第三式
「握ってみてください」
ミラが言うと、男は左手を握った。
真鍮色の五本の指が曲がる。しかし薬指だけが途中で止まってしまった。
「もう一回」
開く。
握る。
やはり薬指だけが遅れたり、止まったりする。
「いつからです?」
「一週間くらい前だな。最初はたまにだったんだが……」
男はロウと名乗った。
三十代後半くらいだろうか。
街の北側で家具職人をしているという。
左腕は第三式。北部仕様の第五工場製だ。肩口の三重硬化術式に高出力骨格指定。親指と人差し指には独立した強化線。
見慣れたものだった。
「戦争中から?」
「ああ。二年くらい使ってる」
ミラは接続を解除させ、第三式を受け取った。
魔力が切れる。
真鍮色の腕が力を失い、作業台の上へ重く横たわった。
「ちょっと開けますね」
「頼む」
外装を一部ほどく。
内部の魔力線を追う。
薬指へ向かう線の一つが、途中で不自然に揺れていた。
「ああ、ここですね」
細い器具で周囲を持ち上げる。その下に、小さな部品があった。
魔力を一定量だけ指先へ流すための調整器だ。
「これを交換すれば直ります」
「どれくらいかかる?」
「部品があれば今日中には」
ロウが安心したように息を吐いた。
「じゃあ頼む」
「はーい」
その時は、今日中に終わると思っていた。
***
部品箱を開ける。
あるはずの部品がなかった。
「…………」
ミラは中を探した。
一段目。
二段目。
三段目。
どこにもない。
「……あれ?」
引き出しをひっくり返す。
小さな部品が作業台へ散らばったが、第三式の指部調整器はなかった。
「使い切ったっけ……」
最後に交換したのはいつだったか。
前線にいた頃なら、箱いっぱいに入っていた。
第三式は大量に配備されていた。
壊れる数も多かったから、交換部品も山ほどあった。
前線では、それが当たり前だった。
「まぁ、買えばいいか」
ミラは第三式を作業台へ置いた。
***
「ない?」
翌日。部品商の主人は頷いた。
「第三式の指部調整器はもう入ってこないよ」
「何で?」
「何でって」
主人が逆に不思議そうな顔をした。
「作ってないから」
「第五工場は?」
「去年で終わり」
「去年? ……在庫は?」
「とっくにないよ。軍の倉庫にはあるかもしれないけど、こっちには回ってこない」
ミラは店先に並んだ箱を見る。
以前なら軍用部品が詰まっていた場所に、今は小型魔導炉用の調整器や、織機用の魔力線が並んでいる。
「代替品は?」
「新型ならあるよ」
主人が小さな箱を出した。
開ける。
「……これ、第四式から対応でしょ」
「そう」
「規格違うじゃないですか」
「だから第三式用はないって」
***
二軒目。
「ないですね」
三軒目。
「第三式? 懐かしいねえ」
四軒目。
「軍の払い下げなら、たまに出るけどね」
五軒目。
「壊れた第三式から取れば?」
肩を落とすミラにそう店主は言った。
「壊れた第三式?」
「解体屋に行けばあるんじゃない?」
「その手があったか!」
***
街の外れにある解体場には、戦争の残り物が山になっていた。
輸送車。
通信器。
野戦用魔導炉。
折れた銃身。
その隅に、真鍮色が見えた。
第三式だった。
一本。
二本。
三本。
腕だったものが、他の部品と一緒に積まれている。
「…………」
ミラは一本を拾った。
接続環が壊れている。
肘から先はまだ残っていた。
点検口を開ける。
指部調整器。
ある。
「これ、売ってもらえます?」
「好きなの持ってけ」
解体屋の男が言った。
「一本いくら?」
「腕ごとか?」
「いや、この部品だけ」
「そんな小さいのに値段付けられん。銀貨一枚で好きなだけ取ってけ」
「安っ」
前線では補給が遅れれば、壊れた第三式から部品を取ることもあった。
珍しいことではない。
だからミラも気にせず調整器を外した。
状態を見る。
「……駄目だ」
摩耗している。
別の腕。
これも駄目。
三本目。
腐食。
四本目。
「これなら……」
妥協して店へ戻り、部品を洗浄した。
魔力を流す。
反応するが、規定値より少し弱い。
「ま、まぁ調整すれば……」
第三式へ取り付ける。
魔力線を繋ぐ。
起動して指を動かす。
薬指が曲がった。
「よし」
もう一度。
曲がる。
三回目。
途中で止まった。
「…………」
これでは使えない。ミラは部品を外した。
「駄目かあ……」
煙草を一本取り出す。
火をつける。
第三式を見る。
壊れているのは、小さな部品一つだけだ。
腕そのものは問題ない。なのに、その部品がない。
「面倒くさ」
煙を吐いた。
***
三日後。
ロウが様子を見に来た。
「悪い。もう少しかかります」
「難しいのか?」
「修理自体は簡単なんですけど、部品がないんです」
「ない?」
「第三式の純正品、もう作ってないみたいで」
ロウが自分の左肩を押さえた。
「新しい腕にした方がいいのか?」
ミラは少し考えた。
「第四式なら部品ありますよ」
