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第十七章

メーリル・オスタンの死のあと、宮廷には数日のあいだ、あの種類の静けさが落ちた。外から見れば、秩序にしか見えない静けさ。だが中身は、用心と噂と、廊下を行き来する足取りの不自然な丁寧さでできている。


誰も叫ばない。


誰も見せしめの粛清をしない。


だからこそ、余計にたちが悪かった。


国家が本当に揺さぶられた時、それはたいてい“揺れている顔”をしない。声を低くし、視線を長くし、早口をやめ、手順の顔を前に出す。オスタンは、すでに終わった事実として世界から取り除かれた。説明も、必要最小限に絞られた。だが、それでも彼の不在は、空気の中にかなり物理的な空洞を残した。


とりわけ、魔術師団の話題では。


首席魔術師とは、ただの官位ではない。命令や計算の通り道であるだけでなく、男たちが“魔法とは自分たちだけに許された、重い代価の正当化だ”と信じるための習慣そのものを、長く体現してきた位置だった。そんな男が、自ら王とその隣の男を殺そうとして死んだ。そのあとに残る空白が、中立であるはずがない。


エドランが彼を呼んだのは、三日後だった。


付き人もいない。


書記もいない。


卓の上には、二枚の短い名簿だけがある。片方は長く、片方はすでに削られている。顔つきからして、決断は自分で下すつもりだが、“いつもの論理の外”から誰かの目を欲しているのが分かった。


「こういう頼まれ方、俺は嫌いだって分かってるだろ」


彼が入ってすぐにそう言うと、エドランは少しだけ眉を上げた。


「影響を与えたくないからか?」


「もう十分与えてるからか、のほうが近い」


「なら、影響したうえで手伝え」


エドランは言った。


「誰を選んでも、そのあと私は何かしらを憎むことになる。せめて、その憎み方に筋を通したい」


彼は座った。


最初の名簿には八人。二枚目には四人。すでに誰かの判断で、表向き“現実的”なところまで絞られているらしい。


「長いほうは?」


彼が問う。


「“充分に強く、充分に尊重されている”とされた者たち」


「短いほうは?」


「実際に据えられる者たちだ。即座の反乱にも、完全な無能にもならない範囲で」


彼は上の紙を取った。


名。家。経歴。簡単な評。おおむね、ろくでもない言葉が並んでいる。“信頼できる”“良い血筋”“旧来の長老たちに理解されている”“強すぎず弱すぎず”“余計な思想を持たない”。そういう種類の評は、だいたい、その人間が既存の形にとって都合がいいという以外の意味を持たない。


「お前自身で外した名は?」


彼が訊くと、エドランは答えた。


「オスタンに近すぎる者。旧来の上層に依存しすぎる者。秩序について喋りすぎる者。あまりに骨がない者。あまりに血筋が強すぎる者」


彼は短く頷いた。


「最後のが特に気に入る」


「最後のが特に重要だ。今ここで、どこかの大きな家の男を頭に置けば、私は新しい首席魔術師ではなく、“別の家柄に生まれた新しい脅迫装置”を手に入れることになる」


つまり、エドラン自身も、すでに視線を少し外へずらしている。


「じゃあ、普通の見方はやめよう」と彼は言った。


エドランが彼を見る。


「“いちばん強い者”でも、“いちばん穏便な者”でもない。予想していない質問にどう答えるかで見る」


「例えば?」


彼は空いた紙を引き寄せた。


「例えば、才能はあるが厄介な魔術師と、平凡だが従順な魔術師、どちらを生かすか。育てるなら、強いが不安定な者と、中くらいだが伸び続ける者のどちらか。魔術師団に必要なのは予測可能性か、将来の増幅か。自分の権威をどこまで犠牲にできるか。魔術師の何をいちばん許せないと思っているか。失敗か、愚鈍か、臆病か、傲慢か。いま最も危険な“男の魔術師”とはどんな人間か。もし女も入ってくるとしたら、最も危険な“女の魔術師”とはどんな人間か。三年後、若い魔術師たちが自分に感謝ではなく、ただ職能として従うだけだったら、それをどう受け止めるか」


