第15話『引退剣士が――映画に出演する』
先日対談をした女優の吉永果帆から依頼がきたと報告しに、宮ヶ瀬来花が俺の部屋にやってきた。
その依頼とは吉永果帆が主演の、ダンジョンが舞台のアクション映画に「アドバイザー」として参加してもらえないか? というモノだった。
映画の情報は秘密保持契約が結ばれていたため、この前の対談では一切話せなかったそうだ。
だけど実際に俺と会って話をしてみて、「ぜひダンジョンアドバイザーをお願いしたい」と吉永果帆本人が映画会社に希望したらしい。
「クロウさん、どうします?」
「手伝おう……最強の引退者は古い戦友の為には重い腰を上げるものだからな」
「戦友? 吉永果帆が? また訳のわからない事を……」
「彼女はエイリアンソルジャーのスーパーハードをクリアーできる。俺もクリアするのは大変だった。そんな苦労を共にした戦友を助けるのは当然だ」
「エイリアンソルジャー? それは何ですか? まったく理解できません……」
「難易度設定がスーパーイージーとスーパーハードの二択しかないイカれたメガドラのゲームだよ! よし! 君に魅力を教えてやるぞ!」
俺からエイリアンソルジャーについて詳しく説明された宮ヶ瀬来花は「はあ……じゃあアドバイザーはオーケーだと返事しておきますね」と言った。
連絡先交換を断ってあんな顔をさせちゃったからな。
少しは協力してもいいだろう。
そして1週間後、俺は映画の撮影が行われているダンジョンに入った。
ダンジョンの浅い階層に照明機器が設置され、たくさんのスタッフが忙しそうに動いている。
いつものローブを着てフードをかぶった俺は集められた役者やスタッフの前で挨拶をした。
「ダンジョンアドバイザーのクロウ・クロスボーンです……どうぞよろしく」
「……クロウって……あのクロウ? ええっ!?」
「マジかよ……本物!?」
「あとでサイン貰おうかな……」
何も聞かされていなかった者がほとんどだったらしく、ざわついている。
吉永果帆がアドバイザー就任を快諾した俺にお礼を言いにきた。
彼女が身につけていたのは、深い紺色を基調にした女性剣士の衣装だった。
そこまで派手な露出はなく、この映画が「お色気映画」ではなく「真面目なダンジョン映画」だというのがすぐに理解できた。
吉永果帆は対談の時よりもあきらかに緊張しているように見えた。
撮影がはじまり、俺はアイステータスの使い方やポーションを飲む前の瓶の振り方など気になった箇所を指摘しつつ、邪魔にならない場所で見学をした。
ダンジョン内に「カットォ!」と大きい声が響く。
「あのさ果帆、その顔じゃないんだよ。もっと覚悟を決めた顔が欲しいんだよね」
「すいません監督! もう一回お願いします!」
吉永果帆が頭を下げる。
もはや何度目かもわからない撮り直しだった。
監督はモニターから目を離して静かに言った。
「……いったん、休憩を挟もう」
隅へ移動してパイプ椅子に腰掛けた吉永果帆と目が合った。
俺は彼女に近づいた。
「女優さんって大変なんだね」
「みんな優しいんです。でも、その優しさが一番つらくて」
握った台本の端が、少しだけ震えている。
「私、今でも『グラビア出身なのに頑張ってるね』って言われるんです。褒め言葉なんでしょうけど……いつまで経っても『女優』じゃなくて『グラビア出身』なんですよね」
彼女はダンジョンのセットを見つめたまま、小さく息を吐いた。
「だから、この映画でそれを脱却できればって思ってるんですけど……」
「監督さんは覚悟を決めた顔って言ってたけど、モンスターがいないのにむずかしいよぁ」
撮影はダンジョン内で行われているが、モンスターはあとでCGで作ったものを合成するらしい。
かなり広く、天井が見えないほどに高さもあるこの階層にはモンスターがいっさい出てこない。
安全に撮影をするのならば当然なのかもしれないが、これはかなり珍しい事だった。
「ここってダンジョンなのにモンスターが出ないんだね」
