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第十四章

秋は、あっけないほど早く来た。


出来事としてではなく、空気の変化として。朝になると石は前より長く冷たさを残し、廊下には濡れた羊毛と煙の匂いが立つようになり、風は隙間という隙間へ容赦なく入り込んできた。新しい部屋でも、それはすぐに分かった。台所では、杯が冷めるまでの時間が目に見えて短くなった。彼の通り部屋では、床沿いの隙間風が前よりはっきり分かるようになって、カイラは二度も「こんな城を建てた男を見つけたら、女の足と床のぬくもりを軽んじた罪で吊るす」と言った。リラは、どこへしまったか自分でも分からなくなった二本目の包丁を半日探していた。アヤノは、そう深く冷えているわけでもないのに、考え事をするたびに両手を杯へ添えるようになった。


そんな頃に、ホウセイから新たな招待が届いた。


今度の名目は、ほとんど腹立たしいほど平和なものだった。


豊穣祭。


少なくとも、意味としてはほとんどそれだった。どれだけ神殿からの書状が“循環の充実への感謝”だの、“地の保存と命の継続の聖性”だの、耳あたりのよい言い換えで包もうとしても、彼が読み取った中身は結局そこへ落ちた。二度読んでも、結論は変わらなかった。要するに、豊穣祭だ。


戦うために召喚された聖女と、土と収穫と女の身体と、生命の継続を祝う儀式とが、どういう理屈で結びつくのか。彼には分からなかった。だが、宗教の中に論理を探すのは、たいてい徒労で、しかも精神衛生に悪い。


それでも、行くしかなかった。


断るほうがまずい。前回の訪問、襲撃、公の場での平和の確認――そこまで起きたあとでは、ホウセイからの新しい招待は、内容だけで測れるものではない。その背後に何があるかを見る必要がある。そして、その背後にあるのは、たぶん単純で不快なことだった。神殿は、アヤノを“戻ってきた聖なるもの”ではなく、“これから共に生きねばならない存在”として、新しい秩序の中へ組み込みたがっている。もしそれを、これだけ季節と象徴に満ちた儀礼のかたちで行うなら、それはそれで一つの意思表示だった。


今回は、支度も静かだった。


前のような戸惑いは、もうない。何を持つか、どう動くか、何を忘れず、誰に何を言ってから出るか、皆もう分かっている。だが、そのぶん楽になるわけでもなかった。むしろ逆で、恐れが一度身に入ってしまうと、それは前より乾いて、密になり、無音で皮膚の下へ入ってくる。


出立の日のアヤノは、ほとんど話さなかった。


閉じているのではない。ただ、言葉がみな内側へ引いていた。ホウセイという空間へまた足を踏み入れる前に、自分を整える、あの場所へ。彼にはそれが分かった。カイラにも分かっていたが、彼女はいつものやり方で、気づいていないふりをした。その代わり、神殿が季節の祭礼に見せる趣味の悪さについて、わざと二度ほど乱暴な冗談を飛ばし、せめてアヤノが一度くらいは呆れて目を細めるよう仕向けていた。リラは逆だった。転移の直前、アヤノを強く抱きしめた。ああいう時には、たぶんそれだけが一番まともな言葉なのだとでも知っているように。


転移そのものは、何事もなく終わった。


今回の訪問は、全体として異様に滑らかだった。そのこと自体が、かえって彼の警戒を強くした。襲撃はない。死角の多い回廊へ不自然に導かれることもない。毒針もなければ、礼儀の下に冷たさを仕込んだようなやり取りもない。ホウセイは、前回の失敗の代価をよく覚えていて、今回は模範的な安全を演じていた。


それで安心など、できるはずもなかった。


彼もアヤノも、ずっと神経を張りつめていた。


見た目にはそうでもない。外から見えるのは、招かれて再訪した聖女と、その傍らに立つ男――もはや、その存在自体が新しい秩序の一部になってしまった男だ。平和の枠内に収まった儀礼、護衛、整えられた動線、決められた手順。だが内側では、二人とも最後まで張りつめていて、初日が終わる頃には、彼は無意識に歯を食いしばりすぎたせいで顎が痛かった。


儀式は、ひどく華やかだった。


ホウセイは、荘厳というものを、あたかも光そのものが協力してくれているかのように作る。白い石。金。長く垂れる布。香煙。過剰なまでに整った行列の順。足音の律。唱和の律。どこか高みに吊られた鈴の細い響き。すべてが合わさって、同じ効果を生んでいた。そこへ入った人間は、見に来た者ではなく、すでに用意された一つの場面の中へ組み込まれた者にされる。


