第十五話 合うものを
給湯室に移動し、ウーヴェは茶壺と紅茶茶碗を卓に置いた。
「次は淹れ方だ」
フィロメナは頷く。得意分野だが油断はできない。
「まずはこれを淹れてみろ」
ウーヴェは茶缶を卓に置いた。
(茶葉の量、湯の温度、蒸らし時間、茶器の扱いを見る試験ね)
フィロメナは言葉にされなかった部分を読み取り、缶を手に取った。
用意されなかった茶器を自分で補充し、フィロメナは紅茶を淹れた。
茶壺にあらかじめ熱湯を注ぎ、十分に温めてから、一旦捨てる。
茶匙で三杯、正確に計り茶壺に入れる。薬缶に沸かしたての湯を、茶壺の半ばより上になるまで入れ、砂時計を引っくり返した。砂が落ち切るまで待つ。
茶漉しで茶葉を除けながら、茶碗に均等に入れていく。
「できました」
茶碗に五つ、同じ色、同じ量で紅茶が注がれた。濃い赤褐色で、濃厚で華やかな香りが漂う。
ウーヴェは水色を見、香りを確かめ、一口飲んだ。
「茶葉の種類は?」
「グラーブです。特徴は、通常でも濃厚なグラーブの味と香りが一層濃く感じられる、夏摘みです」
ウーヴェは頷いた。ギーゼラ、ウィルマ、ハインリヒを呼び付けると「飲め」と一言命じた。
「熱いから気を付けて」
フィロメナが一言言い添えて、皆がそっと茶碗に口をつけた。
「美味しゅうございます」
「すげえ美味しいです」
「美味ですな」
それぞれに頷き、ウーヴェはフィロメナに向き直った。
「気を付けた点を言ってみろ」
フィロメナは少し息を吸った。
「茶葉の量を正確に計りました。茶碗に五杯分の紅茶ですが、グラーブでしたので味が濃いことを踏まえ、茶匙三杯にしました。牛乳があれば茶葉は五杯入れました。湯量は五杯分です。時間は砂時計が落ち切るまで、つまりは四十分の一刻。但し、茶葉の大きさによって、蒸らし時間は増減します。大きければ長めに。小さければ短めに。また、味が均等になるよう一杯ずつではなく、茶碗に三分の一ずつ注ぎ、往復させました」
立て板に水の如く答えるフィロメナに、ギーゼラは呆気にとられて口を開けた。
(紅茶って、そんなとこまで気遣って淹れるんですか!)
ウィルマとハインリヒは目を丸くし、絶句した。職人技だ、と三人は思った。
「——次は牛乳を入れることを考えて、淹れてみろ」
「はい」
フィロメナは次は茶匙に五杯分、茶葉を入れた。手順も時間も同じだ。違うのは茶葉の量だけ。
「できました」
ウーヴェは同じく水色と香りを確かめて、一口飲む。そして頷いてから牛乳を注いだ。
濃い赤褐色が、柔らかく白濁した亜麻色になる。
一口飲んで、ウーヴェは言った。
「合格」
ギーゼラたちもウーヴェの真似をして、一口飲んでから牛乳を加えた。そのままだと少し渋く、苦くも感じる。だが——
「……全然違いますのね。まろやかですわ」
「あたしは牛乳入れた方が好きかもです」
「こっくりと柔らかな感じですな」
ウーヴェはフィロメナを見た。
「牛乳を加える場合に、茶葉を増やした理由を言え」
「牛乳に負けず、本来の味が濃く出るように、人数分の茶葉を入れました。本来、紅茶の正しい量は茶碗一杯に茶匙一杯です」
ウーヴェは無感動に頷いた。このくらいはできて当然、そんな態度に見える。
ギーゼラは文句を言ってやりたかったが、何とか耐えた。
それからウーヴェはフィロメナに、カムル、ゲーンダー、チャンパの順に淹れさせ、それぞれ味と香り、水色を確かめた。
カムルは濃い赤黄色で、透き通った水辺に咲く花のような清々しい香り。ゲーンダーは黄褐色で、力強い。チャンパは黄金色で、淡く柔らかい香りだ。
ウーヴェはフィロメナを見据えた。
「次は、最初に入れたのと全く同じ物を淹れろ」
フィロメナは目を瞬いた。
「——全く同じ、ですか」
「できないか?」
試すような口振りに、フィロメナは首を横に振った。
「いいえ。できます」
言い切った。
(同じ量を同じ手順で。同じ温度で同じ時間を。——魔法じゃなくて、技術だわ)
淀みなく手が動く。素早く、けれど丁寧に、茶匙が動き、湯が注がれ、茶葉が跳ねる。
「できました」
ウーヴェは最初に淹れたものと、完璧に同じ味が再現できているかを見る。
ウィルマがギーゼラを突付いた。
「最初のと同じ味って、わかります?」
ギーゼラは少しだけ自信なさげに頷いた。
