第四十六章
冬は、急がず、騒がず、静かに過ぎていった。
災いを待つ季節でもなかった。次の崩れの前の、張りつめた小休止でもなかった。むしろ彼らの暮らしにしては珍しく、世界のほうがしばらく手を緩め、出来事の布を乱暴に裂くのではなく、ただゆっくりと別の模様へ織り替えていくような時間だった。雪は城壁や屋根に厚くは積もらなかったが、それでも朝ごとに景色は少しずつ音を失い、石は湿りを含んで暗く沈み、煙はまっすぐに上り、人の動きさえどこか慎重になった。冬そのものが、日々を荒々しく動かすことを許さないようだった。
家の中も、また別の意味で、違う呼吸をしていた。
カイラの腹はもう、誰が見ても重かった。ただの「少し膨らんだ身体」ではない。彼女自身の時間の流れそのものが変わっていた。座る時の脚の開き方、立ち上がる時の遅さ、苛立ちの速さ、疲労の落ち方、そのどれもが、以前のカイラとは違っていた。それでも彼女は、意地でも自分を捨てなかった。時にはそれが滑稽ですらあった。今にも世界へ噛みつきそうな顔で部屋を横切ったかと思えば、次の瞬間には腰へ手を当てて悪態をつき、そのまま椅子へ落ちるように座り込み、家具から男という概念に至るまで全部が気に入らないと宣言する。さらにその数分後には、塩気の強い肉と熱いパンが欲しい、みんなは好きだ、でも近くで息をされると吐きそうだ、と完全に本気で言う。
彼には、その身体が重くなっていくのがよく分かった。
そして同時に、世界へ牙を立てることだけで生きていた以前のカイラも、まだはっきり覚えていた。あの女の力は、もともと外へ向かうものだった。怒り、欲しさ、衝突、動き、食い破るような直進。その大きな部分が今は内側へ向いている。そのことが彼女自身をいちばん苛立たせていた。だが、ときどき、その苛立ちの奥に別のものも見えた。深く、温かく、ひどく大人びた何かだ。ふいに黙りこむ。怒っているわけではなく、自分の身体の声を前よりもはっきり聞いてしまっている時の沈黙だった。そんな時のカイラの顔は、彼がほとんど見ていられないほど生々しかった。
リラもまた、この頃にははっきりと身ごもっていた。
それは一日で分かるようになったのではない。少しずつ、彼女の身体の輪郭の中から立ち上がってきた。下腹の、わずかな重み。衣の落ち方の違い。本人が何も言わなくても、身体のほうが先に抱えはじめた慎重さ。彼には隠しきれなかった。そして彼女の中には、以前の静けさとは違うものがあった。ただ幸せそうというのではない。もっと重く、もっと深く、ほとんど痛みを含んだまま受け入れているような光だった。喜んでいるというより、一度失ったものが本当にもう一度来たのだと、まだ半分信じきれないまま、そっと抱き寄せているようだった。
それがはっきりした時、彼の中に来たのは、単純な安堵でも、分かりやすい歓喜でもなかった。
もっと苦い種類の安堵だった。
彼の内側の予感は、やはり間違っていなかった。あの夜が、リラにとって新しい命の始まりになったのだ。だがその事実は、今でも彼に別の痛みを残した。数ある形の中で、あの最も醜く、最も壊れた夜が、その始まりだったということ。それを彼はまだ美しいこととして受け止めきれなかった。だが、リラの身体はもう、その迷いを許さないところまで進んでいた。命はここにある。そこから顔を背けることはできなかった。
まだ身ごもっていないのは、アヤノだけだった。
二人の腹がすでに現実の重みを持ちはじめると、それはかえって目立った。彼は、自分にできることはしていたつもりだった。避けてもいない。引いてもいない。過剰に慎重になってもいない。アヤノとのあいだの近さも、欲も、互いに身体を求めるあの静かな張りつめ方も、何ひとつ消えてはいなかった。だが、子はまだ来ない。
アヤノは、そこを責めなかった。
それがかえって、彼には重かった。
彼女は、一度言ったことを繰り返さない女だった。せがみもしない。願いを痛ましい話題にもしない。ただ、自分の望みはもう伝えたという顔で、そのあとは静かに待っていた。冷たくではなく、自分の全部で待っていた。だが、そこにみじめさはない。成熟した意志として、ただそこに置かれている。その乾いた大人っぽさが、むしろ彼を苦しめることがあった。問いを消さないまま、安い悲劇にもしてくれないからだ。
外の世界も、また少しずつ形を変えていた。
ホウセイとラヴァルンのあいだの関係は、どうやら以前よりずっと密になっていた。届く報せはまだ少なく、文も短い。それでも、言葉の選び方、向こうからの応答の速さ、同じ人物の名が複数の線から上がる頻度、それらをつないでいくと見えてくるものがあった。新しい統治者、サルヴェル・タロンは、少なくとも無能ではない。いや、それどころか、かなりまともなのだろう。救い主めいた人物でも、善人の顔をした夢想家でもない。ただ、壊れたものを壊れたまま放置せず、国という形へもう一度まとめ直すだけの知性を持った人間だということが、少しずつ分かり始めていた。
ホウセイにとって、それはたぶん都合がよかった。
敬愛でも親しみでもない。ただ、魔法の基盤が揺れた世界で、隣に立つのが愚か者でも狂信者でもないというだけで、ずいぶん違う。彼らのあいだには、おそらくもう一種の静かな承認が生まれつつあった。熱はない。だが、理解はある。そういう関係だった。
