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第十五章

リラの言葉を聞いてから最初の一日は、彼にとって奇妙で、ほとんど意地の悪い反復の感覚の中で過ぎた。


文字通りの繰り返しではない。世界が違う。城が違う。女の棟、神殿の秩序、儀式、子どもの分離養育――何もかもが異なる。だが、頭上に落ちてくるその“形”だけは、あまりに覚えがあった。まず知らせがある。次に、ごく短い、ほとんど身体的な硬直が来る。それから、肝心なことと、二次的なことと、まだ自分が知らないことまでを一度に考えようとして、頭の中が滑稽なくらいに散る。さらにそのあと、自分はもう子どもではなく、人生も通ってきていて、“初めて父になる”という事実がどういうふうに人の頭へ落ちてくるかも、一度は知っているはずなのに、それでもなお、まるで完全な愚か者みたいに立ち尽くす。異世界の規則というだけで、世界は見事に人を“あの最初の狼狽”へ引き戻してくる。


彼はそのことに、内心で乾いた、少し意地の悪い笑いを漏らしそうになった。まったく、また“最初の父親”だ、と。ゼロからではないはずなのに、感覚はまるでそうだった。これまでの経験が、丁寧に横へ押しやられているみたいだった。――ええ、それはそれで大変貴重です。ですが、この世界の規則は別ですので、どうぞもう一度最初から混乱してください――そんなふうに。


厄介なのは、それが完全には冗談ではなかったことだ。


知らない規則があるだけで、人は簡単に、あの昔の、どうしていいか分からない地点へ戻される。感情の面ではない。感情はいつだってあとから、ばらばらに来る。そうではなく、もっと実務的なところだ。これからどう暮らすのか。何を先に守るのか。誰に訊くべきか。もう遅いことと、まだ間に合うことは何か。そういうものが、またほとんど最初の時と同じ重さで落ちてきた。


そのあいだに、リラは、彼の予想よりずっと早く変わり始めていた。


まだ身体そのものが目に見えて変わったわけではない。そこはごく初期の、注意深く見ていなければ分からない程度の兆ししかない。だが、動きにはもう出ていた。立ち上がる時。腰を下ろす時。杯を持つ時。扉のところで身を翻す時。棚へ手を伸ばす時。以前と同じようでいて、何かが少しずつ違っていた。線が柔らかくなり、角が消え、急いでいる時ですら、あの軽い散り方がなくなっていた。自分自身を守っているというより、身体の内側に生じた空間そのものを、すでに無意識に庇っているみたいだった。そのせいで、どんな動きも少しだけ滑らかで、丸くて、つながって見えた。


彼がそれに最初に気づいたのは、翌朝だった。まだ少し眠そうなまま、リラが上着を羽織って台所へ出てきて、水を杯へ注いでいた。以前なら、ああいう半分眠った状態のリラは、たいてい一つは自分の手にこぼし、もう一つは違う場所へ置いて、それから笑って済ませていた。今は違う。動きは静かで、無駄がなく、ぼんやりしているようでいて崩れない。身体が、もう“意味のない散り方”を自分に許さなくなっているようだった。


カイラも、それには当然気づいていた。


彼女は、身体に起きる変化についての観察が早い。ただし、それを柔らかい言葉で認めることは、ほとんどない。


「最近のあんた、なんか、“自分の中で他の誰より先に何か知ってる女”みたいに動くわね」


ある朝、熱い椀を卓へ置くリラを見ながら、カイラはそう言った。


リラは目を上げた。


「それ、褒めるか噛みつくか、どっちかに聞こえる」


「まだ決めてない」


本を読んでいたアヤノが、顔も上げずに言う。


「決めてるよ。ただ、言うのを楽しんでるだけ」


カイラが鼻を鳴らした。


「だから時々、あんたたち二人のこと、嫌いきれないのよ。私がまっすぐでいるの、邪魔しないから」


リラは笑っただけで何も返さなかった。ただ彼の前に椀を寄せ、自分は前みたいに横向きに崩れて座るのではなく、きちんと両足を床につけ、手を卓の端へ置いて座った。その姿勢にももう、変化があった。意識的な矯正ではない。身体の内側の重心が、少し先に移っているだけだ。


