第七話 女三人よれば
十三月も終盤の夜。
使用人棟、女性階の談話室は大盛り上がりだった。
家政婦長に料理長、女中長に各種女中たちが集まって、総勢十八人。まだ下働きの皿洗い女中たちは先に寝かしつけた。これからは大人の時間というわけだ。
「しかし奥様は何なんだ。魔法使いか」
料理長が首を振り振り嘆息した。
「確かに、流れるように物事が進むようになったよ」
その言葉に赤毛の厨房女中が大きく頷く。
「ぶつかったり、皿を割ったり、食材を落として無駄にすることもなくなったんだ。一件もだよ。大したもんだ」
料理長は豪快に笑った。
「生意気なと思ったんだが――やれやれ。参ったね」
「うちもです」
女中長が頷く。
「おっとりとした、奥ゆかしい奥様かと思いきや――ちょちょっと手を加えただけで、仕事が半刻早く終わりました。掃除の手順を少し変えただけですよ? まるで魔法です」
金髪の食品室女中は溜め息を吐いた。
「それに、前日に火傷を負った女中を覚えてました。気遣うお言葉まで掛けて。――いえ、あたしらの仕事を取るんじゃねえよとは思いますよ。紅茶淹れんのはあたしらの仕事ですし?」
隣に座った茶髪の女中が頬杖を付いて頷いた。
「そーよね。奥様が紅茶淹れるなんて、聞いたことないわ。しかも誰よりも上手いなんてさ! まあ、お菓子は褒めてくれたけど」
麦藁色の髪にそばかすの目立つ客間女中が頭を振る。
「あたしなんて、庇って頂いたんですよ! 執事のグレゴールさんに怒られるところを、奥様が"私の指示です。責任は私にあります"ですって! 信じられます? いや、ホント奥様の指示だったんですけどね? 普通知らん振りするでしょ!」
黒髪の女中がそばかす娘の背中を宥めるように叩き、麦酒を注いでやる。
「信じるさ。見てたもん」
家政婦長のカーリンが苦笑しながら、蒸留酒を舐めるように飲んだ。
「あっという間に皆骨抜きだね」
年季のいった寝室女中がひっひっと魔女のように笑った。
「ゼーベルクに仕えてる以上、有能な人が好きなのは皆同じさ」
「奥様は有能だ。しかも出しゃばらない。執務棟の話を聞いたかい? 書記官のパウルが叫んで回ってるよ」
巻き毛の女中が手を叩いて笑った。
「あれだろ? 仕事の効率化が目に見えて上がったっていう」
「あいつ、最初は奥様は好かんとか言ってたじゃないか。今じゃすっかり信望者だね」
女中長がほう、と溜め息を吐いた。
「差し入れも気が利いてて。仕事上がりの温葡萄酒は最高ですよ。――奥様は香辛料にも詳しいんだそうで、疲れを取る配合なんだとかって」
料理長が頷いた。
「香辛料の扱いは、あたしでもああはいかない。奥様は専門書をお読みなんだろうね」
「伯爵令嬢と聞いてたが、ありゃあ大したもんだよ。ただのお嬢様じゃあない」
茶髪の台詞に金髪が何度も頷いた。
「噂じゃブルーメンフェルトの領内を、仕切ってたのもあの方だってさ」
「そりゃすごいね。政治家でもあるわけだ」
女たちの噂話は留まるところを知らない。次々と花が咲く。酔いも回ってきて、もはや誰が何を喋っているのかもわからなくなってきている。
「旦那様が甘やかすわけだね」
「あたし、旦那様は女嫌いだと思ってました」
そばかす娘が挙手するのに、黒髪が頷く。
「あたしらには素っ気ないよね! 前に旦那様に色目使ったら、クビにされた娘いたじゃん」
呆れた笑い声が上がった。
「そりゃクビさ。旦那様はそういう娘は特にお嫌いだから」
古参の女中が肩をすくめる。
「奥様だけは最初から別格だったってわけだね。なんてったって、あのクローネンベルク侯爵家と争って勝ち取ったんだから」
