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第18話『引退剣士に――デーモン調査依頼』

内閣官房ダンジョン対策連絡室の室長の米長さんは、ダンジョン内に人型の“デーモン”と名乗る化け物が存在すると言った。


デーモンって……悪魔とか悪霊とかだよな?

俺のとなりに座る宮ヶ瀬来花《みやがせらいか》は眉をひそめて疑うような顔をしながら口をひらいた。



「スケルトンや歩く鎧のような人型のモンスターは存在しますが、人の言葉を使うモンスターはこれまでに確認されていません。何かの間違いでは?」


「……ではこちらをご覧ください」



米長さんの部下の桐谷さんが目の前のローテーブルにタブレットを置いた。



「デーモン遭遇者のドローンだけが地上に戻ってきました。そのドローンに記録されていた映像データを、遭遇者の奥様から提供していただいています」



桐谷さんは、動画を再生した。


再生の直後に画面がギュウーンと動いた。

どうやら録画ボタンが押されたドローンが宙に浮かんでいくところから映像ははじまっているようだ。


かなり薄暗くて画質も粗いが、鍾乳洞のような雰囲気で、それがポータル内のダンジョンで撮られた映像だというのは間違いなかった。

壁がぼわっと発光しているのはダンジョン特有の現象だ。


せわしなく上下左右に動いたりピントの調節をしていた映像はピタっと止まった。



そこには人の姿が見えた――――けれど人ではない。


背はかなり高く、2メートルはゆうに超えている。

何も身につけていないが黒光りする全身の皮膚がまるで鎧のようになっている。


頭には巨大なツノが生え、目には白目も黒目もなく真っ赤に塗りつぶされていた。



そして人との違いを最も感じせるのはその「声」だった。


その声は低すぎる声と高い声のふたつの声が同時に出ているような、そして本能的な忌避感を与えるような、人間の声というにはあまりにも違和感があるものなのだ。



――――か弱きエデンの民よ、運がなかったな。


――――こ、言葉がわかるのか? お前は何者だ?


――――我が名はアズラック……デーモンだ。


――――デ……デーモンだって?


――――我らは貴様らに代わりエデンの支配者となる存在。すでにエデンには潜伏者が送り込まれている。あとはデーモンの軍勢が攻め込めば終わりだ。



アズラックと名乗った化け物は右手を広げた。

その右手からは禍々しいとしか形容のしようがない、トゲや血管のようなものが表面を覆ったエネルギー体が現れる。



――――いや、もしかしたらこのアズラックと出会ってしまった貴様は運が良かったのかもしれんぞ。エデン支配後の奴隷として生きるよりは……な。



次の瞬間、ドローンの映像が激しく動きだした。

ドローンは猛スピードでダンジョンの中を飛んで、ふたりから遠ざかる。



「映像を残そうと遭遇者がリコモンを押したのだと思われます。これでデーモンに関係した映像は終了です。遭遇者は……現在も行方不明のままです」



そう言って、桐谷さんはタブレットの映像を止めた。

宮ヶ瀬来花は眉尻に人差し指を当てて考え込んだ。



「米長さん、フェイク映像の可能性はないんですか?」


「う〜ん、ダンジョン研究で高名な宮ヶ瀬さんが疑われるのも分かりますよ。最近はAIを使って精巧なモノが作れますからね。しかしね、このドローンの所有者で行方不明中なのは平本大輝なんですよ。彼が偽映像を作るとは……思えないですよね」


「平本大輝……そ、そうだったんですか……」



宮ヶ瀬来花は名前を聞いて黙ってしまった。


平本大輝はクロウ・クロスボーンが現れる前までは国内1位のレベルだった超有名シーカーだ。

彼は以前はパーティーを組んでいたが、現在はソロでダンジョン踏破やボス撃破を行っている。



「奥さんには口止めをお願いしてましてね。状況が把握できるまでは平本氏の未帰還は公表されません」



そして米長さんは顔はほとんど動かさず、俺に目を移動させた。



「デーモンの軍勢だの支配だの……信じ難いですがこれが事実ならば、まぁ色々とマズい事になりそうですよね。そんなわけで世界最強のクロウさんにデーモンの調査をお願いしたいんですよ。報酬については後ほど正式に……」



報酬……か。

そりゃあ俺だって金はいくらあってもいいけど、最強の引退者は報酬の為に復帰するのはなんか違うんだよなぁ。



「お金はいらないですよ……だけど調査に協力するかしないかは少し考えさせてください」


「もちろんです、クロウさん。すぐに返事をいただこうとは思ってません」



あのデーモンの映像は国洞11号の深度50より深いで撮られたものだという事を説明されて、俺と宮ヶ瀬来花は合同庁舎を出た。


道を歩きながら俺はフードを脱ぎ、サングラスも外した。



「俺はアパートに帰るけど、君は実家に戻るんだろ?」


「はい。途中までは電車一緒ですけど……あ、ごめんなさい、電話でます」



電話の相手はどうやら父親らしい。

たしか宮ヶ瀬来花の父親はどこかの大学の教授だ。



「ごめんなさい。パパの研究室に呼び出されちゃって……タクシーですぐに来いって……いつも自分勝手なんですよ、まったく」


「そっか、じゃあ急がないとな。デーモンの件は後日一緒に相談しよう」


「はい! まだ、ちょっと……受け入れがたいですけどね」



そして宮ヶ瀬来花は流していたタクシーを捕まえて乗り込んだ。

俺はそれを見送ったあとにトイレを探した。

実はさっきからずっと、もよおしていたのだ。



駅へ向かう途中の公園内に公衆トイレを見つけた。

そこで小をしながら、ふとデーモンが言っていた言葉を思い出した。



――――すでにエデンには潜伏者が送り込まれている。



もしそれが本当なら……デーモン調査をするのはかなり危険なんじゃないのか?

クロウの正体が俺だとバレた場合、潜伏者はダンジョンの外で俺を狙うはずだ。


いくらダンジョン内では最強でも、外ではそうではないのだから。



次の瞬間。

誰かがトイレに入ってきた気配を感じた。


そしてその気配は俺のすぐ後ろに移動した。



「クロウ・クロスボーン……見つけた……」



その笑いが混じった声は、人間の声というにはあまりにも違和感があり不穏すぎるものに聞こえた……あの映像のデーモンと同じように。



――――あのう……ちょっと早くない?

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