アヤノは、その中を静かに進んだ。


静かすぎる、と彼には見えた。だが彼はもう知っている。その静けさは、緊張の不在ではない。形だ。場所に自分の内側を必要以上に持っていかれないための、あのほとんど動かない集中。


群衆は、ほんとうに喜んでいた。


そこが、いちばん認めたくない部分だった。


もちろん全員ではない。そこまで単純な集まりではない。だが、全体の波としては、確かにそうだった。彼らにとって、これは祝祭だった。秋の、明るく華やかな祝祭。豊穣と、満ちるものと、守られた土地と、続いていく生命。そのただ中に、聖女が立っている。生きている。壊れていない。しかも、公に平和へ背いてもいない。そのことが、彼らの中で“良いこと”として結ばれているのが、はっきり分かった。


彼はその傍らに立ちながら、宗教というものは本当に厄介だと、軽い嫌悪とともに思った。人間の持つ、単純な幸福を求める気持ちを、昔ならそのまま戦争の正しさへも接続していたのだ。この祭りもまた、その延長線上にあるのだろう、と。


それでも、すべてが終わり、秋の光に満ちた回廊を通って戻る時、まだ群衆がなかなか散ろうとしない気配の中で、彼の頭に浮かんだのはひどく俗なことだった。


早く帰りたい。


ヴァルガルドへ、という意味ではない。


家へ。


入口に彼の部屋があり、その奥に彼女たちの寝室と台所がある、あの場所へ。カイラが湿気に悪態をつき、リラが自分でしまった二本目の包丁を探し、アヤノが、聖女としてではなく、ただ他人の視線に疲れた人間として黙っていられる、あの場所へ。


帰りは、何事もなく終わった。


そして、その翌日の昼になって、また空気が少しずれた。


最初に起きたのは、厄介なことだった。


次に来たのが、予想外のこと。


稽古は、最初から妙に噛み合わなかった。


危険ではない。ただ、均一じゃない。彼自身がホウセイのあとで妙に張っていて、ほんの小さなズレにも敏感すぎた。アヤノのほうは、きちんと整ってはいるのに、半呼吸ぶん遅い。型が崩れているのではない。身体のどこかが、まだ完全にはあちらから戻ってきていない感じだった。


二人は北側の壁沿いにある、あの小さな稽古場にいた。秋の空気はもう指先を冷やす。木剣の柄は夏より乾いて感じられ、打ち合う音も少し硬い。彼は、いつもより少し詰めた速さでアヤノを追っていた。本気の怒りはない。だが、手加減も少ない。身体のほうから、神殿の残りを早く払い落とさせたかった。


ある瞬間、彼は少しだけ踏み込みすぎた。


本当に危険なほどではない。まだ間合いの中で制御はしている。だが、アヤノにはもう明らかだった。普通に避けるには、遅い。


そして、その時に起きた。


ほんの一瞬。


ほとんど見落としそうなくらい、短く。


彼の木剣の軌道が、直前で横へ逸れた。手で払われたのではない。何か、空気の中のごく小さな、しかし密度のあるものに叩かれたように。遠くまで飛ばされたわけでも、手から外れたわけでもない。ただ、線が少しずれた。それだけで、剣先は彼女の肩を外れた。


