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第三十六章

それは、場面として来たわけではなかった。


ある一度の夜でもない。


親密さの中で、何か新しいものが生まれたと指させるような、分かりやすい転換でもなかった。


もっと悪かった。


もっと深かった。


もっと正確だった。


リラが彼に渡したのは、ただ身体でも、信頼でも、やさしさでも、応じることでもなかった。そんなものは、もう前からあった。


今回彼女が渡したのは別のものだった。


彼に対する、自分への権利を、世界の事実として渡したのだ。


暴力の意味ではない。


屈辱の意味でもない。


戯れとしてでも、時々そうしたいという欲望としてでもない。カイラの時のように、場面ごとに濃く立ち上がる鋭い形でもない。


違う。


これは、もっと絶対に近かった。


「今、私を取って」ではない。


「私はあなたのもの」だった。


「今日は従いたい」ではない。


「世界はこういうふうにできていて、私はあなたのものだ」という感覚だった。


彼はそれを最初、頭ではなく身体で感じた。


リラが、彼が部屋へ入った時に向ける目の中に。


上目遣いでもなければ、命令を待つ顔でもない。自分の意志を失った女の顔でもない。そこには今まで通りのリラがいた。静かで、深くて、すでに多くを通ってきた女が。


だが、その奥に新しい軸があった。


ひどく明瞭な軸が。


彼が近づき、肩に触れ、髪を払って、衣のずれを直し、ただ一言「こっちへ」と言う。それだけで、彼女は「従う」のでもなく、ただ世界がそうであることにそのまま沿うように動いた。


そこが、一時的な情熱よりもずっと恐ろしかった。


カイラなら、まだ分かる。


カイラは、支配されることを欲望の形式として欲しがる。自分の分を、強く、荒く、疑いなく取られることで確かめたがる。それは強い。正直だ。だが、まだ出来事だ。場面だ。燃え上がる一点だ。どれほど意味が大きくても、それはまだ“起きるもの”だ。


だがリラは違った。


それが、土台になってしまった。


仕草ではない。


法だった。


彼は、それをどう扱えばいいのか分からなかった。


リラ自身に対してなら、まだ分かる気がした。


彼女だけを見て考えるなら、その絶対を受け取ることはできる。それを、相手を呑み込む誘惑としてではなく、より深い慎重さと応答を要求される信託として持つこともできる。なぜそれが今来たのかも、分からなくはなかった。喪失のあとで。戦いのあとで。世界と交渉することをやめ、代わりに彼の隣で完全に「こちら側」になることを選んだあとで。


だが、リラのそばにはまだ二人いた。


そこで全部が難しくなった。


どうやって、絶対を分けるのか。


どうやって、リラの与えたものを壊さず、それでいてカイラとアヤノを「それより小さいもの」にしないのか。


たぶん、最初にそれを嗅ぎ取ったのはカイラだった。


言葉でではない。


もっと獣じみた仕方で。


まだ罠の形は見えなくても、空気が変わったことだけは先に分かる、その感覚で。


初日は何も言わなかった。


翌日も。


ただ、小さなことにだけ機嫌が悪くなった。ナイフの置き場所が違う。パンの切り方が薄い。水が冷めるのが早い。どれも取るに足らないことだ。だが彼はもう知っていた。カイラがこういう時に噛みつく相手は、たいてい本当の原因ではない。


アヤノは、もっと静かだった。


だからこそ厄介だった。


彼女は刺さなかった。試すような質問もしなかった。冷たくもならなかった。表面だけ見れば、ほとんど何も変わっていない。話し、答え、同じ卓につき、窓辺で本を読み、中庭で鍛える。


だが彼は気づいた。アヤノは、リラが彼に向けるものを、前より少し長く見ていた。嫉妬でもなく、敵意でもなく、ただ見ていた。変化の構造を、言葉になる前に掴もうとする人間の目で。


