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第三十九章

ラヴァルンへの使節は、エドランが手早くまとめた。


本物の外交としては、あまりにも早い。


だが、政治としては十分だった。もう必要なのは対話ではなく、相手の崩れ方を内側から見にいくことだと、彼はすでに決めていたのだ。


表向きの名目は整っていた。山脈沿いに増えた脅威への対応。連絡線の回復。魔術異常と魔物の流出についての情報交換。


だが、エドランが本当に見たかったのは別だった。


ラヴァルンが、まだ国家として残っているのか。


それとも、ただ武装した惰性だけが「まだ国家である」という顔をしているのか。


そのために、彼が選ばれた。


そしてアヤノも。


理由は分かりきっていた。二人とも、もう重い交渉の場を知っている。相手の敵意の前でも顔を崩さない。アヤノは今でも、ただの一人の女としてだけでなく、もっと別の何かとして見られる力を持っている。表向き誰も「聖女」という語を軽々しく口にしなくなった今でも、その気配は消えていない。


その決定を聞いた時、彼は短く頷いただけだった。


反論する意味はなかった。


それに、正直、したくもなかった。


彼の中にも、もうしばらく前から、外へ向かいたがる何かがあったのだ。別の空気。別の地勢。別の顔。自分の家、自分の女たち、自分の感情、自分の問題、そのすべてに絡め取られたまま同じところを回り続けるのではなく、一度、外の光で見直してみたいという気持ちが。


逃げたいわけではない。


ただ、視界を変えたかった。


それでも、出立は重かった。


政治のためにではない。


家のために。


リラは落ち着いていた。


彼が旅支度をしているあいだも、声を荒げることもなく、ただそこにいた。だが今の彼女の静けさは、もう昔の静けさとは違う。あまりに深く、あまりに静かで、かえってそれが彼の胸に重く落ちた。彼女を家に残していく、というより、自分の呼吸の一部を切り離していくような感覚があった。


カイラは逆だった。


大人しく見送る気など最初からない。いつもより近くに来る。触れる。無駄に言葉を刺してくる。まるで「いないあいだの分まで、今ここで借りを作っていけ」とでも言いたいみたいに。


アヤノは、自分も同行するだけあって、最初から乾いて整っていた。だが、だからこそ余計に近かった。前にあるのが生活ではなく、道と不確かな土地である時の、あのアヤノ特有の静かな密度が、彼にはよく分かった。


道のりは、一週間を優に越えた。


ラヴァルンが果てしなく遠いからではない。


そこへ行く道そのものが、人を少しずつ、いつもの感覚から剥がしていく種類の道だったからだ。


最初はまだ、ヴァルガルドの見慣れた道だった。


秋の湿り気を吸った地面。静まりかけた畑。屋根の上に低く寝る煙。どこか物憂い静けさをたたえた村々。


だが、山のほうへ入るにつれて、空気が変わる。乾き、冷え、馬の吐く息が濃くなる。やがて峠道に入れば、灰色の石ばかりが増え、足元も視界も神経を削るものになる。少し足を滑らせれば、それだけで話が終わる。だから、人はだんだん喋らなくなる。


夜になると、彼は思った以上に寂しさを覚えた。


感傷ではない。


もっと露骨に、身体が覚えている寂しさだった。


それを認めるのは少し嫌だった。けれど、認めるしかなかった。彼の中ではもう、ついこのあいだまで存在しなかったものが、すっかり日常になっている。リラの熱。彼女の静かな重み。カイラの、噛みつくような近さ。家の中に満ちているあの、誰かの呼吸、本の頁の音、布の擦れる音、夜の中の女たちの気配。


旅の寝床で目が覚めた時、彼は何度か、はっきり自覚した。


自分が恋しいのは「家」という概念ではない。


リラが隣にいる感覚そのものだ。


カイラの、生きた苛立ちと飢えだ。


家の中で、三人がそれぞれ違うやり方で息づいている、その狭い密度だ。


それは、彼にとって新しい種類の弱さでもあった。


壊れる類の弱さではない。


だが、確かに急所だった。


アヤノも、おそらく似たものを感じていた。


同じ形ではないにせよ。


彼女と彼は、そのことを口にはしなかった。だが、道中、二人で並んで黙って歩くことが少し増えた。何かを埋めるための沈黙ではない。ただ、そこにいるだけで互いに足りる種類の沈黙だった。彼女の目は、時々はっきりと言っていた。あなたも同じだろう、と。暖かさだけではない。家の布地そのものが恋しいのだろう、と。