「はい。監督さんと助監督さんがかなり苦労して探したそうなんです。その努力を無駄にしない為にも頑張らないと……いけませんね」
休憩が終わり吉永果帆はさっきと同じ位置に立った。
主人公がこのフロアの中央で大量の敵と戦うシーンで、スタッフは彼女からかなり離れた場所にいる。
「シーン33、テイク18……スター……トォ……?」
撮影開始の掛け声がかかるその瞬間――――頭上から「キキィィィ!」という怪鳥音のようなものが聞こえてきた。
全員が見上げると、三匹の飛竜……ワイバーンがいた。
小型のドラゴンたちは空中を旋回している。
「おかしい……この階層は昨日も確認したばかりなのに! 別の階層から迷い込んだのか!?」
助監督が青ざめる。
おそらく彼の予想は当たっている。
ワイバーンはこの深度で現れるモンスターじゃない。もっと下層とつながっている穴のようなものがあって、そこからやってきたのだろう。
ワイバーンたちの真下にいる吉永果帆はかなり危険な状況だ。
しかしスタッフは助けになんていけないし、彼女自身も足がすくんで逃げられないようだった。
――――俺は吉永果帆に向かって全速力で走った。
そして吉永果帆の元に辿り着き、彼女と背中合わせになった。
とにかくワイバーンを倒さないと……しかし今日はアイバイザーだけのつもりだったから武器は持ってきていなかった。
「俺から離れないで! あとその模造刀を貸して!」
「は……はいっ!」
ワイバーンが俺たちに向かって降下しはじめた。
発動【剣撃】RANK99+α
俺の【剣撃】は武器の威力にはそれほど影響されない。
だから撮影用の模造刀でも、衝撃波は発生する。
衝撃波が当たったワイバーンが1匹づつ地面に落ちていく。
俺は吉永果帆の顔をチラっと見た。
その顔は恐怖に怯えた顔ではなく、俺の戦いを目を逸らさずに見届けようという気持ちが感じられる顔だった。
「クロウさん……これが……覚悟なんですね」
その瞬間だけは、目の前にいたのは女優・吉永果帆ではなかった。
そしてすべてのワイバーンを倒し、スタッフが俺たちの元に集まってきた。
監督は興奮した様子だ。
「果帆! 今の顔だよ!」
「はいっ!」
予定外のトラブルではあったが、吉永果帆も実戦から何かが掴めたようなので“めでたしめでたし”だ。
監督が俺のそばにやってきた。
「クロウさんお願いがあるんだけど、この映画に出てくれないかい?」
「俺が? 映画に出る?」
「カメラは回ったままだったからワイバーンとの戦いは撮影できてる。あのCGじゃ作れない素晴らしい戦いのシーンが成立するようにクロウさんが主人公の師匠という設定で脚本を書き直したいんだ。頼むよ!」
どうやら俺が主人公の吉永果帆に剣技を伝授するシーンなどを追加で撮影したいという事らしい。
「だけど、俺は芝居なんてやった事ないし……」
「演技指導に来た人間を役者として出した名作も存在する! 絶対に成功すると囁くんだよ! 俺の中のキューブリックが! ハートマン軍曹が!」
「キューブリック? ハートマン軍曹?」
監督は土下座しそうな勢いで頭を下げてきた。
映画に出演か……う〜ん、どうしようかなあ……。
「だけど俺は引退したから、そういうのは……」
「私からも……お願いします」
すると吉永果帆も監督のとなりに立って、俺を見つめてきた。
それは全男子がうっかり好きになる要素しかない顔だった。
ズキュュュュン! という心臓を撃ち抜くかのような発砲音が俺の脳内に響き渡る。
「あの時の自分の顔を作品に残したいんです」
困ったな。最強の引退者は、本来こういう表舞台には立たないんだ。
しかし! この顔でお願いされて断れる男がいるというのか!?
「今回は特別だ。弟子のためにひと肌脱いでやる!」
「クロウさん! いえ、クロウ師匠! 嬉しいです!」
まさか吉永果帆主演の映画に出る事になるとは思わなかった。
――――ああ、宮ヶ瀬来花とみもりにまた呆れられる。




