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第2話『引退剣士は――モヤモヤする』

「複利計算」のチェーンボーナスの仕組みを発見した翌日から、1日にスライムを1000匹倒すのを日課にした「狂気のスライム叩きの日々」がはじまった。



レベル100を超えた頃には、高難度ダンジョンへ突撃したい衝動で頭がおかしくなりそうだった。


だが我慢した。


ここでチェーンボーナスを切ったら、一生後悔するからだ。



ボヨ〜ン


パシュ!


ボヨ〜ン


パシュ!


ボヨ〜ン


パシュ!



同年代が楽しく青春を謳歌している間、俺はバイトと寝る以外の時間をただひたすら孤独なスライム叩きに費やした。

正月、クリスマス、成人式……どんな日もスライムをパシュっとしていた。



ボヨ〜ン


パシュ!


テレテレッテッテッテー♩(レベルが上がる音)



そして……ついにその日はきた。



スライム叩きをスタートしてから1000日とちょっとが過ぎ、連続討伐数が114万匹を超えた頃――。


俺のレベルは999に到達し、カンストした。

……つらく、長い戦いだった。



その後は(俺以外が最強にならないように)スライムが出てくる穴を破壊してから高難度ダンジョンにソロで潜って「クロウ・クロスボーン:レベル999」のボス討伐ログを残していった。


クロウの名前は世界中に知れ渡った。


こうして伝説の存在となった俺は今朝、予定通り引退したのだ。





――――その引退から1ヶ月以上が経過した。季節はもう秋だ。


俺はモヤモヤしていた。


たしかに望み通り、クロウ・クロスボーンは伝説の引退者にはなっていた。

エゴサーチしてみれば噂話も確認できる。


これを望んでいたはずなのに、俺は満たされてはいなかった。




平和な毎日。


何も起きない。


それは、戦いに疲れた最強の人間が望むモノのはずだ。


なのに俺は不満だった。


それは何故か?



退役していたが愛娘が拐われて取り戻しに行く元特殊部隊指揮官(コマ●ドー)

愛犬を殺された報復でマフィアを壊滅させる元凄腕殺し屋(ジョ●・ウィック)

平穏に暮らしていたが弱者を守るために立ち上がる元特殊工作員(イコラ●ザー)

足を洗ったが放っておけない事情で再び裏社会へ戻る伝説の元極道(龍が●く)



俺が憧れた最強の引退者には、そういう“ストーリー”がある。

自分もそれと似た「平穏な生活を送りたいのに復帰しなければならない展開」を実は望んでいた事に気がついた。



だけどアパートやバイト先にいてもそんな状況には全くならない。

ただただ平和なだけの毎日だ。


そこで俺はこっそりとダンジョンに戻る事にした。



――――引退したのに「仕方なく剣を抜くような展開」を求めて!



文京区本郷の東京大学の敷地内にある岩肌の洞窟タイプの国洞23号に潜ってはみたが、東大のダンジョンサークルとすれ違ったくらいで、何も起こらなかった。



俺は岩に腰掛けて、二世代前のアイステータスを眺めた。

画面が大きくてバッテリーの持ちが長い最新機種も出ているのに、俺はずっと同じものを使っている。

レベルが上がり切った今となっては、これもただの思い出の品だ。



「そのアイステータス、結構レアなやつですよね」



声がした。


顔を上げるとそこにいたのは……制服姿の女の子だった。


ブレザーの上にフィールドベストを重ね着し、チェックスカートの腰にはポーチをぶら下げている。


背中にはやけに大きなリュック。


その姿だけでも十分に場違いだったが、さらに目を引いたのは美しい顔立ちだった。


意志の強さを感じさせるキリっとした眉。

茶色に緑が混ざった切長の目と、その下には泣きぼくろ。

すまし顔で隙のない優等生という印象だ。


すらりとした細身の体つきで、艶のある黒髪は背中まで伸びている。



「ところで……水って余ってませんか?」


「ああ、はいどうぞ」



俺は水筒を渡した。

ゴクゴクと美味しそうに喉を潤す制服の美少女の姿は、まるで清涼飲料水のCMのようだった。



「はぁ、助かった。水を分けていただいたのに名前を名乗らないのも失礼ですね。私は宮ヶ瀬来花《みやがせらいか》といいます」


「宮ヶ瀬来花って……たしかスキル選択理論の天才中学生……」


「あれは3年前なので、今は高校生ですけどね」



ダンジョンが出現してから7年間はレベルアップで覚えるスキルが完全にランダムだった。


なので自分の意思とは関係なく魔導師《ソーサラー》っぽくなったり、武僧《モンク》っぽくなったりしたのだ。


それがアップデートされた「アイステータス」によって、レベルアップ時に手に入れた符文《ルーン》で自分の好きなように上位スキルを解放したり、スキルの能力を伸ばす事ができるようになった。


その革新的アップデートを可能にしたのは彼女の論文だった。

これはダンジョンに興味があれば誰でも知っている事だ。


俺がばあちゃんちのダンジョンでレベル上げをはじめたのもこのアップデートがあったからだ。



宮ヶ瀬来花はため息をひとつ吐いた。



「ここよりもっと下層で困った事が起きてしまって……助けてもらおうとレベルが高い人を探していて……では行きます。お水、ありがとうございました」






キタ――――(°∀°)――――!!!!


きたぞ!


俺が待ち望んでいたシチュエーションが!

この出会いを神に感謝しよう!




さあ天才女子高生よ、

引退中の俺が「仕方なく復帰」しなくちゃならないようにしてくれ!

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