第17話『引退剣士に――政府から依頼』
今日は俺のバイト先である中古ダンジョン用品店『れあだらけ』の年末大掃除の日だった。
俺と古都みもり、そしてこの店オーナーであるみもりの父は、営業終了後の店内を清掃した。
「ようし綺麗になったぞ。これで気持ちよく新年を迎えられそうだ。工藤君、来年もよろしく頼むぞー」
みもりの父……おじさんは立派な口髭を指で触りながらそう言った。
スキンヘッドで筋骨隆々なおじさんは客を威圧するような迫力があり、「武器屋のオヤジ」のイメージまんまな外見をしている。
おじさんを見るたびに本当にみもりの父親なのだろうか? まさかみもりのお母さん……と俺の中のカッコーがいつも鳴いている。
「くぅたんは初詣とかする予定あるの?」
「あー初詣か……何にも考えてなかったな」
「じゃあ来花ちゃんにも声かけて三人でお参りしようよー」
みもりは手を合わせる参拝のポーズで笑顔で言った。
正直、初詣の人混みは苦手だけど……どうせ暇だし行くか。
寒い中で飲む甘酒とか美味しいし。
俺とみもりのやりとりを見ていたおじさんが、話に加わってきた。
「その……来花ちゃんってのは友達かい?」
「うん、そうだよお父さん。ダンジョン研究してる……あっ、違った! くぅたんのご近所さんの普通の女子高生!」
「ふむ……工藤君は女子高生と女子大生に囲まれて初詣か……俺の若い頃にはそんな羨ましい青春はなかった……こんな事が許されていいのか……?」
「おじさん……ハンドアックスを握りながら睨まないでください……」
その後は店のブレーカーを落とし、シャッターを閉じ、おじさんの運転する車でアパートのすぐ近くまで送ってもらった。
「くぅたん! 初詣の事は連絡を取り合おうねっ!」
「オッケー! じゃあ、みもりとおじさん良いお年を!」
俺は車が住宅街の角を曲がって見えなくなるまで手を振り、そしてアパートの鉄製の外階段をカンカンカンと上がった。
2階の角部屋の自分の部屋に向かうと、となりの部屋のドアがバンッと勢いよく開いた。
「やっと帰ってきた! セブンフォースがぜんぜん倒せないんですけど!」
「難しいけど理不尽さはないから繰り返してれば倒せるとは思うけど……っていうかエイリアンソルジャーやってたのか……」
「だって、私も吉永果帆みたいにクロウの戦友に……」
ラボが寒いからかモコモコした服を着ている宮ヶ瀬来花は「あ、そうだった!」と思い出したように言った。
「ついさっき、政府の人から連絡がありました」
「政府?」
「内閣官房ダンジョン対策連絡室ってところがクロウさんに頼みたい事があるらしいんです」
ついにきたのか?
最強引退者の復帰パターンのひとつ……国の機関からの極秘任務が!
エイリアンソルジャーよりそっちを先に言え!
翌日、俺と宮ヶ瀬来花は霞ヶ関にある政府機関が集まる合同庁舎へ向かった。
そして氏名と訪問先を受付で伝えたのだが、身分証の提示とサングラスを取って顔を見せて欲しいと言われてしまう。
宮ヶ瀬来花はおさげ髪で眼鏡の文学少女スタイルだったが、俺はパーカーのフードをかぶってサングラスをしている。
まあ、そうだよね。
政府の建物に入館するには、俺はあまりにも怪すぎる姿だよな。
しかし今日はクロウとして来ていたので素顔や本名を晒すのは嫌だった……まいったな。
受付が困ったような顔をしたところで、黒いスーツの男性が現れた。
「クロウさんっスね? あ〜サングラスもフードもそのままで結構っスよ」
男性は痩せ型で少しパーマがかかった髪に無精髭。年齢は40歳前後に見える。
政府関係者のお堅いイメージはなく、ちょっと胡散臭い雰囲気すら感じさせた。
男性は名刺ケースから名刺を出した。
「どうも、内閣官房ダンジョン対策連絡室の米長です」
米長さんのすぐ後ろにはパンツスーツ姿の女性がいた。
ショートカットでキリっとした表情のその女性もダンジョン対策連絡室の人で、名前は桐谷さんというらしい。
俺たちは桐谷さんの案内で窓から国会議事堂が見える長い廊下を歩き、小さな部屋に入った。
その部屋は事務机と応接セットが置かれているだけでガランとしていた。
桐谷さんはソファーへ視線を向け、静かに手で促した。
「どうぞおかけください。ダンジョン対策連絡室には室長の米長と私のふたりしかいません。つい先日設置されたばかりの組織なんです」
「……はあ、そうなんですか」
俺と宮ヶ瀬来花はソファーに並んで座り、その向かいに米長さんと桐谷さんが並んで座った。
米長さんは指を組んだ姿勢で、少し身を乗り出すように上半身を傾ける。
「……で、早速ですが本題に入らせてもらいます。実はダンジョン内で信じがたい事態が発生してましてね。これはどのようなシーカーでもとても対処できないのでぜひクロウさんのお力をお貸しいただきたいんですよ」
やはり想像していた通りだった。
これだよっ! 俺が待っていたのはっ!
国であってもどうする事もできない状況!
頼れるのはたったひとりの引退者だけ!
だけど本当に俺じゃないと解決できないような事なのか、しっかりと確認しないといけない。
「信じがたい事態って何ですか?」
「それがね、クロウさん。どうもダンジョンの奥底に人型をした化け物がいるようなんですわ」
「ダンジョンの奥底に? 人型の化け物? ゴーレムとかそういう感じですか?」
「う〜ん、ちょっと違うんですよね」
米長さんは二重の幅が厚い目を細め、口角を上げた。
「その化け物は……」
それはまるで“馬鹿馬鹿しい冗談”か“信じがたい怪談”でもするかのように。
「……自らを“デーモン”だと名乗っていましてね」
部屋の空気が静まり返る。
宮ヶ瀬来花がゆっくりと俺を見た。




