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きれいな腕

 戦争が終わって、一年と四ヶ月が経った。ミラの店には、今日も可笑しな客がやってくる。

「どこが壊れてます?」

 ミラは少女の右腕を見ながら聞いた。

「壊れてません」

「…………」

 もう一度見る。真鍮色の腕。肩から指先まで伸びる金色の魔力線。

「握ってみてください」

 握る。

「開いて」

 開く。

「一本ずつ」

 親指から順に小指まで、全て問題ない。

「痛いところは?」

「ないです」

「動かしにくい?」

「別に」

「魔力の減りが早いとか」

「普通だと思います」

「変な音は?」

「しません」

「熱くなる?」

「ならないです」

 ミラは腕から手を離した。

「じゃあ何しに来たんです?」

「可愛くしてほしくて」

「…………」

 ミラは煙草へ手を伸ばした。


 ***


 少女はエマと名乗った。十九歳で、街の南側にある菓子店で働いているという。

 右腕は第四式。戦争末期に作られた軍用魔義肢だ。第三式より軽く、魔力消費も少なく指先の制御も細かい。

 ついこの間まで最新型だった。

「これ、いつ買ったんです?」

「三ヶ月くらい前です」

「新しいじゃないですか」

「はい」

 傷が少ないのも当然だった。

「だったら、なおさら弄らない方がいいですよ」

「何でです?」

「何でって」

 ミラは肩口の術式を見る。

「せっかく状態いいんだから」

「でも型落ちですよ」

「…………型落ち」

 その言葉が妙に引っかかった。

「第四式ですよ?」

「第五式が出たでしょう」

「出ましたけど」

 戦後初の民生用魔義肢、第五式。洒落た名前が付けられていたがミラの周りでは皆、第五式と呼んでいる。

 戦うことを前提にせず、最初から日常生活で使うために作られたものだ。

 第三式や第四式ほどの出力はない代わりに、圧倒的に軽く魔力を食わない。

 熱が接続部へ伝わりにくく、指先の細かな力加減にも優れている。

 外装もいくつかの色から選べるらしい。

「第五式、買わなかったんですか?」

「高いですよ、あんなの」

「ああ……」

 ミラも値段は知っていた。

 安くはない。どころか、目玉が飛び出るほど高い。

「第五式が出たから、第四式が安くなったんです」

「なるほど」

 戦争末期に作られた第四式には、配備されないまま終戦を迎えたものも多かった。軍の倉庫に残っていた未使用品が、少しずつ民間へ払い下げられている。そこへ第五式が発売された。

