第12話『引退剣士と――迷惑系配信者』
11月のバイトのないある日。
今日は上野公園内にある国洞2号ダンジョンで古都みもりと一緒だ。
国洞2号は深い青色の水がそこらじゅうから湧き出ている美しいダンジョンだ。
以前からここに潜ってみたかったらしいみもりは、「クロウが来てくれたら安心だから」と俺に付き添いを頼んできた。
俺はいつものフードをかぶったクロウ・クロスボーンではなく、シンプルな冒険者服の工藤空一郎として潜っている。
「ねえねえ、小さい頃、うちの親戚の田舎でこんな感じで一緒に遊んだよねっ!」
「ああ、裏の雑木林とか防空壕跡とかでな。なんて事ない場所でも当時の俺たちにとっては大冒険だったな」
「蛇を追い払ってくれたくぅたん、カッコよかったなー。今なら蛇どころかキングサーペントが出たって平気なんだね」
1歳下のみもりは小学生の頃はまるで妹のようにいつも一緒にいた。
中学、高校と進むにつれて自然と疎遠になったが、今ではまた、小学生の頃のようによく一緒にいる。
再び昔のような関係になったきっかけは――――ダンジョンだった。
大学一年の夏休み。俺はばあちゃんちの倉庫裏にある私洞で連続討伐のチェーンボーナスに気づいた。
そして”狂気のスライム叩き”に専念する為に大学をやめた。
大学に行かないのならせめて働いて一人暮らししろと両親から言われた俺は、みもりと偶然再会した。
仕事を探していると聞いたみもりは、父親が経営する『れあだらけ』で店員として働けるようにしてくれた。
――――それから3年、俺たちは年中顔を合わせている。
地底湖がある中層に着くと、空飛ぶクラゲの近くで撮影用ドローンを浮かべようとしている女性が遠くに見えた。
シーカーにしては服の色が派手だ。
「あの人って……猫屋クルル、かも」
「みもりの知り合いか?」
「知り合いってわけじゃないけど、うちのお店で一度だけポーションを売った事があるダンジョン配信者だよ」
深層で採掘できたりエリートモンスターがドロップする「魔鉱石」採取がダンジョン産業のメインだ。
しかしそれを目的としないでモンスター討伐テクニックや雑談を生配信するダンジョン配信者が数年前から現れるようになっていた。
俺はスマホを取り出して猫屋クルルの配信チャンネルを見てみた。
映像にはおでこを出した青色の髪の若い女性の姿が見える。
「今日は国洞2号を攻略していきます! アクアジェリーの効率的な倒し方をしっかりお伝えできればと思います!」
“がんばれー”
“今日はソロなんだ”
“かわいい”
“クルルちゃん、こんにちはー”
“いつも見てるよー”
“国洞2号ってやっぱ綺麗だなー”
真面目な印象の配信で、コメントも平和だ。
しかしそこへ、別の配信ドローンを連れた男が急にカメラに割り込んできた。
女性配信者は突然の状況に困惑している。
「どうもー! 迷宮ハンター・トッピーマンです!」
「えっ……どちら様ですか?」
「有名なクルルちゃんじゃん! コラボしようよ! は〜い、じゃあ俺のリスナーに挨拶して!」
「いえ、今回はソロ配信中なので……やめてもらえませんか……」
「配信は自由じゃん! ねえねえ、レベルいくつ? っていうかその服ちょっとエロすぎるよね! あたシコ? 見抜きしていいっスか?」
「…………」
「これだからさぁ、女配信者はノリ悪いんだよなぁ! ちょっと見た目いいからってダンジョン配信ナメてない? あーナメナメ好きそうな顔してるもんねー」
猫屋クルルは男を無視してアクアジェリー狩りに集中する。
しかし男はしつこくつきまとった。
あえて不快にさせるような事を言ってるようにも見える。
「危ない危ない危ない!」「弱くない? 助けてあげよっか?」「無視されたんだけどー」「何様のつもりだよ」「おーい、聞いてるのー?」
このトッピーマンという男は典型的な迷惑系配信者だった。
迷惑系配信者はとにかく炎上する事を目的として「立入禁止区域への侵入」「有名人への付きまとい」「警察・救急を利用」といった事を配信する連中だ。
「なんだかなぁ……ちょっと助けにいってくる。なんかムカつくし」
「くぅたん待って!」
女性配信者のところに行こうとした俺をみもりが止めた。
「あのふたりって今配信中でしょ、もしかしたら視聴者が声と体格からクロウ・クロスボーンの正体がくぅたんだって気づくかもしれないよ……私が注意してくる」
「みもり……そんな事を気にしてくれるのか」
「うん、くぅたんの居場所は守りたいもん」
そう言うと、みもりは小走りで二人のもとへ向かった。
俺はヤバそうな状況になったらすぐ出ていけるように、また猫屋クルルの配信チャンネルを視聴した。
「あのう、その人嫌がってますよ」
みもりが割って入ると、トッピーマンは面倒くさそうに振り返った。
「あぁ?」
「猫屋クルルさんの配信の邪魔をするのはやめてください」
「邪魔? ただのコラボだろ、コ!ラ!ボ!」
リスナーを意識しているのか、その不快な声はわざとらしく大きかった。
「マナーとか言い出すから配信がつまらなくなるんだよなぁ」
そう言ってからトッピーマンはニヤリと笑い、ポケットから石を取り出した。
それは拳くらいの大きさで、紫色の筋が脈打つように光っている。
――――あれって、まさか。




