第11話『引退剣士の――タイムアタック』
俺と宮ヶ瀬来花は、勝負の為に新宿区の外れにある都洞10号に向かった。
石の壁の迷路になっているこのダンジョンは、「入るたびに内部が変化する」と「階段などはなく1フロアのみ」という特徴がある。
ダンジョンのモンスターは深く潜るほどに強くなる。
なので1フロアしかないこの都洞10号には雑魚モンスターしか出なかった。
「都洞10号は入るたびに迷路が変化しますが、トーテムポールのような長細い像が必ず一番奥にあります。そこにタッチして戻ってくるまでの時間の短さを競いましょう……イチニ、イチニ」
紺色のジャージ姿の宮ヶ瀬来花がストレッチをしながらそう言った。
本当に俺に勝つ気でいるのか?
ランダム生成されるダンジョンだから、多少は運の要素もあるとは思うが……。
「じゃあ私から行きますね。クロウさんは視聴者と一緒に配信を観ていて下さい」
「なるほど、それならリアルタイムで確認できるわけか」
「真剣勝負ですから、証人が必要ですしね」
宮ヶ瀬来花は俺にストップウォッチを手渡すと、ドローンを空に浮かべた。
「皆さんこんにちは、本日は緊急配信です。都洞10号でクロウ・クロスボーンと私……宮ヶ瀬来花の迷路攻略タイムを比較します。この検証は私にとってとても重要なモノなのです!」
俺は自分のスマホで生配信の映像を観た。
告知もなかったのに、どんどん視聴者が増えていく。
投稿されるコメントも物凄い勢いだ……いつもこんな感じだったのか。
“いきなりはじまったー”
“ジャージ姿の来花ちゃんかわいすぎ”
“高校のジャージかな?”
“比較? 競争するって事?”
“宮ヶ瀬来花が重要っていうんならよっぽどだな”
“引退中のクロウが協力するくらいだし”
“都洞10号って毎回迷路が変わるやつだっけ”
“クロウ師匠と宮ヶ瀬来花じゃ勝負にならんだろ”
“世界最強と一般人の比較?”
このダンジョンには弱いとは言ってもモンスターは出る。
俺は吹き飛ばして進めばいいが彼女はそうはいかない。
そんな事はわかっていると思うが……なにか策でもあるのか?
「クロウさん、私はいつでもいけますよ」
「じゃあ、はじめるぞ……ようい、スタート!」
俺が合図を出してストップウォッチを押すと、宮ヶ瀬来花とドローンがダンジョンポータルに飛び込んでいった。
またスマホを取り出して、ドローンからの配信映像を観た。
ドローンは迷宮を駆け抜ける彼女を追っかけて飛んでいる。
コメントは身体にピッチリしたサイズのジャージを着た宮ヶ瀬来花の、意外とデカい尻について盛り上がっていた。
そのコメントにつられて俺もしばらく尻を凝視していたが……ふと、ある事に気がついた。
――――迷路の攻略が順調すぎる。
このダンジョンは毎回作り替えられるから正解ルートなんて知らないはずなのに、彼女は行き止まりに当たる事もなく進んでいる。
さらに、出現しているスライム、吸血ラット、ハチの群れといった雑魚モンスターたちが宮ヶ瀬来花に遅いかかってこない。
まるで宮ヶ瀬来花に気がついていないかのようだ。
「クロウさん、観てますよね?」と宮ヶ瀬来花がヘッドセットのマイクに向かって発した声が配信映像から流れてきた。
「私は戦士ではなく研究者です。だからモンスターを倒す為のスキルではなくダンジョンを安全に進めるスキルを身につけてます」
宮ヶ瀬来花は立ち止まった。
彼女の前には不気味な顔が彫られた細長い円柱があった。ここがこのダンジョンの一番奥……ゴールだ。
円柱に手を触れた宮ヶ瀬来花は振り返ってドローンのカメラを見た。
「最短経路を直感的に把握する【踏破】、敵の索敵範囲を狭める【隠密】、それから【軽身】が私のメインスキルです」
そして勝ち誇ったような笑顔を見せてから、今度は帰路を走りはじめた。
行き止まりにぶち当たらず、雑魚敵をスルーできていた理由がわかった。
そんなスキルを持っていたから俺にタイムアタック勝負を挑んだわけか。
俺は……はめられた?
“おおー!”
“ドヤ顔かわゆすww”
“モンスターからのドロップに興味なければそういう選択もアリかー”
“もしかして来花ちゃん勝っちゃう?”