アヤノのほうが、カイラより先まで見えている。


カイラが脅かされているのは、自分の取り分だ。自分の濃さ、自分の強さ、自分が欲しがって得るもの。それが減るのではないかという感覚だ。


だがアヤノが感じているのは、もっと大きい。家そのものの軸が動き始めていることだ。誰かの勝ち負けではなく、構造の変化だ。彼がその変化に形を与えられなければ、アヤノにはそれがいちばん危険なものに見えるだろう。


ある晩、彼はひどく嫌なことを思った。


もし自分がもっと単純で、もっと鈍い男だったなら、この状況を喜んでいたかもしれない。ようやく一人の女が、自分へ完全な権利を渡した。完全な принадлежность をくれた。完全な власть をくれた。なら、それをそのまま享受すればいい、と。


だが、彼にはそうは思えなかった。


嬉しくないわけではない。


だが、嬉しさと同じくらい、恐ろしかった。


それは欲望の延長としては大きすぎた。あまりに簡単に、家全体を歪めてしまえる種類の力だった。ひとりの静かな女の、底のない отдача を中心にして、あとのすべてをそのまわりへ回してしまえるような、そういう力だった。


彼はそれを望まなかった。


リラが中心に値しないからではない。


他の二人もまた、「他の二人」ではなかったからだ。


カイラは、彼の支配と飢えの一部だった。


アヤノは、彼の内側の真実と、乾いた深みと、血や戦のあとでも壊れない相互性の一部だった。


ここで彼がリラを間違って受け取れば、三人すべてを同時に傷つけることになる。リラには、自分の絶対が他の二人への負い目に変わるかたちで。カイラには、自分の激しい полнота が二番目のものにされるかたちで。アヤノには、自分の静かで成熟した взаимность が、無条件の принадлежность の前では軽いものと見えるかたちで。


それで彼は、数日、考え込んだ顔で過ごしていた。


危険はよく見えている。


だが、どう切るべきかまだ見えていない。


そんな顔で。


助けになったのは、意外にもエドランだった。


それが、いちばん妙だった。


新しい柔らかさへ入っていったヴェイルではない。


何事にも古くて硬くて、それでも大抵は当たる真実を投げるサレットでもない。


エドランだった。


二人が話していたのは、もうかなり遅い時間だった。内庭の上にある細い部屋で、下にはわずかな灯りだけが残っている。外からは湿った石と夜気の匂いが入ってくる。卓の上には前山地の報告、駐留兵の配置表、読み終えてまた読みたくはない手紙が二通ほど置かれていた。最初は仕事の話だった。だが、途中ですぐに切れた。彼の沈黙が、あまりに分かりやすかったのだろう。


