第16話『引退剣士は――コタツを出す』
12月中旬に吉永果帆主演映画の撮影が終わった。
季節はもう冬だ。
俺が暮らすアパートは安普請で、どこかに隙間でもあるのかとにかく寒い。
なのでコタツを出したのだが、そこに勝手に入ってきている動物がいた。
「クロウさん、犬なのにコタツが好きなのはおかしいぞ、とか思ってます?」
「なぜわかった……ふむ、コタツといえば猫だからな」
「最近は犬も室内飼いが主流ですし、飼い主も寒さ対策には気を使うんですよ、っていうか犬じゃないですし」
「寒いんなら自分の部屋にもコタツを導入すればいいじゃないか」
「私のラボにはコタツを置くスペースはありませんから」
まあ、ミカンを持ってきてくれたし構わないか。
コツタに入っている宮ヶ瀬来花は会話している俺とは目を合わせず、ずっとテレビ画面に釘付けだった。
テレビには「九鬼アノン」のライブ映像が流れている。
金髪の姫カットでフランス人形のような美少女。
小柄で顔も身体も子供のようにしか見えないが、でかいステージの上で歌うその姿は堂々としていた。
元は動画配信サイトで自作曲を公開していて、去年から顔出しをして活動するようになった九鬼アノンの人気は絶大だ。
このライブのチケットは発売開始から5分で売り切れたとネットニュースで話題になっていたのを覚えている。
「九鬼アノンのファンだったって知らなかったよ」
「別にファンじゃないですけど、凄いとは思います。作詞作曲からダンスの振り付けまで全部自分ひとりでやってしまう天才アーティストですから。しかもまだ15歳なのに」
たしかに九鬼アノンはネットで曲を発表していた頃から天才だと騒がれていた。
メタルとダンスを融合したようなサウンドに乗る美声、それに聞き惚れていると地獄の底から出てきたようなデスボイスに頭をぶっ叩かれる。
一度聴いたら耳から離れない悪魔的な中毒性を持った音楽として日本だけでなく海外でも評価されている。
「私が男だったらこんな可愛くて天才の彼女が欲しいかも。クロウさんだってそう思いませんか? 九鬼アノンみたいな彼女欲しくないですか?」
「可愛らしいなとは思うけど……俺はロリコンじゃないし……」
「私と2歳しか違わないですけどね。あっでも、そうでしたよねー、クロウさんはもっと“けしからん”感じのお姉さんが好きでしたねー」
「んぐ……」
吉永果帆に協力をしてから宮ヶ瀬来花は事あるごとにこういう事を言ってくる。
「九鬼アノンを天才だっていうけどさ、宮ヶ瀬来花だって中学生でスキル選択理論を発表した天才じゃないか」
「でも……あれ以降革新的な論文は出してませんし……」
「……そっか」
もしかしたら宮ヶ瀬来花は若くしてとんでもない成果を出してしまったせいで、期待され続けるプレッシャーに苦しんだりしているのだろうか?
そんな事を、テレビをぼんやりと観続ける横顔を見ながら思った。
ライブが終わってリモコンでテレビを消すと、宮ヶ瀬来花はごろんと寝転んだ。
その時に彼女の足と俺の足がちょっと触れたので、俺は体勢を変えた。
少しの静寂の後に、囁くような声が聞こえてきた。
「私……これからもクロウさんのお手伝い、しててもいいですか?」
「ああ、俺の復帰案件担当は君しかいないしな。冬の間はこのコタツで“クロウが渋々復帰する案件”を相談しあおう」
「それは……最高です……」
皮を剥いたミカンを口に放り込んだ。
甘酸っぱい水分が乾燥していた口内を潤す。
「……俺は君に感謝してるんだよ」
「…………」
「宮ヶ瀬来花がいなかったら、俺は自分が理想とする最強剣士にはなれなかった。今だって君のおかげで自分が理想とする引退剣士をやれてるんだ」
宮ヶ瀬来花の返事はなかった。
そして耳をすますと、スースーという音が聞こえてきた……まさか……。
俺は体を起こしてコタツの向こう側にいる宮ヶ瀬来花の顔を上から見た。
宮ヶ瀬来花はよだれを一筋流して気持ちよさそうに寝ている。
「聞いてねぇ!」
まったく……風邪ひくぞ。
さて今年もそろそろ終わりだ。
ダンジョンには潜る予定もないし、のんびりとした年末年始を過ごせそうだな。
それがまさか。
数日後に日本政府からの依頼がくるなんて……。
さらに「九鬼アノン」が大きく関わってくる事になるなんて……。
――――この時の俺は、コタツでカップ蕎麦でも食べながら年を越す気でいた。