 軍用品。

 しかも一つ前の型だ。値段は随分下がったらしい。

「それで、ようやく買えたんです」

「ようやく?」

 ミラはエマを見る。

「腕をなくしたの、二年前なんです」

「二年前?」

「十七のとき。空襲で」

「ああ」

 エマはあっさりと言った。

「工場の近くにいたんです。建物が崩れて」

「それからずっと義手なし?」

「はい」

「第三式とかは?」

「軍の人が先だったから」

 戦争中なら当然だった。生産された魔義肢の多くは負傷兵のために前線へ送られ、民間人に回る数は少なかった。

 まして新型の第四式など、欲しいと言って買えるものではなかった。

「不便じゃなかった?」

「不便ですよ」

 エマは即答した。

「でも慣れます」

「慣れるんだ」

「大体のことは左手でできますよ。仕事もしてましたし」

「器用ですね」

「箱を重ねて持つのだけは無理でした。あと紐を結ぶのが面倒」

「でしょうね」

 エマは右腕を持ち上げた。

「だから、あった方が便利です」

「まあ、腕ですからね」

「やっと買えたんです」

 エマは第四式を眺める。

「だから可愛くしたくて」

「……そこに繋がるの?」

「繋がりますよ」

 エマが肩から伸びる金色の線を指した。

「これ!」

「魔力線ですね」

「可愛くないです!」

「……魔力線に可愛いとかある?」

「あります!」

 力強く即答された。

「……第五式なら外装の色、選べますよ」

「知ってます」

「真鍮色以外もあるとか」

「腕の色じゃなくて、この線を変えたいんです」

「線?」

「花とか」

「花」

「蔓とか」

「蔓」

 エマが鞄から紙を出した。

 腕の絵が描かれている。

 肩から手首へ細い蔓が伸び、ところどころに小さな花が咲いていた。

「こういうのです」

「……これ回路で、絵じゃないですよ」

「知ってます」

「腕を動かす術式ですよ」

「知ってます」

「好き勝手に曲げたら動かなくなります」

「だからここに来たんです」

 ミラは紙を見る。

 第四式を見る。

 もう一度紙を見る。

「誰から、ここのこと聞きました?」

「リカさん」

「…………」

 またあの人か。ミラは天を仰いだ。

「出来るんですよね?」

「出来るか出来ないかで言えば……」

 金色の線を目で追う。

「……出来るとは思います」

「じゃあお願いします」

「……本当にいじるの?」

 勿体無い、と声に出そうになった。

「花がいいんです」

「何で?」

「好きだから」

「…………」

 ミラにはよく分からなかった。


 ***


 引き受けてしまった。

「花……」

 作業台の上に第四式が横たわっている。魔力を流す。金色の線が浮かぶ。

 隣にはエマが描いてきた花。

「いや無理だろ」

 魔力線には意味がある。

 ここからここへ流す。

 ここで分ける。

 ここで増幅する。

 ここで抑える。

 好き勝手に曲げていいものではない。

 ミラは第四式の術式を書き写した。その上から蔓を描いてみる。

「…………」

 消した。肩口の分岐を花にする。

「…………」

 消した。花弁を一枚増やす。

「…………」

 さらに気持ち悪くなった。

 前線で魔法陣の見た目を気にしたことなどなかった。

 読める。

 間違っていない。

 動く。

 それで十分だった。

「花ってどう描くんだ……?」

 煙草を一本吸い終わるころ、ミラはようやく思い出した。

「あ」


 ***


 翌朝。

 ミラは第五織布工場の技師へ手紙を書いた。

『お久しぶりです。魔力線を花にしたいのですがどうすればいいかわかりません。機能はほとんど変えません』

 読み返す。

「……分かるかな」

 第四式の術式図。

 エマが持ってきた絵。

 自分で描いた花。

 三枚とも同封する。

 最後に一行付け足した。

『追伸 私が描くと気持ち悪くなります』

 三日後。

 返事が来た。

『線を花にしようとするからです。分岐を花として使ってください。五本集まる場所なら、そのまま花弁に見立てられます。長い線は蔓として使えます。術式上、動かせない線と動かせる線を分けて、もう一度送ってください。

 追伸

 同封されていたものは、確かに気持ち悪かったです』

「そこまで言わなくてもいいだろ」

 ミラはつい吹き出した。


 ***


 第四式の術式図をもう一度描く。

 絶対に動かせない線。多少なら曲げられる線と長さを変えられる線。分岐位置を動かせる場所。それぞれ色を変えて書き込んだ。

 翌日送る。

 四日後。

 また返事が来た。

『肩の分岐を花の中心にできます。そこから伸びる五本を花弁にしてください。主線は許容範囲内で緩く曲げれば、蔓に見えます。補助線は葉に使えます。手首から先は曲げすぎない方がいいです。細い線が多いので、そのまま葉脈として使えます』

