第10話『引退剣士は――勝負から逃げない』
ある日、お隣の宮ヶ瀬来花の研究室に呼ばれたので行った。
「またパンが何枚切りとかって話じゃないだろうな……」
「それも重要な問題ですが、今回はクロウさんのスキルに関してのご報告です」
宮ヶ瀬来花は机の上のPCを見ながら話している。
俺にはコーヒーと一緒にバターを塗ったトーストが渡された。
パンが大量に余っているから、減らすのに協力して欲しいらしい。
「クロウさんのスキルは【回避】と【剣撃】だけですよね」
「他は……もぐもぐ……必要ないからな」
「私としてはレベルが上がるたびに様々な上位スキルを解放して貰っていた方が未知のスキルを知れたので良かったのですが……ま、それはもうどうしようもないのでいいです」
宮ヶ瀬来花はくるりと椅子を回転させて俺の方を向いた。
そして彼女はすっぴんのトーストを齧った。
「一緒に潜って収集したデータから面白い事がわかりました……もぐもぐ……クロウさんの【剣撃】は【回避】によって強化がかかってます」
「……バフ? マジで?」
「【回避】スキルを使ったうえで敵の攻撃を紙一重で避けるたびに、“見切りスタック”のようなものが蓄積されます。そのスタックが【剣撃】の威力倍率として加算されているんです。1回の攻撃でスタックは使い切りますけど」
「つまり、【回避】すればするほど次の【剣撃】の一撃が重くなっていたって事か」
「レベル999だから発現した隠しコンボです。先日のゴールド・ローラー戦も、もしゴールド・ローラーからの攻撃を何度か【回避】で避けていたら、一撃で倒せていたと思います」
そんな仕組みになっていたとはまったく気が付かなかった。
なにしろいつもほとんど一撃で勝負はついていたし。
【剣撃】は武器の攻撃力にはあまり影響されないスキルだった。剣であればなんでもいい。
それがことわざの「弘法筆を選ばず」な感じだと思ったから強化しまくっていた。
巌流島の宮本武蔵っぽいし。
その【剣撃】スキルが、命を守るための【回避】スキルとコンボになってるなんて思いもしなかった。
「もし今後クロウさんが想定外に強いモンスターと戦う際には、【剣撃】を使う前に【回避】で避けておくと良いという事を覚えておいてください」
「自分じゃ気づけなかったよ、さすが天才中学生……もとい、高校生」
「うふふ、これで私が素晴らしい相棒だって認めました?」
「ただの犬から名犬に格上げしてもいいぞ」
「名犬……別に嬉しくない……」
トーストを食べ終えた宮ヶ瀬来花は、腕を組んでしばらく「う〜ん」と唸った。
そして急に椅子から立ち上がると、窓の前まで移動して外からの光を遮っていたカーテンを開けた。
振り返った彼女は、眩しい逆光の中で人差し指を俺に向けた。
「クロウ・クロスボーン! 私と勝負しましょう!」
「はい? 勝負?」
「とあるダンジョンで競争して私が勝ったら、もう犬だとは思わないで人間の相棒だと思って下さい! しょーもない設定は捨てると約束して下さい!」
俺とダンジョンで競争だと?
そんなのあきらかに俺が有利じゃないか。
何を考えているんだ?
「じゃあ俺が勝ったら……配信用のヘッドセットに犬耳をつけてもらうぞ。ついでに配信中に語尾に“わん!”って時々つけろ。それなら勝負を受けてやる」
「す……すごく屈辱的ですけど、それで構いませんよ。私が勝ちますし!」
宮ヶ瀬来花の顔は自信に満ち溢れている。
「ところで、カーテンを開けたのは何の意味があったんだ?」
「勝負を申し込むなら逆光の方が雰囲気が出ると思いまして」
「そんな理由かよ……なんてしょーもない演出を……」
「クロウさんにだけはそんな事言われたくありません!」
そして、彼女が競争の場として指定してきたダンジョンは……入るたびに形が変わるローグ系。
……いわゆる“不思議のダンジョン”だった。