エドランは、途中からかなり面白がり始めていた。


「お前、本当に、人に質の良い不快さを与えるのが好きだな」


「権力に近づく人間には特に」


「素晴らしい」


彼は短いほうの名簿をもう一度見た。


一人は、見た瞬間から“正しすぎる”。別の一人は、年を取りすぎていて、しかもオスタンの影が抜けない。もう一人は、家柄が整いすぎている。その時点で、半分はもう駄目だ。


四人目で、手が止まった。


「これは?」


エドランが紙を見た。


「タレン・ヴェイル」


「聞いたことがない」


「だからだ」


そこから先は、少し面白かった。


タレン・ヴェイル。三十九。高い安定性。家の影響力はほとんどなし。出は塩倉の計算役の家。つまり、実質ほぼ“何でもない家”。魔法の才は遅く見つかり、家の線ではなく地方での再検査から魔術師団に入った。得意は流れの分配、構造の保持、複数系統の安定。弁舌は弱い。半分の長老たちに嫌われている。現場と治療系統では評判がいい。


彼は、もう一度読み返した。


「なんでこいつが短い名簿に入ってる?」


「有能すぎて、無視しきれないからだ」


エドランは答えた。


「そして、家が小さすぎて、好かれようがない」


それは、かなり良かった。


危険でもあった。


さらに良い。


「こいつを呼べ」と彼は言った。


「早いな」


「話すだけだ。だが、そうだ。こいつだろう」


エドランは紙の端を指で叩いた。


「もう見えたか。旧来の魔術師層に対する楔として」


「そういう見方もある」


彼は言った。


「だが、そこより大きい。こいつは“男であることの例外性”に背骨を支えられていない感じがする。それが今はいちばん大きい」


「血筋が弱いから?」


「最初から、自分の価値が“家の神話”ではなく“能力があるという事実”でしか説明されてこなかった男だからだ。そういう人間は別の意味で面倒だが、少なくとも最初から“世界は自分に場所を譲るべきだ”って思考をしていない」


タレン・ヴェイルは、その日のうちに呼ばれた。


入ってきた印象は、最初だけなら地味だった。


目立たない。背も標準的。表情も薄い。こういう場に呼ばれて、自分の人生が変わるかもしれないという時にしては、ずいぶん色がない。


だが数秒見ていると、印象は変わる。色がないのではない。見せるための形へ、あまり力を使っていないだけだ。目は注意深い。手は静かだ。礼は正しいが、へりくだりすぎない。ああいう男は、長いあいだ、“よく喋る者”や“血筋だけで前にいる者”の横で、静かに働いてきたのだろう。