もっとはっきり変わったのは、声のほうだった。


声色ではない。重さ。


リラの言葉が、特に他の二人に対して、前よりほんの少しだけ重くなった。彼女自身はまだ、自分を“母”として語ってはいない。それでももう、内側ではその位置に片足をかけているのが分かった。“やめて”“後にしよう”“それは危ない”――そういう言葉が、ただの柔らかな願いではなく、自然と耳を向けさせるものになり始めていた。


最初にそれが表れたのは、少し可笑しい場面だった。


台所で、カイラとアヤノが言い合っていた。生活の中の制御訓練をしながら、もう少し複雑な料理へ進んでよいかどうか。カイラは、いつまでも粥や簡単なものばかりではつまらない、どうせ本物を目指すなら肉料理くらいやるべきだ、と言う。アヤノは、“本物の魔法”と“自信過剰で食材を台無しにすること”は同義ではない、と淡々と返す。言い合いは、台所の話から、じわじわと原理の話へ移りかけていた。


その時、それまで黙って薬草を刻んでいたリラが、声を上げもせずに言った。


「今日はだめ」


二人とも、ぴたりと止まった。


何が起きたのか、すぐには自分で分からないみたいに。


それからカイラが、ゆっくり顔を向ける。


「……今、何て?」


リラは包丁から目を上げた。


「今日はだめ。今の時点で、うちの台所の半分はもう“これを魔法で落とさないで済むかどうか”って段階なんだから。そこにさらに焦げた肉まで足したくない」


カイラは何か言い返そうとして口を開いたが、すぐにその気が失せたのが分かった。


「何それ、すごく嫌な感じ」と彼女は言った。「どうして今のが“最終決定”みたいに聞こえたわけ?」


アヤノが本を閉じる。


「最終決定だったから」


「そっちまで?」


「違う。ただ、もう終わった話だって分かっただけ」


カイラは二人を見比べた。


「すごい。権力って、こういうふうに生えてくるんだ」


リラは首を振った。


「権力じゃないよ」


「もちろん。そういうこと言うのが一番危ないんだけどね」


けれど、それ以上は言わなかった。


それからも、似たことが何度かあった。


リラは支配しようとしたわけではない。そういう顔もしていない。だが、食事、休み、疲れ、今どこまでやるべきか――そういう、日々のリズムに関わることでは、彼女の言葉が自然と少しだけ広い場所を取るようになった。


彼自身、ある時ふと気づいた。リラに穏やかに「だめ、先に食べて」と言われて、ほとんど反射で従っていたことに。あとで椀を手にしてから、ようやく分かったのだ。自分が従ったのは、彼女が強く押したからではなく、彼女の声の中に、もう“無視したくない何か”が生まれていたからだと。


その頃、彼はエドランとも二度話していた。


どちらも、平静に。


あまりに平静に。


だからこそ、その平静の奥にある警戒と待機が、かえって分かりやすかった。敵意ではない。だが、互いに知っているのだ。これから先の未来の一部は、まだ二人のあいだで結論が出ていない事柄によって決まるのだと。


リラの妊娠については、彼はまだ告げていなかった。


単に不信だから、というだけではない。もちろん、それもある。だが、それ以上に、いったんその事実を支配者へ渡した瞬間、それがもう“自分たちだけの出来事”ではなくなり、宮廷の構造、管理、判断、介入――そうしたものの中へ入り込んでしまう感じがしたからだ。そして彼はまだ、この世界の規則を十分に知らない。


その代わり、エドランが気にしていたのは別のことだった。


女の教育という案そのものではない。そこはまだ、彼の中で別個に煮えているのだろう。彼が本当に知りたがっていたのは、もっと先だ。もしこの変化が本当に定着したら、その先の世界はどう見えるのか。ひと月先ではなく、秘密の試みの段階でもなく、もっと先。