ラヴァルンは、彼の想像した形では彼らを迎えなかった。


混乱しているのかと思っていた。


そのほうが、まだ分かりやすい。


混乱は、道に出る。市場に出る。顔に出る。物の足りなさに出る。匂いに出る。崩れた秩序は、たいてい隠しきれない。


だがラヴァルンは、奇妙なほど整っていた。


だからこそ、よけいに不気味だった。


町は壊れていない。


飢えていない。


露骨に怯えてもいない。


衛兵は濃く立ち、道は清められ、物資は流れ、命令は通っていた。


それは、病んだ国が最後に見せる「健康な顔」に似ていた。力ずくで外見だけを保ち、内側の腐りを何ひとつ表へ出さない、その不自然な整い方だ。


そこで彼は、初めて獣人を見た。


噂でも、昔話でもなく。


生きた存在として。


耳だけが異なる者もいた。目だけが異なる者もいた。尾を持つ者もいた。もっとはっきりと人間から外れている者もいた。だが、何より重要なのは、それが一人二人の異形ではなかったということだ。彼らは、この国の風景の中にちゃんといた。商いをし、荷を運び、門に立ち、街角で口論し、隊列の中にも混じっていた。


彼は、自分が少し長く見すぎていることに気づいた。


嫌悪ではない。


驚きだった。


こんなふうに、見慣れない姿の者たちが国家の中に当たり前にいて、それでも世界が壊れずに回っている。その事実そのものへの。


道中、かなり慎重な調子で従者の一人に訊いた時、その感覚は裏づけられた。


ヴァルガルドにもホウセイにも、こういう者たちはもう長くいない。


「ほとんど見ない」のではない。


いないのだ。


昔はいたらしい。だが、あまりに昔すぎて、今ではほとんど誰も覚えていない。ホウセイでは、浄化だの秩序だの、そういう大義で消されていった。ヴァルガルドでは、もっと実際的で粗い。戦で削り、土地から追い、働き口を奪い、やがて忘却そのものを最後の絶滅にした。


ある晩、彼はそのことを、一人の年長の従者に低く言った。


「つまり俺たちは、ひとつの生きた種を、あまりに昔に消しすぎて、今では消したこと自体を誰も覚えていない世界に生きているわけだ」


相手は肩をすくめた。


「世界は、よく消します」


「そうだな」と彼は答えた。「ただ、たいていもう少し雑にやる」


ラヴァルンの上層部との話は、ほとんど最初から意味がなかった。


敵意が強いわけではなかった。


むしろ、それならまだよかった。敵意は、時に弱点や恐れを見せる。


だが、ここにいたのは別種の愚かしさだった。


長い卓。重たい灯り。いかにも臨時措置と秩序維持を語り慣れた男たち。彼らは、危機を前にしているというより、すでに危機を抑え込んだつもりでいた。現実のほうが、まだそれに同意していないだけなのに。


彼らは、まったく問題を見ていなかった。


いや、見ようとしていなかった。


山脈から下りる魔物? 一時的な悪化。


魔法の変質? 適応できない者の愚痴。


権力の集中? 非常時に必要な再編。


「不安定な要素」への圧力? 秩序維持。


そのうちの一人、身体だけは大きくて、目だけが妙に空っぽな男が、ひどく自信ありげにこう言った。


「魔法の基盤が変わったなどと騒ぐ連中は、規律に耐えられないだけです。力というものは、結局、強い手を好む」


彼はその瞬間、ひどく静かに思った。


――説得するより、消したほうが早い。


その思考の速さが、自分で気に入らなかった。


思いついたこと自体より、それがあまりに自然だったことが。


目の前にいるのは、もはや会話の相手ではない。障害物だ。しかも、除くべき障害物だ。彼の頭の中の政治の計算は、ほとんど躊躇なく動いた。こいつらは鈍い。鈍いくせに武装している。残しても害しかない。問題は「除くべきかどうか」ではなく、「除いたあと、誰を立てれば国家として回るか」だ。