「タレン・ヴェイル」


エドランが言った。


「座れ」


彼は座った。


ためらいもなく。過剰な謙遜もなく。


それは良い兆候だった。


「ここへ呼ばれた理由は分かるか?」


エドランが問うと、ヴェイルは答えた。


「推測はできます」


声は低いが、乾いていて、揺れがなかった。


「どういう推測だ?」


「メーリル・オスタンの死後、魔術師団が崩れないために、誰かが上に立つ必要がある。最低でも、すぐには崩れないために」


エドランは、ほんの少しだけ笑った。


「哀悼と義務の話から始めないだけでも、半分より良い」


ここで彼は、エドランより先に口を挟んだ。


「厄介だが才能のある魔術師と、平凡だが忠実な魔術師、どちらを残す?」


ヴェイルは彼へ視線を向けた。


間は、長くない。


「前者です」と言った。


「ただし、“厄介”が私や王を殺そうとする意味でないなら」


エドランが横目で彼を見た。


「良い補足だ」


「たんに、鮮度の高い問題です」


ヴェイルは答えた。


それも良かった。つまり、平然を装って“以前と同じ世界です”という顔はしていない。


彼は続けた。


「教えるのが難しいのは、強いが不安定な者か、中くらいだが伸び続ける者か」


「最初の者には危険を覚えさせるのは早い」


ヴェイルは言った。


「二番目には有用さを蓄積させるのが早い。だから結局、組織が何を欲しがるか次第です」


「お前ならどちらを取る?」


「五年後に、まだ使える者です。最初の一年だけ眩しい者ではなく」


ここで、エドランが本格的に入り始めた。


「魔術師団にとって、今もっとも危険なものは何だ」


王は問う。


「抽象ではなく。具体的に」


ヴェイルは、少しだけ長く考えた。


「自分の痛みを権力の聖なる根拠だと思っている男です」


彼は言った。


「それと、自分の血筋がすでに上位の証明だと信じている男。だいたい、部分的には同じ種類です」


部屋の空気が、そこで少しだけ締まった。


答えが予想外だったからではない。


あまりに飾りがなかったからだ。


エドランは肘掛けへ手を置いた。


「仮に、数年以内に女が魔術師団へ入ることが避けられなくなった場合」


彼は言った。


「お前の最初の仕事は何になる?」


そこで初めて、ヴェイルは本気で考えるための間を取った。


この問いは、もはや“もしも”ではない。そのことを彼自身も分かっている。


「変化を、男の殉教劇に変えさせないことです」


彼はようやく答えた。


「専門的な規律と、傷ついた虚栄心を、できるだけ早く切り分ける。しかも、かなり冷たく」


その時、彼の中には、ほとんど乾いた賞賛みたいなものがよぎった。


答えが快いからではない。


少なくとも、この男は、衝突の形を見ている。


「お前は小さな家の出だ」


彼は言った。


「それは怖くないか」


ヴェイルは、今度は彼をまっすぐ見た。


「怖いというより、長いあいだ苛立ってきました」


彼は言った。


「ですが今は違う。むしろ、そのせいで私が可能になっている」


そうだ。


まさにそこだった。


エドランも同じことを理解したらしい。


「私がもしお前を置けば」


王が言う。


「大きな家々は、それを単なる人選ではなく、自分たちへの平手打ちと受け取るだろう」


「そうでしょう」


「お前自身も、かなり厄介な軸になる」


「はい」


「それでも動じないのか」


ヴェイルは答えた。


「動じます。だが、衝突はどのみち避けられないなら、意味のある構造の変更のために起きるほうがいい。継続のふりのためではなく」


そこから先の会話は、長かった。


二人は、彼を候補者として扱うというより、あえて削るように問い続けた。どこまで早く内部構造をいじるか。誰を切れない線として残すか。三人の強い名家出身の魔術師が同時に辞意を示したらどうするか。才能があるがすでに噂を呼んでいる弟子を守るか、それとも秩序の平穏のために差し出すか。変化の速度。失ってよい権威。受け入れるべき反発の量。


やればやるほどはっきりした。


タレン・ヴェイルは、理想的な候補ではない。


頭が切れすぎる。


血筋の埃への敬意が薄すぎる。


“構造の維持”より“構造の実用性”を先に見る。


そんな男は、新しい静けさをもたらしたりはしない。


だが、オスタンのあとで静けさなど、もともと選択肢ではない。


ヴェイルが退出したあと、エドランはしばらく扉を見ていた。


それから言った。


「これを置けば、大きな家には露骨な侮辱だ」


「そうだ」


「だが同時に、“家ではなく仕事で上へ行ける”という前例にもなる」


「そうだ」


「本人も、私に新しい面倒を増やす」


「間違いなく」


エドランは彼を見た。


「お前の“良い判断”というのは、どうしていつも、“どの刃物で膿を切るか”の選択みたいなんだ」


「そういうものだからだ」


エドランは少しだけ首を傾けた。


「なら、ヴェイルだな」


「ヴェイルだ」


彼が部屋を出た時には、日がまだ残っていた。だが頭の中には、すでに二つの違う世界が重なっていた。一つは、家筋、男の虚栄、魔術師団の再編、誰がどこで怒るか、という乾いた国家の世界。もう一つは、火床とパンと、彼に触れる手が、彼を政治や資源としてではなく、ただ家へ戻った人間として扱うあの家の世界。


