第128話『香りの帝王』
アジャルカ市場で屋台の権利を得たレン。
しかし、街の香辛料を本当に使いこなすためには、ある人物の承認を得る必要があった――その名も「香りの帝王」。
アジャルカ市場の奥、装飾品のように香辛料袋が積まれた大理石の建物。
レンたちはジャマルに案内され、そこへ足を踏み入れた。
「この街で香辛料を売るなら、彼の目を避けては通れん」
ジャマルの声は少し硬い。
「香りの帝王は、全てのスパイスを嗅ぎ分ける。粗悪な品や、香りを殺す調理法を嫌うんだ」
広間の奥に座るのは、背筋の伸びた白衣の老人。
髭は長く、瞳は琥珀色。
彼の前には、何十種類もの香辛料壺が並べられていた。
「お前が、異国から来たピザ職人か」
低い声が響く。
「香辛料は魂だ。魂を殺す料理人は、わしが許さん」
レンは深く一礼し、砂漠越えで得たスパイスの知識と、港町から持ち込んだ食材の話を簡潔に語った。
「では試せ」
香りの帝王は、小さな机を指さした。
そこには四つの瓶が並んでいる。
「この中から、アジャルカ産の最高級サフランを嗅ぎ当てろ。外せば、お前の屋台は今日限りだ」
広間は静まり返る。
ミーナが不安げに見守る中、レンは目を閉じ、一つひとつの香りを吸い込んだ。
一つ目は薄い香り、二つ目は強いが刺激が粗い。
三つ目は……まろやかで、ふくよかな甘み。
四つ目は土っぽさが強い。
レンは迷わず三つ目を選んだ。
「これです」
香りの帝王の眉がわずかに動いた。
「正解だ」
低い笑い声が響く。
「嗅覚も悪くない。だが、香辛料は使い方が命だ。三日後、わしのために一品作れ。それで本当に認めよう」
こうしてレンは、香りの帝王への“晩餐勝負”に挑むこととなった。
ただの料理勝負ではない。
帝王の舌は、何十年も香辛料を極めた者。
彼の心を動かすピザを作るには、レンもまた限界を超えねばならない。