そこまで考えてから、彼は自分の中の冷たさをはっきり自覚した。


気分のいいものではない。


人を説得の対象ではなく、交換すべき部品として見ている。


だが同時に、それが現実的でもあった。構造が腐り、その上に立つのが鈍重な軍人たちで、しかも彼らが危機そのものを理解しようとしないなら、そういう人間はしばしば説得の範囲外にいる。そういう時、政治は「分からせる」より「代える」のほうへ傾く。


そして彼は、そのことに嫌悪しながら、同時にそれを否定もしなかった。


そこに、自分でも少し不思議な均衡があった。


国家について考える時の彼は、冷たかった。


かなり露骨に現実的だった。


人を影響の節として見ることができた。


だが、その同じ人間の中には、家に対する熱もあった。自分の女たちに対する、ほとんど痛むほどに個人的な温かさもあった。あの不揃いで、生きていて、触れればすぐに揺れる家の内側の密度を、彼はもう守るべきものとして持っていた。


昔の彼なら、それは両立しないと思っただろう。


やわらかい人間であるか。


それとも、政治を肉の計算として見るか。


どちらかだと。


だが、今は違った。


昼には、ラヴァルンの軍幹部を見ながら、こいつらが消えたあと誰を前へ押し出せばまだましに回るかを考える。


夜には、旅の寝台でアヤノの隣にいて、リラやカイラのことを思い、家の中の匂いを恋しがる。


それは気持ちのよいことではなかった。


だが、どこかで正しい形でもあった。


どちらか一つだけで生きろ、と世界が迫ってこない。そういう均衡だった。


ある日の会談のあと、彼らは客舎の外の回廊に出た。下には、乾ききったような、妙に整いすぎた чужой 国の街が広がっている。遠くには、屋根の向こうに山の線が見える。空気は石と煙と、それにどこか獣じみた匂いを帯びていた。


アヤノは欄干へ肘を置いた。


「無意味だったね」


彼女はそう言った。


「そうだな」


「嘘をついてるわけでもない」


「そうだ」と彼は答えた。「嘘をつけるほど頭が回ってないだけだ」


アヤノは少し黙った。


「今、あの人たちをどう置き換えるか考えてたでしょう」


彼は横を向いた。


ここが、アヤノの厄介で、好きなところだった。彼女には、こちらの思考の骨組みが見える。


「考えてた」


「それが、自分でも嫌なんだ」


「そうだ」


アヤノは下を見た。細い通りを、現地の兵が二人通っていく。片方は人間、もう片方は耳の形が明らかに違っていた。


「でも、それは間違いとは限らない」


彼女は静かに言った。


彼は小さく笑った。


「今日はやけに優しいな」


「違う」


アヤノはそう言った。


「あなたがそれで冷たくなったわけじゃないのを見てるから。ちゃんと、自分の大事なものには熱いままで、それ以外のところだけを切ってる。ならまだ、持つべき端は離してない」


彼はそこで何か軽いことを言おうとして、やめた。


たぶん、それがいちばん正しかった。


彼が以前より硬くなったこと自体ではない。


その硬さが、家のほうまで乾かしてしまってはいないこと。


そこが、まだ彼をまともな側に留めていた。


その夜、戻ってきた部屋で、彼はしばらく眠れなかった。


遠い国の乾いた秩序。鈍い軍人たち。奇妙に整いすぎた街。そして、その全部を切り開く方法を、ほとんど反射で計算し始める自分。そういうものが頭の中にまだ残っていた。


だが、それと同時に、別のものも残っていた。


リラの温度。


カイラの噛みつくような近さ。


家の中の呼吸。


その両方を同時に持ったまま、なお壊れずにいること。それ自体が、今の彼には少し意外で、少しだけ救いでもあった。


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