第14話『引退剣士と――女優とセガと』
「たぶんクロウさんは興味ないとは思うんですけど……」
宮ヶ瀬来花がそう言った。
今日は宮ヶ瀬来花の研究室にみもりも一緒に来ていた。
というよりも、元々みもりが遊びに行く約束を宮ヶ瀬来花としていたらしく、俺はどうせ隣にいるんだからと、さっき叩き起こされた感じだ。
せっかく、惰眠を貪っていたのに……。
「私のところには相変わらずクロウを紹介して欲しいって連絡が来るんですけど、女性向けファッション雑誌の編集部から対談企画のオファーがあったんです」
「女性向けファッション雑誌で対談? うん、まったく興味ないね」
「女優の吉永果帆がクロウ・クロスボーンと話してみたいんだそうです。でも、そうですよね、じゃあお断りしておきますね」
吉永果帆?
ちょっと待て、吉永果帆だと話が変わってくるぞ。
吉永果帆は元グラビアアイドルで、今では新進女優としてドラマや映画で活躍している。
グラドル時代はとにかくすごかった。
顔は親しみやすい近所の綺麗なお姉さんみたいな雰囲気なのに、それとスライムのように柔らかそうな肢体とのギャップが凄い。
「なんでそんな普通そうな顔して、そんな色気がありすぎる身体なんだよ」と全国の男たちが毎回そうツッコミを入れ、気がついたら画像を保存してしまうタイプだ。
俺のPCにも「吉永果帆フォルダ」は……もちろん、ある!
その吉永果帆がクロウと話したがっている? マジかよ……。
「まあ、あれだ……1回くらいなら対談もいいかもな」
「さっきまったく興味ないって……数秒間の間に変わりすぎじゃないですか? 魔法少女の変身ですか?」
「いや、ほら……ファンを大事にするのも大事かもしれないと……」
芸能関係には疎いみもりが「来花ちゃん、吉永果帆ってどんな女優さんだっけ?」と言った。
宮ヶ瀬来花は机の上のPCで検索して吉永果帆の画像を表示させた。
水着画像を見たみもりは「むむう」と唸っている。
「これは“けしからん”、実に“けしからん”」
「ですよね、みもりさん! “けしからん”ですよね!」
二人の女の子が俺を軽蔑混じりの顔で見てくる。
そういう状況に興奮する男もいるかもしれないが、残念ながら俺にはその趣味はなかった。
「じゃあ、クロウ・クロスボーンは“対談にエロい目を輝かせています”って返事しておきますね」
「べ……別に目を輝かせてなんていないだろ? しかもエロい目って何だよ? 水着で対談するわけじゃないんだし……」
俺は生吉永果帆を見たかった!
最強の引退剣士の前に、ひとりの男として吉永果帆に会ってみたかった。
そうだよ、ただのミーハー心だ!
そして、2週間後。
出版社の会議室で対面した吉永果帆は……水着なんて着ていなくてもそのタートルネックのセーター姿だけで十分に“けしからん”感じだった。
肩まで届く艶のある黒髪に、ふんわり流した前髪。
ちょっと猫っぽい目元と穏やかな笑顔、それと反則級スタイルの組み合わせはほとんどの男にとって、こうかはばつぐんだ!
その対談相手の俺はフードをかぶってサングラスという、まるで吉永果帆をストーキングしている不審者のような見た目だ。
自由に話してくださいと雑誌編集者に言われて、まずは挨拶からはじめたが、しかしまったく盛り上がらなかった。
「あの……クロウさんはなぜ引退を?」
「まあ、なんとなく……」
「そうですか……」
吉永果帆も酷いが、俺はもっと酷い。
対談なんてどう話していいのかよくわからない。
「聞きたかったことは山ほどあったんですけど……いざ本人を前にすると、何から聞けばいいのかわからなくて……」
「俺も……同じです……」
お芝居やダンジョンの話題からは一旦離れて、好きな音楽や本でお互いを探ってみるが、好みのジャンルが違うので話が弾まない。
吉永果帆は真面目な女性で、俺の面白くもない返答を手帳にメモしていた。
その手帳のカバーに貼られていたステッカーが目に入った。
そのステッカーは……皮膚を剥がされた上半身だけの中年男性と機械が融合しているようなグロテスクなキャラクターの絵だった。
あれ?
え?
ええええ?
「あの……そのステッカーって工場長だよね? メガドライブ用オリジナルシューティングのジノーグの……」
「えっ!?」
吉永果帆は驚いた顔をしている。
彼女は可愛く両手で手帳を胸の高さまで掲げて、ステッカーを俺に見せた。
「はい。ジノーグの4面「肉体製造工場」のボスの工場長です……まさか工場長ステッカーを見て反応する人がこの世にいるなんて!」
「もしかしてレトロゲーム好きだったり?」
「はい! 主にセガハードが!」
元レトロゲームショップだった『れあだらけ』の店長――――みもりの父親から俺はセガ系ハードの魅力を叩き込まれていた。
いつもダンジョン内で走っている時はゴールデンアックスの1面BGMが、一撃を喰らわせている時はシャイニングフォースのバトルBGMが脳内で流れているくらいには洗脳バッチリだ。
吉永果帆も似たような感じで物心ついた時には信者になっていたらしい。
彼女は「深刻な宗教2世……セガ2世問題ですね」と笑った。
共通の話題なんてないと思っていたけど……あったじゃないか。
ありがとう、おじさん! ありがとう、セガとサードパーティー各社!
その後はゲームの話で盛り上がり、編集者だけが完全に置いていかれていた。
そして予定していた対談の時間は終了した。
「まさかクロウさんとメサイヤやデコ(データイースト)についてお話ができるなんて……信じられません」
「俺だってテクノソフトやテンゲンのゲームについて語り合えるなんて夢にも思わなかったよ」
「本当はメガCDやスーパー32Xのお話もしたかったのですが、時間が足りませんでしたね」
ああ、楽しかった。
だけど、どうなんだこの対談……。
メガドラの話しかしてないぞ。女性ファッション誌でこれはアリなのか?
吉永果帆のマネージャーが電話をかける為に会議室から出ていったタイミングで、彼女が小声で話してきた。
「あの……連絡先を交換してもらえませんか?」
「連絡先の交換……」
……交換したい。
ものすごく交換したい。
あの吉永果帆だぞ?
「吉永果帆」の連絡先がスマホに入っている人生なんて、普通に生きていたら絶対にない。
……だけど。
対談だけならともかく……それをやった瞬間、クロウ・クロスボーンは「平凡な一市民として静かに暮らす引退者」じゃなくなる。
最強の引退者は普通の人として生きるモノなのだ。けしからん身体の芸能人の知り合いなんていちゃいけない。
「ごめん……俺には直には連絡できないんだ。もし何かご用あったらうちの犬……じゃなかった宮ヶ瀬来花に伝えて欲しい」
「そうですか……わかりました」
吉永果帆は少し寂しそうな顔をしていた。
あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!!!
おおっ、俺の馬鹿野郎!!!!!!!!
つらいぞ!
最強の引退者とはこんなにつらいモノなのか!?
そんな事があって1週間後、宮ヶ瀬来花に――――吉永果帆からのDMが来た。




