その他、応相談。
戦争が終わって、一年と八ヶ月が経った。
「これは、直せません」
言ってから、ミラはもう一度腕を見た。
作業台の上に横たわっているのは、古い魔義肢だった。
真鍮色はところどころ黒ずみ、表面には細かな傷が無数に走っている。
肩口から伸びる魔力線も古い。第三式より前の規格だ。
「やっぱり?」
向かいに座る四十代半ばくらいの女が、「困ったわね」と呟いた。
リンダと名乗った彼女の左袖が、僅かに揺れる。
「はい」
ミラが指先で魔義肢を押すと、へこんだ。
魔力を流すと金色の線が光り、ブラス・クレイが硬くなる。
もう一度押す。今度はへこまない。
「動くのにねぇ」
「今は、ね」
魔力を止める。
また流す。指を曲げる。開く。
もう一度。三度目で、薬指が途中で止まった。
「ほら」
「ああ」
「術式じゃないんです」
ミラは肩口を外し、内部を見せた。
「ここも、ここも正常です。魔力も流れてる。部品も替えました」
「じゃあ何が悪いの?」
「これです」
こんっ。
腕そのものを叩く。
「ブラス・クレイ?」
「はい」
長いあいだ魔力を通し、硬くなり、柔らかくなり、形を変え続けた素材そのものが限界に来ていた。
成形し直し、表面も削った。術式も引き直した。
それでも数日すると、また保持力が落ちる。
「もう、形を覚えてくれないんですよ」
「二十年近く使ったからねえ」
「二十年! そりゃあ長いな。無理ですよ」
「でもこの間まで動いてたわよ」
「昨日まで動いてたものが今日壊れるんです」
「修理屋がそれ言う?」
「修理屋だから言うんです」
女が笑った。
ミラはもう一度腕を見る。
直せない。部品なら探すし、術式なら書き換える。分からなければ分かる人間を呼ぶことも出来る。
だが今回は、分からないわけではなかった。
分かっていて、直せない。
「新しいのに替えるしかないですね」
「第五式?」
「それが一番楽です」
「付くかしら?」
「…………」
ミラは女の肩を見る。
「……そこなんですよね」
***
彼女は街の図書館で働いている。
左腕を失ったのは、戦争よりずっと前だった。当時使われていた魔義肢と現在のものでは、接続方式が違う。肩口に刻まれた起動術式も古かった。
「第五式に合わせて、こっちを書き換えることはできます」
ミラはリンダの肩を指した。
「でも大掛かりになります」
「痛い?」
「痛いと思います」
「嫌ね」
「ですよね」
「他には?」
「腕の方を合わせるしか」
「できるの?」
「…………たぶん」
「たぶん?」
「やったことないので」
「修理屋でしょう?」
「修理ならね。ここまで大掛かりなのは、ちょっと」
ミラは紙を引き寄せた。大仕事になりそうな案件だ。
「一から作るのは専門じゃないんですよ」
「じゃあ第五式にする?」
「それが普通ですね」
「痛いのよね?」
「たぶん」
「嫌だわ」
しばらく二人で黙った。
「……何に使います?」
「腕? そりゃあ普通に」
「普通じゃ分かりません。いつもは何をしてます?」
「本を持ったり?」
「重いものは?」
「本くらいかしら」
「大きい本?」
「それもたまに」
「細かい作業は?」
「紙をめくる。文字を書く。紐を結ぶ……それくらいかしら」
ミラは書き込んでいく。
「熱いもの持ちます?」
「とか?』|_
「走ります?」
「腕で?」
「いや、何となく聞いただけです」
「走らないわね」
「——じゃあ出力そんなにいらないな」
「弱くていいの?」
「本持てればいいんでしょう?」
「ええ」
「だったら、まぁ」
線を引こうとして、ミラの手が止まる。
「見た目は?」
リンダが瞬いた。
「見た目?」
「色とか。模様とか」
「選べるの?」
「一応」