エドランは気づいた。


当然のように。


「今度は何だ」


彼は言った。


「その顔は、政治に噛まれてる顔じゃない。もっと嫌なものだ」


彼は乾いた笑いを漏らした。


「女だ」


エドランは驚かなかった。


「だろうな。たいていそっちのほうが面倒だ」


最初、彼はそこまで直接話すつもりではなかった。だが、すでに自分の頭の中の同じ輪を回るのにも疲れていた。


「リラが」と彼は言いかけて、少し止まった。


エドランは待った。


「渡しすぎた」


彼はようやく言った。


「身体とか欲望の話じゃない。もっと悪い。事実として。法みたいな形で。で、俺はそれをどう持てば、他の二人まで壊さずに済むのか分からない」


エドランは、いつもより少し長く黙った。


それから言った。


「つまり、一人の女がお前に絶対を渡した」


彼は思わず顔を上げた。


「そうだ」


エドランは短く頷いた。その話を、奇妙なことではなく、どこか見覚えのある構図として受け取った顔だった。


「そして、お前はその絶対と、残り二人をどう同時に持てばいいか分からない」


「その通りだ」


エドランは窓のほうへ歩いた。少し立ってから、ほとんど楽しさのない笑いを漏らした。


「皮肉なものだな」と彼は言った。「ここでいちばんそれを理解できるはずがないのは私で、理解できるのもまた私だ」


彼は何も言わなかった。


エドランが続けた。


「私はずっと絶対の中で生きてきた。自分の絶対の中でだ。だから、絶対とどう共存するかを知っている。そこで言えることは一つだ。均等に分けようとするな」


彼はそこで動きを止めた。


「何だと?」


「分けるな」とエドランは繰り返した。「公平に配ろうとするな。一人が与えたものを、他の二人にも同じように与えられるべきだとか、全部を同じ形に揃えるべきだとか、そういうことを考えるな。それは、自分の中の不均衡が怖いだけの男の考え方だ。絶対は、分配するものじゃない。置く場所を間違えないことだけが大事なんだ」


そこで彼は、ようやく本気で耳を傾けた。


エドランはそれを見て、さらに言葉を継いだ。


「私は昔、自分の絶対は全域に及ぶべきだと思っていた。全部の部屋で、全部の人間に対して、全部の女に対して、同じように。だからこそ、王というものは簡単に孤独で愚かになる。絶対を全体へ引き延ばせば、それはただの支配の癖になる。だが、絶対は一つの軸にとどめておける。そうすれば、そのまわりに別の関係が生き残る。弱いからではない。種類が違うからだ」


彼はゆっくり息を吐いた。


「つまり、カイラとアヤノを、リラに対して対称にしようとするな、ということか」


「当然だ」とエドランは言った。「それをやれば、三人全部への侮辱になる。一人は、お前に世界そのものとして принадлежность を渡した。もう一人は、闘いと飢えと жесткость を通して自分を差し出す。三人目は、乾いた равенство と静かな верность で立っている。それは一つの схемы の三分の一じゃない。三つの別の主権だ。たとえそのうち一つが、 добровольно ほとんど全部をお前に渡していたとしてもな」


その言い方は、思った以上に深く入った。


三つの別の主権。


たとえ一つが добровольно 渡されていたとしても。


「じゃあ、実際には何をする」


彼は訊いた。言い終わってから、自分の聞き方が少し間抜けに思えた。だがエドランは意味を汲んだ。


「それぞれに、その場所を嘘なく返せ」と彼は言った。「リラには、自分が渡したものを怖れて薄めるな。だが、その絶対をお前の家の唯一の法にするな。カイラには、自分の分を“補償”のように扱うな。あれはあれで、完全に別の要求だ。アヤノには――」


そこで彼は少し言葉を切った。


「アヤノには、賢さのせいで自分を引っ込めさせるな。あいつは、お前たちの中でいちばん理解する。そのぶん、何も要求しない形で自分を減らす危険がある」


そこは、とくに痛いところだった。


彼には分かった。


アヤノは、いちばん危ない。暴れるという意味ではなく、逆に、あまりに理解しすぎて、自分の位置を静かに後ろへずらしてしまう危険の意味で。しかも彼女は、それを美徳のようにすらやってしまえる。


エドランは、彼がそこを理解したと見たらしい。最後にごく簡潔に言った。


「絶対を、家全体の型にするな。一本の軸にだけしておけ」


そのあと、二人はしばらく黙った。下の庭を衛士が一人横切っていった。壁の火が、風で少し揺れた。石は湿って、夜の匂いがしていた。そこで彼はようやく理解した。絶対の中でずっと生きてきた男だからこそ、絶対がどこで終わらなければならないかを、こんなふうに正確に言えるのだと。


家へ戻った時には、もうかなり夜が深かった。


静けさは、眠りというより待機に近かった。互いの中のずれをもう十分に感じ取ってしまっている人間たちの静けさだ。リラは寝台の脇に座り、ゆっくり髪を梳いていた。動きはほとんど考えなしのものに見える。カイラは長椅子にいて、眠ってはいなかった。アヤノは窓辺で本を開いていた。だが、読んではいないことくらいすぐ分かる。


