第8話『引退剣士の――相棒は犬』
クロウ・クロスボーンのガーディアンドラゴン討伐映像はすぐにネットの海に広がっていった。
前回バズった時に世間から復帰扱いされてしまっていたが、今回の配信のおかげで「クロウは基本的には引退中」というのが周知されたっぽい。
よかった。
そう、俺は引退しているのだ……誤解されたままは困るからな。
そこんところは、しっかり理解してもらわないと。
「私たちってすごく相棒っぽくありません?」
白衣姿の宮ヶ瀬来花がコーヒーカップを俺に手渡しながら言った。
俺はアパートの隣室……彼女の研究室に来ていた。
今日は土曜日なので宮ヶ瀬来花は学校がない。
俺の部屋と同じ間取りの2Kの室内には、大量のファイルが収蔵された棚があり、工作台の上には作りかけの何かの機械が置かれている。
さすが有名ダンジョン研究者という感じの部屋だ。
相棒か……しかしこの女子高生は天才のくせに何も理解していないのだろうな。
だったら教えてやらないと。
引退者は“人間の相棒”なんて必要としないという事を。
「相棒? そうなると君は犬って事になるぞ」
「犬? はい?」
「静かに暮らす引退者の相棒は犬って決まってるんだよ」
「前々から思うんですけどクロウさんの引退者観って偏ってません?」
「う、うるさい! とにかく俺の相棒なら君は犬という事になる。宮ヶ瀬来花だから……ライカ犬だ、それでいいのか?」
「ライカ犬って……ロケットで宇宙に飛ばされてそのまま戻って来れなかったかわいそうな犬じゃないですか! それに女子に対して犬だなんて炎上案件ですよ!」
「俺が心の中で思うだけだから別に問題ない。今日も犬が付いてきてるなぁとか、犬が面白い顔してるなぁって目を細めながら君を見るだけだし」
「えっと……すごくイヤですね」
その後、俺が今日この研究室に来た理由である採血が行われた。
レベル999の人間の血液データが欲しいと言われ、どんな結果が出るのか面白そうに思った俺はそれを快諾していた。
指先から数滴ほどの血を抜かれた俺は自分の部屋に戻ると伝えた。これから準備をしてバイトに行かないとならないのだ。
「あっ、私も一緒に『れあだらけ』に行きます。今後の探索で使えそうな装備やアイテムを探したいんです。どんなモノが最適かクロウさんの意見もぜひ聞きたいですし」
「君は元々有名だし、この前の配信でさらに知れ渡っちゃってるからなぁ……一緒にいると俺がクロウだってバレるよ」
クロウの正体が工藤空一郎だとバレると最強引退者が望む平穏な日常が壊されてしまう。それはマズいのだ。
「変装しますから平気だと思いますよ?」
そう言って宮ヶ瀬来花は白衣を脱いだ。
「はい。じゃあ行きましょう」
「……いや、顔でバレるだろ」
彼女は結局、髪を三つ編みにしてベレー帽をかぶり、黒縁の伊達メガネをかけて変装した。
若き科学者から文学少女にトランスフォームした感じだ。
そしてJR中野駅北口からまっすぐ北に歩いて5分の場所にあるサブカルチャーの聖地・中野ブロードウェイ4階の『れあだらけ』へと向かった。
『れあだらけ』は元はレトロゲームを扱うショップだったが、ダンジョンポータルが世界中に突如現れた10年前から中古ダンジョン用品店になっている。
レンガ柄の壁紙が貼られ、カウンターや棚はアンティーク家具。
なんとか頑張って「中世の武器屋」っぽくしているその店内には中古の剣や鎧、ポーションのような消耗品、アイステータスや撮影用ドローンといったダンジョン用最新機器が所狭しと並んでいる。
売り場面積はたいした事ないが品揃え的には全国でも上位の店だ。
俺は店員という立場で装備選びに付き合った。
ダンジョン用品を数点購入した宮ヶ瀬来花が店を出てから、この店のオーナーの娘で1歳年下の幼馴染でもある古都みもりが俺の顔を覗き込んできた。
「……やっぱり、そうだよね、うん、間違いない」
「ん? どうした?」
「くぅたんって……クロウ・クロスボーンでしょ?」
「…………えっ?」
「配信動画のクロウはフードで顔は見えないけど声がくぅたんとソックリだし、さっきのベレー帽のお客さんってクロウと一緒にいた宮ヶ瀬来花さんだよね? 前にくぅたんが変人の隣人だって言ってた女の子でしょ?」
「あ……ええと……その……」
「幼稚園の頃から走り方も見てるし、チェストー! ってかけ声もよく格ゲーで勝負してた時に叫んでたしねっ!」
おうふっ! あっさりバレた!
その後バイトが終わってから俺とみもりは、店からほど近い昭和テイスト溢れる喫茶店で宮ヶ瀬来花と合流した。
宮ヶ瀬来花は中野ブロードウェイ内の本屋で専門書を立ち読みし、そのまま電子部品店も回っていたらしい。
クリームメロンソーダを飲みながらこれまでのいきさつを聞いたみもりは、「ふむふむ」「なるほど」とすべて理解してくれた。
「そっかー。じゃあ来花ちゃんはくぅたんの相棒さんなんだねー」
「俺の相棒って事は、人じゃなくて犬だけどな」
「クロウさん、まだ言いますか!?」
「くぅたん……女の子を犬呼ばわりって私はよくないと思うよ。女の子じゃなくてもよくないけどねっ!」
「やっぱりそうよね、みもりさん! もっと言ってあげてください!」
共通の敵ができると人は手を取り合うというが……宮ヶ瀬来花と古都みもりはそれからすぐに打ち解けた。
その後みもりと連絡先を交換した宮ヶ瀬来花は今日購入した専門書を実家に帰って読みたいからとアイスティーを一気に喉に流し込んで喫茶店から出ていった。
「くぅたんが世界中で話題になってるレベル999のクロウ・クロスボーンかぁ……びっくりだよ」
窓の外を歩く人たちを眺めていたみもりが、ゆっくりと俺の方を向いた。
「世界中が会いたがってる最強の人が、くぅたんだなんて笑っちゃう」
「黙っていて、ごめんな」
「ううん。自分から正体バラすのは最強引退者的にカッコ悪かったんだろうなってのはちゃんと分かってるよ」
さすが小さい頃から兄と妹みたいに一緒に育った幼馴染だ。
「くぅたんって昔からなりきると最後まで崩さないもんね。私としてくれたおままごとでもドン引きするくらい本気だったし」
「ドン引きしてたの!?」
「うん! あはは!」
みもりはクリームメロンソーダをズズっと飲み干した。
グラスの中の鮮やかな緑色が移った氷がカランと音を立てた。
「くぅたんにとっての理想の引退者は、普段は戦いのないありきたりな日常の中にいないといけないんだよね?」
「まあ、そうだな」
「私は来花ちゃんみたいな知識も経験もないからクロウ・クロスボーンの相棒にはなれないかもしれないけど……」
それは小さい頃から変わらない、いつも俺を見上げていた時と同じ目だった。
「クロウの正体がバレないように協力するし、工藤空一郎のありきたりな日常の方は私が守るからねっ!」




