第五話 込められた愛の形
まずは迷わないように、と執事長のセバスティアンがゼーベルク商会王都館内の案内をしてくれた。
迎賓棟は玄関ホール、大応接間、小応接室、大広間、晩餐会場で構成されている。
「大抵のお客様はこちらで御用事を済ませられます。今回の披露宴も大広間でございましたね」
セバスティアンが丁寧に説明をしてくれるので、フィロメナは頷きながら観察した。
動線が気になるところがあったのを、覚えておく。所々、淀みがある。渋滞までいかないが、滞る。
そこを整えれば、もっと円滑に物事が進むだろうことが予想できた。
「次いで居住棟となります。普段お使いになるのはこちらが一番多いかと存じます。ディートリヒ様の私室、客室、家族用居室がございます。奥様のお部屋は幾つか候補がございますが、どのお部屋がお好みでしょうか。全てお使いになられても構いませんが」
「全ては、さすがに」
苦笑するフィロメナに、付き従うギーゼラが口を挟む。
「でもお嬢、じゃなくて奥様。書斎と紅茶部屋はあったら嬉しいんじゃないですか?」
紅茶部屋と聞いてフィロメナの顔が輝く。
「迎賓棟には給湯室がありました。居住棟にも?」
フィロメナの問い掛けにセバスティアンは頷いた。
「幾つかございますし、移動させることも可能です。最新式のストーブでございますので」
「素晴らしいわ。ああ、でも紅茶の管理部屋とは分けなくては駄目ね。乾燥は良いけれど、熱と湿気は良くないわ」
セバスティアンが胸に手を当て一礼した。
「茶葉庫そのものを、居住棟へ縮小移設する計画がございます。奥様が気に入られた部屋のすぐ側に」
フィロメナとギーゼラは啞然と口を開けた。
「旦那様は紅茶室、準備室、茶蔵と三つ部屋を設ける計画を立てております。勿論、奥様のご希望に沿うように、柔軟に対応するよう仰せつかっております」
「いつから、そんな……」
絶句したフィロメナに、セバスティアンは平然と答えた。
「ご婚約が決まってすぐでございます。作業は今日からでも取り掛かれます」
フィロメナは額を押さえた。何と言ったら良いのだろうか。厚遇されていることに感謝をし、無駄遣いを怒り、甘やかすなと伝えるべきだろうか。
だが、顔が緩む。嬉しさが抑えきれない。
「どうしましょう。私、嬉しくておかしくなってしまいそうよ。本当なら、妻として倹約を進言すべきなのに……」
セバスティアンは目を細めた。
「奥様は自分に厳しすぎる。その分、旦那様が甘やかさねば釣り合いが取れぬとの仰せでした」
ギーゼラが力強く頷く。
「そうなのです! 奥様は、ご自分のことは後回しになさるのです。周りが良く気を付けておかねば、無理も無茶もなさいますし」
「ギーゼラ」
フィロメナが嗜めるが、セバスティアンとギーゼラは視線を交わし、頷き合った。
「私達がしっかりとお支えしなくてはなりませんね、ギーゼラさん」
「ええ。よろしくお願いいたします、セバスティアンさん」
フィロメナは溜め息を吐いて頭を振る。
「セバスティアン殿は執事長なのだから、私に厳しくなくては駄目よ。しっかりと見張っておいて」
「奥様、私に敬称は不要です」
「あ、そうね。ごめんなさい、セバスティアン。まだ慣れなくて」
セバスティアンはちらりとギーゼラを見た。
「奥様は、とても温かみのある方でいらっしゃいますね。いえ、今まで接した貴族の方々と申しますか、実に誇り高い御婦人が多かったもので」
ギーゼラが力強く何度も頷いた。
「そうなのですよ! 使用人にも礼を尽くすし、下々の者にも軽々しくお声を掛けるし――」
「ギーゼラ」
フィロメナは咳払いをして窘めたが、ギーゼラは肩をすくめるばかりだ。
セバスティアンはうっすらと笑った。嫌な感じのものではなく、柔らかい笑みだった。
「では、まず奥様のお部屋をお決めになられた後、その近くに紅茶室を配置いたしますか」
フィロメナが少し小首を傾げた。
「ええと、今の寝室はディートリヒ様の私室の隣ですよね」
「然様でございます。続き部屋になっております。御夫婦用寝台がございますが、お顔を合わせたくない場合もございましょうし、私室に別の寝台も御用意いたしますのでご安心ください」
ギーゼラが苦笑した。
「至れり尽くせりですわー。私はどこに控えておりましょう? やはり奥様の私室の隣か向かいがよろしゅうございますか」
「そうねえ……どこを使っても良いとなると、却って迷ってしまうものね」
「差し支えなければ、私がひとつご提案してもよろしいでしょうか」
セバスティアンが控え目に助け舟を出してくれて、フィロメナは少しほっとした。
「ええ、お願い」
セバスティアンは丁寧に礼をし、廊下の奥を指した。
「あちらが御夫婦の寝室、旦那様の私室でございます。寝室を挟んで反対側に奥様の私室、茶蔵、準備室、紅茶室と並べますと、居住棟の応接室とも近く、使い勝手が良いかと。ギーゼラさんの居室は奥様の私室の向かいで如何でしょうか」
フィロメナはギーゼラと視線を合わせ、頷いた。
「そうしましょう。ありがとう、セバスティアン」
「畏れ入ります。では、既に配置の家具などはお好みのものにお取替えいたします」
フィロメナとギーゼラはまた、ぎょっとして顔を見合わせた。
「いいのよ、家具はそのままで」
「さすがに無駄遣いかと存じますわ!」
二人に言い募られ、セバスティアンは少し眉を上げた。
「ですが奥様、ギーゼラさん。ここはゼーベルク商会王都館。本館には劣りますが、王城にも負けぬと自負しております。奥様はその主でいらっしゃいます。やはり相応の待遇をいたさねば、ゼーベルクの名が廃ります」
フィロメナは口元を押さえた。そうだった。ディートリヒの沽券に関わる問題だ。
「――そうね。ディートリヒ様の名に傷を付けてはいけないわ。でも、私にも譲れない一線はあります」
フィロメナは胸を張って宣言した。
「可能な限り倹約を。使えるものは使いましょう。新調の必要はありません」
「ですが帳の模様など、お気に召さない場合もございましょう」
だが、セバスティアンも引き下がらない。
「ゼーベルク商会の趣味の良さを信頼しております」
フィロメナは重ねて言い、セバスティアンは軽く吐息した。
「では、一室ずつご案内いたしますので、気に入らない部分をご指摘願います。すぐに整えますので」
「わかったわ」
◇
案内された私室は既に完璧に整っていた。
主色は淡い象牙色。薄青と淡紫の差し色が矢車菊を思わせる。縁飾りなどには、金糸がほのかに煌めいていた。床は良く磨かれた木製で、中央に結婚祝いのアルベリオン製絨毯が敷かれている。
窓は南向きの大きな造りで、窓辺には読書のための揺り椅子が置かれていた。
小さめの暖炉の炉棚には小振りの絵画が飾られていて、近くには立派な書机があった。刺繍台に飾り棚、大きな本棚もある。そして、続き部屋に衣装室も。
フィロメナは嘆息した。
「私好みで文句のつけようがないわ……すごい……どうしてわかるの……? 素敵だわ……」
セバスティアンが、僅かに得意気に頷いた。
「旦那様の愛でございます」




