第126話『砂漠を越えて』
潮風の交易都市での商談を終えたレンたちは、次の目的地――香辛料の都アジャルカを目指す。
だがそこへ行くためには、果てしない砂漠を越えなければならなかった。
港町を発った一行は、港の喧騒が遠ざかるにつれ、景色が徐々に荒涼としたものへと変わっていくのを感じた。
湿った潮風が消え、乾いた熱風が肌を刺す。
背後には青い海、前方には黄金色の砂原が広がっていた。
「本当に……この砂漠を渡るのか」
カイルがため息混じりに呟く。
「渡らなきゃ香辛料の都には行けない。ピザの新しい味を求めるなら、避けられないよ」
レンは決意を込めた目で前を見据えた。
案内役は、長身のキャラバン商人ナビードだった。
濃紺のターバンを巻き、鷹のような眼差しをしている。
「砂漠は甘く見れば命を落とす。昼は灼熱、夜は氷のような冷気だ。
君らの荷も、水も、計算して動くぞ」
ラクダの背に荷物を積み、キャラバンはゆっくりと砂丘を進む。
靴底からじりじりと熱が伝わってくる。
遠くの地平線は揺らめき、蜃気楼が幻の街を映していた。
昼間は休憩を多めに取り、夜に移動する。
星明かりの下、砂の冷たさが逆に心地よい。
焚き火のそばで、レンは持参したパン生地を取り出した。
「こんなとこでもピザを焼くのか?」
ナビードが半ば呆れたように笑う。
「ここだからこそ、食べたいんです」
レンはラクダのミルクと干し肉、塩、それに港町で仕入れたドライハーブを生地に乗せ、小さな焚き火で焼き上げた。
香りは風に乗り、夜営地全体を包み込む。
旅人たちはその香りに引き寄せられるように集まり、一切れ、また一切れと手を伸ばした。
「……こんな夜に、こんな味があるとはな」
砂漠の男たちの表情が、焚き火の光に照らされて緩む。
だが砂漠は優しくなかった。
三日目、地平線の向こうから砂嵐が迫ってきたのだ。
視界は茶色に閉ざされ、砂が耳や口に入り込み、息をするのも苦しい。
「伏せろ!」
ナビードの叫びに従い、ラクダの陰で身を縮める。
積荷を覆う布はバタバタと千切れそうになり、砂が肌を容赦なく打ち付ける。
嵐が過ぎ去った後、キャラバンの半分の水袋が破れていた。
アジャルカまではまだ二日分の距離。
残る水を巡って、旅人たちの間に緊張が走った。
その夜、レンは再び焚き火を起こし、砂漠で作れる限りの料理を用意した。
それは単なる食事ではなく、仲間をひとつにするための“宴”だった。
塩と香草の香りが漂うと、人々の表情から険しさが消え、互いに水を分け合う空気が生まれた。
「ピザで人を繋ぐ……本当にやってのけるとはな」
ナビードが笑みを浮かべる。
こうしてキャラバンは、再び一つの隊列として砂漠を進み始めた。
そして夜明け――遠くの地平線に、金色に輝く尖塔群が見えた。
「見えたぞ! アジャルカだ!」
歓声が砂漠に響く。
香辛料の都が、ついにその姿を現した。
砂漠越えは、レンに“食が人を結びつける力”を改めて実感させた。
次なる舞台は香り立つ市場と、異国の料理人たちが待つアジャルカ。
そこでレンは、香辛料ピザという新たな挑戦に踏み出すことになる。




