第四十三章
ラヴァルンがいくら手を打っても、前山地の掃討はなお何度か必要だった。向こうが本腰を入れて症状を抑えにかかっているのは明らかだったが、それで全部が止まるほど、もう世界は素直ではなかった。山から下りてくる獣や魔物の数は確かに減った。だが、消えたわけではない。いつものように、世界は最悪の形ではなく、中途半端に厄介な形で圧を残した。つまり、誰かが何とかしているのは分かるが、だからといってこちらが剣を置けるほどではない、という状態だった。
その数度の出撃で、彼はもう以前のような失敗をしなかった。
少なくとも、同じ種類の失敗は。
リラの流産以来、彼の中で何かが一度決定的に折れ、それ以来、戦場での感覚そのものが変わっていた。女たちを隠しきってしまうのではない。そんなことをすれば、経験は育たず、彼女たちの力そのものを侮ることになる。だが、前へ出しながら、同時に守る。その両方を、今の彼は以前よりはるかに明確にできた。立ち位置、間合い、魔法を切る角度、踏み込ませる範囲、引かせる瞬間。彼はもう、自分が打つだけではなく、戦場の形そのものを少しずつ組み替えるように女たちを覆っていた。
カイラは、当然のようにそれを快くは受け取らなかった。あまり露骨に庇われたと感じれば、すぐに苛立つ。だから彼は、守ることを守るように見せない必要があった。カイラの飢えと衝突の欲求を殺さず、そのまま彼女の力として使わせながら、致命的な線だけは越えさせない。かなり面倒な均衡だったが、今の彼にはそれをやるだけの視野があった。
アヤノは、もっと静かにそれを受け入れた。なぜ自分たちが今こう扱われているのかを、彼女はほとんど説明なしで分かっていた。失ったもののあとに、彼がどこまで注意深くなったのかも、彼が何を償おうとしているのかも。そのぶん、アヤノ自身の戦い方もさらに変わっていった。彼女はもはや戦場で勢いや閃きに頼らなかった。動きはさらに乾き、さらに正確になり、技量はますます「習熟したもの」へ寄っていった。そこには以前のような危うい輝きは少なく、その代わりに、崩れにくい強さがあった。
だが、いちばん大きく変わったのは、やはりリラだった。
恐れられ始めたのは、アヤノよりも彼女のほうだった。
それは、彼にとっても奇妙な逆転だった。アヤノは誰が見ても強い。洗練され、速く、無駄がなく、相手を即座に殺せる。その怖さは理解しやすい。人は、鋭く研がれた刃を見れば怖がることができる。
だがリラは違った。
彼女は、戦うというより、消していた。
敵として向かってくるものを、相手として認めたうえで倒しているのではない。そこにあってはならないものを、ただ世界から静かに取り除いていくような、その手つきだった。水は彼女の手の中で、もはや流れでも癒やしでもなく、極めて冷たい論理になっていた。氷は目や喉へ迷いなく入り、呼吸を奪う水膜は、苦しませるためではなく、存在を終わらせるためにだけ使われた。そこに憎しみは見えなかった。だからこそ、よけいに不気味だった。
ある夜、焚き火の向こうで兵が二人、小声で話しているのを彼は耳にした。
「アヤノ様となら、まだ前に出られる」
「どういう意味だ」
「どこで守られて、どこで自分が持つべきか分かるからだ」
「じゃあ、リラ様は?」
しばらく沈黙があって、もう一人が言った。
「……下手をすると、自分まで“消していいもの”の側に立ってしまいそうで怖い」
それは悪意ではなかった。
むしろ、ほとんど敬意に近い恐れだった。
だが彼にとっては、それがいっそう重かった。
リラのその変化が、戦場の効率としては正しくても、内側の健やかさとしてはまったく別の話だと分かっていたからだ。彼女はいまだに、もう一度子を宿してはいなかった。日々は過ぎ、身体は戻り、家は呼吸を取り戻し、近さも途切れていない。それでも、彼女の中には、あの喪失のあとに開いた巨大な空洞が、そのまま残っていた。時には、それがほとんど見えるように感じられることさえあった。カイラの腹が明らかに膨らみはじめた今、その空洞はなおさらだった。
彼は、その空洞を埋めたいと思っていた。
だが同時に、ひどく嫌な考えにもつきまとわれていた。
自分は、やはり五十に近いのだ。
身体は、もう違う。そこだけ見れば、むしろ三十前後に見えてもおかしくないところまで来ていた。彼は自分の魔法で、自分の身体をかなり深いところまで手入れしてきた。筋肉、呼吸、持久、皮膚、反応。老いが表に出るところは、かなりの程度まで巻き戻している。動きも、疲労の残り方も、もう最初にこの世界へ来た頃のものではない。
けれど、内側はどうなのか。
年齢とは、本当に肉体の見た目だけで決まるものなのか。
彼はどうしても、そこにひっかかっていた。生きた年数というものが、どこかもっと深いところに沈んでいて、自分がまだ手をつけられていない層として残っているのではないか。子を成す力そのものは、もしかすると筋肉や若々しさとは別の位置にあって、今の自分にはまだそこへ届く術がないのではないか。あるいは、届く術自体が存在するのかどうかさえ、分からないのではないか。
この話を、彼はヴェイルに持ち込んだ。
夜だった。ヴェイルの部屋はいつものように整いすぎていて、紙も道具も、すべてが「ここにあるべき場所」に収まっていた。外は暗く、灯りの下のヴェイルの顔は、昼よりもさらに骨ばって見えた。
「少し妙なことを訊く」と彼は言った。
「その前置きの時点で、だいたい妙なことだろうな」とヴェイルは返した。「不愉快な場合も多いが、無駄だったことは少ない。言え」
「男は、年を取ることで、子を成す力が落ちることがあるのか」
ヴェイルはすぐには答えなかった。