「たぶん……いえ、どうかしら」
「——私はおそらく」
ハインリヒがぼそりと呟き、二人は目を瞠った。
「意外な特技ですわね」
「ハインリヒさんすげえ」
ウーヴェはフィロメナを見た。
「同じ味だと思うか?」
フィロメナ自身は最初の紅茶も、今の再現紅茶も飲んではいない。それでも言い切った。
「——思います」
(それができていなければ、私に紅茶本部長の資格はないわ)
ウーヴェは目を細め、頷いた。
「色も香りも問題ない。味も同じだ。合格」
フィロメナは吐息した。
ウーヴェの試験はまだ続く。
「冬の朝を表現した配合を作れ」
フィロメナは首を傾げた。
同席している三人も首を傾げた。
無理難題ではないだろうか。紅茶はどう転んでも紅茶だ。冬の朝を表現しろとは、一体どういうことだ。
フィロメナはしばらく考え、口を開いた。
「表現——冬の朝に飲むのに適した、と解釈して宜しいでしょうか」
「……そう思うなら、それでいい」
ウーヴェは合っているとも、間違っているとも言わない。フィロメナは、少しだけ緊張しながら用意を始めた。
(紅茶を淹れるのに、緊張することがあるなんて……)
フィロメナは小鍋に茶碗三杯分と少しの水を張った。香辛料を選り分け、投入していく。肉桂、丁字、黒胡椒。それぞれ潰して入れていく。砂糖を入れ、鍋に火をつける。沸騰したら、茶匙に三杯のグラーブを加え、すりおろした生姜を投入。水色を見極めて、丁度良い頃合いを見計らって茶碗二杯分の牛乳を加え、沸騰する寸前に火を消した。
茶漉しで濾しながら茶壺に移し替える。
「できました。冬の朝に最適なマサラチャイです」
「選んだ理由を」
「身体を温め、柔らかい口当たりです。香辛料の刺激で目も覚めます。身体を冷やす効果のある小荳蔲を配合から除きました」
ウーヴェは頷いた。
「——お前さんの得意分野だな」
「はい。我が家でも、冬の朝にはこれが定番でした。——没落前はですが」
ウーヴェは一口飲み、ゆっくりと味わい、顎を引いた。
「味も選択も良い。合格」
フィロメナはほっとしたように微笑んだ。
「ちなみに夏の午後ならどうする」
「カムルの春摘みを少しだけ濃いめに。渋さが少し増しますが、すっきりと爽やかです」
「……なるほど」
ウーヴェはウィルマを振り返ると、菓子を持ってくるように指示を出した。
「別の種類のものを幾つでも良い、持って来い。それに合った紅茶を淹れてもらう」
「うぃーす、見繕ってきまーす」
ウィルマは首を傾げながらも部屋を出て行った。
しばらくしてから、ウィルマは盆に四つの菓子を持って来た。
「丁度四種類あったんで、理由を話して分けてもらってきました」
「牛酪ケーキ、果実のタルト、堅果クッキー、林檎の蜂蜜煮か。良い選択だ。まずは口頭試問とする。それぞれに合う茶を選べ」
フィロメナは唇を少しだけ舐めた。
(ここで間違えたら、即失格の気がする……)
ウーヴェは菓子に合う紅茶を出すことには、人一倍こだわりがある。そのために、シュトルツェンブルク公爵邸をクビになった話は、王都では有名だ。
「牛酪ケーキはこってりとしていますので、口の中がさっぱりするように、ゲーンダーの夏摘みを選びます。渋さと控えめな香りが合うかと」
ウーヴェは無言で頷いた。
「果実のタルトには、チャンパを。これは私の好みになりますが、甘酸っぱい香りを邪魔しないあっさりとした味に、爽やかな香りが合うと思います。堅果クッキーには濃いめのグラーブに牛乳を加えて出します。ぱさぱさとした口の中の渇きを潤すことと、牛乳の甘みを考慮しました。もしくはチャメリーを薄めにしてみても良いかと思います」
最後にフィロメナは少し悩んだ。
「林檎の蜂蜜煮は——私の好みになってしまいますが、カムルの春摘みを選びます。渋さは控えめで香りは清々しく、甘い林檎にも合いますが……。うん。やはりカムルです」
「淹れてみろ。合うかどうか、そこの三人、お前たちが審判だ。好きな菓子を選べ。残ったものはわしが食う」
ギーゼラは果実のタルトを、ウィルマは牛酪ケーキを、ハインリヒは林檎の蜂蜜煮を選んだ。ウーヴェが堅果クッキーだ。
フィロメナは頷いて一杯分ずつ紅茶を淹れた。
「——合いますわね」
「あ、すげえ合う。美味!」
「良いですな」
ウーヴェは目を瞑り、やはり無言で頷いた。