彼はすぐ止まった。


アヤノも、同じく。


二人のあいだに落ちた沈黙は、短かったが、それで充分だった。互いに、何が起きたかを理解していた。


放出だった。


小さい。


反射的な。


だが、本物だ。


彼はまず周囲を見た。壁際の通路。奥の庭。下へ降りる階段。ぱっと見た限りでは、人影はない。召使いも、使い走りの子どもも、衛士もいない。


だが、“見えない”と“見られていない”は同じではない。


「自分で分かったか」


彼は低く訊いた。


アヤノは頷いた。


顔は、ひどく硬くなっていた。


「うん」


「頭の中で、もう一回辿れ」


「無理。あれは判断じゃなかった」


そこが、いちばん厄介だった。制御された技ではない。自分の意思で選んだ使用でもない。魔法が、身体の中へ入り込みすぎて、思考より先に出た。その段階だ。


危険だった。


ひどく。


彼は掌で顔を拭い、そのまま髪をかき上げた。そんなことで空気が変わるわけもないのに、それでも何かしないと、また一気に内側へ張りつめていく感じがした。


「今日は終わりだ」


彼は言った。


アヤノは反論しなかった。


普段なら、それは良い兆候だ。だが今は違う。彼女もまた、自分でどれだけまずいことが起きたかを分かっていたからだ。


そのことを抱えたまま、彼は夕方まで過ごした。


外側の生活は、何も変わらない。廊下ではまた、誰がタオルを持っていったのかで言い合いが起きる。台所ではリラが、この寒さには少し香りの立ちすぎるものを煮ている。カイラは、秋になるとこの城がいっそう露骨に“男は暮らしのためではなく、見栄えのために建物を作る”ことを証明してくれると言っていた。


その一方で、彼の中はずっと同じ一点に引っかかっていた。誰か見ていたかもしれない。もし噂がずれて伝われば。女への魔法教育が、まだ“台所の匙のぎこちなさ”の段階ではなく、反射へ入ったと知られるのが早すぎたら。


夕方には、それだけでだいぶ擦り減っていた。


だから、リラの言葉の意味を、最初はうまく受け取れなかったのだろう。


部屋が静かになっていた。完全な闇ではない。もう光はランプと、窓の向こうに細く残る冷たい空だけだった。彼は卓に両手をつき、立ったまま考えていた。誰が見たかもしれないのか。稽古の順序をどう変えるか。反射が出た事実そのものがどれほど危ういか。そもそも、自分は急ぎすぎているのではないか――そういうことを。


その背中へ、リラが後ろから腕を回した。


ただ、温かく。


ぴたりと寄り添う。


肩甲骨のあいだへ頬を当てて、しばらく何も言わなかった。彼がまだちゃんと、触れられていると分かる状態かどうかを、確かめるみたいに。


それから、小さく言った。


「あなた、男の子が生まれる気がする」


彼は、すぐには意味を取れなかった。


本当に。


言葉がそのまま入ってこず、一度ばらばらになった。男の子。生まれる。あなた。


彼は少しだけ首を回して、半分振り向いた。


「……娘だったら?」


リラは、ごく短く、少しだけ気まずそうに笑った。言ったことを後悔したのではない。ただ、彼がまだ、そこに答える位置まで来ていないと分かったからだ。


「娘かもしれない」


彼女は柔らかく言った。


「でも、私には男の子な気がする」


その時になって、ようやく彼の中で意味が一つになった。


“息子”という語そのものではない。


性別でもない。


“生まれる”という事実そのものが、だ。


子どもができる。


彼らに子どもが。


部屋の中が、急に細部まで妙に鮮明になった。卓。ランプ。杯の縁。窓辺にいたカイラが、こちらを見ていること。本を読んでいたアヤノが顔を上げたこと。リラがまだ、そのまま彼を後ろから抱いていること。その全部が、あまりに現実味を持って押し寄せた。