帰り着いた時、台所には炒めた玉ねぎの匂いが満ちていた。


それに加えて、もっと危うい匂いもした。どうやらカイラがまた、リラを説き伏せたらしい。生活の中での制御訓練を続けているなら、“安全な料理”だけを相手にしていても仕方がない、もっと失敗の余地があるものをやるべきだ、と。


彼が入った瞬間に分かった。


何かが起きている。


悪い意味ではない。


だが、明らかに大きい。


カイラが台所の真ん中に立っていた。顔がもう、半分は“私は壁を殴り抜いた”のそれだった。そして彼女の前には、五つの物が浮いていた。


匙。


小さな包丁。


玉ねぎ。


木の杯。


そして、ちぎったパン。


全部が揺れている。軌道は美しくない。落ちそうで、保ち直して、また危うくなる。だが、とにかく五つとも、同時に浮いていた。カイラは裸足で、少し足を開いて立っている。全身が二つのことを叫んでいた。ひとつ、彼女はいつものように、壁を正面から頭で割ったのだということ。もうひとつ、ここで誰かが余計な一言を言ったら、その人間を先に殺しそうなほど、まだギリギリだということ。


彼は入口で足を止めた。


先に気づいたのは、やはりリラだった。


そして、彼女はすぐに口元へ指を当てた。


とても柔らかく。


とてもはっきりと。


彼はその場に立ったまま、外套も脱がずに見ていた。


カイラの制御は、ほとんど痛々しいくらいだった。繊細だからではない。まるで自分の身体ごと物を吊り上げているみたいにやっているからだ。美しさはない。だが、異様にカイラらしかった。


玉ねぎが少し右へ流れた。


包丁が大きく震える。


パンがゆっくり沈む。


彼はほとんど反射で一歩出かけた。せめて刃物だけでも受けようと。だが、その寸前、カイラが急に息を吸った。そして、さらに押し込むのではなく、逆に自分の中の“押し”を少し緩めた。


その瞬間、全体が揃った。


完璧ではない。


だが、本物に。


五つの物が、同時に空中に残った。


カイラはそれを、心臓が三つ打つくらいのあいだ保った。


それから一気に崩れた。


爆発的な失敗ではなく、ただ一斉に落ちた。匙が卓に当たり、玉ねぎは床を跳ね、パンは彼女の足元へ落ち、包丁だけが、ありがたいことに床ではなく脇の腰掛けに刺さった。


カイラは目を閉じた。


無言で。


それから開けて、喉の奥の乾いた声で言った。


「今ここで、“すごくよかった”とか言ったら、噛み殺す」


「ひどかった」


とアヤノが壁際から即答した。


カイラがゆっくり振り向く。


「ありがとう」


「でも、五つ」


「そう」


「だから、ひどいし、すごい」


カイラはそこでやっと大きく息を吐いた。次の瞬間、ほとんど笑いに近い音が出た。短く、意地悪く、でも嬉しさを隠していない。


「そういう言い方よ。やっとまともな言語が来た」


リラは、静かに、ほとんど光るみたいな顔で彼女を見ていた。


大げさには喜ばない。ただ、部屋の空気を少し温かくするようなあの喜び方で。


「分かったんだね」


彼女が言う。


カイラは顔を手で拭った。息はまだ荒い。


「いや、分かってない。途中で、あまりに疲れて、もう無理やり従わせるのやめたの。そしたら、いきなり……壊れなかった」


彼はようやく外套を外し、中へ入った。


今なら話してもいい。


「それだ」


彼は言った。


「おめでとう。ようやく、“制御は喧嘩じゃない”ってところまで来た」


「言い方が最悪」


カイラは言った。


「でも、悔しいけどその通り」


そこで彼は、カイラだけでなく、アヤノのほうにも変化が起きているのに気づいた。


羨望でもない。苛立ちでもない。いつもの、あの乾いた集中とも少し違う。自分も長く内側で額をぶつけ続けていた壁が、いま別の人間の額によって外側から砕かれたのを見た時の目だ。