「結婚前からのべた惚れっぷりには半分呆れてたが、あれじゃあ仕方ない」
家政婦長は、どこか母親のような表情で微笑んだ。
金髪がうっとりと目を細めた。
「おきれいな方だったね。ていうか、柳?」
赤毛が勢い込んで同意する。
「やわそうで、でも折れなそうで?」
「そんな感じ!」
家政婦長が唇の片端を上げる。
「婚約時点で屋敷の改装を言い出したときには参ったけどねえ」
巻き毛が言う。
「あの方、あたしの名前を覚えてたよ。ただの女中の名までさ」
「洗濯室を見に来たよ。奥様がだよ? 洗濯女中に、あの方は" いつもありがとう"って!」
フィロメナは褒美をばら撒きはしない。威圧も、これ見よがしの演説もしない。その代わり、名前を覚え、働きを見、動線を整え、責任を取る。そして、感謝する。
「あたし褒められた! 手摺がぴかぴかねって」
家女中たちはうっとりと呟いた。
「あたしも侍女になって、奥様にお仕えしたいわぁ」
若い女中の夢見る表情に、料理長が笑う。
「あんたにゃ無理だ。あのギーゼラがしっかりお守りしてるからね」
「奥様はいいけど、あの人はちょっと鼻につきます」
ふん、と若い女中が鼻を鳴らした。
「奥様の信任を得てるのを、鼻にかけてるんじゃないかしら」
「そりゃあ、子供の頃からの付き合いだろう。気も許すさ」
寝室女中が嗜めるように口調を強めた。
「太刀打ちしようなんざ思わないことだよ、ロッテ」
ロッテと呼ばれた若い女中は唇を尖らせた。
「奥様とお近付きになるには、どうしてもあの人が邪魔よ」
家政婦長が咳払いをした。
「ロッテ。分不相応なことを考えるんじゃないよ。あんたは女中。あちらは奥様腹心の侍女だ」
「そうそう。身分も立場も雲の上さ」
料理長が続けて、女中長が釘を差す。
「おかしな真似をしないようにね」
「はぁい」
ロッテは不承不承ながら頷いた。一応、形だけは。
林檎酒を舐めながらロッテは思う。
ギーゼラは有能だ。それは誰もが認めることだろう。だが、本人は何と言うか……雑だ。
部屋は整理されているようでされていない。机の上は書類やら本やらが雑然と積まれている。
なのに、奥様の注文には完璧に応える。
「ギーゼラ、あの書類どこだったかしら」
「そこに積んである本の間です。下から三番目の」
掛かったのはたった二拍の間だけ。しかも本当に有る。
彼女はむやみやたらと厳しいわけではない。怒鳴る時には理由があるし、使用人に嫌がらせもしない。
だが、極端なまでに奥様優先なのだ。
奥様に挨拶をしようと伺えば「読書中」とギーゼラに拒絶される。試食を頼もうとした菓子は「書類仕事が片付いた後で」と取り上げられる。
奥様を囲い込むし、予定を勝手に決めるし、面会を制限するし、奥様の休憩時間まで把握している。
監視でもしているのかと思う程だ。一度、執事長のセバスティアンが理由を聞いたそうだ。返ってきたのは至極簡単な台詞。
「奥様が倒れたら困りますから」
どれだけ奥様に執着しているんだか。
挙句、奥様の好みまで完璧に把握済みだ。
雨の日に履きたい靴から、どの紅茶にどの菓子を合わせるのが好きなのかまで。
いっそ感心するのは、旦那様にまでその態度を貫き通すところだろうか。
思い出すだけで苛々する。
ロッテは忌々しげに舌打ちし、林檎酒を飲み干した。とにかくあの女だ。ギーゼラが気に食わない。
「ロッテ、飲み過ぎるんじゃないよ。明日も早いんだからね」
家政婦長にロッテは唇を尖らせて答えた。
「わかってますぅ」