「お前はずっと、魔術師の数が増える話をしている」


ある日、灰色の中庭を見ながらエドランが言った。


「だが今は、それよりも別のことが気になる。こうした変化が秩序になるなら、人そのものはどう変わるのか」


「どの部分が気になる?」


彼が訊くと、エドランは楽しげでもなく笑った。


「全部だ」


それから振り向く。


「仮に、女で魔法を扱える者の数が本当に増えるとする。仮に軍事力が戻り、以前を超えるとする。仮に周辺国もそれを真似せざるをえなくなるとする。それは戦争の計算だけを変えるわけじゃない。家を変える。子ども時代を変える。婚姻を変える。家族の期待を変える。娘を見る目そのものを変える」


「そうだ」


彼は答えた。


「それでも、お前は止まらない」


「止まらない」


エドランは少し黙ったあとで言った。


「私も、もう完全には止まれない。だが、だからこそ数字以外の代価も知りたい。一本の糸を抜いたあと、世界はどう見えるのか」


彼はすぐには答えられなかった。


そこに短く収まる答えはなかったからだ。


「違うものになる」と彼は言った。「今までの意味での安定は減る。移行の時期には摩擦も増える。その代わり、少なくとも女に関しては、嘘の少ない構造にはなる」


エドランは少し顔をしかめた。


「“嘘の少ない”か。ずいぶんきれいな言い方だな。最初はほぼ確実に混乱だろうに」


「もちろん。だが混乱っていうのは、古い嘘が割れたのに、新しい形がまだ固まっていない時にそう呼ばれることも多い」


エドランは長く黙った。


「お前は相変わらず、国家を作り替えることを、ただ“物事に正しい名前を戻すこと”みたいに言う」


「あなたは相変わらず、国家は別のやり方でなら変えられるふりをする」


それには、エドランも小さく鼻を鳴らしただけだった。


たぶん、それが二人の会話のまだ使える部分なのだろう。互いに、的確な言葉を向けられたくらいで傷つく年齢でも立場でも、もうない。


その一方で、アヤノは本当にこの世界の情報を少しずつ引き出し始めていた。


彼は、相手が誰かを細かく訊かなかった。遠慮というより、むしろそのほうが自然だと分かっていたからだ。こういう話では、すべての名前よりも、知識の流れの形だけを掴んでおくほうが大事だ。重要なのは、彼女が持ってくるのが噂ではなく、すでに自分の中で整えられた像だということだった。


その話をしたのは、夜だった。彼の通り部屋。灯りは低く、カイラは卓の脚に肩を預けて床に座り、リラは厚い肩掛けに包まれて椅子にいる。その姿はもう、以前と同じようには見えない。アヤノは立っていた。こういう時の彼女はいつもそうだ。考えを一つもこぼさず並べたい時、座らない。


「子どもは早く切り離される」


彼女は言った。


「普通は五歳。それまでは母の近く、というより、母を中心にした女の世界の中にいる。そこから先は、男の子と女の子で、かなりはっきり別の線へ分けられる」


彼は、その横でリラがごくわずかに緊張するのを感じた。


アヤノは続けた。


「男の子には九歳で、進路を選ぶ儀式がある。最終的な運命まで決まるわけじゃない。でも、何を主軸にして育てるかはそこで定まる。適性、技、奉仕、学び。そういうもの。その先は本格的に“生きるため”の準備になる」


カイラが低く笑う。


「いい話ね。少なくとも、あいつらには“人生を持っていい”って前提がある」


アヤノは彼女を見たが、話は止めなかった。


「十五歳で、全員に成熟の通過儀礼がある。ただ、意味は違う。男の子には“役割に入ること”。女の子には、もっと、“何のために在るか”を固定することに近い」


「何のために?」


彼が訊く。答えはほとんど予想できていたが、それでも聞かずにはいられなかった。


アヤノは、やけに落ち着いた声で言った。


「大きな目的。言い方はいろいろある。でも中身はだいたい同じ。儀式か、終わりなく続く出産か。それ以外は後ろへ押しやられる」


部屋は少し静かになった。


大袈裟な沈黙ではない。けれど、こういうのはそうなる。中身としてはもう知っていたことでも、あまりにまっすぐな形で言い切られると、空気の厚さが少し変わる。


「年を取って、出産の線から外れた女たちは」とアヤノは続けた。「少しずつ別の役目へ移る。年長の女。指導役。子どもを見る者。若い者たちに秩序を教える者。だからこの世界の“女の側”は、一見すごく一体に見える。本当に一体ではある。ただし、女たち自身のためにではなく、構造の連続性のために」