「落ちる、というのは?」
「完全に失うんじゃない。弱くなる。機能はしていても、以前より明らかに届きにくくなる。そういうことはありえるか」
ヴェイルは椅子にもたれ、少し考えてから言った。
「この世界では、その問いを立てる習慣自体がほとんどない」
「ない?」
「ない。あるとしても、“男はできるか、できないか”までだ。子ができない時、まず見られるのは女のほうだ」
「男じゃなく」
「ほとんどの場合はな」
その答えは、予想できた。
だが、予想できたからこそ、彼を苛立たせた。この世界では、男が原因かもしれないという発想そのものが、ろくに育っていない。誰もその観察を知識へしようとしてこなかった。必要がなかったからだ。
「古い記録や観察は?」
「探せば、断片くらいはあるかもしれない。だが、体系になっている可能性は低い」とヴェイルは言った。「この世界の男は、自分がその種の原因たりうると考えるようには育っていない。世界が長く、そういうふうにできていた」
彼は口の中だけで笑った。
「都合のいい世界だ」
「男にとってはな」とヴェイルは静かに言った。「壊れるまでは」
一方で、カイラの懐妊は、家の中でますます無視できない現実になっていた。腹はもう誰が見ても分かるほど丸くなり、つわりも明らかに強くなっていた。その現れ方がまた、いかにもカイラらしかった。
食卓で普通に食べていたかと思えば、突然匙を置いて、
「みんな大好き。でも見てると吐きそう」
と真顔で言い、そのまま立って去っていく。
あるいは、昼の最中に妙なものを食べたがり、わざわざ用意させておいて、一口も食べぬうちに「今この匂いだけで無理」と不機嫌になり、その責任がなぜかそこにいる全員へ均等に割り振られる。
サレットは最初こそ年長者らしく諭そうとしていたが、じきに諦めて、
「妊婦というのは一種の天災だ。理解しようとするな。壊れ物をどけろ」
と断言するようになった。
カイラはそれを聞いて、
「おお賢き最古の御婦人、ついに真理へ届いたか」
と過剰に仰々しく返したあと、その自分の大げさな口調だけで気分が悪くなったらしく、口を押さえて台所を飛び出した。
そういう家だった。
だからこそ、狩りから戻るたび、彼は余計に自分の中の歪みを意識した。
その夜も、彼はリラのところへ行った。
行きたかったからだ。欲望は今でも消えていない。むしろ、彼女の身体を欲すること自体は、以前より強い時すらある。だが、その欲望の中には、もうずいぶん前から、別のものが混ざっていた。
カイラとアヤノも、ほとんど自然にそこへいた。これももう、この家では珍しくない。カイラは妊娠してなお、近さの輪から外れる女ではなかった。ただ、その中での役割が少し変わっただけだ。アヤノは、リラに今何が必要かを、言葉より先に読み取れる。二人とも、無理に「してあげる」顔はしない。温度と手と気配で、リラを生きた輪の中へ置く。その輪の中へ、彼も入った。
リラは彼をすぐに受け入れた。
いつものように。何も引かず、何も量らず、自分の全体で彼を迎えた。その身体、その呼吸、その静かな深さは、いまだに彼を強く引きつけた。いや、その受け入れ方の無条件さは、時に彼の内部を痛いほど揺さぶった。
それでも彼は、どうしても拭えないものを抱えていた。
欲望だけで動いているわけではない。
そこに、罪悪感がある。
それがいちばん嫌だった。
流産のあとから、リラに触れる時の彼の内側には、常に「返さなければ」「埋めなければ」「もう一度与えなければ」という感覚が混ざっていた。彼女を欲している。彼女を愛している。それは本当だ。だが、その上に、償いのようなものが重なっている。彼女を抱くことが、いつのまにか「失われたものの代わり」を作る行為にまで引きずられている。
そのせいで、欲望の純度が濁る。
消えるわけではない。
むしろ重くなる。
強くなることすらある。
だが、その強さの中に、願望ではなく負債の色が混じる。
彼はリラを抱き、口づけ、深く入り、彼女がいつものように応じてくるのを感じていた。身体としては、何も欠けていない。彼女もまた、彼を欲している。そこに嘘はない。だが、彼の内側では、それがどこまでも「彼女を愛する男の欲望」だけでいられなかった。
“取り戻してやらなければ”。
“埋めてやらなければ”。
その感覚が、どうしても混ざる。
そして彼には、それがたまらなく不快だった。
生物学の常識からすれば、馬鹿げた考えだとも思う。男が罪悪感を抱えているせいで子ができない、などというのは、まるで呪いの理屈だ。そういうふうに世界ができているはずがない。年齢、確率、偶然、相性、いくらでももっと普通の説明はある。
だが、それでも彼の中では、この感覚がただの思いつきに留まらなかった。
彼にはどうしても思えてしまうのだ。今の自分は、リラを“女”として欲することと、“失わせてしまったものを返したい”という思いを、まだきれいに分けられていない。彼女は愛する女であると同時に、彼にとっては傷でもある。そこが、まだ癒えていない。その歪みを抱えたままでは、何かが噛み合わないのではないか、と。
リラは彼の下で静かに息を漏らし、目を上げた。
その目には、いつものように、全部があった。愛情も、疲れも、痛みも、信頼も。そして、彼が今ここにいても、まだどこかでは自分を責め続けていることまで、彼女は知っているのだという理解も。
それが、彼にはいっそうつらかった。
なぜなら彼女は、それでもなお、彼を自分の全体で迎えていたからだ。彼が濁っていようと、迷っていようと、彼女の側は依然としてまっすぐで、それゆえに彼は自分の混ざりものを、ますます強く意識せざるをえなかった。