「昔はそんなこと聞かれなかったわ」
「でしょうね」
彼女は少し考えた。
「今のと同じでいいわ」
「真鍮色?」
「ええ」
「線は?」
「線?」
「花とかできますよ」
「あなた、花が好きなの?」
「別に」
「じゃあ普通のでいいわ……ちょっとだけ可愛くしてもらえたら嬉しいけれど」
「分かりました」
ミラは紙へ戻った。
真っ白だった紙に、少しずつ腕が出来ていった。
***
「……面倒くさ」
四日後。
作業台いっぱいに紙が広がっていた。
これは何をどうすれば正解なのか、自分で決めなければならない。
「嫌いだな、この作業」
煙草に火をつける。
まず出力。
第三式ほどはいらない。
第四式でも強すぎる。
第五式の資料を引っ張り出す。
「軽い方がいいよな」
骨格部を細くする。
その分、必要なところだけ硬くする。
重要なのは指先だ。紙をめくるなら、硬すぎると扱いにくい。
「ここは柔らかく……」
線を引いて、止まる。
「…………」
卵。
「ああ」
昔、四十七個割った。
指先が物に合わせて少しへこむようにした。それと同じでいい。
紙を一枚つまめるくらい。そこから一気に書き込む。
手のひら。前腕。肘。一つの塊として考えず、区画を分け必要なところだけ硬くする。
「ここは……」
魔力線を引く。
途中で少し曲げる。
「いや、これはいらないか」
消す。花にする必要はない。
ただ、真っ直ぐである必要もなかった。
夕方。
紙は埋まった。
「…………」
改めてみると、ひどい線だった。
「駄目だな」
丸めて捨てた。
***
二日後。
もう一度描いた。
「……これなら」
翌朝見ると絶望的な図面が広がっていた。
「駄目だ」
丸めて捨てる。ずっとその繰り返しをしていると、何だか楽しくなってきた。
気付けば、作業台には新しい図面が広がっていた。
***
「三日来てない」
声がして、ミラは顔を上げた。
ニルが立っていた。
「何が?」
「飯」
「ああ」
「食ってる?」
「食べてる」
「何を」
「パン」
「いつ?」
そう問われて首を傾げる。
「……いつだっけ」
「今日は」
「…………」
黙り込んだミラにため息を吐いたニルが、持っていた鍋を作業台へ置いた。
「食え」
「今?」
「今」
「……あとちょっと」
ニルが紙の山を見る。
「何してるんだ」
「腕作ってる」
「一から?」
「うん」
「片手間でいいから飯食え」
「……はい」
彼が鍋の蓋を開けると、いい匂いが部屋に広がる。覗くと肉と野菜の煮込みだった。
「これ好き」
「知ってる」
ミラは匙を取った。
***
一週間後。試作品が出来た。動かなかった。
「…………」
魔力線を一本消して、二本増やす。
動いたが今度は人差し指が強すぎて、紙が破れた。
「…………」
弱くする。
今度は本を落とした。
「…………」
強くすると肘が重い。
骨格部を削ると熱が肩口へ伝わった。
「…………」
接続部を作り直す。
三日。
五日。
七日。
作業台の横に、失敗した腕が増えていった。
「前線より面倒くさいな……」
前線なら、動けばよかった。重くても、熱くても。多少指が強すぎてもそれでよかった。
紙を破らず一枚だけめくることなど、誰も要求しなかった。
***
さらに十日後。
「出来た」
誰もいない店で、ミラは言った。
作業台の上に一本の腕がある。
真鍮色。金色の線。見た目は、驚くほど普通だった。
今の街では地味とも言える出来栄えだ。
それでも、これは客のニーズに応えたブラス・クレイだ。
魔力を流す。
指が動く。
木片を掴む。
紙を一枚つまむ。
ページをめくる。
本を持つ。
落とさない。
熱も問題ない。
百回。
二百回。
三百回。
「……」
もう一度。
「……」
本を持たせる。ページをめくる。紙をつまむ。