ヴァルガルドは違った。
山が邪魔をしているのか。あるいは長いあいだ向こうをほとんど「存在しないもの」として扱ってきた惰性か。さらに言えば、この国の中に今も残っている獣人への古い不寛容が、見えない抵抗になっているのかもしれない。ともかく、ラヴァルンとのやり取りは依然として少なく、不規則で、安定しなかった。互いに相手をどう扱うべきか、まだ決めきれていない感じがあった。
それが変わり始めたのは、ラヴァルンがついに常駐の使者を送ってきた時だった。
彼女が城へ来たのは、雪がもう水気を帯びて、石の上で溶けかけるような日のことだった。空は低く垂れ、湿りと煙の匂いが重たく漂っていた。
最初、彼は内心で少しだけうんざりした。
獣の娘。
若い女。
猫の耳と、長い尾。
細い体つき。無駄のない身のこなし。柔らかく見える顔立ちの奥に、妙に光る目。髪は赤みを帯びた銅色で、長いが動きやすいようにまとめられている。瞳は琥珀色。頬からこめかみにかけて、薄い縞のような自然な文様が見える。耳はしなやかに立ち、尾は気配を読むように静かに動く。衣もまた、いかにも彼の昔の世界の安っぽい異世界ものが好みそうな記号を、そのまま現実へ引きずり出してきたように見えた。
彼はそれを見た瞬間、内心でひどく冷めた顔になった。
あまりにも、出来すぎていたのだ。昔の記憶の中にある、軽くて薄っぺらい「猫娘」という型へ、妙にきれいに嵌まりすぎていた。
名は、ネリッサ・ヴァルン。
だが、最初の印象はすぐに壊れた。
彼女は賢かった。
「見た目のわりに」ではなく、ただ普通に、はっきりと賢かった。それ以上に厄介だったのは、交渉の場数を踏んでいることがすぐに分かったことだ。よく喋るタイプではない。せかせかもしない。愛想で押すでも、あからさまに圧をかけるでもない。むしろ、相手の言葉を最後まで聞く。そのうえで、問いにそのまま答えるのではなく、いつのまにか会話の土台を半歩ずらす。気づいた時には、相手のほうが彼女の用意した地面の上で話している。そういうやり方だった。
最初の顔合わせが終わるころには、彼はもう一つ、はっきり嫌なことを認めざるをえなかった。
最初の一目で、この女を甘く見た。
ただそれだけのことで、すでに一度、彼女に主導権を取られかけていた。
ネリッサは、飾りではない。
異国趣味でもない。
愛嬌を立て札にしているわけでもない。
耳と尾は、たしかに目につく。だが数分も話していれば、それはもう記号ではなく、ただ彼女の身体の一部にすぎなくなる。本体は別のところにある。よく聞き、よく待ち、自分が少しだけ軽く見えることを意図的に許している、その頭の働きのほうだった。
エドランも、それを見抜いていた。
ヴェイルも。
そして、なぜか彼を少し苛立たせたのは、アヤノもすぐにそこへ届いていたことだった。
最初の会見のあと、彼が目をやると、アヤノはもう彼と同じ答えを目に浮かべていた。この女は贈り物ではない。善意の橋でもない。かなり精密な道具だ。そして、それを使いこなすのは、たぶんヴァルガルドの側ではない。
まだ、彼女の本当の狙いは読めなかった。
表向きに示される意図は、きわめてまともだった。ラヴァルンは関係をもっと密にしたい。安定させたい。互いの利を大きくしたい。山の周辺の情報を共有したい。交易路を整理したい。次に魔法の揺れが起きた時、連絡線を太くしておきたい。
どれも理にかなっていた。
どれも利益がある。
どれも、真実でありうる。
だが、それだけではない気配が彼女にはあった。
嘘がある、という感じではない。
むしろ、意図が深すぎるのだ。
命じられた使者として動きながら、その奥で別の盤面にも目を置いている。今この瞬間の利益だけではなく、数手先で、ラヴァルンにとってヴァルガルドが何になりうるかを見ている。そんな感じだった。
それが何なのか、彼にはまだ見えなかった。
そこが、いちばん癪に障った。
久しぶりに、相手をすぐにどこかの箱へ入れられなかったからだ。愚か者でもない。狂信者でもない。操り人形でもない。単純な実利主義者でもない。もっと複雑だった。
その夜、応接が終わり、家の中の温かさへ戻ってきてからも、彼の頭の中にはネリッサが残っていた。エドランの問いに答える前の、あの一瞬の間。ヴェイルの乾いた誘導を、きれいに受け流した返し。ヴァルガルドを「必要な隣国」で終わらせず、「もっと先まで使える相手」と見ていることを、一言だけで匂わせたあの話し方。
カイラはすぐに気づいた。
「何、今度は新しい厄介事?」
彼は小さく笑った。
「たぶんな」
「女?」
「そうだ」
カイラは不機嫌そうに背もたれへもたれた。
「ほんとに救いようがないな、この世界。お前ら男に、政治だけで苦しむ自由すら与えないわけだ」
アヤノが、そこで彼を見た。
「耳だけ見てるうちは、たぶん簡単に見えるんだと思う」
その一言が、いちばん正確だった。
その通りだったからだ。
彼は最初に耳を見た。
尾を見た。
昔の世界の、くだらない型を思い出した。
だが、見るべきだったのはもっと深いところだった。今はもう、そこを見ている。そして、ネリッサ・ヴァルンという女が、思ったよりずっと面倒で、思ったよりずっとおもしろい交渉相手になりうることを、ようやく認め始めていた。




