?」


 頬を膨らませたシャロンは、サイモンの頭を軽く小突く。

 すると、サイモンはその手を掴んで自分の方に引き寄せた。


「言っとくけど、冗談じゃないから」


 サイモンの青い瞳が、シャロンを捉える。

 ジッと射抜くようなその瞳にシャロンは思わず後ずさるも、掴まれた手はびくともしない。


「…えっと…サイモン?」

「俺は金もないし地位もないし、多分楽はさせてやれない。今までよりずっと貧相な暮らしにはなると思う」

「うん…」

「でも医学の知識はあるから、食いっぱぐれることはない」

「そうね…」

「贅沢はできないが、平和で穏やかな生活は約束できる」

「そう…」

「だからお嬢が望むならこの手を取ってほしい」

「…サイモン…」


 シャロンは自分の手を握る彼の手に、もう片方の手を重ねると優しく微笑んだ。


「…ありがとう。やっぱりサイモンは優しいわね。元気出たわ」


「ありがとう」と繰り返して微笑むシャロンに、サイモンはなんとも言えない表情を向ける。


「…なんかイマイチ伝わってない気がする」

「伝わってるわよ?私が悲しい思いをしていると思って、連れ出そうとしてくれているのでしょう?」

「そうだけど、大事なところが伝わってない気がする」

「伝わってるわよ」

「…好きですよ」

「私も好きよ」

「ほら伝わってない」


 サイモンは「はあー」と声に出して深く長いため息をついた。

 そんなサイモンを、シャロンはクスッと笑う。


「貴方が本気で私を公爵家から連れ出そうと思ってくれてることは伝わってるわ」

「じゃあ、連れ去っても良いですか」 


 真剣にそう言うサイモンに、シャロンは首を振った。


「本気なら尚のこと、その手は取れないわ。私はもうウィンターソン公爵夫人なの。王命とはいえその肩書きを背負う事を承諾したのは他でもない私。それを投げ出すなんて私のプライドが許さない」


 シャロンは昔から、こうと決めたら意思を曲げない性格だ。

 魔術学院のいじめの件も、ある程度魔力を制御できるようになれば自主退学が認められているのに、頑として辞めなかった。


「お嬢らしいっすね。俺の負けだわ」


 相変わらずなお嬢様に、サイモンは両手を上げて降参のポーズを取る。

 一度『ウィンターソン公爵家に嫁ぐ』と決めてしまったシャロンは揺るがない。


「もっと早く伝えとけばよかった」


 自嘲するようにボソッと吐き捨てたサイモンは、すぐに切り替えて、シャロンの前に跪く。そして大きな薬カバンを広げ始めた。


「ではお嬢。靴を脱ぎなさい」

「なんでわかったの。表情に出してたつもりないのに」

「お嬢は元々表情ないです」

「うるさい、ばか」


 シャロンは頬を膨らませながらも、光沢のある黒のヒールを脱いだ。

 すると踵のあたりにある靴擦れは、明らかに酷いものだった。

 サイモンはその傷に怪訝な顔をする。


「これ、靴のサイズ合ってる?」

「一応は」

「足デカくなったか」

「失礼ね。少し歩きすぎただけよ」

「歩きすぎただけって…。どんだけ歩いたんだよ」

「…マダム・キュリーの店の駐車場からアリストンホテルを通過してセンター街を端から端まで歩いたわ」

「引きこもりにしてはがんばりましたね」


 連れ回されたのかと憤るサイモンだが、それを今言っても仕方がないので、ひとまず傷の手当てに専念する。


「お嬢、デートに誘ってくれた公爵閣下を煩わせたくなくて言わなかったでしょう」

「…なんでもお見通しね」

「お嬢のことなら何でもわかりますよ」


 呆れたようにため息をつきながら手当てをするサイモン。シャロンはそんな彼の頬に両手を添えると、自分の方に顔を向けさせた。


「じゃあ私が今欲しい台詞もわかるんじゃない?」


 ニッコリと笑うシャロンは両手を広げて体を左右に揺する。

 その姿は明らかに新しいワンピースを自慢していた。


「まあ悪くないんじゃないですか?似合ってると思う」

「もっとちゃんと褒めて」


 適当に返事するサイモンに、シャロンは口を尖らせる。

 サイモンは緩く巻かれた艶やかな黒髪を一束掴むと、その髪にそっとキスした。


「すごく可愛いよ。このまま連れ去りたいくらいに」

「ふふ。ありがとう」



 2人のその光景はどう見てもお似合いのカップルにしか見えない。

 だが、ここまでされてもシャロンはサイモンの気持ちに気づかず、屈託のない笑顔を見せる。

 サイモンは本当に連れ去ってやろうかと、一瞬本気で考えた。



 ***


 その後、迎えに来たアルフレッドに嫌味を吐いたサイモンは薬師仲間と合流した。


「なあ、あれってサイモンのお嬢様?」

「まだ俺のじゃねーよ」

「『まだ』って、もう公爵夫人だろ?手遅れじゃん」

「どうせ公爵の方が先に死ぬだろ。俺はその時まで待つよ」

「それは…、だいぶ長期戦だな」

「せいぜい長生きするよ」


 アルフレッドとシャロンは20も歳が離れている。シャロンが寡婦になるのを待つよと言うサイモンは、どこか遠い目をしていた。

 薬師仲間の男は、『諦めれば良いのに』と、心の底から思う。無駄に見目の良いサイモンを夫にしたい女など腐るほどいる。この男が結婚しないなど、それこそ無駄だ。


「サイモンに良い出会いがある事を祈っておくよ」

「それより、公爵が事故に遭う事を祈っててくれ」

「公爵様の身に何があったときはお前を警備隊に引き渡すことにするわ」

「裏切り者」


 そんなくだらない会話をしつつ、サイモンはシャロンが幸せになるのを祈り、空を見上げた。


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