戦争末期に出始めた新型だ。
第三式より軽い。
魔力消費も少なく、制御も細かい。
「そっちに替えることもできます」
「いくらだ?」
「新品なら……まぁ、このくらい?」
指を何本か立てる。
「高いな」
「高いですね」
ロウが作業台の第三式を見る。
「これ、直らないのか?」
「直せます」
ミラは答えた。
言ってから、少し考える。
「でも純正部品では無理です。でも、別の部品なら何とか」
ロウは第三式を見る。
表面には細かな傷があった。
手の甲には何かをぶつけた跡。
指先は少し平らになっている。
「じゃあ、それで頼む」
「……時間がかかるし、第四式の方が性能いいですよ」
「そうなのか?」
「軽いし、細かく動くし、魔力も食わないです」
「へえ」
興味がなさそうだった。
「こいつでいいよ」
「第三式が好きなんです?」
「別に」
即答だった。
「じゃあ何で?」
「もう慣れた」
ロウが右手で左肩を叩く。
「家具持つときの力加減も分かる。鉋押さえるときも、椅子運ぶときもな」
「でも第四式でも慣れれば」
「また慣れるの面倒だろ」
「……なるほど」
「それに」
ロウが作業台の腕を見る。
「二年使ってるからな」
それだけだった。
二年間使った腕だから。
「分かりました」
ミラは第三式を引き寄せた。
「何とかします」
***
問題は、何を使うかだった。
第四式の調整器は小さい。
性能もいい。
しかし第三式とは規格が違う。
別のものを使うとすれば——ふと、先日見た小型織機用を思い出す。
「……これ使えるんじゃない?」
最近よく市場に出回っている部品だった。
布を織るとき、糸へ掛かる力を調整するための魔力制御器。
第三式より遥かに弱い魔力を扱う。だが、細かい調整ができる。
しかしそのままでは使えない。
入力側に別の抵抗器を置く。
出力を分け、薬指だけに必要な量を送る。
「…………」
紙に魔法陣を描く。消す。描く。また消す。
そんなことを繰り返すと夜になった。
「腹減った」
向かいの食堂には、まだ明かりがついている。
「……あとちょっと」
結局その日は夕飯をニルに持ってきてもらった。
***
翌朝。
第三式の薬指が曲がった。開く。曲げる。
「よし」
十回。二十回。三十回。
止まらないのを確認してミラは親指で薬指を押した。
反応も問題ない。今まで使われていた軍用の調整器はない。
代わりに入っているのは、民間の織機用部品だ。
「……まあ、動けばいいか」
言ってから、少し考えた。
「いや」
もう一度動かす。
握る。開く。細かく曲げる。木片を持たせる。
力を加える。落とさない。
「………………よし」
***
数日後、ロウが来た。
「直りましたよ」
第三式を渡す。
早速ロウは左肩へ接続した。金色の線が光り、真鍮色の腕が形を整える。
握る。開く。
薬指も遅れない。
「おお」
「一応言っておきますけど、純正じゃないです」
「何を使ったんだ?」
「織機」
「織機?」
ロウが自分の左手を見る。
「布作るやつ?」
「そうです」
少し黙った。
「大丈夫なのか?」
「大丈夫です。たぶん」
「たぶん?」
「試験はしましたよ」
ロウが眉を寄せる。
「どれくらい?」
「三百回」
「そんなに?」
「途中で不安になって」
ロウが笑った。
「あと、前と少し感覚違うかもしれません。細かい調整が効くようになってるので」
「良くなったのか?」
「結果的には」
ロウが作業台に置いてあった木片を掴んだ。
持ち上げる。
指を少し動かす。
「……前より楽だな」
「でしょう」
ミラは胸を張った。
ロウは笑いながら代金を払った。店を出る前に、一度だけ左手を握る。
「じゃあ、また壊れたら頼む」
「早めに持ってきてくださいね」
「ああ」
扉が閉まった。
***
数日後。
ミラは部品商へ行った。
「これ、あと十個ください」
カウンターに織機用の調整器を置く。
「何に使うんだ?」
「第三式に」
「これを?」
「使えました」
主人が妙な顔をする。
「変なこと考えるなあ」
「必要なんですよ」
主人は棚から箱を出した。
「十個で足りる?」
「……第三式って、まだどれくらい残ってるんですかね」
「さあなあ」
主人が肩をすくめた。
「軍じゃもう使ってないだろ」
「でしょうね」
「そのうち全部、新しいのに替わるんじゃないか?」
ミラは手の中の小さな部品を見る。
「そうかもしれませんね」
代金を払う。
店を出る。
通りの向こうを、荷車が走っていく。
荷台には色とりどりの布が積まれていた。
どこかの店先には、花柄の前掛けが吊られている。
頭上を、西部急送の三三七式がゆっくり横切った。
ミラは箱を抱え直した。
中には織機用の調整器が十個。
第三式の部品は、もう作られていない。
けれど、第三式を使っている人間は、まだいる。
「……ジャンク屋の方にも寄っておくか」
少し考えて、ミラは数日前に解体場で見た腕を回収へ行った。