紐を結ばせる。
最後に、小さなカップを持たせた。
「…………よし」
***
翌日、リンダが来た。
「前のは?」
「駄目です」
「本当に?」
「本当に」
彼女は箱に入れてある古い腕を見ている。
「捨てるの?」
「どうします?」
「持って帰るわ」
「分かりました。——で、これがご依頼の品です」
そう言って新しい腕を見せる。
「これが?」
「はい」
「小さいわね」
「軽くしました」
「弱い?」
「弱いです」
「大丈夫?」
「本持つだけなら」
「それ以外もするわよ」
「大体できますよ。家を壊す以外は」
「まぁ」
接続し、魔力を流す。金色の線が光った。
リンダが指を動かす。
一度。
二度。
それでこの腕の良さは伝わったようだった。
「軽い」
「でしょう」
「変な感じ」
「重いのに慣れてたからですよ」
手近の本を渡す。
「開いて、一枚めくって」
指先が紙をつまむ。
ページが一枚だけめくれた。
「あら」
「もう一回」
もう一枚。
「もう一回」
「何回やるの?」
「百回」
「嫌よ」
「じゃあ十回」
「あなたがやったんでしょう?」
「三百回やりました」
「じゃあいいじゃない」
「まあ」
リンダは本を閉じた。
新しい左手で持つ。
「これでいいわ」
本が返される。
「本当に?」
「ええ」
「前よりかなり弱いですよ」
「困らないわ」
彼女が笑った。
「ありがとう」
「何かあったら持ってきてください」
「壊れたら?」
「直します」
「直せる?」
「今度は」
ミラは新しい腕を見る。
「たぶん」
「わかった、たぶんね」
リンダも笑った。
***
戦争が終わって、二年が経った。
「ほら」
昼時。
ニルの父親が紙を二枚、テーブルへ置いた。
「何です?」
「博覧会」
「何の?」
「何でもだよ」
「何でも?」
「戦後二周年の産業博覧会。新しい魔導機械とか、服とか、食い物とか、何でもあるらしいぞ」
ミラは券を取った。
「二枚ある」
「二人で行けばいいだろ」
「誰と?」
父親がニルを見る。
ミラも見るとニルが顔を上げた。
「俺?」
「他に誰がいるんだ」
「別に一人で行けますけど」
「俺も一人で行ける」
「じゃあ一枚ずつ?」
「何でだよ!」
父親が怒った。
「一緒に行け!」
「何で?」
「何でもだ!」
ミラとニルは顔を見合わせた。
「行く?」
「どっちでも」
「じゃあ行こう」
「分かった」
父親が大きく息を吐いた。
「お前ら、本当に……」
「何です?」
「何でもない!」
***
博覧会は人だらけだった。
「帰りたい」
「まだ入って五分だぞ」
「人多い」
「お前が行くって言ったんだろ」
「機械は見たい」
「じゃあ見ろ」
広い会場には、いくつもの建物と天幕が並んでいた。
農業用魔導機に家庭用調理器。新型輸送車、衣服、家具。菓子に玩具までなんでもあった。
「あ」
上空を、小型飛行機が横切った。
腹に荷箱。
『西部急送』の文字。
「三三七式」
「配送機だろ」
「元は三三七式」
ちょうど鳥が近づいた。
機体がゆっくり傾く。
大きな弧を描いて避ける。
「まだ飛んでるんだ」
「毎日飛んでるぞ」
「そうだけど」
ミラは少しだけ見送った。
***
「あ」
「今度は何」
「これ……」
魔義肢メーカーの展示だった。
色とりどりの腕が並んでいる。
白。黒。赤。青。真鍮色。
大きな看板には、洒落た商品名。
その下に小さく、
『第五式民生魔義肢・意匠術式対応型』
と書かれていた。
「第五式」
「そうだな」
近付いて説明板を見る。
「……模様を選べる」
「へえ」
「二十種類」
「多いな」
見本を見ると幾何学模様から波、蔓もある。
「花もある」
「ああ」
「鳥もある」
ミラはしばらく見た。
「似てるなあ」