「もちろん」


カイラが言う。


「年を取ることすら、同じ仕組みに奉仕するなら許されるってわけ」


リラはずっと静かだった。


彼は彼女を見た。何も問いかけないままに。


彼女は、その視線の意味を理解した。


ただ、最初に口を開いたのは彼女ではなく、アヤノだった。


「五歳は早すぎる」


彼女は言った。


「たとえ、この世界では“普通”と呼ばれていても」


「そうだな」


彼は答えた。


リラは、自分の手へ目を落とした。


「前の私なら、たぶんすぐには反対しなかったと思う」


彼女は静かに言った。


「ただ、“そういうものなんだ”って思って終わってたかもしれない。そうだから、そうしなきゃいけないんだって。でも、今は無理。嫌だ。どれだけ“普通”って言われても」


ここで、三人の違いがひどくはっきりした。


彼とアヤノにとって、これはまだ“外の規則”についての知識だった。外から見るか、半ば外から見るかして、学び、崩し、避け、組み替えなければならないもの。だがリラにとっては違う。これは彼女自身の世界についての知識であり、しかも最近まで“そういうものだ”と受け入れていた側のものだった。それをいま彼女が拒んでいる。だからその静かさは、余計に重かった。


床に座っていたカイラが、急に立ち上がった。


何の前触れもなくリラに近づき、片腕で肩を抱く。それから、もっと本気で、ぐっと強く寄せた。


「そんなふうにはならない」


彼女はまっすぐ言った。


「聞こえてる? ならない。少なくとも、あんたには」


リラは顔を上げた。


「それは約束できないでしょう」


「できる」


カイラは即答した。


「私はけっこういろんなこと約束できるの。特に、必要なら誰かの喉笛に噛みつく前提なら」


アヤノは何も言わなかった。だが、その視線は一段深くなっていた。


カイラは引かない。むしろ、椅子の肘へ腰を預け、リラを見、それから彼を見た。


「あとさ」


彼女は言った。例によって、ひどく率直で、わざと少し下品なくらいの調子で。彼女がいちばん深いことを言う時には、たいていこうなる。


「正直に言うと、ちょっと羨ましいのよ。嫌な意味じゃなくて、ちゃんと羨ましい。私だって母親になってみたいし。どうせなるなら、年増の馬鹿どもに選ばれたろくでもない男の種じゃなくて、こういう形がいい。まともに。ちゃんと」


リラは瞬きをして、それから思わずというふうに短く笑った。愉快だからというより、カイラがとても優しいことを、まるで悪態みたいに言うのがあまりにも彼女らしかったからだ。


「今の、すごく可愛かった」


リラが言う。


「黙って」


カイラはぶっきらぼうに返した。


「私、いま、リラ二号みたいな喋り方にならないように、ちゃんと頑張ってたんだから」


「なれてなかったよ」


「むしろそこが良い」


と彼が言うと、カイラはすぐ彼の肩を指で突いた。


「あなたの感想は訊いてない」


アヤノは、そのあいだ少し離れたところにいた。


冷たいわけではない。ただ、彼女はいつもこういう時、別のかたちでそこにいる。


彼には分かった。アヤノはすべてをちゃんと聞いている。吸い込んでいる。だが、リラやカイラみたいに、この会話へ身体ごと入っていくわけではない。逃げているからでもない。むしろ逆で、もっと別の役割を、自分の中で探し始めているのだ。


それは、その後の日々ではっきり見えるようになった。


カイラがリラに対して、いつになく露骨に手をかけるようになったのと対照的に――もちろんカイラ流に、だから乱暴で、妙に直接的で、上の棚に手を伸ばしただけで「次それやったら担いで移動させる」と言い出すような、そういう世話の焼き方で――アヤノは訓練へ入っていった。


とくに魔法へ。


逃げではない。


それはすぐ分かった。


嫌なことから意識を逸らすために何かへ没頭する時とは違っていた。アヤノは、内側で、もう“守る側”へ立っていた。母になる側でも、姉になる側でもない。ただ、いざとなれば身を出して止める者の位置だ。その位置に立つ以上、いまのままではいられないと、自分で分かっている。