“この勝負……何の検証なのかやはり謎すぎる”
“隠密はこのダンジョンの敵レベルだと効果ありまくりだな”
“走る姿をずっと見ていたい……”
“俺も……”
しばらくしてポータルから宮ヶ瀬来花とドローンが飛び出てきたので、俺はストップウォッチを止めた。
タイムは――――18分47秒。
「さあ、次はクロウさんの番ですよ」
「お……おう」
宮ヶ瀬来花がスタートの合図を出して、次は俺がポータルに飛び込んだ。ドローンもついてくる。
とりあえず迷宮をつっ走り、雑魚モンスターは【剣撃】で消し飛ばしていく。
モンスターを倒すのはそこまでのタイムロスにはならなかった……しかし。
「しまった、行き止まりだ!」
こうなると来た道を戻って、別なルートに進み直さないといけない。
宮ヶ瀬来花にはこれがなかった。このままでは勝てるわけがない。
――――さあ、どうする?
迷路は全てが90°の直角で構成されていた。
入り口の方向はずっと意識していたので、その逆側のゴールの方向はわかる。
ゴールの方向……それを遮る壁を眺めたその瞬間、ひとつの考えが浮かんだ。
俺は雑魚モンスターがたくさんいる通路に突っ込んだ。
それは倒す為ではない。
発動【回避】RANK99+α
腕を曲げ、足を上げ、時には体を反ってモンスターの攻撃を避けた。
ひたすら避けた。
クネクネと避けまくった。
“ファッ!?”
“師匠ご乱心”
“クロウ、何してるんだ?”
“なんで倒さない?”
“踊ってる?”
“なんか、キモいぞ!”
“邪教の儀式かな?”
“「ママーあの人なにしてるのー?」「見ちゃいけません!」”
“面白すぎwwwwww”
“これ絶対にミーム化する”
よし、これくらいでいいだろう。
発動【剣撃】RANK99+α
俺は手に握ったロングソードをゴールの方向の壁に向かって思いっきり降った。
どんな深層ボスを倒した時よりも、力を込めて。
「俺には……負けるという選択肢は、なぁぁぁい!」
衝撃波によって壁が壊れる。
壁を砕いた衝撃波は止まらない。
砕けた壁の向こうへ。
さらにその向こうへ。
一直線に並べたドミノを倒すように、いや障子をやぶるように、壁という壁が連続して砕けていく。
俺が【回避】スキルで敵の攻撃を紙一重で避けるとスタックが溜まり、次の【剣撃】の一撃には強化がかかる。
この仕組みを俺に教えた宮ヶ瀬来花は墓穴を掘ったわけだ。
俺は新しくできた通路をまっすぐに走った。
“えええええええ!?”
“はあ?”
“そんなんありかよwww”
“壁を壊すなw”
“迷路の法則が乱れる”
“壁を壊して直進……男塾名物かな?”
“師匠! 無茶苦茶です!”
“ひでえww”
“だけど冷静に考えて威力ヤバいな”
“謎ダンスには何の意味があったんだ?”
“迷路RTA終了のお知らせ”
衝撃波はダンジョンフロアの最奥にまで達していて、そこにあったトーテムポールのような石像にタッチをしてから、またぶち抜いた壁を走って入り口の方向へと戻った。
そしてダンジョンポータルを抜けて外に出た。
眉を歪ませた宮ヶ瀬来花がストップウォッチを押し、ピッっという音が鳴る。
「俺のタイムは?」
「16分21秒……クロウさんの勝ちです」
「ふふふ、これで君は犬だ。ライカ犬確定だ。約束は守ってもらうぞ相棒」
「くうっ……そ、そうですね、約束ですからね」
宮ヶ瀬来花はドローンに向かって恥ずかしそうな顔を向けた。
「本日の緊急配信はこれで終わりです……わん。またのご視聴よろしくお願いします……」
そして目を閉じて大きな声で叫んだ。
「わん!!!」
“ライカ犬ww”
“なんか、わんって付けてるし”
“天才美少女を犬って……”
“師匠はドSか?”
“約束?”
“宮ヶ瀬来花は恥ずかしがってる顔もかわいいな”
“らいかって名前、ライカ犬が由来なん?”
“高級カメラからだと思ってた”
“俺は邪馬台国が舞台の漫画からかと”
“クロウのとんでもない一撃が見れたから満足”
“ライカ犬、トレンド入り”