隣の展示では、若い女が新型の第五式を試していた。
淡い青色の腕。
金色の線は、小さな花を描いている。
「行くぞ」
「うん」
ミラはその場を離れた。
***
「疲れた」
「休むか」
「どこで?」
「あそこ」
ニルが指した。
寝台が並んでいる。
「……寝具?」
「休めるらしいぞ」
「展示品で?」
「試してくださいって書いてある」
二人で近づく。
看板を見ると『ブラス・クレイ使用 全身適応寝台』とある。
「…………」
ミラは看板を見て、寝台を見て、もう一度看板を見る。
「ブラス・クレイ?」
「そう書いてあるな」
「ベッドに?」
「らしい」
「何で?」
説明員が寄ってきた。
「お試しになりますか?」
「これ、本当にブラス・クレイなんです?」
「はい」
「硬くない?」
「横になってみてください」
怪しい。
だが気になる。ミラの迷いは一瞬だった。
「寝ていい?」
「どうぞ」
靴を脱ぐ。
横になる。
「…………」
柔らかい。いや、柔らかいだけではない。
肩が沈む。腰は止まる。
背中は支えられる。
脚の下は少し柔らかい。
「…………」
ミラは起き上がった。
「今、魔力流しました?」
「はい」
「どこから?」
「寝台下部の術式です」
「見ていいです?」
「どうぞ」
覗き込む。
「うわ」
細かい。寝台全体が無数の区画に分かれている。
それぞれへ流す魔力量が違う。体重のかかった場所を検知し、硬さを変える仕組みらしい。
「これ……もう一回寝ていいです?」
「どうぞ」
横になる。
「…………」
目を閉じる。
「ミラ」
「……何」
「寝た?」
「寝てない」
「フゥン」
「ちょっと黙って」
「はいはい」
しばらくして、ミラは目を開けた。
「ニル」
「何」
「これ欲しい」
「買えば」
「いくら?」
値札を見る。
「…………高い」
「じゃあやめろ」
「でも欲しい」
「じゃあ買え」
「簡単に言うな」
「俺にどうしろと」
「寝てみて」
「何で」
「いいから」
ニルも横になった。
「…………」
「どう?」
「いいな」
「でしょ?」
「高いけど」
「高いね」
二人で値札を見る。
「…………」
「…………」
「無理だな」
***
博覧会を出た。
外はもう夕方で、空が赤く染まっている。
遠くで三三七式が飛んでいる。
街へ戻る道には、花柄の服を着た人がいた。
金色の模様を腕に描いた若者もいた。
どこかの家から通信機のベルが聞こえた。
「ニル」
「何」
「あのベッドさ」
「まだ言ってるのか」
「今のベッド、別に壊れてないんだよね」
「ならいらないだろ」
「でも欲しい」
「……買えば?」
「だから高いって」
「じゃあどうするんだ」
ミラは少し考えた。
「働く……最近、魔義肢の模様替えも多いし、修理も来るし、貯めれば買えるかも」
「そうか」
「よし」
ミラは歩く。
「明日から働こう」
「今日は何食う?」
「……煮込みある?」
「ある」
「じゃあそれ」
少し先を、荷箱を抱えた配送機がゆっくり横切った。
ミラはもう見上げなかった。
「ニル」
「何」
「あのベッド、絶対買う」
ニルは微笑んだ。
***
戦争が終わって、二年と半年。
「これは、直せません」
言ってから、ミラは作業台の上のものを見た。
「やっぱり?」
「はい」
「そこを何とか」
「無理です」
持ち込まれたのは、小さな魔導玩具だった。
丸い胴体に短い脚が四本。頭には長い耳が二つ付いている。魔力を流すと歩き回り、たまに跳ねるらしい。
今は横倒しになったまま動かない。
「うち、魔義肢屋なんですけど」
「でも直せるって向かいの食堂の人が」
「…………」
窓の向こうを見る。
ちょうどニルの父親が店先を掃いていた。
目が合った。
笑顔で手を振られた。