それと同時に、彼は、自分の知らないことを一気に見た。


この世界では、妊娠した女はどう扱われるのか。


どれほど切り離されるのか。


ただでさえ女たちの世界の中へ、さらに深く押し込まれるのか。


誰が、彼女たちがどこに住み、どこで産み、誰を近づけるかを決めるのか。


生まれたあと、子どもはどうされるのか。


男の子は、いつ取り上げられるのか。


女の子は、いつ分けられるのか。


どのくらい早く。


誰が育てるのか。


どこへ移されるのか。


何が“普通”と見なされているのか。


そしていちばん厄介なのは、その大半を、彼がまともに知らないことだった。この世界では、そういうことは説明されるより先に“当然の前提”として処理される。


彼は、ゆっくりとリラへ向き直った。


少し長く見た。


彼女は視線を逸らさない。


恥じるふうでも、反応を恐れるふうでもない。ただ真っ直ぐに。あの、どういう状況でも不思議なくらい奥のほうが澄んでいる目で。


「確かなのか」


やっと彼は訊いた。


「うん」


リラは答えた。


「もう、そう思っていい」


窓辺から、カイラが鼻を鳴らした。


「“そう思っていい”って、すごく安心する言い方ね」


リラは肩越しにそちらを見た。


「一週間くらい前から、なんとなくそうかもしれないとは思ってた。でも、本当にそうだって、自分の中で確かになったのは昨日」


アヤノが、音を立てずに本を閉じた。


「それを、いつから黙ってたの」


「昨日、はっきりしたところから」


リラは答えた。


「それより前に言いたくなかったの。自分の中で揺れてる段階で口にしたくなかったし、もっと、ちゃんと伝えたかった」


そこでカイラも立ち上がった。


「待って。つまり、ずっと知ってて黙ってたわけじゃないのね?」


「昨日からは分かってた」


「それでも、丸一日は黙ってたんだ」


「うん」


「それ、あなたにしてはかなり長い」


「そう」


リラは素直に頷いた。


「だから今言った」


彼はまだ立ったままで、考えが単に増えていくのではなく、急に現実の作業として押し寄せてくる感じに息が詰まりそうだった。


子どもができたこと自体が恐ろしいわけではない。


その逆だ。


あまりに現実だからだ。


その瞬間から、この世界について知らないままでいられないことが一気に増える。そして、その多くが放っておくと自動的に“以前からそうだったやり方”へ流れていくのが見えてしまう。


「全部、調べないといけない」


彼は思わずそう口にしていた。


カイラがすぐ返す。


「ものすごく色気のない第一声ね」


彼は彼女を見た。


「本気だ」


「私もよ。本気だから、もう少し“役所の災厄が来た”みたいな言い方を誰かが薄めてあげる必要があるって話」


リラが彼の手を取った。


「カイラは正しい」


「二人そろって? 素晴らしい。今日ってすごい日だな」


カイラがぼそりと言う。


アヤノが近くまで来た。


触れはしないが、その場に入ってきたことが分かる距離で。


「何を調べたい?」


彼は息を吐いた。


「全部だ。妊娠した女がどう扱われるか。女の棟にそのまま置かれるのか、それとももっと別にされるのか。誰に決める権利があるのか。生んだあと、何が起きるのか。子どもはいつ引き離されるのか。誰が育てるのか。男の子と女の子は、どれくらい早く分けられるのか。そして何より、こっちが何もしなければ、この世界の古いやり方がそのまま流れ込んでくるのを、どうやって止めるか」


そこまで言うと、さすがにカイラもすぐには茶化さなかった。


冗談で済む話ではないのが、彼女にもよく分かったのだろう。慌てて叫ぶほどではない。だが本当に急ぐ話だ。こういう世界では、重要なことの多くが“あとで決まる”のではなく、当人が何も理解しないうちに、もう決まってしまう。


リラが静かに言った。


「私は、子どもを渡したくない。ただ、ここではそうするものだからって理由で」


そこだった。


それも、ひどく静かに言われた。


だから余計に強かった。


彼は、リラの手を握り返した。


「渡さなくていい」


カイラは、彼を見た。あの、敬意と腹立たしさがいつも同じところにある顔で。


「そう。じゃあ次は、その“渡さなくていい”を、この土地の当たり前だと思ってる世界に納得させる番ね」


アヤノは少し考えた。


「私なら、少しは聞き出せる」


彼女は言った。


「全部は無理でも、女の棟や神殿の側の一般的な扱いについてなら、あなたよりずっと知ってる。さらに、慎重に探ることもできる」


「誰から?」


彼が訊く。


「年上の女たちから。男じゃなくて」


アヤノは答えた。


「男は、こういうことの細かい部分を本当に知らないか、知っていても、もう一度権力を通した形でしか知らないことが多いから」


カイラが短く頷いた。


「その通り。女のことの中でも本当に肝心な部分って、この世界の男はだいたい一番最後に、しかも断片でしか知らない」


リラはまだ彼の手を握っていた。だがもう片方の手は、ほとんど無意識みたいに、自分の腹へ触れていた。さっきまで言葉だったものが、ようやく彼女自身の身体にも届いたみたいに。


彼はそれに気づき、それだけで、混乱とは別の方向へ現実が大きくなった。


大きすぎるくらいに。


当然、カイラも見ていた。


だが今回は、すぐには冗談にしなかった。リラを見、それから彼を見て、ひとつだけ小さく首を振る。自分でもまだ信じきれていないみたいに。


「もうだめね」


カイラがぽつりと言った。


「これで、何もかも簡単なままでは済まない」


アヤノは二人を見たあと、少し置いてから言った。


「私たち、もうこの世界の中に深く入りすぎてる。ここから先まで、前のままの決まりで通り過ぎていける段階じゃない」


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