そのせいで、彼女は生活の中の制御訓練さえ、前よりさらに真剣にやるようになった。三人とも台所では続けている。匙。杯。包丁。肉。水。小さく、乱暴にしない動き。だがアヤノは、それに加えて夜にも反復を重ねた。大きな放出ではない。危険なことでもない。ただ保持。ほんの少し動かすこと。線を崩さないこと。


ある夜、彼は、他の二人が寝たあとで、一人台所に残っているアヤノを見つけた。灯りは低く、刻み台の上に三つの玉ねぎがある。彼女はそれらを遠くへ飛ばしたりはしない。ただ、ひとつずつ、決めた場所まで正確に滑らせ、置く。それを何度も何度も繰り返していた。


彼は入口に寄りかかって、少し黙って見ていた。


それから言った。


「やりすぎだ」


アヤノは驚かなかった。


気づいていたのだろう。


「違う」と彼女は言った。「追いついてるだけ」


「誰に」


ようやく彼女は目を上げた。


「誰に、じゃない。何に」


彼は中へ入る。


「何に、だ」


アヤノは、ちょうど端へ寄せた玉ねぎを見た。


「子どもが生まれるからって、この世界が安全になるわけじゃない」


彼女は言った。


「たぶん、その逆」


それから、玉ねぎは静かに所定の位置へ収まった。


「その時に、私は“足りない側”にいたくない」


彼はすぐには何も返さなかった。


返せるような、きれいな否定がどこにもなかったからだ。そこにもまた、同じ出来事に対して、三人がまるで違う方向から変わっていくのが表れていた。


その翌朝も、カイラは火床の上で肉を手を使わず返そうとして、まるでそれが人格を持った侮辱でもあるみたいに悪態をついていた。リラは卓について、杯をひと動きで自分の近くへ寄せたかと思えば、そのまま忘れて先にパンを切ろうとする。アヤノは夜明けから水を細く揺れる帯にして、一つの鉢からもう一つへ移していた。そうした全部の動きが、新しい、まだ馴染みきらないリズムの上に乗っていた。部屋の中の無意味な物音が少し減り、その代わりに、リラの声や、リラの気配に、皆が前より少しだけ耳を向けるようになっている。


ある朝、リラが三度目に立ち上がって何かを取りに行こうとした時、カイラは問答無用で彼女の手から林檎の籠を奪い取った。


「だめ」


リラが瞬いた。


「何が“だめ”なの?」


「私が持つ」


「私、自分で持てるよ」


「分かってる。今日はただ、私が“役に立ちながら鬱陶しい人間”でいたいだけ。そこを奪わないで」


リラは、いつもならそこで柔らかく食い下がるはずだった。だがこの時は、なぜか一度息を吐いただけで、すんなり笑った。


「分かった」


カイラは、半歩分だけ固まった。そこまであっさり通ると思っていなかった顔だった。


「正直ちょっと怖い」


「私が言い返さないのが?」


「私がいま、ちょっと“大人の女”っぽい声を出したこと」


本を持って通りかかったアヤノが、乾いた声で言った。


「おめでとう。ついに最悪の事態が来た」


カイラはすぐさまそちらを振り返る。


「あんたは黙ってて。最近のあんた、完全に“剣、魔法、無言の緊張、あとまた魔法”でできてるじゃない」


アヤノは言い返さなかった。


ただ少しだけ首を向ける。


「それが何」


「腹立つのよ。しかも、役に立ってないって言えないのがなおさら」


リラが笑った。


彼はその三人を見ながら、前よりはっきり思った。人生というものは、ほんとうに、綺麗で順番通りの理解の時間などくれない。何もかもが一度に変わる。世界。家。三人のあり方。言葉の重さ。リラの座り方。カイラが、自分でも少し腹を立てながら、庇う側へ回り始めていること。アヤノが、何も言わずに、力と防御の側へ身体を寄せていくこと。そして、自分がまた、あまりに見覚えのある場所へ戻されていること。父になる知らせがどう落ちるか、一度は知っているはずの男が、それでもなお、これからの暮らしがどんな形を取るのかについて、まるで新しく途方に暮れている、その場所へ。


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