「…………」
ミラは目を逸らした。深くため息を吐いて、おもちゃを指差す。
「……で、これ、いつから動かないんです?」
「昨日から」
「その前に何かしました?」
「息子がお風呂に入れました」
「何で?」
「汚れてたから」
「…………」
魔導玩具を持ち上げる。
振ると音がした。
「水入ってる」
「やっぱり?」
「やっぱりじゃないですよ」
裏蓋を外す。
内部の術式は単純だった。魔石から脚へ魔力を流し、一定間隔で左右を切り替える。跳ねるときだけ後脚へ多めに流す。
問題は術式ではない。
中はびしょびしょだった。カウンターにも水滴が落ちる。
「……乾かせば動くかもしれません」
「でもさっき直せないって」
「水が原因なら話は別です」
客が安心したように笑った。
「三日ください」
「お願いします」
魔導玩具を置いて、客が帰っていく。
ミラは裏蓋を外したままの玩具を見た。
「…………」
指で後脚を動かす。
少し硬い。
「ここもか」
工具を取った。
店の壁には、開店した頃と同じ看板が掛かっている。
——魔義肢修理・調整。
——ブラス・クレイ成形。
——その他、応相談。
「消そうかな、これ」
何度目か分からないことを呟いた。
しかし消したことはない。
***
「飯」
夕方。ニルが店へ入ってきた。
「今日は行く」
「そう」
「もうちょっとで終わるから」
「ふーん」
「本当に行くよ」
「分かった」
ニルは作業台を見る。
「何だ、それ」
「玩具」
「魔義肢は?」
「あっち」
隣の台には、調整中の第五式が二本並んでいる。
一つは黒地に金色の幾何学模様。
もう一つは真鍮色で、模様はない。
「玩具屋になったのか」
「違う」
「何でも屋?」
「違う」
「…………」
「違うから」
ニルは黙ったまま店の隅に積まれた木箱を見る。
「また買ったのか」
「何を」
「工具」
「ああ」
新型の術式測定器が先週届いたばかりだった。
旧式より細かく魔力の流れを測れる。第五式の調整には便利だし、第四式にも使える。
しかし高かった。
「必要だったんだよ。仕事で使うから」
「そう」
「だから無駄遣いじゃない」
「何も言ってない」
「…………」
ミラは玩具へ戻った。
食堂へ戻ろうとするニルが少し考えてから言った。
「あといくら?」
「何が?」
「ベッド」
手が止まった。
「…………」
「まさか」
「工具買った」
「馬鹿だな」
「必要だったんだって」
「ベッドは?」
「欲しい」
「いつ買うんだ」
「……そのうち」
「半年経ったぞ」
「……」
「貯めてたんじゃないのか」
「貯めてたよ」
「使ったんだろ」
「必要なものが出てきたんだから仕方ないじゃん」
「じゃあベッドはいらないな」
「いる」
「今の壊れてないんだろ」
「壊れてない」
「じゃあいらないな」
「でも欲しい」
ニルが笑った。
「知ってる」
ミラは少し睨んだ。
「来月からまた貯める」
「そう」
「今度こそ……何、その言い方」
「別に」
ニルが店を出る。
「飯、冷めるぞ」
「あと十分!」
「五分」
「七分」
「五分」
「……分かった」
ミラは工具を置いた。
魔導玩具はまだ横倒しになっている。
明日でいいか。
店を出ようとして、作業台の横に置かれた紙が目に入った。
今日来た新しい依頼だった。
古い第四式。
軽くしたい。
指先を柔らかくしたい。
線の模様も変えたい。
希望欄には、小さな字で書いてある。
——三三七式を描いてほしい。
「…………」
ミラは紙を取った。
「ミラ」
「分かってる!」
紙を置く。
明日やろう。
明日、店を開けて。
腕を直して、玩具も直して。
それからまたベッドの金を貯めよう。
そう決めて、ミラは店の灯りを消した。




