第20話『引退剣士の――大晦日配信』
デーモンの王女で人気歌手の九鬼アノンと会った翌日、俺は自分の部屋に宮ヶ瀬来花を呼び出した。
向かい合ってコタツ布団から顔だけを出している宮ヶ瀬来花に、デーモンがこちらの世界でも力を使える方法をダンジョン内で探している事と九鬼アノンがデーモンを裏切った事を伝えた。
宮ヶ瀬来花はコタツの天板に顎を乗っけて、「う〜ん……」と唸っている。
「……クロウさんは九鬼アノンを信用したんですか?」
「現時点ではなんとも……って感じだなぁ。でももし本当にデーモンの脅威が迫っていて俺しかデーモンと渡り合えないんならやるしかないんだよな。デーモンに支配された世界には住みたくないし」
「まあ、そうですけどね」
「九鬼アノンは俺らと一緒にダンジョンに潜って、出会ったデーモンの特性や弱点なんかを教えてくれるらしいよ」
九鬼アノンはポータルが現れてから数年後に、潜伏者として3人の従者と共にこちらの世界にやってきた。
それまではデーモンの世界にいたからデーモンについての知識がそれなりにあるのだそうだ。
「九鬼アノンはデーモン世界側のポータルに入って、ダンジョンを抜けてこっちの世界側のポータルから出てきたわけですよね? それがこの日本だった……と」
「ああ、なんか最初は大変だったらしいぜ。公園で野宿したり草とかセミの幼虫とか食べて飢えを凌いでたってさ」
「もしかしたら日本にあるポータルだけがデーモン世界のポータルと繋がってる可能性もありますね」
それからしばらく俺たちは話しあい、九鬼アノンをパーティーに加えて(現時点でデーモンがいた事が唯一確認されている)国洞11号に潜ってみようという結論になった。
せっかちな性格の宮ヶ瀬来花はすぐに行こうと言い、九鬼アノンも今日だったら時間があると返事が来た。
――――今日は大晦日だっていうのに、もしかしてダンジョンで年越しか?
「でも、みもりさんと元旦に初詣行く予定ありましたよね」
「みもりから返事あったよ。初詣ってのは年が明けて最初の参拝の事だから別に元旦じゃなくてもいいってさ、がんばってねー! だってさ」
「では、準備して国洞11号に向かいましょう」
「今回も配信するんだろ? 犬耳の約束はしっかり守れよ」
「忘れてたと思ってたのに……」
俺と宮ヶ瀬来花は、甲州街道と環7通りという二つの大きな道路が交わる大原交差点からほど近い国洞11号のポータルの前で九鬼アノンと合流した。
人目を避ける為に3人のイカつい従者に囲まれている九鬼アノンを見た宮ヶ瀬来花は「本物だ……」とつぶやいた。
「思ってたより小さくて可愛い……ええと私は……」
「配信を拝見して存じております。ライカ犬様でございますね」
「……いや、犬じゃないですし」
「でもヘッドセットに犬の耳までおつけになってますけど?」
「うう……あんな勝負なんてするんじゃなかった……」
いつものローブに、いつものボロボロのロングソードの俺。
革コートを羽織り、腰にはトレジャーハンターのように沢山のポーチの宮ヶ瀬来花。
冒険者服をゴスロリ風に仕立て直したのを着て、頭には黒いリボンの九鬼アノン。
この三人でポータルに入った。
国洞11号は鍾乳洞タイプのダンジョンだ。
通路には傾斜や段差があり、途中で出現したモンスターを吹き飛ばしながら少しづつ地下へと潜っていった。
「来花様、クロウ様の攻撃の威力……凄いのは知っていましたが実際目の当たりにすると本当にとんでもないですわね。軽くドン引きですわ」
「でしょ? 私なんて信じられないような攻撃力数値を見るたびにいつも脳ジルっていうか、ドーパミンがドバドバ出てるのわかるのよ。ちょっともう普通の数値じゃ満足できないかも」
ドパガキみたいな事言ってんな……。
しかさすがにこのくらい深層に潜ると一発では倒せないモンスターも出てくる。
そんなモンスターがいる場所で活動をしているデーモンは相当に強いはずだ。
デーモンに俺の攻撃が通るのかを九鬼アノンに聞いてみた。
何故か得意げな顔の九鬼アノンは、えっへん、とでも言いたげに小さな胸を張った。
「クロウ様の実力ならば問題ございませんわ。ちなみに……ポータル内やエデンではデーモンは仮初めの肉体を使っておりますの」
「仮初め? 本当の自分の体じゃないってこと?」
「はい。いわば器ですわ。ですからポータル内で器を壊されてもデーモンの世界へ戻されるだけなのです。そして一度帰還したデーモンは、二度とポータルを越えられません」
「なるほど。死にはしないけど、こっちで活動するための器を失う……つまり、一回倒したらそいつはもうこっちには来られないってわけか」
「左様でございます」
九鬼アノンは、にっこりと笑った。
「ですから、どうぞ遠慮なく剣を振って生命を取ってくださいませ」
ダンジョン内でデーモンを倒しまくれば最後には王も必ず出てくる。
そして王がエデンに行けなくなれば侵略計画は終わる、と九鬼アノンは言った。
途中で一回休憩をとってから更に深く潜っていった。
アイステータスの表示はもうすぐ深度50に到達する。
宮ヶ瀬来花は「じゃあ、ここから配信をはじめましょう」とドローンを宙に浮かばせた。
九鬼アノンがデーモンだというのは視聴者にはバレないように気をつけないとな。
彼女は人として生活したいのだから。
レンズに向かって、宮ヶ瀬来花は若干引き攣った笑顔で挨拶をする。
「皆さんこんばんわ……ん。大晦日ですが、これからクロウ・クロスボーンのダンジョン配信をはじめます……わん」
“らいかちゃーん!”
“わん!”
“大晦日にいきなりキター!”
“犬耳……www”
“やばい……萌え死する……”
“ライカ犬は仕草がいちいちかわいいな”
“どこのダンジョン?”
“鍾乳洞タイプは多いからわからないな”
“けっこう久しぶりの配信じゃね?”
“クロウ師匠ー!”
「ちなみに本日はスペシャルなゲストが参加しています」
宮ヶ瀬来花の前にちっこいのが飛び出してきた。
まるでライブステージ上のようにその表情は堂々とした笑顔だ。
「ごきげんよう! わたくし九鬼アノンは、クロウ様のパーティーメンバーに加わりました! 以後お見知りおきを!」
“………………は?”
“えええええええええええ?”
“?”
“ふぁっ!?”
“まてまてまてまて”
“マジか”
“九鬼アノン??? 歌手の???”
“え、本人???”
“なんで? 理解が追いつかん!”
“ええと……どゆこと?”
“なんで九鬼アノンがクロウと一緒にダンジョン潜ってんの?”
“これ生配信だよな?”
“九鬼アノン? 本物?”
“クロウの謎人脈”
“驚きすぎて年越しソバ吹き出した”
“スペシャルってレベルじゃねぇぞ!”
“今年で一番意味わからん”
“いや今年どころか人生で一番意味わからん”
“ニュース速報出る?”
“同接ヤバい事になるぞ……”
“今年最後にとんでもないもの見せられた”