「もう一回見せて」


アヤノが言った。


カイラは即答した。


「嫌」


「どうして?」


「今やったら崩れるから。せめて少しだけ、“私って偉大”って時間をくれない?」


アヤノが、ほんのかすかに笑った。


「分かった。一分」


リラはゆっくり立ち上がった。前より慎重だが、そこにもうためらいはない。彼女はカイラのところまで行き、頬へ軽く口づけた。


「ほんとうに分かったんだね」


カイラはすぐ顔をしかめる。


「そういうふうに、急に全部やわらかくしないでよ。私は今、台所で戦闘奇跡を起こしたの」


「だから」


リラは言った。


彼はそのやり取りを見ながら、妙にはっきり、自分の最初の“理解”の時を思い出していた。


強い術を成功させた瞬間ではない。


物がやっと言うことを聞いた瞬間ですらない。


もっと嫌なところだった。自分があまりに長く“押しつけよう”としていたことに疲れきって、ほとんど侮辱みたいな疲労の中で、ようやく余計な勝ちたさが抜けた時。その時にだけ、流れが“力”ではなく“つながり”として通った。


記憶は、かなり身体的に戻ってきた。


部屋。


卓。


重い杯。


ただ持ち上げるのではなく、感覚の中で位置を与えなければならなかったあの頃。


そして何より、自分の進歩が“強くなったから”ではなく、“自分で自分の邪魔をするのを少しやめたから”起きたのだという、あの馬鹿みたいな事実。


たぶん、だからこそ、今のカイラがやけに分かった。


見た目は、かなり可笑しい。


だが、それでもこれは本物だった。


そこから先は、少し早かった。


簡単ではなく。


早かった。


アヤノは、当然、そこで終わらなかった。翌日にはもう、自分のやり方でその壁へ入っていた。物を力でねじ伏せるのではなく、“何が余計な圧になっているか”をひたすら切り分ける、そのやり方で。彼女の突破はカイラみたいに見栄えのするものではない。勝利の立ち姿も、荒い呼吸もない。気づけば、五つの物――杯、匙、小さな刃物、林檎、畳んだ布――が同時に動いていた。まだ完璧ではない。だが、もうあの、正しさへの過剰な圧が出ていない。


アヤノ自身、それが本当にできていると理解したのは、数秒あとだった。


まず物を見る。


次に、自分の手を見る。


それから、彼を見る。


「これで、正式に人間になったね」


とカイラが戸口から言った。


「歩く規律そのものじゃなくて」


アヤノはそれにすぐ返す。


「あなたはまだ、黙る訓練が足りない」


だが声に苛立ちはない。


リラが最後だった。


弱いからではない。


ただ、彼女の通り道が最初から違っていた。カイラは額で壁を割り、アヤノは内部の結び目を静かにほどいた。リラは、物が少し言うことを聞き始めた瞬間に、その事実そのものを喜びすぎるのだ。最初の入り方はいつもいい。やわらかい。正しい。だが途中で、“できてる”ことを愛しすぎて、そこで崩れる。


彼は、そこだけは押してはいけないと、すぐに分かった。


夜の台所だった。火床の明るさが、部屋を照らすというより、空気に厚みを足している。卓の上に五つの物を置く。匙。林檎。玉ねぎ。杯。折った布。リラはかなりいいところまで行っていた。そして彼にはもう分かっていた。次に来るのは、あの早すぎる喜びだ。その瞬間に全部崩れる。


彼は後ろへ回った。


最初は触れずに。


「まだ、好きになりすぎるな」


彼は低く言った。


リラは、息だけで少し笑った。


「ひどい助言」


「知ってる。けど、まだだ」


彼女は、もう一度意識を戻した。


匙が少し揺れた。


布がわずかに流れる。


そこで彼は、そっと両手を彼女の腰へ置いた。


支えるためというより、身体にもう一つの基点を与えるために。


「もう少し」


彼は言った。


「勝ったみたいにじゃなくて。呼吸みたいに」


その時、ようやく彼女の中で何かが切り替わった。


五つの物は、ただ浮いたのではない。同じ一つの、やわらかく繋がったリズムの中に入った。そのあり方は、驚くほどリラらしかった。強制でもなく、計算でもなく、ただ無理なく結ばれている。


