第6話『引退剣士が――また配信される』
クロウ・クロスボーンは海外ではその無駄のない達人的な戦いぶりから「マスター・クロウ」と呼ばれるようになった。
日本でもそれを輸入する形で「クロウ師匠」という呼び方が定着しはじめている。
そして「俺が復帰しないといけないと思う程の案件」を探してくると言った宮ヶ瀬来花は1週間後、ある話を俺に持ってきた。
例のバズった生配信は宮ヶ瀬来花のチャンネルだったので、彼女には「クロウと連絡が取れないか?」というギルド、企業、大学、さらには怪しい宗教団体などからの問い合わせが山のように来ていたそうだ。
その中のひとつに、霧峰涼子の弟からの捜索願いがあった。
霧峰涼子は国内4位のレベル156で、ダンジョン界ではよく知られた存在だ。
去年末から引退を考えていた霧峰涼子は、3日前に引退記念としてソロで潜ってそのまま戻ってきていないらしい。
ドローンは持っていかなかったので状況は不明だが、アイステータスからは生存信号が発信されているので霧峰涼子が生きているのは間違いないようだ。
霧峰涼子の弟は何人ものシーカー(ダンジョン探検家)に捜索を頼んだが、国内4位が戻ってこれない状況に恐れをなして全て断られていた。
引退前最後のダンジョンから未帰還の国内ランカー。
迎えに行けるのは、引退していた最強剣士だけ。
…………悪くなかった。
俺と宮ヶ瀬来花は、霧峰涼子が深層にいるはずの埼玉県洞4号にすぐに潜った。
埼玉県春日部市にあるこのダンジョンは、楕円形のポータルから一歩中に入るとまるで中世の砦のような雰囲気で、石壁に囲まれた薄暗い回廊が巨大な螺旋を描きながら地の底へと続いている。
途中現れたモンスターは剣を一振りして排除し、下へ下へと降りていった。
宮ヶ瀬来花はその様子をドローンで撮影したり、計測器を使ってデータ収集をしたりしていた。
「クロウさん、配信しようと思うんですけどいいですか?」
「配信? なんで?」
「コメントって意外と優秀なんですよ。視聴者がモンスターの特徴や過去の事例を書き込んでくれるのでデータベース代わりになります。それに配信を続けていればまたクロウさんが『仕方なく復帰しなきゃいけない』ような案件が集まるかもしれませんし」
「なるほどね……まあ、別に構わないけどさ」
よく考えたら自分の憧れていた最強の引退者は漫画や映画の中にいた。
だから自分を見守る視聴者がいるという構図も、その再現みたいで悪くない。
俺のローブのフードは魔法効果で顔を隠すから、平穏な日常が壊れる事もないし。
そしてアイステータスの深度表示が40になった場所に着いた。
そこは螺旋回廊が終わって、さらに階段を降りていった位置にある広い空間だった。
その奥に真っ赤で巨大な化け物の姿が見える。
「あの角の形はガーディアンドラゴン……しかも大型変異亜種みたい」
宮ヶ瀬来花は双眼鏡を俺に渡してきた。
覗いてみるとドラゴンは微動だにせず何かを見据えていた。そのドラゴンの視線の先には半透明のドームのようなものが見える。
「魔法結界……か。中にうっすら見える人影は霧峰涼子だな」
「炎を防ぐために結界を張ったまま動けなくなってるんだと思います。ガーディアンドラゴンは侵入者を排除するまで、その場を離れませんし眠りもしません」
「ベテランさんだからポーションや水なんかは用意しているとは思うけど、持久戦に持ち込んでも隙がないってわけか」
「あの魔法結界は外からの攻撃は防ぐ。でも出た瞬間にやられるので一歩も出られない……ある意味牢獄です」
「まあ倒せば終わりだけどね」
「あっ、ちょっと待ってください!」
ガーディアンドラゴンに向かおうとした俺を止めた宮ヶ瀬来花は、動画配信ボタンを押してからドローンを空中に浮かべた。
“いきなりキター!”
“きたか…!!( ゜д゜ )”
“(゜∀゜)キタコレ”
“クロウが写ってる!”
“師匠!”
“通知から”
“なになに?”
“なんか向こうにドラゴン見えないか?”
“岩じゃね?”
いつの間にかヘッドセットを装着していた宮ヶ瀬来花はドローンのレンズにぺこりと頭を下げてからマイクに向かって話しはじめた。
「皆さんこんにちは、ダンジョン研究者の宮ヶ瀬来花です。今日はクロウさんと一緒に埼玉県洞4号に潜っています」
宮ヶ瀬来花は一瞬チラっと俺の方を見てから続けた。
「ご存知の通りクロウさんはすでに引退されているのですが、どうしても自分でなければ解決できない状況だという事を知って特別に立ち上がってくれました」
“かわいい!”
“天才JKらいかちゃん天使すぎ”
“クロウ師匠ってやっぱ引退のままなのか”
“クロウじゃないと解決できない状況って何だ?”
“ふたりはどんな関係なんですか?”
“まさかクロウは宮ヶ瀬来花が作り出した強化人間とか”
俺が引退中だというのは一応伝えてくれたみたいだ。
そう……俺は今回は仕方ないから来ただけなのだ。
みんなそれはしっかり覚えておけ。
剣を抜いて、ドラゴンに向かって一直線に走った。
「チェストー!!! ウォォォォォ!!!」
ガーディアンドラゴン……その名のとおり守護者であり監視者であるモンスターは向かってくる侵入者の気配にすぐ気がついた。
ガーディアンドラゴンは牙の間から炎を漏らして、火炎攻撃の準備に入った。
“チェストーって……クロウって薩摩示現流かよw”
“大声を出すとリミッターが外れるから理にかなってるらしいけどね”
“ガーディアンドラゴンじゃん!”
“最近どっかの有名パーティーが3時間かけて討伐してたよな”
“もう同接8000超えてるヤバすぎ”
“ワームとは数段強さが違うモンスターだけど危なくない?”
“ドラゴンの顔こっわ”
“1000度の火球がくるぞー!”
ガーディアンドラゴンは大きく口を開いて喉の奥から巨大な火の玉を吐いた。
その炎にドラゴンの恐ろしい姿が照らされ、分厚いウロコの外皮が見える。
発動【回避】RANK99+α
俺は伏せた。
火球は俺の背中の上を通り過ぎて、後方の地面に当たった。
立ち上がって、また火球の準備をはじめたドラゴンに向かっていった。
もう1発を避けてから、剣撃スキルを打ち込んで終わりだ。
――――そのつもりだった。
ヴォォォォォォッ!!!!
ドラゴンの口から放出された火球はあきらかにさっきのより大きく、避け切れるものではなかった。