 その下に簡単な図が描かれていた。

「……なるほど」

 ミラが描いた花とは比べものにならない。

「最初からこれ送ってくれればいいのに」

 文句を言いながら、作業台へ向かった。

 ここからは自分の仕事だった。


     ***


 線を一本ずつ引き直す。機能は変えず、流れる魔力量も変えない。

 必要な分岐も残す。

 変えるのは、その通り道だけ。

 肩口では、五本の線が集まる分岐を花の中心にする。そこから腕を下る主線は蔓に見立てた。途中の補助線は葉にする。

「……あ」

 途中で気付いた。

「これ、前にもやったな」

 第三式の指先を柔らかくしたとき。

 第五織布工場の転写機を直したとき。

 必要な働きを残して、場所ごとに違うことをさせる。

「なんだ」

 術式図を見る。

「同じじゃん」

 そこからは早かった。


 ***


 一週間後。

「できました?」

「一応」

 エマが店へやって来た。

 ミラは第四式を作業台へ置く。

「接続してみて」

 エマが右肩へ第四式を接続した。

 魔力を流す。

「あ」

 真鍮色の表面へ、金色の線が浮かび上がった。

 肩口に小さな花。

 そこから細い蔓が腕を下る。

 肘の近くで枝分かれし、二枚の葉になる。

 手首から先へ伸びた細い線は、葉脈のように手の甲へ広がっていた。

「まず動かして」

 握る。

 開く。

 指を一本ずつ動かす。

「痛くない?」

「大丈夫」

「熱は?」

「ないです」

 木片を渡す。

「握って」

 掴む。

「強く」

 力を加える。

 問題ない。

 測定器を繋ぐ。

「魔力消費は……」

 数字を見る。

「少し増えたな」

「駄目ですか?」

「いや、このくらいなら……線を迂回させた分、少し効率が落ちたくらいですね」

 エマは自分の腕を見ている。角度を変え、指を動かす。

「元に戻します?」

「嫌です」

 即答だった。

「聞いただけですよ」

「きれい」

 エマが袖を肘までまくった。

 肩口の金色の花がよく見える。

「そんなに違います?」

「全然違います」

「機能的には変わらないですけど」

 エマは右腕を伸ばした。

「これなら、この服にも合うでしょ?」

「服?」

「第四式買ってから、こういうの着たかったんです」

「…………腕がなかったときは?」

「長い袖でも短い袖でも着てましたよ」

「じゃあ今も同じじゃないです?」

「違います」

「何が?」

 エマは少し考えた。

「せっかく買ったんだから、見せたいんです」

「…………」

「それで、見せるならきれいな方がいいなって」

 エマが笑う。

「自分の腕なんだから」

 ミラは金色の花を見る。

 軍用第四式。

 型落ち品で払い下げだ。つい先日まで倉庫に眠っていたものだろう。

「……まぁ」

「まぁ?」

「前よりは、きれいですね」

「でしょう?」


 ***


 ミラは第五織布工場へ手紙を送った。

『出来ました。問題なく動いています。ありがとうございました』

 四日後。

『完成したものを見せてください』

「…………」

 返事を書く。

『遠いので嫌です』

 三日後。

『絵でいいです』

「最初からそう言ってよ」


 ***


 一ヶ月ほど経った。ミラの店には可笑しな客が増えた。

「これと同じの、出来ます?」

 若い男が紙を持ってきて、図案を見せてくる。紙には幾何学模様が描かれている。

「……誰から聞きました?」

「菓子屋のエマ」

「…………」

 その三日後も同じような客だった。

「薔薇に出来ます?」

 翌週。

「波と鳥みたいなのは出来ますか?」

 依頼が増えたのはいいが、そのたびに第五織布工場へ手紙を出すわけにもいかない。

 ミラ自身も、少しずつ模様の引き方を覚えた。

 花や波はともかく、鳥は手こずった。案外簡単だったのは幾何学模様だ。

 術式として成立する範囲なら、意外と何でもできた。最新の第五式は、外装の色を選べる。

 しかしミラの店では、魔力線の形を選べた。それはじわじわと、街の魔義肢使いたちの間に広がっていった。

 ある日。

「これお願いします」

 若い男が左腕を出した。

「魔義肢は?」

「ないです」

「…………はい?」

 見れば両腕がある。

「ここに」

 男は左腕を指した。

「金色の線、入れられません?」

「何のために?」

「格好いいから」

「…………」

 ミラは健康な腕を見る。

「それ、私の仕事じゃないです」

「誰に頼めばいいです?」

「知りませんよ……」


 ***


 数週間後。

 昼を食べに、向かいの食堂へ行った。

「いらっしゃい」

 ニルの父親が声を上げる。

 ミラはいつもの席へ向かいかけて、止まった。

「……何それ」

「ん?」

 袖をまくった左腕。

 金色の線がある。

 花。

 しかも妙に見覚えがあった。

「何で?」

「最近流行ってるんだよ」

「誰がやったの?」

「刺青屋。魔力染料とかいうやつ。しばらくすれば落ちるらしいぜ」

「…………」

 ミラは近寄った。

「ちょっと見せて」

「おう」

 腕を掴む。

 花。

 そこから伸びる蔓。

「これ、私が作ったやつじゃん!」

「そうなのか?」

「エマの!」

「ああ、菓子屋の子か。あの子の腕、きれいだったからな」

「勝手に使われてる……」

「いいじゃないか。流行ってるんだから」

「…………」

 考えた。

 別に何も困らない。術式そのものを写したわけでもない。

 ただの模様だ。使われたところで困ることもない。

「……まあいいか」

 大人しくいつもの席に座る。ニルが料理を運んできた。

 腕には何もない。

「ニルはあれ、やらないの?」

「やらない」

「何で?」

「いらないから」

 皿が置かれた。ミラは食べ始める。隣の卓に座っている若い女の手首にも、金色の細い線があった。花ではない、小さな鳥。

 外を歩く青年の腕には幾何学模様。

 誰も魔義肢ではない。

 誰の腕も、それで強くなるわけではない。

 物を持ち上げられるわけでもない。

 敵を倒せるわけでもない。

 何の役にも立たない。

「……変なの」

「何が?」

「別に」

 窓の外を、金色の線を腕に描いた若者が歩いていった。

 ミラは一度だけそれを見て、また食事に戻った。


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