第7話『引退剣士と――失敗する女』
ガーディアンドラゴンの口から放たれた巨大すぎる火球は、まるで太陽の欠片だ。
“あ……これダメなやつ”
“あんなの避けれないだろ!”
“クロウ師匠はどうすんだ!?”
“ひえっ”
“お師様逃げてー”
“火球ってレベルじゃねぇ”
“さっきみたいに避けれるか?”
“ダメっぽい”
“《悲報》クロウ・クロスボーン逝く”
大型変異亜種っていうのは伊達じゃないらしい。
あれを避けるのはかなり難しいし、もし避けたとしても俺の後方にいる宮ヶ瀬来花が危険かもしれない。
――――だったら。
「避けなきゃいいだけか」
火球は轟音を響かせながら真正面から迫ってくる。
熱風だけで髪が揺れ、石畳の地面が赤く染まる。
発動【剣撃】RANK99+α
俺は立ち止まり、上段に構えた剣を思いっきり振り下ろした。
ズバァンッ――!!
放たれた衝撃波は巨大な火球を真正面から両断した。
真っ二つになった火の塊は左右へ割れ、石壁へ激突する。
そして剣撃の衝撃波はそのままドラゴンの全身を駆け抜ける。
「ピギュアアアアアアアアアッ!」
空間が振動するほどの叫び声をあげたガーディアンドラゴンの巨大な身体が、頭から尻尾まで一直線に裂けた。
ズル……ドゴォォォン!
ゆっくりと左右へ分かれた巨体が大地を震わせながら倒れる。
土煙があがり……静寂が訪れる。
「ふう……あんなデッカイ火の玉撃ってくるとは思わなかったな」
カチン。
俺は剣を鞘へ戻した。
“いやいやいやいや”
“そうきたかww”
“えー? こんなのあり?”
“巨大火球とドラゴンまとめて斬るなんて無茶苦茶だ”
“ママー! この人こわいよー!”
“これがレベル999か……”
“絶対に切り抜かれて壮大なBGMつけられるやつ”
“剣技というよりもはや破壊兵器の威力だよ”
“ガーディアンドラゴンって最上級ボスだぞ”
“まったく焦ってなくて草”
“やりますねぇ!”
“こんなところにまで淫夢厨が……”
そして俺のそばに宮ヶ瀬来花がやってきたその瞬間。
パリン――。
半透明のドーム状の魔法結界が音を立てて砕け散った。
中から一人の女性がふらつきながら姿を現す。
長い黒髪は煤で汚れ、鎧もところどころ焦げていた。
20代後半くらいで背が高くて綺麗なお姉さんという感じだが、その顔は疲れ切っているのがよくわかった。
宮ヶ瀬来花が女性のそばに寄った。
「霧峰涼子さんですね。未帰還に心配した弟さんからお願いされて迎えにきました」
「誠也が? そうだったのね、もうこのまま終わりかと思っていたから来てくれて助かったわ……それにしても彼って……」
「はい、彼はクロウ・クロスボーンです」
俺のフードの中は暗闇になっている。
霧峰涼子はその暗闇をじっと無言で見つめてきた。
“霧峰涼子!”
“有名ランカーキター!”
“霧峰涼子を助けるのが目的とは予想してなかった”
“たしかに霧峰クラスが戻ってこれない場所に行ける奴って限られるかも”
“クロウじゃなかったらミイラ取りがミイラになってた可能性”
“それでクロウ師匠が動いたわけかー納得”
“国内1位と4位だー”
霧峰涼子は俺の前まで歩いてきた。
「クロウ……噂通り信じられない強さね」
「はじめまして霧峰さん、引退記念で潜ったって聞きましたけど」
「ええ、このドラゴンは4年前に一度戦ったけど勝てなかった相手なの」
「それで引退前に最後に挑んだんですね」
「……本当は、自分で倒したかった」
霧峰涼子が革手袋の手をキュっと握りしめる音がかすかに聞こえた。
その音には様々な思いが込められているような気がした。
「私はね、学生時代は棒高跳びをやってたのよ、10年前にダンジョンが出現して棒を剣に持ち替えたの」
真っ二つになったガーディアンドラゴンの死骸のそばで、宮ヶ瀬来花が計測器を手にデータを採取していた。
その様子を見ていた霧峰涼子は、今度はこの広い空間の高い天井を見上げた。
「棒高跳びってね、最後は必ず失敗で……跳べなかった高さで終わるのよ。だからこんな事は慣れてるし、私らしいのかもしれないわね」
霧峰涼子は晴れ晴れとした笑顔だが、目には涙のような光も少し見えた。
最後は失敗で終わる……そんな引退もあるんだな。
霧峰涼子が手を伸ばしてきたので俺は彼女と握手した。
「ありがとう、クロウ。あなたのおかげで生きて帰れるわ、それだけで十分よ」
「これからは引退して普通の人生ですね」
「そうね……でもあなたは復帰したんでしょう?」
「いいえ、今回は……断れなかっただけです」
“おおおおおお!”
“『映画化決定』”
“ふたりともかっこいいぞー”
“888888888”
“霧峰涼子引退しちゃうのー?”
“おつかれさまー”
“クロウはやっぱり引退してたのか”
“引退もったいなさすぎる”
「クロウさん、データは十分取れましたよ」
「そっか、じゃあ帰るか」
宮ヶ瀬来花は空に浮かんでいるドローンのレンズに顔を向けた。
「これで今日の配信は終了です。皆さんご視聴ありがとうございました」