彼は戸口で止まり、三人を見た。


その時、エドランの言ったことが、まるで形を持ってそこにあった。


「三人の女」ではない。


三つの別々の世界だ。


リラは、静かな無条件の принадлежность の軸。


カイラは、力と захват と身体の полнота を欲しがる生の権利。


アヤノは、内側から並ぶ равенство と、大人の соучастие と、澄みすぎているくらいの верность。


もし彼がこの三つを「平等に同じだけ愛する」という鈍い схемы に押し込まなければ、たぶん家はまだ壊れない。


彼が最初に近づいたのは、アヤノのところだった。


一番愛しているからではない。


今ここで、沈黙で誤ってはいけない相手が彼女だったからだ。


アヤノは、彼が何かを言う前に、もう顔を上げていた。


「何?」


静かにそう訊く。


彼は隣で止まった。


「俺は、お前に言葉なしで分かってもらうことを求めすぎてる」


アヤノは視線を外さなかった。


ただ、ほとんど疲れたみたいに小さく息を吐いた。


「そうだね」と彼女は答えた。「でも、私もそれを許してる」


それは、あまりにもアヤノらしい返事だった。


彼はその髪へ手を入れ、それから首筋へ触れた。何かを“直す”ためではない。ただそこにあるために。


「お前に、全部理解する役を押しつけたくない。理解してるからって、いちばん少なくていい立場にしたくない」


アヤノは数秒、彼を見ていた。


それから本を閉じた。


「なら、私をそういう役にしないで」


そこには恨みはなかった。


指示だった。


次は、カイラだった。


彼女には同じ道では入れない。もう見ている目が違う。生きた、鋭い期待がある。そこへ柔らかい説明は似合わない。


彼は近づき、そのまま後頭部を掴んで短く、強く口づけた。そこに、カイラが欲しがる「そう、これが私のだ」という輪郭を、そのまま乗せるように。カイラはほとんど勝ち誇ったように息を吐き、そのまま彼の唇を軽く噛んだ。


「少しはましになった」


「最悪だなお前」


「でも忘れられてない」


そして、いちばん難しいのは、やはりリラだった。


なぜなら、彼女にだけは、前の言葉だけでは近づけないと、もう分かっていたからだ。


彼は彼女の隣に座った。ちょうど、櫛を置いたあとだった。髪はまだ肩へ重く流れている。リラが彼を見た。その目には、ここしばらくずっとある、あの耐えがたいものがあった。疲れ。静かな力。そして、言葉を要しない「私はあなたのものだ」という感覚。


彼は彼女の手に触れた。


それから、そのまま握った。


「感じていないふりはしない」と彼は言った。


リラは、何をとは訊かなかった。


分かっていた。


「それを、他の二人のために薄めるつもりもない」と彼は続けた。「でも、家そのものの形をそれに全部合わせるつもりもない」


リラは、長く何も言わなかった。


やがて、静かに頭を彼の肩へ預けた。最初から争う必要などないことを知っていたみたいに。


「それでいいよ」と彼女は言った。「私、全部になりたかったわけじゃない」


その一言は、思った以上に彼の喉をきつく締めた。


そうなのだ。


そこがリラだった。彼に絶対を渡しておきながら、それで世界を食い尽くそうとはしない。ただ、世界の法則の一つを静かに変えるだけで、残りはまだ生かしている。


彼は、三人のあいだにいた。


時には文字通りに。時には内側で。


そこで初めて、解決ではないが、少なくとも進むべき方向だけは見えた。誰かを引き裂かずに持っていくための方向が。


外では風が城壁を撫でていた。遠くで金属が一度鳴った。家の中には、前のような無力さを含んだ静けさはもうなかった。ただ、新しい близость の構造だけがあった。まだ不安定で、まだ繊細で、体系にはなりえないが、間違わずに触れ、間に合うところで答え続ければ、かろうじて保てるかもしれない、その構造が。


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