リラは動かない。


彼の掌の下では、彼女の身体が、張っていながら落ち着いていた。肩から腹まで、全部が同時に。


物が静かに降りたあとも、リラはすぐには笑わなかった。


まず、目を閉じた。


それから彼のほうを向いて言う。


「分かった」


窓辺に座っていたカイラが鼻を鳴らした。


「おめでとう。やっと“物が個人的に自分を憎んでる”段階を抜けたわね」


アヤノは首を振る。


「最初から憎んでない」


「それはあなたの見解」


とカイラ。


「私の見解では、長いことかなり明確に敵意があった」


彼は二人の声を聞きながら、ここ数日の二つの世界が奇妙につながっているのを感じていた。


昼には、次の首席魔術師を選ぶ話をしていた。男の例外性。家の力。ヴェイルを置くことの意味。そこから起きる新しい怒りと衝突。そして夜には、台所で五つの物が浮く。汗ばんだ手。転がる玉ねぎ。カイラが頭で壁を割り、アヤノが精度で追いつき、リラがやっと“早すぎる喜び”を越える。


その流れの中で、彼自身の古い記憶もまた、細かい断片で戻ってきた。


部屋。


木の卓。


ただ“持ち上げる”のでは駄目だった、あの重い杯。


進歩とは力ではなく、自分で自分の邪魔をやめることなのだと知った、あの、ひどく間の抜けた感覚。


いま見ていると、つくづく思う。宮廷の魔術師たちは、誰も正しい問いを発していない。彼らは、家について語る。権威について語る。男の例外性について語る。改革の速度と、ヴェイルの任命がどの家へどういう侮辱になるか、そういうことを語る。


だが、もっと深いところには誰もまだ触れていない。変化が本当に始まるのは、大きな理念の場所ではない。火床の上の肉を手を使わず返せるようになり、その途中で流れを壊さない、その程度の場所だ。彼らの誰も、物の制御について訊いてきたことがない。まだ、その重要さが分かっていない。


それは、今のところ、彼と、この家にいる女たちだけの理解だった。


カイラは、すでに次へ行きたがっていた。


「五つなんて、もう退屈」


彼女は言った。


「次は七つ」


「だめ」


リラがすぐ言った。


そして、その“だめ”は、またしても、誰にもすぐ反論させなかった。


カイラが口を開く。


閉じる。


リラを見る。


「これ、ほんとにだんだん怖くなってきた」


リラは卓へ座り直した。少し疲れが見える。それでも、声の中にはあの新しい重みが残っている。


「明日も五つ。もっときれいに。六つはそのあと。今七つへ行ったら、包丁があなたの額に飛ぶ。そうしたら私は、どうしてうちの子のまわりにはこんなに馬鹿が多いのか説明しなきゃいけない」


カイラは、そこで本気で感心した顔をした。


「すごい。もう脅し方まで正しい」


アヤノが静かに言う。


「脅してるんじゃない。正確に予測してるだけ」


カイラは彼のほうを向く。


「ほら。言って。私が天才だって」


彼は彼女を見た。


それから、台所に散らばった物を見た。声に重みが出てきたリラを見た。すでに自分の中で“守る側”の形へ入っているアヤノを見た。


「騒がしい」


彼は言った。


「短気だし、教える側からするとかなり面倒だ。だが、今日に限って言えば、天才だ」


カイラは満足そうに頷いた。


「そう。それでいい」


それから少しあと、台所の空気がようやく落ち着き、物がいちいち床へ落ちなくなった頃、彼は卓に座ったまま、タレン・ヴェイルのことを考えていた。


あの男が、自然な後継者としてではなく、“その任命自体がすでに線を折る”存在として魔術師団へ入っていくこと。そのことが、利益と同じだけ怒りも生むこと。大きな家々には明確な侮辱として届き、魔術師たちの一部には危険な前例として見え、別の誰かには“初めて名前ではなく仕事で上へ行けるかもしれない”という可能性として見えること。


その一方で、同じ家の中では、三人の女が、たった数日で五つの物を同時に扱うところまで来ていた。しかも、宮廷の大きな頭たちは、そのことの本当の意味にまだまったく気づいていない。


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